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神ノ箱庭  作者: SouForest
ユグドラシルを求めて。
137/166

転がる歯車(中)

システム:ラクガキ挿絵を追加。20231104

 戦場だったフィールドはすっかり日が暮れて夕闇に包まれた。シュシュの森はランタン植物に火が灯り、さながらクリスマスイルミネーションのようだ。森の中の少し開けた草むらに設置されたレイド作戦本部もまた、光輝く巨大な草花によって……ほどよい光で照らされていた。


 ぽっかり開いた上空では光の精霊たちがシャンデリアのような陣形で踊っている。彼らは歌いながら、時々、星型の光の粒を小さな手から飛ばした。いかにもファンタジー! かつ、幻想的な光景にレイドメンバーたちは思わず感嘆の声を漏らしていたーー。


 だがパキラはーーそんな別次元に迷い込んでしまったような状況を共感することなく、不満気にホワイトボードを見つめていた。脳内ではひとり小芝居が始まっている。


「ユグドラシルをゲットした人、手を上げて~! 」

「は~い」

「では、予定通りにお願いします」

「プレイヤー全てがログアウトできるようにして下さい! 」

「やったー! リアルに帰れるぅ」

「皆んな、いままでありがとう! 」

「ばいば~い」


「……なんでそうならないの? なんで呑気に飲み食いしながら、ヴィータ討伐報酬品報告会なんかやってんのよ。おかしくない? 」


 レイドメンバーたちは茶葉イタチ村からの差し入れである茶葉ケーキを食べながら、レモンがほんのり香るお茶を飲んでいる。その姿が滑稽に見えたパキラは馬鹿にしたように鼻を鳴らし、カナデに渡そうと持ってきた握り飯を口に突っ込んで、水で流し込んだ。


「まじイミフ三乗の介ぇ……」

「それもおまじないですか? 」


「うわっ!? さ、三郎さんいつからそこに……」

「今さっきですぅ。それで、『まじイミフ三乗の介』ってーー」


「くあっ、デジャヴぅぅ」


 パキラはキラキラと目を輝かせる三郎に『平和祈願のおまじない』だと説明すると、そそくさとその場を逃げ出しーーホワイトボードの近くあった切り株にちょこんと座った。



 アタッカーチーム最後の報告者はカオモジだった。ヨハンはアイテム名をホワイトボードに書き連ねた後に……『清廉な白雪氷菓』というアイテムを観察するように見つめた。


 先ほどレイラがテーブルに乗せた『無垢な瑠璃飴糸』と、マーフが見せた『純粋な黒糖鉱石』と同様に、プロパティがロックされてるため詳細が分からない。見た目は美しい宝石に見えるが……何に使うものなのだろうか。


「あ、ヨハンさん。あとこんなものもあるよ」


 カオモジがコトリと置いたアイテムはドクロがあしらわれた『恨み笛』というフルートだった。朱殷しゅあんのオーラを飛び散らせ……『怨』や『呪』という文字が煙のように伸びている。


「禍々しい見た目ですね……」


「これさぁ、吹こうとしたんだけど音が出ないんよ。ヨハンさん、プロパティに何て書いてあります? 」


「ええっと……。あぁ、これはバード職専用武器ですね。カオさんはウィザードだから、拾った時に帰属解除されなかったのかもしれません」


「なるへそぉ。俺が使えないなら、持っててもしゃあないなぁ。後で銀の獅子商会さんとこで買い取り相談しますわ」


 『恨み笛』をインベントリに入れたカオモジは、とても残念そうにその場を立ち去った。ヨハンはかける言葉が無く、そのまま見送っていたのだが……カオモジはアイノテと言葉を交わした途端にぱぁと明るい表情に変わった。


 魔術書のようなものを手にして嬉しそうにしている。どうやら物々交換をしたようだ。


 ヨハンは安心したような笑みを浮かべて、カタカタとキーボードの音が響かせているノートパソコンを覗き込んだ。イリーナがスタンピートの名前を指差している。


「では次にーー」

「はいっ。はいはいは~い! オレオレ!」


 ガンドルが元気よく手を挙げた。ずっと名前を呼ばれるのを待っていたが、我慢しきれなくなったらしい。


「へへへ、俺ちゃんてば、すんごいアイテムをゲットしたんやで! 見て驚けっ、ジャジャーン! ユグドラシルの種、登場! 」


 得意げな顔でガンドルが丸テーブルにコロンと転がしたアイテムは……大豆サイズの種だった。


 アイテム名をホワイトボードに書き込もうとしていたヨハンはギョッとして振り返り、イリーナは目を見開いて椅子から立ち上がった。


 レイドメンバーたちを後方から見守っていたマーフもかなり驚いている。マキナのノートに記載されていたドロップアイテム一覧にそんなアイテムは無かったはずだが……もしかしたら、遅れて表記されたのかもしれない。


 マーフは淡い期待を抱きつつ……。ヨハンやイリーナとほぼ同時に、大豆のような種のプロパティをスキル鑑定眼で開いた。


「うへへっ。ヨハンどうよ! 」


「それがその……。プロパティには『この種を育てると、この世界にある全てのマイルーム装飾品を取り扱う商人が出現するよ。どの商品も1つ1ゴールド! 沢山、お買い物してねっ。BYらいなたん』って、書いてあります」


「え? マイルーム装飾品? いやいやまさか。……ヨハン、もっかい確認してヨ」


「ガンドルさん、残念ですけど……これのアイテム名称は『ユグドラシルの種』じゃなくて『ユグダラシレの種』ですね」


「はぁあああ? ユグダラシレぇ? ……あ。ホントだ。なんだよぉぉ。めっちゃ紛らわしいな! 」


 ガンドルは丸テーブルの傍でしゃがみ込み、赤い髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしった。


「くっそぉぉぉ! 俺が『何でも願いを叶えるアイテム』ってやつを手に入れたと思ったのにぃ!!  ヨハン……ぬか喜びさせてごめんな。ぐすん」


 意気消沈したガンドルはふさふわの自慢の尻尾を腕に抱いて、とぼとぼとブランの元へ戻って行った。



 ブランもまたどんより曇を頭に乗せたような表情をしていた。胸元のポケットから取り出したタブレットを見つめて溜息を吐いている。


「プレイヤーの時も、ドロップ運は悪かったんですよねぇ……」


「そんなこと無いんじゃないか? 『病に倒れし義賊剣』って、アタリだと思うぞ。僕んとこにも来たからあげるよ。2本揃うと攻撃力が3倍になるみたいだしね」


「帰属アイテムですよ、これ。譲渡できないのでは? 」

「そんなもん、僕の手にかかれば、ちょいちょいのちょーいだ」


 青紫のオーラが黒い刀身に纏うロングソードを手にしたブランは口元をヒクヒクと引きつらせた。相変わらず出鱈目チートぶりをすんなりと行うルードベキアに呆れている。


 そんなブランの複雑な心境を知る由もないルードベキアはきょとん顔で首を左に傾げた。


「どした? いらない? 」


「……いいえ、ありがたく頂戴しますよ。このロングソードの特殊能力はちょっと曲者すぎますけどね」


「防御力が低ければ低いほど、攻撃力や攻撃速度だけでなく、クリティカル率、クリティカルダメージ、そして! 回避力もどぎゃんっって跳ね上がるんだから、凄いよな。剣王の軽やかなバニーホップを見せてくれっ」


「言ってくれますね」

「なんなら、僕が相手になるよ? 」


 柔らかく笑い合うふたりから何かを察したマーフはきまり悪そうに視線を逸らした。ヨハンが言う4角関係が5角形になるのか……。そう考えてすぐに、思考を停止した。今はそんなテレビドラマのような事情に首を突っ込んでいる場合ではない。


 丸テーブルの周辺で賑やかに談話していたレイドメンバーたちはいつの間にか静かになっていた。ブランと彼に抱きかかえられているオーディンの人形の登場を待っているのか、彼らはホワイトボードに背を向けている。


「ブランさんの番のようです」


「そのようですね、マーフさん。……モンスターなのに討伐報酬があるなんて、まだ不思議な気分ですよ」


挿絵(By みてみん) 


 ゲーム時間で朝になったシュシュの森から樹木街灯の火が消えた。可愛らしい鳥の声と清々しい朝の空気が樹木の間を流れている。あっさりさっぱりとブランのドロップ報酬品発表が終わり、レイドメンバーたちは右手が無くなったオーディンの人形の傍に集まった。

 

 人の壁に囲まれたルードベキアはダイヤモンドの原石のような『無垢な瑠璃飴糸』を枝葉から差し込む朝日で透かして眺めていた。羽を広げた1羽の鳥が中に閉じ込められているのが見える。白鳥……いや求愛ダンスをする白鷺だろうかーー。


「昆虫入りの琥珀みたいだな」

「ルーさん、そろそろ……」


「あぁ、ごめんごめん。僕のヴィータドロップ品は、何に使うか分からないこのアイテムだけだよ。マーフに渡しとくね」


「了解しました。じっくり調べておきます」


「それと……。皆んな薄々気が付いていると思うけど、笛吹ヴィータは完全に消滅した。もうリポップしないから、この世界を脅かすことは無いよ」


「はいっ、ルー先生、質問です! 」

「ボーノ君、どうぞ」


「我々が戦ったガラシャやバルババル、エンデュランスのような、プレイヤーを完全に抹殺する力をもったモンスターは今後も、出現するのでしょうか? 」


「プレイヤー人口を減らすNPCやモンスターは、早々に現れないんじゃないかな。でも……万が一の対策を考えた方がいいと思う。それについては、また話し合いをしよう」


「俺もいいでしょうか? 」

「どうぞ、アーチボルトさん」


「結局、ユグドラシルはドロップしませんでしたよね。ヴィータがもうリポップしないなら、我々は……リアルに帰る術が無くなったってことになるんじゃ? 」


「う~ん……。そもそも論になっちゃうんだけどさ。ユグドラシルが『願いを何でも叶えるアイテム』っていうのは、ブラフだったんじゃないかなぁ……って僕は思ってるんだけど」


 失望と絶望が入り混じったざわめきが起こった。彼らの心情は文字となってルードベキアに流れ込みーーぷるぷると震えながら視界を埋め尽くしている。ルードベキアはその文字群を……左手と、右手が無い腕でそっと抱きしめた。


「皆んな、聞いてくれ。まだ作戦は終わってない。こんなことがあるかもしれないと想定して、僕はヴィータから連続クエストを引き継いできたんだ」


「れ、連続クエスト!? 」

「まさかヴィータ戦のようなレイドが次々と……? 」


「クエストアイテムをマーフに渡すから、皆んなでーー」


「クリアすればリアルに帰れるんですよね? 」

「それって時間制限あったりします? 」

「ルードベキアさんは詳しい攻略をご存じなんでしょうか? 」

「またもやハードコアだったり? 」


 詰め寄るプレイヤーたちにルードベキアはたじたじになった。矢継ぎ早に質問攻めに合い、続きを喋り出せない。しかも、どんどん身体が仰け反って倒れそうになっている。背後にガンドルがいなければ、尻もちをついていただろうーー。


 突如、シュシュの森に虹色のオーロラが出現した。


 キラキラと輝き、頬を優しく撫でるように……ゆっくりと揺れている。上空では愛らしい精霊たちが光の粒で出来た花を散らし、ふんわりと漂う柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。レイドメンバーたちは次第に落ち着きを取り戻し、ルードベキアはホッと胸を撫でおろしたーー。


 さすが精霊王、御見それしました。ーーそう言わざるを得ない。ルルリカはルードベキアに軽くウィンして優しく微笑んでいた。



「えっと、いろいろ聞きたいことがいっぱいあると思うけど、攻略本は無い! そして連続クエストは、オーディン王の人形物語に登場するキャラクターから受諾することなるよっ」


「あの、ルーさん」

「はい、カナデ君どうぞ」


「ブランやガンドルからクエストを貰うんですか? 」


「いえす! ハルデンやルルリカ、クイニーからもだよ。内容と順番は僕にも分かんないけどね」


「クエストアイテムがあるんですよね。それはどんなものか聞いても? 」


「それは見てからのお楽しみにしようか。ちなみに、ゲットしたプレイヤーに帰属されちゃうから、マーフ以外は手を出さないようにして欲しい」


「分かりました。それと最後に……連続クエストをクリアした暁には、全てのプレイヤーがリアルに帰れるんですよね? 」


「この作戦は、ゲーム会社が仕込んでた連続クエストを利用したものなんだ。クエストを受諾したプレイヤーがクエストアイテムを育てることによって、最終的にリアルに帰るための鍵になる」


「それって、物語に出てくる銀の鍵でしょうか……」


「どうだろう? キーパッドのパスコードかもしれないし、カードキーかもしれないよ? まぁ、何にせよ、たぶんだけど……何らかの邪魔が入ると思う。でも、ここにいるメンバーなら問題なく突破できるよね。僕もサポートするから頑張ろう! 」


 希望という名の丸い綿毛に小さな芽が生えた。さらに可愛らしい黒い瞳が開いたそれは、カナデの肩にのってピョンピョンと跳ねている。さらに分裂した希望はレイドメンバーたちにすり寄り、やがて美しい花へと変化するとーールードベキアの視界を埋め尽くすマルチウィンドウの上で咲き乱れた。


「では早速、アイテムをーー」

「ルー、待って下さい。本当に……大丈夫なんですよね? 」


「ブランは心配性だなぁ。抜き取ると同時に、ハートの銀の箱を入れるって言ったじゃないか」


 ルードベキアはそう言うと、有無を言わさずに左手をずぶすぶと自分の胸に差し込んだ。そしてブランが見守られながら、連続クエストを進めるために必要なアイテム『ユグドラシル・テラリウム』を取り出した。


 ガラス製の電球の中に大きな種が浮いているーー。


「これをマ……」


 言葉を出そうとしたルードベキアの動きがピタリと止まった。驚愕したブランの瞳に、ルードベキアのひび割れた顔が映っている。さらにピキピキという音が鳴り響き……右手がない腕に大きな亀裂が走った。


 ブランは目を見開いたまま倒れたルードベキアを抱き留め……唇をわなわなと震わせた。サファイヤブルーの瞳は濁り、少女の小さな唇は崩れ落ちて、すでに無い。


 ゲームの世界の再起不能という死ではなく、現実世界と同じ意味での死が……ルードベキアに迫っている。そう感じたブランは大粒の涙をぽたぽたと零したーー。


「う、嘘だ……。書庫で会えるんですよね? ルー、そうだと言って下さい! ……自分を犠牲にしないって約束したじゃないですか……。どうして……」


 『死にたくない』と咽び泣くルードベキアの声が聞こえたような気がして、ブランは半壊した人形の顔を震える手で包み込んだ。


(そう)さん、逝かないで!! 」


システム:ブランと同じく、私のゲームでのドロップ運は、物欲センサーが働きすぎているのがめちゃくちゃ悪い。ゆえにハクスラゲーよりも、武器製作するゲームの方が好きですね。あっ、素材集めしないといけないなら、あんまり変わらないか。あはは……。


 以下、ヴィータ討伐報酬品。


★マキナが追加したアイテム。何に使うのか詳細不明。


・純粋な黒糖鉱石

・無垢な瑠璃飴糸

・清廉な白雪氷菓


★ユグダラシレの種

 芽吹くと、マイルーム装飾品を取り扱う商人が出現し、1つ1ゴールドで商品を買う事ができる。


★恨み笛(バード職専用アイテム)

 形状はフルートだが、ヴァイオリンと同じ攻撃スキルが使える。武器スキル「怨嗟」は30秒間、ヴィータの分身(ステータスは本物のヴィータのほぼ1/3)が一緒に戦ってくれる。ディレイは60秒で使用回数限はない。


★病に倒れし義賊剣(ロングソード・すべての職で使用可能)

 防御が低ければ低いほど、回避力、攻撃力、攻撃速度、クリティカル率、クリティカルダメージが跳ね上がる。2本揃うと攻撃力が3倍に。


See you next week.


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