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神ノ箱庭  作者: SouForest
第4部~ふたりの王~これは私の物語
140/166

私が主役(中)

システム:警備ロボノブナガサンとパキラのラクガキ挿絵追加。20231116

「ってことで、今に至るわけだ……」


 オーディンの人形ことルードベキアが連続クエストの説明したシーンから驚きの展開になった一連の出来事を、スタンピートは感情豊かに手振り身振りを添えて語り終わった。しかしパキラは大あくびをしている。


「パキラ、その態度は無いんじゃないか? 人がせっかく説明してるってのに! 」

「そんなの頼んでないも~ん。もう帰っていい? 」


「お、お前ぇええ……」


 喉まで出かかった怒りの言葉をスタンピートは飲み込んだ。同じ土俵に乗ってはパキラの思う壺だ。スタンピートは冷静さを取り戻すために『ツンツクテン』を心の中で3回唱えると、重要ポイントを書き連ねたホワイトボードを軽くコツンと叩いた。

 

「ここに書いた重要ポイントは忘れんなよ。テストに出すからな」

「はいはい、スタンピートせんせ。お疲れ様でしたぁ」


 パキラはうんざり顔を浮かべながら、スマホのメッセージアプリをタップした。何度見ても、カナデからの返事は見当たらない……。モヤモヤとした気持ちはいつものように、ミニミニパキラが袋に詰めている。それを勢いよくホワイトボードに投げつける自分を妄想しているとーー。


 ガチャリと会議室のドアが開く音が聞こえた。


「あっ……と。会議中でしたか。使用中の札がかかってなかったもので、失礼しました」


「いえいえ会議じゃないんです! たった今、用が終わったのですぐに出ますよっ。ね、ピートっ」


 しめたとばかり、パキラは満面の笑みを浮かべた。両手で隠してはいるが、口元を意地悪気に歪めてにやけていることは、誰からみても明白だ。流石にその態度に我慢ができなかったのか、スタンピートはホワイトボードを勢いよく右手でバンッと叩いた。


「パキラ、ここに書いたことをちゃんとメモに取るまでは駄目だ! 」


「え~? ピートしつこ~い。あれって連続クエストイベントじゃん? 今更感ありありなんですけどぉ」


「まだそんな風に思ってんのかよ! 」


「だって、森が消えたりとか? キラキラ光るエフェクトとか? バンシーの恋人のペンダントの時みたいに凄かったじゃない? 誰がどう見てもイベントだと思うってば」


「あんなに説明したのに……。パキラにはがっかりだな」


「ピートは終わったことにこだわりすぎぃ。今は連続クエストのことだけを考えるべきじゃない? 」


 ふたり会話を静かに聞いていたユーリは思っていた以上のパキラの天然ぶりに絶句した。これから始める連続クエストをパキラを中心にして進めなければないというのに、1トンの鉛が背中にのしかかっているんじゃないかと思うほど、気が重い……。


 そう感じていたのはユーリだけではないようだった。一緒に会議室にはいってきたボーノは感情が消えたような目で窓の外を見つめ、スタンピートは拳をぎゅっと握って怒りを抑えている。そして、扉近くに立っていたディスティニーは……地獄に落ちろ! と言わんばかりの冷ややかな視線をポジティブモンスターに向けていた。


 トゲトゲしい空気がガスのように会議室を汚染していったのだが、パキラは平然としていた。なぜなら、ポジティブモンスターには『気にしない』という鋼の防御壁が備わっていたからだ。ちなみに『空気を読む』という機能は備わっていない。


「あのさ、人形は消えちゃって、ルルリカは小さくなってたけど、しばらくしたら元通りになるショ。NPCなんだから」


 ケラケラとパキラが笑った瞬間、ディスティニーが会議用の机を真っ二つに割った。日本刀の柄を握る手を震わせて、今にもパキラに斬り掛かりそうな形相をしている。『これはヤバイ! 』と顔面蒼白になったのはーー。


 パキラではなく、ユーリだった。


「ディ、ディスさん、ここは立て込んでるみたいだからっ、別んとこにしましょ。カオさんとアイシャには俺からメッセしますからっ。ボーノさん、じゃ、そゆことでっ」


 ユーリは自分の腕をディスティニーの腕にからませて、会議室の外に彼を引っ張って行ったーー。



 パキラはテーブルが割れる音に驚いたものの、不快気な表情をするだけだった。喧嘩上等と言った感じで、情報ギルドの備品を壊したディスティニーに対する文句をつらつらと吐き出している。


「ーーテーブルがこんなことになっちゃって、マーフさん、悲しむだろうなぁ。ディスティニーさんがあんなに乱暴な人だったなんて知らなかったよ。人は見かけによらないって言うけどさーー」


「いい加減にしろよ、パキラ! ディスティニーさんの気持ちが分からないのか? ルルリカさまが特別なスキルを発動するほど、ふたりは想い合ってたのに……」


「特別なスキル? そんなの知らないよ! 私はパーティに入れなかったから、何が起きてるのか分からなかったもん。それに! 以前、私はあの女モンスターに殺されそうになったのよ! 忘れちゃうとかおかしくない? 」


「もう1回、言うけど……パキラにはがっかりだ! 」


「はぁ? ピートにそんなこと言われる筋合いないんだけどぉ? あのさ、連続クエを進められるのは私だけって知ってて罵倒してんの? あ、分かった……。自分がアイテム拾えなかったから、悔しいんでショ? あははっ」


 スタンピートの憤怒が爆発するよりも先に、割れた会議テーブルに隙間に第三者にも見える対人戦用の旗が出現した。デスペナルティがないミニゲームのようなものなのだが……この機能を使うプレイヤーは滅多にいない。


 神ノ箱庭のオープン当初、喧嘩を売るときの手段として使うプレイヤーが多かったせいだ。今では手袋を投げての決闘であるという暗黙のルールになっている。さすがにこの事態にポジティブモンスターパキラは焦りを覚えたようだ。


 表示された対戦申し込みの小窓を前にして顔をこわばらせている。


「な、なんでボーノさんが……」


「この先、何が起こるか予測できないからね。対人戦も経験していおいた方がいいんじゃないかなって……」


「え、いや、でも。急にいま対戦っておかしくないですか!? 」


「それとも……俺じゃなくて、同じサムライ職のディスティニーさんの方が、良かったかな? あぁ、懲らしめてやろうなんて……思ってないからネ」


 『いやいや、バリバリその気やないか~い』と明るくツッコミを入れたかったが、パキラはボーノの表情にゾッとして、口をきゅっと閉じた。微笑みを浮かべるボーノの目が笑っていない……。


 さらに公式萌えキャラアイドルらいなたんの『準備が整ったら、はいボタンを押してね』という声が、パキラの怖気を増長させた。


「ボーノさん、言葉が過ぎました反省してます。まだレベル50にも満たない私が、最強の防御を誇るパラディンと対戦だなんて、無理ゲーすぎます! 」


「はははっ! それはやってみないことには……ね? 」


 パキラは助けを求めるようにスタンピートのジャケットの袖を掴んだ。少女漫画のヒロインのように瞳をうるうると滲ませ……『媚びバーゲンセールでヒロインがピンチな時に使うやつを買ってきた! 』 みたいな仕草をしている。


「ピート、ごめんなさい。私の言葉のチョイスは酷すぎたし、配慮がなさすぎた……。言い訳にしかならないけど、実際の出来事じゃなくて単なるイベントだと本気で思ってたの。ホワイトボードに書いてあること、すぐにメモるよっ」


「……分かってくれたなら、もういいよ」


 パキラはスタンピートの柔らかな声を聞いて安堵した。ーーこれでボーノと対戦しなくて済む……。だがそう思ったのも束の間、スタンピートの顔が……スッと真顔に変わった。


「パキラ、ボーノさんの胸を借りとけ。その勝負逃げたら、カナデにフレ切ってもらうように言うからな」


「えっ、ちょっ。ピート!? うそぉぉおおおおお」


 スタンピートは振り返ることなく会議室の外に出ると、ドアのサインプレートをカツンという音が響くほど勢いよく、『空き室』から『使用中』にスライドした。



 しばらくの間、パキラは会議室でボーノとの対人戦指導を受けていたのだが……。パキラが何回死んだか分からなくなってきた頃、ボーノは急に用事が出来たといって会議室から出て行った。


「た、助かった……。 神さま仏さま誰か知らないあなたさま! 鬼軍曹からワタクシを救って下さり、ありがとうございます!! ってか瞬殺されすぎて、わけわからず終わったぁ~。ははは……」


 一気にどっと疲れを感じたパキラは脳内妄想ワールドに閉じこもった。ここにはポジティブパワーの根源であるミニミニパキラが住んでいる。


『こんな時は、甘いものが一番だよっ』

「そっか、そうだよね」


『城前広場にあるパフェ専門店ロザリアーヌなんてどう?』

「すっごく美味しいんだけどぉ……高いのよねぇ」


『たまにはいいんじゃない? 頑張ったご褒美だよっ』

「そっか、そうだね」


『スペシャルマンゴーパフェデラックス! 』

「うんうん、スペシャルマンゴーパフェデラックス! 」


 パキラはその声に従って、軽い足取りで情報ギルドから廊下に足を踏み入れた。しかしすぐさま、イリーナに首根っこを掴まれてしまった。


「パキラちゃん、どこに行くの? 必ず、ミンさんかアイさん、またはボーノさんと一緒じゃないと駄目だって言われてたでしょ? 」


「だ、だって……皆んな、いないんだもん」

「どこにいちゃったのかな……。メッセ送ってみた? 」


「さっき、外出したいって送ったんだけど、まだ返事がなくてーー。ランドルの街にいることだけはわかってるんだけど……」


「あっ、そっか。さっきスマホが更新されちゃったんだよね……。今頃、ストーカー対策パッチって、遅いわっ」


 以前はフレンドリストを見れば、詳細な所在地が分かった。例えば……工房塔の製作部屋の番号や、買い物している商店の名称、食事をしている店名などだ。それが今しがた突然、スマホがバージョンアップされたことによって、ざっくりとした場所しか表示されなくなってしまった。


「イリーナさん、これってリアルタイム更新じゃないんですよね? 」


「時限式のパッチじゃないかな。大型アップデートの2日目からニュースページも、ホットフィックスも更新されてないし、ログアウトボタンも消失されたままだからねぇ」


「そうなんですね。もしかしたら不具合が直ったのかなって思ったんですけど……」


「なんかさぁ。現実世界と、ぱ~ぺきに切り離されちゃってるんだなって、改めて認識させられちゃったよねぇ……」


 天井を見上げながら、ふぅと溜息を吐くイリーナからパキラは静かに後退った。いまなら脱出できるかもしれない! 急いでダッシュしようとしたが、すぐさまがっちりと腕を掴まれた。イリーナは目が笑わない微笑みをパキラに見せている。


「パキラちゃん、ひとりで出かけるのは駄目だってさっき言ったよねぇ? 」

「ひぃぃ。ご、ごめんなさいっ」


「情報ギルドか、すぐそこの自販機がある休憩所で待機して。豆ウサギ通信で皆んなに打診してみるから」



 砂が降り有れる荒野が沈みゆく太陽に照らされ、長い影が大地に落ちている。パキラは必死にスペシャルマンゴーパフェデラックスを追いかけた。しかし彼は『縁が無かったんだ諦めてくれ』と言って、パキラの手を振りほどき、去って行った。


 そしてパキラはスペシャルマンゴーパフェデラックスの姿が地平線の彼方に消えゆくまで……頬を伝う涙を拭いながら見続けたーー。


「ぬあぁあんつってっ。……スぺシャルは1日20食限定なのよねぇ。もう絶対無いわ」

「おぬし、諦めるのか! 」


 音声読み上げAIのような声が情報ギルドから出てすぐの通路で響いた。警備員NPCノブナガサンがつるんとした顔にキリッとした顔文字を表示させて、パキラを見ている。


「ノブナガサン……どうすればいいかな」

「……鳴かぬなら! 」


「あ、ごめんなさい、その続きはいいです」

「スンスン」


「ふふふっ」


挿絵(By みてみん)


 通常の警備員NPCは会話どころか、喋ることはない。だがその設定をアイノテが覆した。警備員NPCをノブナガサンと名付け、会話機能をオンにしたアイノテは我が子を育てるように、暇さえあれば言葉を入力していた。


「学習機能によって、楽しい会話に発展するからさ。パキラさんもノブナガサンに沢山話しかけてくれると嬉しいな」


 アイノテの屈託のない笑顔に、パキラの胸はちょっぴりキュンと鳴った。アイノテは気さくで優しいだけでなく、気持ちを弾ませる話し方をする楽しいプレイヤーだ。パキラは脳裏から離れないアイノテに、思わずぼうっと見惚れている……。


 だがそんな妄想を熊手でジャッとミニミニパキラが削り取った。あなたが恋している相手は違うでしょと言わんばかりの形相だ。パキラははっと我に返り……ズキッと痛くなった胸を両手で押さえたーー。


「心臓に異変を感じるならば、呼吸器内科または循環器内科を受診することをお勧めする」


「うん大丈夫だよ、ありがと。話変わるけど、ノブナガサンはずっと立ってて疲れない? 」


「のーぷろぶれむだ、ネコミミガールよ。情報ギルドを守るのが私の使命だ! 」


「あはは。情報ギルドのメンバーが毎日、安心して過ごせるのはノブナガサンのおかげだね」


「ネコミミガールよ……悩みがあるのかい? 」

「うん、ちょっとだけ。あのさ、元気になる方法、知ってる? 」


「はっはっは! そういう時は音頭をとるといい」

「おんど? 」


「はぁ! そいやっさ~、そいそいっ。あっそ~れ! ちょいちょいーー」

「ぶはっ。やだもう、アイノテさんそのものじゃないっ」


 パキラが大笑いしていると、受付カウンターにいたディグダムが血相を変えて走って来た。


 1.躍っているノブナガサンの後頭部にあるボタンをポチッと押す。

 2.きりっとした表情の戻った警備員NPCを見て安堵の表情を浮かべる。

 3.ふぅ……と息を吐き出す。


 3までの流れをパキラに見せた後にディグダムは困った表情を浮かべた。


「パキラさん、警備員NPCは踊り出すと警備が疎かになってしまうので、早めに止めてもらえると、助かります」


「あっ、ごめんなさい。防犯上、良くなかったですね。今後、気を付けます……」


「あはは。ディグ、ちょっとぐらいいじゃん これ、面白いよねぇ。あ、そうそう、パキラちゃん、アイさんから、もう少ししたらここに到着するって連絡きたよ」


「イリーナさん、ありがとうございますっ。お手数おかけしました」

「いえいえ。それでね、ミンさんとボーノさんは忙しいみたいだからーー」


「アイノテさんとふたりきり!? 」


 思わずパキラは裏返ったような声を上げた。意識したつもりは無かったのだが、自分的にあまりにもタイムリーすぎて、動揺を隠しきれなかった。キラキラ推しフィルターがかかったアイノテが妄想ワールドにとうとう出現か! そんな見出しの新聞がパキラの妄想ワールドでばら撒かれている。


「どうしよう……」

「パキラちゃん? ピートもいるよ」


「あ……」

「俺を忘れんなよ。これでもカンストしてんだぞっ」


 ちょっぴりがっかりしたような、ほっとしたような……。パキラは『あ~、うんうん』という気の抜けた返事をしながら、シャツの胸元をきゅっと握りしめた。

システム:あ、そ~れっ♪よいよいっ♪ 愉快な警備ロボは人気なようで、会話目当てでやってくるプレイヤーがいるとかいないとか。


 警備が疎かになるため、ディグダムは会話機能をオフにしたいとマーフに言っているようだが……。マーフ自身が警備員ノブナガサンとの会話を楽しんでいるため保留となっている。



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