愛ゆえに。
システム:レイドモンスターその3ラクガキ挿絵追加。20230915
システム:ラクガキ挿絵追加。20230923
「ぬああああ、お、ま、え、らぁああ! ぬぁにやってんだもうっ! 」
ふさふさの尻尾を逆なでたガンドルが大声で叫んだ。らぶらぶちゅっちゅな光景に我慢できず、狼耳を水平に伏せてイライラしている。
「ルルリカ! さっさと、彼ピと本部に戻りやがれっ! まったく、にょろりんを必死に追いかけてる俺ちゃんの前で、いちゃいちゃしやがってぇえ! ム、カ、ツ、クーー」
ガンドルは『マックス! 』と大声を張り上げてジャンプすると、大地から口を開けて飛び出してきたアルゴキネスに向かって拳を降ろした。
「唸れ雷號! オルガブレイク!! 」
レーザー砲のような衝撃波がアルゴキネスの頭部を砕いた。さらに喉の奥に突き進んだ青い閃光が身体のあちこちでボコボコと膨らんで分厚い皮膚を突き破ると、大地から稲妻のように吹き出した。
「ミラージュ城のヴァルキリー最高! もう一度あのアニメを見たいと願うガンドルでしたっ。ということで、残り1匹っ。皆んな森に避難したぽいしぃ、さっさと片づけてブランと交代をーー。ふわっ!? 」
ガンドルは思わずゴシゴシと両目を擦った。レッドエリアでヴィータと戦っていたはずのブランが身体を丸めて回転しながら空中を飛んでいる。
「どゆコトヨ!? ぶらぁぁぁんっ! 」
勢いよく自分に向かってくる大事な友を助けるためにガンドルは両手を広げると、見事にキャッチーーではなく、ブランの黒いエナメルシューズの底が顔面にヒットした。漫画ならば、ドゴンッ、メキィ……という擬音で表現されることだろう。
涼し気な顔でジャンプしたブランはシュタッという音が似合うスタイリッシュなポーズで地に降り立た。
「ガンドルさん、クッションになって下さって、ありがとうございます。助かりました」
「ゴジブナヨウデ ナニヨリですぅ」
赤くなった顔を擦るガンドルをよそに、ブランは険しい表情でレッドライン際で泳ぐ砂の竜巻を見つめている。
「ブラン、ヴィータがこっちに来ないようにしてたんじゃないのか? 何があったんだよ」
「予想だにしない事態が起きたんです。あれを見て下さい」
「なんのこっちゃ? ん? 」
無数の紫の糸がルルリカの魔法防壁を突き抜け、アルゴキネスの身体を絡めていた。大蛇は身体をぶるぶると震わせて黒い物体から逃げようとしているが、身動きが取れないようだ。モンスターがモンスターを食らう。ゲームの世界でもよくある事なのだが……。
ボスクラスモンスターがじわじわと食い尽くされていく光景は普通だと言い難い。ガンドルは頬をひくつかせながら、ゆっくりと首をギギギと動かしてブランに顔を向けた。
「ブ、ブラン、あれって……ヤバいんじゃ? 」
「ええ、非常に、すこぶる……状況が悪いです」
モンスターの食物連鎖が始まる少し前、シュシュの森の本部で眠るオーディンの人形は……書庫の最上階にあるガーデンテラスに飛ばした意識だけの体で、タブレットパソコンをいじっていた。身体はほんのり透けている。
「う~ん……」
「殿下、心配事でも? 」
「なんでもないよ、ゴードン……。あっ、これ見てよ。ルルリカ陛下が森から出られるようになったみたいだ」
「なんと! これでこの世界は救われますな」
「愛って素晴らしいね」
「ほっほっほ。愛ゆえに。ですな。ハルデンどの、祝いの宴を準備なさいませ」
リディはハルデン本をテーブルに置いて、ティーカップを手にとった。
「俺もレイド終了時に、もてなしたいと思っていたので、ぜひやらせて頂きますけど……」
「ほっほっほ。ハルデン殿が不安がっておられるようですな。殿下、臣下の憂いを払うのも務めの1つですぞい」
「え。あぁ、うん。ハルデンは臣下じゃないけど……。まぁ、いっか。えっと、リディ、大丈夫だ! ぜひカナデのマイルームでやってくれたまえ! 」
「いいのか? 俺らが集合してるのが、やつらにバレるぞ」
「問題ないさ。どうせ、分かるのはかなり先だからね。余裕たっぷりで、楽しんでいる姿を見せつけてやれば良いんだよ。ーーあ、そうだ。リディ、僕の秘蔵のレシピ渡すから、それ作ってくれよっ」
ルードベキアはタブレットパソコンをぺこぺことタップして、薄いレシピ本を画面からにゅっと取り出した。テーブルに置かれたその本をゴードンが興味ありげにめくっている。
「殿下、ルルリカ陛下がお好きな料理も、ご用意しないといけませんぞい」
「何を言ってるんだゴードン。僕の好物は陛下も大好きさっ」
「それは……確かにそうですな。私としたことが。ほっほっほ」
「そうだろ、そうだろ? で、1番おすすめなのはーー」
主人に甘い臣下というタイトルのコントがリディの前で繰り広げられた。微笑ましいといえばそうなのだが、マーフたちが必死にヴィータと戦っているというのにーー呑気なものだ。リディは会話を楽しむ彼らに呆れ顔を見せた。
「……ルーは行かなくていいのか? マキナから出現するモンスターの攻略を聞いているんだろ? 」
「うん、もうちょっとしたら、起きる……」
「それ、朝に起こされた時の常套句じゃないか。ハードコアなのに悠長すぎるぞ」
「時間の概念が違うから大丈夫さ。こっちの1時間は、向こうでは10秒だ。それにーー」
「それに? 」
「初見は攻略本を見たら駄目じゃん? 」
「……マーフたちが可哀そうになってきたよ」
「うぐっ。ココロニ、ツキササル。そして、後でブランに物凄く叱られそうな予感がスル! 」
「ブランにも教えてないのか!? ……叱られとけ」
「はぅぅ……」
しおしおになったルードベキアはタブレットパソコンに映し出したブランの姿をじっと見つめた。
「なぁなぁ、ブラン。あいつの姿、物語に出てきた奴じゃね? 」
「怪物になったヴィータ、のようですねぇ」
大蛇アルゴキネシスをぺろりと平らげたヴィータは毛むくじゃらの怪物になっていた。獲物を探しているのか、体中に散りばめられた目玉を……ぎょろぎょろと動かしている。やがて、よだれをだらだらと垂らして両手を広げると、渦巻い黒雲を吸い込みーー小さな牙が生えた口で綿あめを食べるように頬張り始めた。
それとほぼ同時に、大地の裂け目から新たなモンスターが這い出した。その姿を見たガンドルとブランは……うんざりしたような顔で小さく溜息を吐いた。
「またアレか」
「またアレですねぇ」
「今度はムダ毛が少ないな」
「以前、戦った時はもっとボーボーでしたよね」
「光脱毛したのか? 」
「ガンドルさん、面白い事、言いますね。ーーとっ! 」
ブランは地面を軽く蹴って、上空から自分たちを叩き潰そうとする巨大な右手からひらりと身をかわすと、氷属性にした神兎剣を飛ばした。親指と人差し指に針山のように刺さった数十本の神兎剣はビキビキと音を立てながら、獲物を凍結した。
「さっすがブラン、じゃあ俺ちゃんが、とどめを刺しちゃいまっす」
「あっ、ガンドルさん、待った! 身体全体が凍らないとーー」
「そうだったぁああ! ごめ……」
「あぁ……」
パリンという音とともに砕けた指の欠片の1部がもぞもぞと動いている。それは風船のように大きく膨らみーー『どしん』という名の巨大な左手に変化した。合い方の右手『ずどん』と会えたことを喜びハイタッチを……、いや傍からだと拍手見えるか……。そんな感じで、互いにスピードアップするバフを付与していた。
「お仲間、増えた~んっ。しかも、裂け目から、『ずどん』がどんどん出てくる~ぅ。なぁ、ブラン。豆うーちゃんがおねんね中で、マーフと通話できないけど、どする?」
「こいつらの攻略方法はマーフさんに伝えてあります。ガンドルさん、行きますよ! 」
「ふわぁ~い」
キラキラと氷を纏うエフェクトがついた神兎剣が『どしん』の手の甲に刺さったと同時に、ガンドルは雪の結晶模様が描かれたグレネードを放り投げた。そして巨大な氷塊に思いっきり、トゲが付いた巨大な鉄球を振り下ろした。
「ぬははっ。マーフがくれたこの大槌、使えるな! こいつらと相性ピッタリぃ」
「インベントリが使えるようになって、良かったですねぇ」
「3枠だけだけどな! 」
「女神さまへのお祈りが足りなかったんじゃ? 」
「え。朝晩ちゃんと……ってなんで、祈ってたの知ってるんだよっ」
「ふふふ……」
「くちょぉ……。恥ずかしいからコッソリやってたのにっ」
「ガンドルさん、ずどんも凍結してますよ」
「らじゃっ! 」
スイカ割りのように、ガンドルは右手の『ずどん』を大槌で叩き割った。氷の粒が疑似太陽の光でキラキラと美しく輝いている。ガンドルの向日葵のような笑顔を魅力的に見せるかのように。
巨大な右手と左手が現れたのはブランたち周辺だけではなかった。出現数はヨハンたちオペレーターチームが確認している最中だが、5~6体がシュシュの森を守るルルリカの魔法防御壁を掌でバンバンと叩いている。さらに先が尖った爪で黒板を引っ掻くような音を鳴らした。
ルルリカはディスティニーの腕の中で、高熱を出した病人のように震えてぐったりとしている。
「ディ、貴方はボーノさんと戦いに行って。私は大丈夫だから」
「こんなに熱があるルルを放って置けないよ……」
「壁を攻撃しているモンスターを倒してくれれば回復するわ。だから、私のために、お願い」
「……わかったよ、ルル。君のために戦ってくる」
ディスティニーは白いソファにそっとルルリカを座らせると、彼女の銀髪を優しく撫でた。
アタッカーチームは巨大な手との戦闘にかなりの苦戦を強いられていた。キャンペーンボスであるガンドルやブランと比べても仕方ないのだが、火力が足りなさすぎる……。『凍結している間に討伐』という攻略方法がなかなか上手く出来ない。
「……2、1、ストップ! 」
「あっぶな。残り2%じゃん」
「削り切れなかったかぁ……」
「次のスクロの番は? 」
「アーチさん、僕のば、あっと……カナデです。投げました! 」
回復もできるプロテクトスクロールをアーチボルトに投げたカナデはオオクマネコの隣でレジかごに入った凍結グレネードを取り出した。後衛2人と前衛で戦っている3人のチームメンバーに素早く配り、自分も1つ手に取った。
「凍結グレ配布終了しました」
「カナデさん、サンキュ。皆んな、行くぞ! 」
「次こそ決める! 」
「獲るで! 」
「レッツお亡くなり! 」
「あいらぶきる! 」
アーチボルトのカウントの後、6つの凍結グレネードがほぼ同時に空中を飛んだ。ちょっとイミフなノリの掛け声もあったが、グレネードをぶつけられた巨大な手『ずどん』はたちまちに氷が肌を駆け抜け、身体全体がカチコチに凍った。そしてわずか2%になっていた体力は彼らの攻撃によって、全て消失した。
裂け目を登って来る『ずどん』をガンドルとブランが何体倒したか分からなくなった頃、空を覆っていた黒雲は青空の顔出しを許していた。疑似太陽が恥ずかしそうに姿を覗かせ、眩しそうに顔を上げたガンドルは光の中で徐々に大きくなる黒い点を不思議そうに見つめた。
何かがこちらに向かっているーー。
「ブラン、見ろ! ひゃっふぅ! 」
「あれってボスクラスですね……。喜んでいる場合じゃないですよ」
「だってあれ、ヘラクレスオオカブトだぞ! カムバック、サンキュウ」
6枚羽で飛ぶ昆虫型モンスターに魅了されたガンドルは興奮しまくっている。息をハスハスと吐き出して、嬉しそうだ。そんなガンドルとは打って変わってブランはモンスターの頭上にある名称を読んで苦笑を漏らした。
「ははは……。『ヘラクレスだと普通だよね? 』ですか。名称変更を忘れたようですね」
「ブラン、それはさておきだ! 」
「気になりません? 」
「ぜ~んぜん! 俺、ちょっとあいつの背中に乗ってくる! 」
「ちょっ、ガンドルさん! 周囲にいる『でっかい手再び』はどうするんですか! 」
「ブラン、よろぴくぅ。俺はヘラクレス愛に萌え~ん」
「え、ええええ!? 」
ガンドルはアニメ、インセクトレンジャーの主題歌を口ずさみながら、ボスモンスター『ヘラクレスだと普通だよね? 』の着地点に走って行ったーー。
システム:書庫のガーデンテラスはゴードンの許可を得た者だけが、お茶やデザートを楽しみながら、読書をすることができるエリアです。リディはルードベキアがいる時のみ、ゴードンから茶会に招かれます。
おまけ「書庫での内緒話」
書庫の最上にあるガーデンテラスで、リディは手からポロリと食べかけのマドレーヌを落とした。すかさず皿でキャッチしたゴードンにお礼を言うのを忘れるぐらい、リディは固まった状態で、ルードベキアをじっと見つめた。
「例の件、皆んなに言ってないのか!? 」
「え、いや……。マーフには説明したよ? ヨハンとボーノも知ってる。ブランは……喋らされマシタ」
「それならいいんだ。びっくりさせないでくれ」
リディはティーカップを置くと、ハルデン本を広げて、眼前にスキルモニターを表示した。しばらくすると、真剣な表情でぶつぶつよ独り言をつぶやき始めた。効率よくスキルを使う方法を考えているようだ。
「ところでリディさん? ダンジョンの構築し直しはどこまで進んでマスカ」
「何いきなり敬語を使ってるんだよ。ーーそうだな、3分の1ってとこかな」
「残りはまだ時間かかる? 」
「開発者側の妨害が無ければ、3日以内に終わるよ」
「お、いいねぇ。僕が考えていたよりもかなり早い。ーーリディ、あいつらのことは気にしなくていいぞ。いまはそれどころじゃないと思うからな」
銀髪の少女は悪だくみをしている悪人のような面構えで微笑んでいる。
「怖い怖い……何をしたかは、聞かないでおくよ」
「へへへ。本番はこれからだよ」
「ははは……。さて、俺はそろそろ仕事を始めるよ。じゃあまた後でーー」
「あ、待った! ダンジョン再構築の前にさ。やって欲しいことがあるんだ」
「ちょっと待て、嫌な予感がする」
「大したことないさ。工房塔と銀の獅子商会をプレイヤーに気が付かれずに、再構築をバン! ってやってよ」
「どこが大したことないんだよ……。内部に人がいる状態で変換するなんてーーいや待てよ、モンスターがいても大丈夫だったんだから、出来ない事ないか……」
「さっすが我らがリディ! 我らがハルデン! 」
「う、うん……まぁ、頑張るよ」
「あ、それからさ」
「まだあるのか……。オーディンの人形になってから人使いが荒くなったんじゃないか? 」
やれやれいった感じの口調のリディに慌てたルードベキアは茶菓子入りの籠を掴んで立ち上がった。たたたと足音を立てて走り、申し訳なさそうな顔でリディの前にそれを出した。
「ごめん。時間が出来た時でいいんだ」
「分かったよ。それで? 」
「マイルームエリアにあったルードベキアの部屋を再構築して欲しいんだよ」
「な……なんだって? 」
「難しいかな? 」
「う~ん……。難易度が高いな」
「そっかぁ……そうだよね。無理を言ってすまない。あそこに試作品のカメラがあるからさ、それを取りに行きたかったんだよ」
「カメラっていうと、ナンバー6か? 」
「いいや、あのシリーズとは違う。デジタル一眼レフカメラだよ」
「お、おい。そんなのをプレイヤー時代に作ったのか!? 」
「うん」
「交換レンズは?」
「18ミリ、60ミリ、105ミリ。それと200ミリ」
「ルー、カメラを取ってきたらコピーしてもいいか? 」
「いいけど? 」
「よっしゃ! 何とかするから時間をくれ」
リディは籠からウィスキーボンボンを1つ取って口に放り込むと、機嫌良さ気にガーデンテラスの白い門を通り抜けていった。残されたルードベキアはティーテーブルに戻り、含み笑いをするゴードンが淹れたお茶を手に取った。
「リディがカメラ好きだなんて知らなかった」
「いつか撮影旅行、いえ冒険の旅に行けるとよいですな」
「……そうだね。そんな日がくると、いいね」
See you next week.




