戦場のラブロマンス
システム:レイドモンスターその2のラクガキ挿絵追加。20230908
トランクケースを破壊された笛吹ヴィータは憤りを感じていた。魔法の笛も見当たらず、手元にあるのは黒刃のダガー2本だけで、本来の能力を発揮できないからだ。これでは獣王ガンドルと入れ替わりにやってきた剣王ブランと戦うのは不利としか言いようがない。
ブランが操る神兎剣は雁の群れのように隊列を組んで、息つく暇なくヴィータに襲いかかっている。ついさっき切り落とされた左腕を元に戻すには、指揮者が杖を振るような仕草をしている兎野郎の動きを止めなければならない。
神兎剣から逃げなつつつ……腰からぶら下がっている革製カバンをまさぐると、表紙にラクガキ帳とかかれたノートに手が触れた。パラパラとめくれるページには何やらイラストが描かれている。『臨機応変』と赤い文字を見つけたヴィータは、勢いよくそのページを破り取った。
その瞬間、ブランの神兎剣と同じ数だけの黒剣がヴィータを中心に渦巻いた。
これならば魔法の笛が無くとも、ブランと同等に戦えると確信したヴィータはーー狂気に満ちた笑い声を上げて、黒剣の軍団を突風のように進撃させた。
白と黒の剣がレッドエリアで火花を散らしている一方……、グレーエリアでは空と地上のそれぞれから突撃してくる昆虫に酷似したモンスターと熾烈な戦いを繰り広げていた。
上空ではブーンという嫌な羽ばたき音を響かせる巨大な蚊バルババルをミンミンの隷属獣『神楽』が蓮華が咲くような炎で消し炭に変え、シュシュの森から飛び出したキャベツ姿の精霊とカナデの迎撃ドローンが応戦している。
さらにルルリカが造ったツリータワーからレイラがスナイパーライフルで、黒雲から生まれるバルババルを狙撃していた。頭に1発当たればクリティカルヒットで瞬殺できる、そう気付いてから、レイラは単純作業をするように次々と打ち抜いていった。
地上では星口金をつけた絞り袋から絞られたメレンゲ菓子のような巣をガンドルが必死に攻撃していた。高さ5メートルほどある巣はヴィータのトランクケースと違って、HPバーが表示されている。分かりやすくていいのだが、連続攻撃で一気に削らなければならなかった。攻撃の手を休めると、空を飛んでいるバルババルに回復されてしまうからだ。
「ガンドルさん、HP残り5%です」
「おっけ、マーチン。後は任せた。じゃあ次は……右の巣にいくわ」
「了解です。我々は巣を破壊後、ガラシャを殲滅しつつ合流します」
「無理すんなよ? ヤバくなったらすぐに『タチケテガンドル』って言っていいんだからな」
「あはは。ありがとうございます」
レイラが抜けたマーチンが率いるアタッカーチームBはガンドルと連携して行動していた。ユーリは嬉しさを身体全体で表現するかのようなポーズで弓を構え、獣王ガンドルファンクラブの一員であるウィザード職のアイシャもノリノリで火球を飛ばしている。
ヴァイオリンを手にしたアイノテも意気揚々な雰囲気に乗せられたのか、『必殺はらへりはら! 』と叫んだ。黒い音符たちは巣だけでなく、昆虫型モンスターたちにも絡みついている。防御力ダウンを確認したアイノテはすぐさま武器を弓に変えると、必ず弱点にヒットするスキル一発必中を矢じりに乗せて放った。
次から次へと巣から湧き出す蟻型モンスターのガラシャは体長3メートルほどの大きさだった。細かい棘がついた触手を鞭のように振るい、濃い紫の液体が透けて見える腹を上げて、先端から撒き散らしている。魑魅祓の腕輪が発動したところをみると、この液体はヴィータのトランクから湧き出る病魔感染と似たもののようだ。
鉄の杭のような6本の足を大地に刺して移動するスピードは自転車の速度ぐらいだろうか。素早い動きで甘い菓子を見つけた蟻のように、範囲挑発スキルを使ったパラディンたちを押しつぶさんとばかりに群がっている。
だが3人のパラディンたちは動じなかった。
パラディンスキル逆風神でガラシャが宙に浮くほど吹き飛ばしーー麻痺で動けなくなった彼らの喉元を無数の聖属性のハンマーで引き裂いた。彼らの活躍によって、巣に集中することが出来た後衛火力衆の苛烈な攻撃は巨大なメレンゲの数を徐々に減らしていった。
シュシュの森に設置した作戦本部では掃除用、迎撃用の2種類を操るので精一杯なカナデの代わりに、ヨハンとイリーナ、そしてスタンピートがノートパソコンとにらめっこをしていた。ドローンから送られてくる映像でモンスターの巣と撃破した数をチェックし、万年筆でリングメモに『正の字』を書いている。
「イリーナ報告しますっ、エリア右半分の巣、終了! さっすがアーチボルトさん率いるAチームだね」
「はっや。えっと俺が見てる中央Bチームもそろそろ……。あ、いまガンドルさんが破壊して終わりました」
「スタンピートさん了解。ーー左半分も終了……っと。マーフさん、ガラシャの巣が全て破壊されたことを確認しました。地上はアリンコのみです」
マーフは軽く頷くと、左耳にしがみついている豆ウサギを軽く擦って、グループ通話のミュートを解除した。
「マーフです。巣の排除コンプリート。アタッカーチームAとCは敵を倒しつつ、Bに合流。次のウェーブに備えて、Aから順番に本部でアイテム補給をして下さい」
豆ウサギから流れてくる威勢の良い『了解』という声を聞いたマーフはにっこりと微笑み、まだ目覚めないオーディンの人形に目を向けた。枝葉で造られたハンキングチェアで、眉間にしわを寄せて眠っている。マキナと共に別の場所で画策していると聞いていたが……順調ではないようだ。何をしているのかは分からない。
マーフは思わず表情にでてしまいそうな苦笑いを抑えて、カナデの手元を覗き込んだ。
カナデは机に置いた2つにタブレットパソコンを器用に両手でピコピコとタップしていた。たまにビビが肉球でポンと押している。傍からだと猫に手伝ってもらいながらゲームをしているように見えるのだが。左が掃除ドローンで、右が迎撃ドローンを操作するのタブレットパソコンのようだ。
敵を表す赤い点が消えていくさまを見ながら、カナデは小さく、う~んと唸った。
「バルババルの湧きは止まったっぽいです。これなら殲滅終了も間近ですね」
グレーエリアの空を走るオーロラから緑色の光が降り注ぎ、わぁという歓声が上がった。柔らかく微笑むディスティニーの背中をミンミンがポンと軽く叩いた。それを皮切りに、チーム仲間たちもガラシャと戦いながら、ディスティニーの腕や肩をポンポンと叩いている。
「ディスさん、ルルリカさんの回復スキルは凄いね。頭が下がるよ」
「敵として対峙すると怖いけど、仲間になるとこんなにも心強いとはね」
「本人もスキルも美しすぎる……。ディスさんが羨まシス~」
キャベツを踏まないように小道を抜けるのが暗黙のルールになったシュシュの森の主、精霊王ルルリカが良い意味で絶賛されるのはディスティニーも嬉しかった。照れ笑いしながらも、ディスティニーは彼女をさらに褒め称えた。
最初はモンスターNPCらしくないルルリカの言動に少し興味を持っただけだった。ルルリカは森の奥に足を踏み入れたディスティニーを疎んじるどころか歓迎し、会う回数はどんどん増えていった。た。そしてディスティニーは……彼女もマキナやルードベキアと同じ犠牲者だと気が付き、恋の樽が坂を転がっていった。
ディスティニーは自分を呼ぶルルリカの声が聞こえたような気がして、シュシュの森に視線を移した。
「ディスさん危ない!! 」
ボーノの叫び声がフィールドに響いた。ガラシャの鞭のような触角がディスティニーの首に伸びている。我に返ったディスティニーはスキル死水で受け流すと、最上級のタイミング判定であるオーサムのカウンターでガラシャの首を音を立てずに……荒ぶる龍が刀身に纏う日本刀『黒龍炎』で切り落とした。
「ボーノさんすみません。ありがとうございます」
「いえいえ~。ディスさん、ルルリカさんのことを考えてたでしょ」
「エッ……いや、その……」
「初めてあった頃に比べると、彼女、驚くぐらい変わりましたよね」
「もともと優しい人なんですよ」
「愛の力だな。愛、いいねぇ」
長い黒髪からちちらと覗く真っ赤に気が付いたのはボーノだけではない。レイピアで連続突きをしているレッツルンバと、隷属獣『白虎』と共にウィップで快進撃をしているミンミンもーーニヨニヨとにやけ顔を披露している。
そしてカオモジはーー『燃え盛る愛の花! 』と叫びながら、赤いルビーを核にしたインディゴブルーの杖を掲げた。魔法の花は美しい無数の水刃の花びらを渦巻き状に広げ……行く手を阻む敵を散らしていった。
ボーノが中央エリアにいるBチームにそろそろ合流するだろうと口したその時ーー。足元がぐらぐらと立っていられないほど大きく揺れた。大楯を構えたまま膝をついて、振り返ると仲間も同じような姿勢で耐えていた。
何かが地下で動いているような重低音が響き、大地に亀裂が入っている。ガラシャたちも混乱しているのか、眼前にいるボーノたちには目もくれず、逃げ場を求めてあたふたと走り回った。
「皆んな、大丈夫か! 」
「何とか。だけど立てないっ」
「蟻共が来ないのは助かったけど……」
レッドライン側の裂け目に蟻型モンスターが吸い込まれるように落ちていく様子に、小さくした白虎を頭に乗せたミンミンは青ざめた。亀裂がこっちに向かっている。
「や、やばいやばいやばいやばい。走れ! 」
『即座に退避』というマーフの声と、小さな可愛らしいくしゃみが聞こえた後、豆ウサギ通信が途絶えた。耳を触ると、しがみついていたはずの豆ウサギがいない。舞い上がった砂塵のせいでどこかに落としてしまったのかもしれないが……探すにしては視界が悪すぎる。
今は逃げるのが先決だと判断したミンミンたちは、がむしゃらにその場から離れた。他のアタッカーチームメンバーも慌てたように走っている。だがオオクマネコだけは、豆ウサギを諦められず、立ち止まって探していた。『ももやん』と叫びながら、足元をきょろきょろと見渡しているーー。
「ネコさん何してんすか! 」
「ももやんが……」
「そんなこと言ってる場合じゃーー」
「だけど……」
「アーチさんヘルプ! ネコさんの連行ヨロ! 」
ラフレアは鎧をガシャンガシャンと音を立てて走って来たアーチボルトと共に、オオクマネコを両側からはさんだ。がっちりと巨大三毛猫の腕を捕まえた彼らは嫌がるオオクマネコを、引きずりながら、シュシュの森へ向かって行った。
アタッカーチームAに続き、Bのメンバー全員が砂まみれの状態でシュシュの森に無事に辿り着いた。ガンドルの姿は見えない。砂塵から砂嵐に変わったグレーエリアでまだ戦っているのだろうか。しばらくすると、ボーノとミンミンが装備に積もった砂を払いながら現れた。
「何にも見えない状態で、よくたどり着けたもんだ」
「ボーノさん、ホントですよねぇ。下手すると亀裂に落ちてましたもんね」
豪快に笑うミンミンの後ろで、カオモジは不安げに森の外に目を凝らした。仲間が1人……戻っていないーー。ルルリカは今にも泣き出しそうな顔でボーノの二の腕を掴んだ。
「ねぇ、ディは? 」
ディスティニーは崩れる大地から逃げるために必死に走っていた。砂嵐がいくつかの竜巻に変化したことで視界はだいぶ晴れていたが、シュシュの森は砂の壁に隠されて、どの方角に進めば分からない。そしてさらにガラシャたちが四方を囲み、行く手を阻んでいる。
「まいったな。さすがに俺1人で全部を相手をするのはーーきつい……」
助けを呼ぼうにも豆ウサギは耳から消え、頼みの綱のガンドルの姿も見えない……。スキル突剣を地面に使う裏技で、飛んで回避しようかとも考えた。しかし着地場所に裂け目があったらと思うと、なかなか踏み出せない。
「カウンタースキルで切り抜けるしかないな」
そう覚悟を決めた途端に、絶望的な光景が眼前に広がったーー。頭の大きさは一般的な消防車くらいはあるだろうか……。複数の眼を持った巨大な蛇『アルゴキネス』が鎌首をもたげて、日本刀を構えた獲物を見据えている。
ディスティニーは額から冷や汗が流れるのを感じたーー。
「恐れるな。俺なら出来る。神スキル死水なら……」
日本刀を鞘に納めたディスティニーは居合の構えを取った。しかしーーその勇気は一瞬で打ち砕かれた。アルゴキネスの甲高い悲鳴のような声で魑魅祓の腕輪は砕け散り……混乱デバフがついてしまったのだ。巨大な口が自分を飲み込もうとしているというのに、身体が思うように動かない。
ディスティニーの脳裏に走馬灯が走った。
「ふふふ。今日はどんなお話をしてくれるの? 」
「この間カナデと万年筆を作ったんだ。これなんだけどーー開けてみて」
「まぁ、宝石のエメラルドみたいに輝いているわ。角度によって大輪の牡丹が浮き出るのね。ペン先の装飾も素敵」
「ルルをイメージしてデザインしたんだ。貰ってくれるかな? 」
「とっても嬉しい……。1番最初に書くの文字は……貴方の名前ね」
夕焼けのように顔を赤く染めたディスティニーはほてりを感じた首の後ろに左手を置いた。右手は……ルルリカのしなやかな手に伸ばしていいものか、悩んでいるような動きをしている。ルルリカはくすくす笑いながら、ディスティニーの右手をつんと突いた。
「あのねディ、お願いがあるのだけど……。この間、ガンドルやブランの人形を作ってるって言ってたでしょ? 」
「欲しい? ルルの人形もデザインしてるから、一緒に持ってくるよ」
「う~うん、違うの。ディの人形が、欲しいの……」
「俺の? 」
「だって……人形があれば貴方が帰ってしまった後も……寂しさが和らぐから」
少し恥ずかしそうにうつむいたルルリカの姿は……サメのような鋭い歯の向こうに消えた。獲物を頭から食らおうとする大蛇の動きがスローモーションで流れている。
始まりの地で復活できないなら、現実世界のように死を迎え、自分という存在が消えてしまうのだろうか。それとも闇を彷徨い続けるのか……。
ディスティニーは口惜しさで顔を歪め、奥歯を噛みしめた。
「ごめん、ルル。もう、会いに行けないーー」
「諦めないで! 」
捲れるスカートを気にすることなく、大蛇アルゴキネスの側頭部に蹴りを入れるルルリカの姿がディスティニーの瞳に映った。一撃必殺というフォントが飛び出たのではないかと思うほどの、どこの角度から見ても素晴らしい飛び蹴りーー。グリーンのハイヒールの踵がメキメキと茶色い鱗にめりこんでいる。
白目を剥いて唾液を撒き散らしたアルゴキネスは……大地に転がることなくあっけなく霧散した。
そしてルルリカは颯爽と格好良く大地に着地ーーの予定だったのだが……そうは上手くいかないようだ。アルゴキネスが砕いた荒れた果てた大地に、お尻から落下している。
「きゃああっ」
「ルル!! 」
ポスン。ディスティニーの腕に受け止められたルルリカはしなやかで白い腕を彼の首に巻き付けて、ディスティニーを強く抱きしめた。
「ディ、ありがとう。無事で良かった……」
「こちらこそありがとう、ルル。素晴らしい蹴りだったよ」
「いやだわ。恥ずかしい」
「見惚れていた」
「もう、ディったらっ」
ルルリカは銀色に変わった髪を左手で触りながら、はにかんだ。少し前まではグリーン色に銀のメッシュが入った状態だったというのに、全てがオーディンの人形と同じ髪色に変化していた。
「髪の色、変わっちゃった……。もしかしたら顔も、今までと違う私に……なっちゃうかも。そうしたら、ディは……」
「どんな姿でも、俺はルルが好きだよ。花を愛で、優しく歌う君を心から愛してる」
「ディ、私も……私もよ」
地面が揺れ、砂の竜巻が躍る中……ルルリカとディスティニーは見つめ合いーー唇を重ねた。
システム:巨大な猫姿のオオクマネコさんは豆ウサギをこよなく愛しています。
おまけ「荒ぶる吟遊詩人オオクマネコの愛」
古参カンストチームの一員として名を馳せていたオオクマネコはーーマーガレットの白い花びらが好物だった豆ウサギを思い出して、ひっそりと涙を流していた。
「ネコさん大丈夫っすか? 」
「ラ、ラフレアさん……俺、駄目かも。ももやんがいない人生なんて俺には耐えられない」
「そんなに豆ウサギを気に入ってたんですね」
「ノーライフ、ノーモモヤン……。うっ、うう……」
「そんなネコさんに朗報です。豆ウサギの行李ってどこにしまってます? 」
「え、そりゃ、ももやんが疲れたら、いつでも寝られるようにウエストバッグに……。ハッ!? まさかもしかして! 」
「そのもしかしてですよ」
すぐさまカパッと行李の蓋を開けたオオクマネコはわなわなと手を震わせた。
「も、ももやぁぁあん」
「うきゅ? 」
「はぁああん、かわゆしぃ。もう好き、大好きっ。ももやん花びら食べる? 」
「きゅっ」
オオクマネコが鼻水を流して泣きながら大喜びする姿を横目で見ながら、ラフレアはスマホのインベントリにある行李を取り出した。起き上がった豆ウサギの頭を人差し指の腹で撫でながら、クスクス笑っている。
「豆ウサギは帰属アイテムだから、絶対に無くならない。そうブランさんが言ってたのにネ」
「うきゅんっ」




