Dへの愛が発動しました
システム:ルルリカお着換え後のラクガキ挿絵追加。20230929
システム:誤字脱字修正等。20230929
「マーフさん、用意してた凍結グレネードがあと60です」
「こんなに減りが速いなんて……。このままだと足りなくなるかも」
ヨハンとマーフは凍結グレネードの予想以上の激しい消費に焦りを募らせた。やっとルルリカの顔色が良くなってきたというのに、森が破壊されでもしたら彼女は……。マーフは脳裏に浮かんだ恐ろしいシナリオに身震いした。
「どうにか確保しないと……」
「ちょっと工房塔に行ってきます。魔具師のテランさんから50買えることになったんで」
「ヨハン、待った! このエリアから離れるとパーティ脱退しちゃう! 人数がカウントされたままになるから、戻れなくなるよ」
「あっ……。失念してました。テランさんにシュシュの森まで来てもらえないか、打診してみます」
マーフはふぅ~と長い息を吐き出し、ノートパソコンを目を移した。モニターには巨大な手が裂け目から次々と這い出している様子が映っている。ほぼ同時に沸いたボスクラスモンスター『ヘラクレスだと普通だよね? 』はーー動くことなく静かに沈黙していた。
「こいつを倒さない限り、湧き続けるってことかーー。ヨハン、ガンドルさんたちは? 」
「『ヘラクレスだと普通だよね? 』の傍にはいないみたいです」
「何がどうなってるのか、まったく分からないな」
何か不可解な問題が生じている。そう気が付いてすぐさま、調査のためにドローンを近づけたのだが、謎が解ける前に機体が壊れるというアクシデントが起こった。しかも、事情を知ってそうなブランとガンドルとは未だに、豆ウサギ通信が繋がらない。
「ディグダムさんからの連絡は? 」
「まだです。凍結グレの値段が相場の10倍に釣り上がったから、知り合いに相談するって言ってました……。かなり苦戦してるっぽいです。連絡が入り次第、パキラさんに受け取りに行ってもらおうと思ってます」
「10倍までキタか! うちがずっと買い占めてたせいだね……」
不安を募らせるマーフの瞳に……木箱を置くカナデの姿が映った。さらにもう1つ、スマホから取り出して隣に並べている。中身はーー。
「マーフさん、凍結グレネードを120個、造りました。定価で買い取ってくれます? 」
「なんですって!? もちろん、買います! それにしても、いつの間に製作したんです? 」
「えへへ、実はーー」
カナデがスマホから出したアイテムをマーフは目を見開いて眺めた。フラスコや試験管などの実験道具付きの机のシルエットに見覚えがあったーー。
「これって……大型アップデートのカミングスーンページに載ってたやつじゃ!? 」
「そう、それです! 実は、持ち運び便利な『作業台』だったんですよ! いま出したこれは消費アイテム専用なんだけど、他にも種類があるんですよ。詳しくはレイドが終わってから話しますねっ」
どうやって手に入れたのか、非常に気になるところだ。たぶんレイドアプリと同じく、何らかのクエストがあるのが推測できる。しかし今はそんな事に時間を費やしている時間はない。巨大な手のモンスターを1体討伐するのに費やす凍結グレネードは10~15個だ。裂け目からの湧きが止まる気配がない状況下の今は、まだまだ個数が欲しい。
不安気な表情をするマーフに、カナデはニカッと笑うミンミンスマイルを浮かべた。
「凍結グレネード、もっと要りますよね。ここで製作してても、いいですか? 」
「もちろんです。それとーープロテクトスクロールも心もとなくなってきたので……」
「それも量産しますね」
「助かります、カナデさん。パラディンに憧れてると言ってたのに、サブ職を魔具師にするとは思いませんでしたよ」
「僕、師匠のルーさんみたいな、クラフトマイスターになりたいんです」
カナデは屈託のない眩しい笑顔をマーフに向けた。
イリーナとヨハンが出来たてほやほやの物資を忙しくアタッカーチームの元へ運んでいる頃、パキラはルルリカの傍にいるスタンピートの様子を覗いつつ、カナデに近づいていた。今なら誰にも邪魔されないーー。
「カナデ、お疲れ様っ。あのね、これ差し入れなんだけどぉ」
パキラはもじもじしながら話しかけたが、カナデは真剣な表情でパネルをタッチする仕草を繰り返しているだけだ。返事が無いことに思わずムッとしてしまったが、パキラはめげずに笑顔を作った。
「茶葉イタチ村のフィナンシェもあるよ。メンタル回復焼き菓子って言うの。なんでこんな名前にしたのかを太郎丸さんから教えてもらったんだけどぉ。……カナデ聞いてる? 」
竹茶碗を洗ってくれたお礼にと三郎から貰った冷茶を、パキラはカナデの前にある机に抗議するかのようにトンッと置いた。その途端ーー。カナデの手元から、ボンという音と同時に赤い煙が噴き出した。豆炭のような黒い物体を、カナデが残念そうに眺めている。
「あぁ……なんてこったい。この作業台、他人の干渉を受けるのかぁ」
「えっと、ごめん。こんなことになるなんて思わなかった」
「あはは……。パキラに気が付かなかった僕も悪いし。これ使う時の注意点が分かったから気にしないで」
「服が赤いチョークが付いたみたいになっちゃったね。あっ、クリーニングアイテムを渡すよ」
「いや、いいよ。違う服にするから」
カナデはスマホからTシャツを取り出しーーパンナコッタの絵柄をじっと見つめた。マキナとショップ巡りをしたのは何時だっただろうか。遠い昔の出来事になってしまったような気がする……。しんみりした表情を浮かべていると、日本刀を腰に差した男性がカナデの肩にポンと手を置いた。
「カナデさん、お疲れ。そのTシャツ、マキナさんとお揃いのヤツだよね」
「……僕のお気に入りなんです。ディスティニーさんもどうです? 」
「ははは……考えておくよ。ーーあのさ、少し気になってることがあるんだけど……」
「どうしたんです? 」
「ヴィータはマキナさんなんだよね? 倒して、いいのかな……」
「……僕もそう思ったんですけどーー。ルーさんが『クエストだから問題ない』って……」
「その言葉を信じるしかないか」
「そうですね……。あっ、凍結グレの補充ですよね? すぐにカゴに入れますねっ」
「ゆっくりでいいよ。ルルのとこに少し行ってくるからーー」
「了解ですっ。ゆ~っくり、用意しますネ! 」
照れくさそうなディスティニーを、カナデは『応援してます! 』という文字が浮き出たような顔で見送った。小花が飛ぶエフェクトが身体全体から漏れ出ているかのように楽しげだ。そして、パキラの面白くなさそうにつぶやく声が聞こえないように、耳に鉛製の蓋をはめた。
「ルル、茶葉イタチ村から届いた薬は飲んだ? 」
「ええ、おかげで熱が下がったわ。千代にお礼を言わなきゃ」
「彼女は茶葉イタチ村の名薬師だね」
「村に行ったら、頭をモフモフしてあげてね」
「俺も? 」
「だって皆んな、ディが大好きなのよ。ふふふ」
ルルリカの腰に手を回して、ぴったりと寄り添うディスティニーの姿に……スタンピートは目のやり場に困って、くるりと後ろを向いた。微笑ましいというか、何と言うか。どちらかというと激しく羨ましい!
そんなことを思ってため息をつていると……カナデにちょっかいをかけるパキラの姿が目に映った。
「ぷぅわぁきらぁあ! カナデとの約束をまた破ったなぁああ! 」
「ぎゃっ。ラスボスピートがエンカウントぉ! 」
風のように逃げるパキラを鬼の形相でスタンピートが追いかけている。緊張感がない彼らに苦笑しつつ、マーフはルルリカに暖かいおしぼりを差し出した。
「ルルリカさん、どうぞ」
「お気遣いありがとうございます、マーフさん」
「服が汗で濡れて、気持ち悪くないですか? 良かったら、お着替えしません? 最近、通販システムを開発したので、我が銀の獅子商会の衣装店で選りすぐりをご用意できますよ」
「嬉しいけど……私、プレイヤーが使うお金を持っていないの」
「ルルリカさんからは一銭たりともいただく気はありませんよ。ご安心下さい」
「でも……」
「ではディスティニーさんの給料から天引きしましょうか。いいですよね? 」
「う~ん……」
マーフが手にしたタブレットを覗き込んだディスティーは不満げな声を出した。ルルリカのためなら気前よく何でも購入しそうなのに渋い顔をしている、マーフは驚きの表情を見せた。
「2つ返事で乗って来ると思っていたんですけど? ディスティニーさん駄目ですか? 」
「マーフさん、通販システムって、情報ギルドメンバー限定でテスト中でしたよね。天引きじゃないと購入できない仕様ですか? 」
「いいえ、普通に買い物できますよ」
「では、俺の資産で直接買わせて下さい。天引きだと上限が決まっちゃいますから」
「え。金額の上限を気にしてたんです? 」
「はい。ルルの欲しいものをプレゼントしたいので、金に糸目は付けません! 」
ディスティニーは驚くルルリカの手を自分の頬に置いて、爽やかに微笑んだーー。
それからほどなくして、ルルリカは現実世界でも人気ブランドであるセシルブルンネの白を基調にした衣装を選んだ。着替え終わった彼女は、光の加減で蝶が浮き出る宝石が付いたループタイを物珍しそうに見つめ、袖に付いた薔薇の飾りをそ~っと触っている。
「素敵……。いつかこの森から出られるようになったら、ディの隣で歩いてもおかしくない服が欲しかったの。モンスターの私がプレイヤー用の服を着られるなんて夢みたい。マーフさんって凄いのね」
「いえいえ。大型アプデで好感度システムが追加されたおがげで、モンスターNPCにアイテムがプレゼントができるようになったんですよ。ーーついでに、お休み中のヴェロニカさまも、着せ替えしちゃいますね」
「ふふふ。可愛くしてね」
ルルリカはビシッと敬礼したマーフに幸せそうな微笑みを見せると、大きなフリルスカートを嬉しそうに揺らした。
「ディ、どうかしら? 変じゃない? 」
「とても似合うよ。可愛すぎて離したくないな」
補給アイテム配布から戻って来て、お茶をゆっくり飲んでいたヨハンがブーッと吹き出した。頭から液体を被った三郎がポカポカとヨハンの足を叩いている。
イリーナは目を点にして顔を赤らめ、追いかけっこをしていたパキラはスタンピートがぎょっとして止まった隙にまんまと逃げおおせた。マーフは背中から感じるラブラブパワーに『ごちっ』とつぶやいて微笑んでいる。
スクロール製作に没頭中のカナデは人目を憚ることなく抱きしめ合う恋人たちにまったく気が付いていなかった。しかしーー。ピロンという音とともに眼前に開いた小窓を見た途端に、作り立てのグレネードを落としそうになってしまった。
レイドメンバーの誰もが眼前に表示された文章に注視し、システムの音声に耳を傾けているーー。
『システム:精霊王ルルリカのDへの愛が発動しました』
ピロンーー。
『精霊王のDへの愛が続く限り、パーティメンバーは0.1秒ごとに体力の50パーセント分が持続的に回復されます。また、ステータス異常を感知した場合は即座に解除されます』
ピロンーー。
『システム:精霊王ルルリカの溢れる愛の発動条件が揃いました』
ピロンーー。
『精霊王に祈りを捧げたパーティメンバーは80000パーセントの攻撃ダメージボーナスが付与され、全ステータスが300パーセント増加します』
ガンドルの笑い声がグレーエリアに響いた。本部に辿り着いたブランはクククと含み笑いを漏らし、ディスティーと同じCチームのボーノは大楯を構えながら、にやにやと笑っている。
「ディスさん、やってくれたな! 『精霊王の愛が続く限り』って、にやけちゃいますな~。ルルリカさま、おめでとう! あっはっは! ーーステ上がりましたね」
ボーノに続いてルルリカに祝いの言葉を述べたミンミンは氷塊になったずどんが、白虎が前足で踏んだだけで消滅したことを大いに喜んだ。
「ぶはははは! 攻撃ダメージボーナス80000パーセント、ごちっっす。いやいや数字がおかしいって。ぶはっ、笑いが止まりませんのぉ。溢れる愛……照れるわぁ」
「不肖ながら、吾輩カオモジはチート級のバフに、感謝を捧げます! これでずどんも、どしんもワンパンっすね」
「ちょちょちょ~い。ディスティニーさんに『おめでとう』って言わないん。精霊王に感謝を!」
「あっはっは。ルンバさんも言ってないじゃないですか」
「だって、だって……。羨ましすぎるんですぅ」
楽し気な声が響き、笑顔がフィールドに開花した。いつのまにやら、裂け目から這い上がる客人たちの行列は途絶え、カブトムシを模した『ヘラクレスだと普通だよね? 』の巨大な体躯はすっかり消え去っていた。爪の欠片すら落ちていない……。
ガンドルは不快気に大きな狼耳をピクッと動かし、ゴクンと飲み込む音が聞こえた方角を険しい目で睨んだ。
システム:幸せのおすそ分け頂きましたっ!
おまけ「ガンドルとカブトムシ」
ヘラクレスオオカブトが巨大化した『ヘラクレスだと普通かな? 』の背中で、ガンドルはロデオを楽しんでいた。ーーはずだった。
では彼はどうしているのかと言うと……ポッキリと折れたカブトムシの象徴も言えるツノの前でワンワン泣いていた。ブランの慰めの言葉は耳に届いていない。
「今度こそ、絶対に乗ろうと思ったのに。それなのに、それなのにぃ。うわぁあん! 」
「ガンドルさん、気持ちは察し余るものがありますが、このままだと、我々もポッキリ折られますよ」
「うっ、ひっく、グスグス……。くっそお、俺のヘラクレスオオカブトを! 」
ガンドルは口惜しさを表すかのように咆哮し、攻撃力が上がる赤いオーラを放った。そして軽くジャンプして微動だにしない『ヘラクレスだと普通かな? 』の背中に着地すると、バリバリむしゃむしゃと言う咀嚼音をする先を睨みつけた。
「ヴィータ! 俺らと戦わせるために、召喚したんだろ? 何でお前がコイツを攻撃するんだ!? しかも食ってるてどゆコトダヨ! 」
『ヘラクレスだと普通かな? 』の頭部は食らい尽くされて無くなっていた。毛玉のような姿のヴィータは食事に夢中でガンドルには見向きもしない。耳障りなゲップをして、ガンドルをイラつかせている。
「いい加減に、食うのを止めろ! 」
「ガンドルさんダメです! 攻撃するのはーー 」
ブランの叫び声よりも先に、ガンドルは毛玉ヴィータの頭上から、銀の爪が伸びた両手を突き出していた。そして真っ二つに引き裂くためにーーお気に入りのアニメ、ミラージュ城のヴァルキリーから必殺技名を拝借したーーオルガブレイクを発動! したのだが……。
ヴィータに傷1つ付けられなかったどころか、黒い毛に弾かれた青いビームがガンドルの頬をかすめた。
「あ、あぶあぶ……。また規格外スキルかよ〜」
「私もさっきそれで飛ばされたんですよ」
「先に言ってヨ! 」
「人の話を聞こうとしなかったじゃないですか」
「ご、ごめん。で、この毛玉ちゃん、どうすればいいんだ? 」
ガンドルはしかめっ面をすると、ギョロリと動いた目玉を軽くつんと突いた。途端にーー黄色い何かが吹き出し、異臭がガンドルの人より優れた鼻を襲った。
「ぎゃああ! おなら攻撃食らった。退避、退避ぃ! 」
鼻を押さえて脱兎の如く逃げ出すガンドルに『言わんこっちゃない』とブランは呆れ顔をしている。ガンドルはブランがスキルで出したタオルを受け取り、鼻水が流れ出す顔をゴシゴシと擦った。
「アイツ、嫌い! カメムシかよっ」
「下手に手を出さない方が良さげですね。食事中は攻撃してこないようですし、本部に戻りましょうか」
「ぐすん。さらば、俺のヘラクレスオオカブト」
「彼は『俺の屍を越えていけ』って言ってますよ」
ブランはしおしお顔で項垂れるガンドルの首に腕回して、ぐいっと自分の方に寄せた。思いがけないブランの行動にガンドルは照れくさそうに笑った。
「ブランってさ、結構……俺のこと好きだろ? 」
「……どうでしょうね」
「かなり、いやものすごぉくーー俺のこと、気にいってるよね? 」
「ほら、さっさと歩く! 」
「へへへ」
素っ気ないふりをしているブランに、思わず心がキュンと鳴ったーーかどうかは、ガンドルのみぞ知る。
See you next week.




