転がる歯車(下)
システム:若干修正。20231110
システム:ラクガキ挿絵追加。20231110
システム:あとがきにお知らせを追加。20231110
システム:あとがきに『なまえをわすれたにんぎょう』のURLを追加。12時UP予定20231117
死神がルードベキアの魂という名の花を手折ろうとしている。そう感じたカナデは呼吸するのを忘れるほど動揺し、その場に崩れるように膝をついた。ゲームの世界だというのに、なぜリアルと変わらぬ『死』が訪れるのか……思考が追い付かない。
黒い彼岸花と同じように、これも……父親が与えた試練なのだろうか。だとしたら、大切な人の命をかけた時間制限付きという条件はかなり質が悪い。カナデの中で父親を信じたい気持ちと疑心がぶつかりあった。
「僕が不甲斐ないせいで……」
「あるじさま、何やってるにゃっ! るーしゃんの魂はデータ化されてるにゃ。急いでデバッグすれば助かるにゃん! 」
「でもどうやって……? 」
「びびといっしょにシステムの海に飛び込むにゃっ! 」
考える間もなく、とぷん……という音が聞こえたかと思うと、景色が変わったーー。数字の0と1で造られた道はあるが、草木や建物らしきものは見当たらない。空と大地の境目が無い真っ黒な空間をプログラムコードのようなが白い文字が亡霊のように飛び交っている。
「この道の先にゃ! あるじさま早く! 」
カナデは足元の道よりも細かい数字で形作られた猫を追いかけた。もちろんカナデの姿もこの場所の理通りだ。
「ビビ、こっちで絵本当に合ってる? 」
「大丈夫にゃ! びびはるーしゃんに、じーぴーえすを付けてたにゃんっ」
「えっ!? いつの間にそんなことしてたの? 」
「大好きな人がどこにいるのか知りたい心理にゃん」
「それストーカー……」
「ふにゃ!! ……あ、あるじさま、ルーしゃんのファイルが見えてきたにゃ! 」
白い光の中から、暖かい日差しが降り注ぐ海辺が現れた。波打ち際でパシャパシャと水を蹴る少女を、レフ版が反射した光とカメラのシャッター音が追いかけている。ストレートの長い黒髪を躍るように揺らす少女にカナデはぼうっと見惚れた。
「この子……どこかで……」
「ねぇ、大丈夫? ずぶ濡れだよ。転んだの? お母さんは? 」
「えっ? 」
「タオルで拭いてあげる。こっちにおいで」
少女に手を引っ張られたカナデはハッとしたような顔をした。この光景を幼い頃に見たことがある……。カナデは一言一句聞き逃すまいと、彼女の姿を目で追った。
「絵本も濡れちゃったね。アイロンで乾くかな。いや、ドライヤーの方がいいか……」
記憶の引き出しから出て来た通りの台詞だった。それならばこの後はーー。カナデが後ろを振り返ると、母親が泣きそうな顔で砂浜を走っていた。
「こんな所にいたのね、カナデ。お母さん、心臓が止まるかと思ったわ。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてーー」
少女の傍に集まって来た大人たちに深々と頭を下げる母親の姿は映画のワンシーンのようだった。現実のように見えるが、そうじゃない。苦しくて張り裂けそうな心がそう物語っている。カナデは母の温かい手をもみじのような手でぎゅっと握りしめた。
「お人形さんとお話したかったの……」
「は? お人形さん!? 」
少女は不快感を露わにしたが……カナデが濡れてしまった手作りの絵本の表紙を見せると、何とも言えないような複雑そうな顔した。描かれている女の子とは腰まである長い髪が同じなだけで、他はそうでもない。だが否定しようにも、子犬のようなカナデの目を見てしまった後では到底無理な事だった。
「お人形さんは海に遊びにきたの? 」
「うぐっ。……えっと、『カナデ、こっそり絵本から抜け出したことは、皆んなには内緒だからねっ』」
「ブランやガンドルにも? 」
「あ~……『うん、秘密にしててね。約束だよっ』」
絵本の主人公と話をした嬉しさが周囲の大人たちに伝わるほど、カナデは満面の笑みを浮かべたーー。
「あの時の『お人形さん』はルーさんだったんですね……。絶対に、助けます! ビビ、僕に力を貸して! 」
「合点承知の助だにゃぁ」
しかしカナデとビビはーー異物を検知したバスターボットに首根っこを掴まれて、ファイルの外に放り投げられてしまった。さらに外で待ち構えていたセキュリティボット3体に追いかけられ、やむなく……脱出した。
「ふにゃああん。バレないルートのはずにゃったのにぃっ。別を探すにゃ! 」
「ビビ、時間が無い! 人形から直接無理やりにでもーー」
全ての指が崩れ落ちたオーディンの人形の手を掴もうと、カナデが腕を伸ばした刹那ーー。
シュシュの森が……消えた。
初夏の美しい緑の葉をつけていた樹々も、柔らかい草むらも……そして、愛らしい姿を見せていた精霊たちも……夢から覚めてしまったかのようだ。最初からここには何もなかったと言わんばかりの砂漠化した大地が眼前に広がっている。
カナデはボーノやアイノテたちの『なんじゃこりゃああ! 』という声を聞きながら、砂だらけの大地を見渡した。ルルリカが放った1筋の光がルードベキアの身体を螺旋状に包み込んでいる。その光は繭のようなものを形成したかと思うと、光の粒をキラキラと撒き散らしながら、シャボン玉のように弾けたーー。
「オーディンの人形が……元の姿に戻った!? ビビ、あれってルルリカの回復魔法だよね。凄いよ、絵本当に凄い! 」
「母の愛は強しにゃ。良かったにゃ。良かった……にゃぁ。ぐすんぐすん」
「これでもう、ルーさんは大丈夫だね。ーーブラン……? 」
オーディンの人形のひび割れ1つない頬を優しく触れたブランの手は震えていた。
この世界はゲームだがどんな生き物にも体温があり、もちろんそれを感じ取ることもできる仕様になっているというのにーービスクドールのような肌から暖かさを感じない……。
……ブランの黒い瞳から大粒の涙が零れ落ちたーー。
「総さん、ルルリカが人形の身体を治してくれたよ。……もしかして、予定通りにいかなかったことを気にしてる? びっくりしたけど……俺は何とも思ってないから、恥ずかしがらなくていいよ。だから早く……」
ブランは眼前に表示されたシステムメッセージに驚愕して、言葉が止まった。見間違いであってほしい。そう願ったが……慌てて出したタブレットにもオーディンの人形がアイテム化したというログが残っていた。
「嘘だ……。そんなはずはない。だってこんな綺麗に、元通りになったのに……。総さん返事してよ! こんな別れは、嫌だよ……総さん……」
物言わぬ人形を抱きしめて、泣き崩れていたブランは、ふと誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。ワンピースを着た少女のような何がブランの顔を覗き込んでいる。
顔がはっきりしない人型に、ブランはギョッとしたが悪感情は芽生えなかった。それどころか、心が癒されていくような不可思議な感覚を覚えた。
「君は……」
「シィー」
少女は人差し指を口元に置いた後に、きょろきょろと辺りを見渡した。何かを探しているーー。そして両手でそっと蝶を捕らえるような仕草をした後に、ブランの胸元に手を押し付けた。
「魂が繋がったから、これでもう大丈夫。どんなに離れていても、絶対に会える」
「それは一体どういう……」
「白いウサギさん、バイバイ。またね」
煙のように消えた少女に驚く暇もなくブランの長くて白い耳に、悲痛な声でルルリカの名を呼ぶディスティーの声が届いた。彼は脱ぎ捨てられたような白い服の前で嗚咽しているーー。
ほんの少し前まで、ルルリカは光の粒を全身に散りばめるように纏い、膝をついて祈りを捧げるようなポーズをしていた。片時も離れず見守っていたディスティニーは、愛する娘を助けるために、ルルリカが森から集めた黄金色の光を放った時は感動のあまり打ち震えた。
そして突如ルルリカは……安堵の笑みを浮かべたディスティニーの眼前で、光の粒となって分散した。
これは連続クエストのイベントで現実ではない。しかし、その考えはいとも簡単に打ち砕かれてしまった。白を基調としたセシルブルンネのブラウスの襟元からは、ディスティーが知るルルリカではなく、3歳ぐらいだろうか……小さな女の子がピョコと顔を出したからだ。
小さな女の子は肩まで伸びた銀糸のような髪を揺らしながら、眠そうに眼をゴシゴシ擦ると、『ふわぁぁ』とあくびをして服の中に潜った。
「ルル……。どうしてこんな姿に……」
「光王ルルリカ爆誕ってか」
「光王? 精霊王じゃなくて? ガンドルさん、どういうことなんですか? 」
「そんなの、俺に分かるわけないじゃ~ん。でも……」
ガンドルはおもむろに砂浜に横たわる服を中身ごと抱き上げた。ブラウスからちらりと見える幼女の額に真剣な眼差しを注いでいる。
「この紋様は見覚えがあるんだよねぇ」
「紋様? 」
すぐさまディスティニーは立ち上がり、気持ちよさそうに寝ている幼女の顔を覗き込んだ。白い額には薔薇が翼を広げたような紋様が浮かんでいた。黄金色の光を放ち、キラキラと輝いている。ガンドルは神妙かつ低い声で、言葉を吐き出した。
「世界を創造した神王の証だ」
カナデの額から汗がつつぅ……と流れた。次々に起こる予想だにしなかった出来事について行けず、すっかりフリーズ状態だ。錆ネコのビビもいつもよりも大きく目を開けて驚愕ーーいいや、激しく憤っている。
「ぜ~んぜん、ぜ~んぜん聞いてないにゃっ!! この展開はなんなんにゃっ!? にゃんで、るーしゃんがあんなことになって、るるしゃんがちっさくなったにゃっ。マキナは何してるにゃ? さぼりにゃ? さぼりマキニャめっ! おさぼり禁止だにゃあああ! 」
「まぁまぁ、子猫ちゃん。そんなに怒るなよ。きっと大人の事情がーー」
「びびはずっとマキニャを手伝ってたのに、ひどいにゃっ。ぷんぷんだにゃっ」
「あぁうん、そうだな。怒って当然ーーえっ、手伝ってたん!? 俺ちゃん、そっちの方がびっくりだわ。え~っと、なんつ~か……ルルリカはちっさくなっちゃったけどぉ、ルーは無事なようだから? 後で一緒に尋問しようじゃないか! どうよ、我が小さき友よっ」
ガンドルは砂漠の砂に怒りをぶつけているビビの前でしゃがんだ。ほりほりけりけりしてるビビをニコニコ笑顔で眺めている。
「……びびは小さくないにゃんっ。ガンドルが大きすぎるだけにゃん」
ビビはそう言うと、ふわりと空中に浮かんでーーパチンと1発、ガンドルのおでこに猫パンチを食らわせた。
「むはっ。肉球癒しをあざっすっ。それはさておき……カナデさまよ、呆けてないで連続クエストを確認した方がいいんじゃないか? マーフと進めろって、ルーに言われてたろ? 」
「えっ、あっ。そうだったっ! 」
カナデは慌ててオーディンの人形を抱き抱えるブランの傍にいたマーフに駆け寄ったのだが……。マーフは沈んだ表情で、左手を腰に当てて得意気に喋るパキラを見ていたーー。
「ーーそれでっ、硝子じゃんって思った瞬間に、身体が動いたの。ダッシュと同時に、こんな風に身体を捻って……地面に落ちる寸前に、手をシュッと! 私の反射神経って意外と凄かったみたいっ。ホント、割れなくて良かったぁ」
あっけらかんとしているパキラとは裏腹に場の雰囲気はしらけていた。素晴らしいダイビングキャッチをしたパキラを称賛するどころか……不快気だ。特にアーチボルトとマーチンはふたり並んで般若の如き形相を見せていた。
だが周囲の視線もなんのその、パキラの瞳にはカナデしか映っていなかった。褒めて欲しさプラス、あわよくば抱き着きたいという気持ちが炭酸水の泡のようにパチパチと弾けている。
「カ、ナ、デ~っ。見て、見てぇ! 」
「はい、確保~!! 」
カナデに向かってパキラがジャンプした途端に、唇を突き出した顔をスタンピートの大きな手にがっちりと掴まれた。さらに左腕を身体の後ろに回されて締め上げられてしまった。
「いっったああい。いたいいたいいたい! か弱い女子に何すんのよ!! 」
「空気読めないバカを捕まえただけだ」
「何ですってぇぇ! ピートはアホな子のくせにぃぃ! 」
「接近禁止令を忘れてんじゃねぇよ! それと何でソレを持ってるんだよ……」
「ピートうるさぁい。ソンナコト言われる筋合いありませ~ん」
やかましい口喧嘩を竹輪耳でスルーしたカナデはパキラの手の中にあるガラス製の電球テラリウムのプロパティを商人スキル鑑定眼を開いてすぐに、がっくりと肩を落として左手で顔半分を覆った。
「なんでパキラがコレを……」
「ドロップした瞬間、いつもの癖っていうか、反射的にっていうか……。レイドに来たのに私だけアイテム何も無しだったから、つい手が出ちゃったのよぉ。それに! 皆んなは見てるだけで、どうぞと言わんばかりだったよ? 」
「それはルーさんの事前説明を聞いてたからーー」
「私ってばイベントムービー系はスキップしちゃうタイプなのよねぇ」
「あれはイベントなんかじゃなくてーー」
「それよりカナデ! このユグドラシル・テラリウムって、マイルームの装飾アイテム? それとも、種が中で浮いてるから、素材かな……。そういえば、この間オークションシステムが解放されたよね。そこに出したら、高値で売れるかも! このまま私が貰っちゃっても、いいよかな? 」
上目遣いをするパキラに、カナデは残念な子を見るような目を向けた。
「パキラはルーさんの話をまったく聞いてなかったんだね……。それは連続クエスト用のアイテムだよ」
「ええっ!? そうなの? ごめ~ん、オーディンの人形のドロップアイテムだと思ってたぁ。てへっ」
パキラはユグドラシル・テラリウムをカナデの眼前に出してすぐにひっこめた。主導権は自分にあると言いたげな顔でにこにこと笑っている。
「ねぇカナデ、コレを渡すからぁ……。功労賞としてぇ、私もぉ、連続クエストのパーティに入れて欲しいなぁ。えへへ」
だがカナデの返事は大きな大きな溜息だった。誰かさんを彷彿させるような喋り方にうんざりしているのか、パキラと目を合わせようとしない。
「はぁ? カナデ、冷たすぎない? なんかもう、大雪がジャンジャン振ってる背景を背負ってる感じだよ? もっとさぁ、私を労ってよ……。『割れないようにキャッチしてくれてありがとう。さすがパキラだ、ぜひ彼女になってくれ』とかさーー。あっ、しまった心の声が……」
「……マーフさん以外は触るなって言われてたのに、なんで拾うかな」
絵本音を華麗にスルーされて不貞腐れたのか、パキラは腕組みをして足元の砂を軽く蹴り飛ばした。さらにふくれっ面で恨めしそうにカナデを見つめている。
「そんなの、知らなかったもん! ……はいはい、分かりましたぁ。カナデじゃなくて、マーフさんに渡せばいいのね。今から持っていきますぅ」
「いや、そのアイテムはもう誰にも渡せないよ。アイテム名の頭に鍵マーク付いてるの、気が付かなかった? 」
「え、うそっ!? 帰属アイテムだったの? じゃぁ……私が連続クエストをやればいいのね! 任せてっ、プレイヤー皆んなのためにがんばるからっ」
パキラは冷ややかな視線を浴びながらも、嬉しそうにユグドラシル・テラリウムを掲げた。
「次回からは『世界を救うアイテムをうっかり拾ちゃったので、モブだった私が主役になりました! 』がスタート! お楽しみにっ」
システム:オーディンの人形ーールードベキアーーが主役の第3部が終了。予定よりも文字数が増え、下書きとはかなり違う感じになりました。はみだしエピソードがまだちらほらあるので、後日、あとがきにおまけとして入れ込もうかなぁと考えています。
<お知らせ>2023,11,10
次から4部が始まりますが、本編を1回、お休みさせて頂きます。
代わりに、神ノ箱庭番外編としまして、幼い奏が持っていた手作り絵本の内容をUPします。
奏が母といっしょに一生懸命、考えた物語をぜひご覧ください。
▼なまえをわすれたにんぎょう
https://ncode.syosetu.com/n6122im/




