激突(下)
システム:ラクガキ挿絵追加。20230901
レッドラインの向こうでは笛吹ヴィータと獣王ガンドルが激しい近接戦を繰り広げていた。プレイヤーで構成されたアタッカーチームはというと……AとBチームは遠距離武器やグレネードを使ってガンドルを援護。ボーノが率いるCチームは生き物のように逃げ回るトランクケースを追いかけている。
「もう超感動っ。ガンドルさまと一緒に戦えるなんて、幸せ過ぎるぅ。この雄姿を……写真に残したいっ。なんで私は写真館でカメラマン雇わなかったんだぁ」
「アイシャさん興奮しすぎだって。写真については、合意しますけどねっ」
「あ、ユーリさん。写真ならカナデさんがドローン飛ばしてるから、何とかなるんじゃないかなぁ」
「その話まじですかっ、ボーノさんっ」
「後でマーフさんに相談してみて~」
「お前ら、俺ちゃんの写真が欲しいのは分かるが、トランクケースを早く壊せっての! 」
ガンドルは喋りながら、ヴィータが振り下ろした黒刃のダガーを身を翻して避けた。しかし左足が黒刃から伸びた紫のオーラに巻き付かれている。バランスを失ったガンドルの身体は、重力に引かれて黒い刃先に向かった。
「これはヤバイ!」
ガンドルが心でそう叫んだ時、ドンという銃声音が耳に入った。弾かれて飛ぶダガーがスローモーションで地面に転がっている。ガンドルはざまぁみろという風にニヤリと笑い、地面に手を着いて即座に攻撃態勢を整えると、ゴム紐で引っ張るように地面に転がったダガーを引き寄せているヴィータの右腕を銀の爪で切り裂いた。
「ひゃっふぅ! レイラ妨害さんきゅっ」
「ガ、ガンドルさまが私にお礼を!? 帰ったらクイニーさまに報告しなきゃっ」
「ぬぬ、このオオクマネコもアピールさせて頂きますっ。我がヴァイオリンの調べをお聞きください! 」
「ヴァイオリンなら、わたくしアイノテも負けませんぞよ。戦禍の旋律で攻撃と防御あ~っぷっ」
まぁ、こんな感じで、レッドエリア内での豆ウサギを使った通信はマーフの心配をよそに難なく出来ていた。ガンドルとの連携と戦闘を楽しむ余裕さえ生まれている。そのせいか、通常のボス戦のような気分にもなっていた。
「くっそ、ヴィータのやつ、アサルトの弾丸を片手で全部受け止めやがった。反射神経、良すぎない? 」
「ベガちゃん、前みたいに瞬殺されてないから、ましだと思うよ? 」
「確かにそうだね、エンリ……。調子よく攻撃出来てるから勘違いしてた」
ベガは深呼吸して気を取り直すと、再びヴィータをロックオンした。その彼女の頭上にはカナデが操る掃除ドローンがホバーリングしている。スポットライトのような除去光を4つ、端が少しずつ重なるように照射された大地は白く光っていた。
青紫の病魔汚染が駆除されるパンッ! という砕ける音が連続で聞こえてこなければ、何かのイベントが始まるのではないか勘違いしてしまいそうだ。
大楯を構えていたアーチボルトは真っ黒な黒曜石のような手腕の上に装着された『魑魅祓の腕輪』に目を移した。使用回数が8回であることを示す点に囲まれた数字は9.10。この安全地帯に入ったときと変わっていない。
「さすがカナデさんだ。いい仕事してる」
「銀の獅子商会のお墨付き魔具師で、期待の新星ですもん。これからも仲良くしたいですよねぇ」
「あぁ、俺もそう思っーーおい、エンリ、あまり前にでるな」
「あっと、アーチさんすみません。鬼刃斬の射程がギリだったんで」
エンリはぺろりと舌を出して、安全地帯の白い枠ぎりぎりに置いた右足をスススと引っ込めた。魑魅祓の腕輪を付けている限り、病魔感染に侵されることはないが……チームメンバーとタイマー数値がずれてしまうのはできるだけ避けなければならなかった。
「Aチームのアーチボルトです。各チームの魑魅祓の腕輪の残り時間を教えて下さい。うちは9分ほどでストップしてます」
「Cチームボーノ、残り5分で発動中」
「Bチームのマーチンです。残り7分でストップしてます」
「ばらつきがあるな。撤退時間はボーノさんとこに合わせた方がいいですね」
「え、待ってください! あ、ユーリです。残り時間が少ないガンドルさんに合わせた方がいいんじゃないでしょうか」
ユーリの視線の先で、ガンドルは汗ひとつかかずにヴィータのダガーを鋭い爪で軽やかに受け流していた。さらにシーフ職のスキル連撃のような技を繰り出すヴィータの帽子に風穴を開けて、以前戦った時のようなキレがないと嘲笑っている。
「心配すんな、ユーリ! その時は俺の新スキルが轟くぜっ!? 」
「ガンドルさん……。かっこいいです! 」
「いぇ~い、ひゃっふぅ! からの~『唸れ噛牙斬! 』 」
必殺技っぽく叫んだガンドルは複数の狼の牙を飛ばしてヴィータを動けなくすると、ヴィータの防御力を上げていた黒いマントをばらばらに引き裂き、完全に破壊した。ヴィータは眩暈を起こしたのか、ぐらぐらと揺れながら、右手で握っているダガーの柄で頭を押さえている。
「ざまぁみろってのっ。えっと、狼連斬っ。いや、黒狼拳? まぁ、どっちでもいっかっ。それにしても体力多いな、もうやんなっちゃうっ」
眩暈から立ち直ったヴィータに向かってガンドルはポイッと黒いグレネードを投げつけた。大きな音を立てて破裂したそれは、地面を融解してドロドロに変化させて、ヴィータの脚を膝まで沈めた。
「えぇ!? まじで? うっそ~ん。ヨハンから貰ったグレを腰からぶら下げといてよかったんっ、ぬふふ」
ガンドルはびっくり顔から一転、いたずらっ子のような表情を浮かべた。まさかプレイヤーが使う足止め用のグレネードが使えるとは。プレイヤーであるアタッカーチームメンバーも驚きが隠せない。戦闘開始直後から何回か同じグレネードを投げつけていたが、まったく効いていなかったからだ。
プレイヤーの攻撃ではヴィータにデバフを与えることが出来ないが、キャンペーンボスである獣王ガンドルなら同じアイテムでも効果を発揮する。そのことはプレイヤーたちに勇気と希望を与えた。
「これはもしかして、もしかするとーーもしかするんじゃ? 」
誰かが思わず口にだした言葉に、誰もがはやる胸のうちを抑えた。ヴィータをロックオンしながら燃え盛る隕石を上空に呼び出していたアイシャは心の中で、その続きをつぶやいた。
これならば、ヴィータ討伐をコンプリート出来るかもしれないーーと。
だがしかし、世の中そんなに上手くことが進むわけがない。一般的なボスモンスターの進行のように、ガンドルが消滅させたはずの思念体ベータという怨幽鬼が再び出現したのだ。掃除ドローンが作った浄化地に這い出し、風に揺れるつくしのように佇んでいる。
なぜ浄化されない? という疑問はその場にいるアタッカーたちだけでなく、監視カメラを装着したドローンで様子を見ていたカナデも感じていた。
「マーフさん、最初にガンドルが倒したやつとは違うタイプなんでしょうか? 」
「……耐性がついてたのかもしれませんね」
「そ、そんな。それじゃ、病魔感染の方も時間がかかると、腕輪が使えなくなるんじゃ!? 」
「トランクケースを早く破壊しないと今後の戦局が厳しくなりますね。ブランさんたちは今どこです? 」
「あともう少しの所で、空とグレーエリアに湧いたモンスターに足止めされてます。このままだとアタッカーチームが……挟み撃ちにーー」
マーフはカナデが見ているノートパソコンを覗き込んだ。ブランは四方からやって来る蟻型モンスター、ガラシャを瞬殺しているが、プレイヤー2人を守りながら進んでいるため移動に時間がかかっているようだ。
「ふたりとも、もう少し移動速度上げられませんか? 」
「ごめんなさいブランさん。いま、隠密と俊足のディレイ中で……」
「私もこれが精いっぱいですぅ。ふえええん」
このままでは二進も三進もいかない。ブランは顔をしかめて小さな溜息を吐いた。
「マーフさん、聞こえますか? ブランです。敵の数と湧きの速さが災いして、移動が困難になりつつあります。プレイヤー2人を本部に戻して、私が単独で進んだ方がよろしいかと」
「ブランさん、申し訳ありません。私の判断ミスです……。ふたりはすぐにーー」
「待って待って! イリーナです。ここからピートとふたりだけで帰れってことですか!? 」
イリーナは後ろから迫りくるガラシャに怯えた。シーフスキル隠密と俊足を使ったとしても、車のようなスピードで移動する彼らにすぐ追いつかれてしまう……。顔を強張らせて身体をぶるっと震わせた。
「大丈夫ですよ、イリーナさん。僕が迎えに行きますから」
「カナデ? え。それエアジェットスケボで来るってこと? 帰りはどうするの? 3人のり? いや無理よね。どうやってーー」
「すぐに帰ってこられますから、安心して下さい。ーーマーフさん、行ってきますね」
「カナデさん、ありがとうございます」
「いいえ。お役に立てて、嬉しいです! 」
にこやかに微笑みながら、カナデはスッとマーフの前から消えたかと思うと、イリーナとスタンピートと手を繋いで現れた。スタンピートは驚くことなく安堵の表情を浮かべたが……イリーナは何が起こったのか分からず、口をポカーンと開けていた。
「え? え、えええっ!?」
「ほらね、あっという間だったでしょ? イリーナさん、皆んなには内緒ですよ」
カナデはそう言うと、キョトン顔のイリーナの口にひと口チョコを放り込んだ。
レッドエリアに出現した怨幽鬼たちは移動する掃除ドローンをなぜか追いかけていた。ガンドルやプレイヤーに目もくれず、もぞもぞと動いている。光の中にいなければいけないと思っているのだろうか。
浄化地に怨幽鬼の個体がいなくなると新たな個体が出現した。そのため掃除ドローンが移動する度に……怨幽鬼の数が増えていった。そのことに気が付いたカナデが慌ててドローンの浄化光を止めたが、時すでに遅し。
20体ほどの怨幽鬼が、身体中を埋め尽くしている『怨』という文字を動かしながら獲物を探している。動きは非常にゆっくりだがじわじわと近寄っている。焦りに焦ったアタッカーチームは会話というよりも、プチパニックを起こしたように各々の状況報告を感情的に喋り出した。
「網グレもデバフ系グレも駄目っす。進撃止まりません」
「マーチンです。粘液は腕輪が効いてません。大楯腐食、下がります」
「投げたダガーが粘液で溶けたよっ! 近接攻撃不可だよ。不可!! 」
「遠距離武器じゃないと駄目? 弓と種子島の情報よろ」
「こちらスナイパーレイラ、種子島の弾丸が弾かれます。」
「弓のユーリです。同じく弾かれてますね。どうすればいいんだ? 」
「ヴァイオリンの調べ攻撃も無効化されちゃってますわ。くっそ」
「魔法も物理も効いてないみたい……」
「ダメージ数値が出ないよ! なんで? 」
「どうやって倒すの? 触られたらまずいんでしょ? 」
奴らに触れられでもしたら、病魔感染のように40秒ほどで崩れていくのか……? Cチームだけでなくアタッカーチームの全体のリーダーでもあるボーノは己のそんな姿を想像して背筋に寒いものが走るのを感じた。
「ミンさん、これだけメンバーが騒いでるのに、マーフさんは何も言ってこないですね。変じゃないですか? 」
「そういえば……。あっ、ボーノさん、本部でモニタリングしているはずのカナデ君の声も、耳にしていませんよ」
「もしかして、通信障害が起きてる? 」
ボーノとミンミンは『あちゃ~』っといった風に自分のおでこをこつんと手のひらで叩いた。今のいままでなぜ気が付かなかったのだろうか……。イケイケムードの雰囲気に飲まれて油断していたことを悔やんでも悔やみきれない。彼らの脳裏に『逃げろ』というマーフの顔が浮かんだーー。
「お前ら、もち着け! 静かに!! 」
メンバーたちを一喝するガンドルの大きな声が豆ウサギから響き渡った。撤退と言ったボーノの台詞はかき消され、グループ通話はシーンと静まり返った。
「いいかよく聞け! あいつらの頭を見ろ。糸が伸びてるだろ? それを切断すりゃ倒せる。 アイコピー? 」
「い、糸ですか? 」
「だ~か~ら、よくみて見ろっての! 」
「え? あ、ぁぁあああ! 」
目を凝らすと、思念体ベータという名称の上に釣り糸のようなものが空に向かって伸びているのが薄っすら見えたーー。
どうやって斬る? そう考えるよりも先に身体を動かしたメンバーがいた。彼女は素早く弾丸を斬撃弾に切り替えて、地に伏せるとーー自慢のスナイパーライフル式種子島のバイポッドを広げてスコープを覗いた。
「こちらレイラ、アイコピー。シュートします」
ターンという銃声音の後に怨幽鬼、思念体ベータの身体が砂に変化してぐしゃっと崩れた。さらさらと風に青紫の大地をなぞるように飛んでいる。
「思念体の消滅を確認しました。続けて撃破します」
アタッカーチームが遠距離武器を手にして怨幽鬼の砂山を作り始めた頃、ブランはレッドラインを越えて走っていた。黒雲から湧いた巨大な蚊がしつこく道を塞ごうとしているが、荒ぶる兎、円月輪が咥える神剣に敵うわけがなく、スイカのように次々と真っ二つに割られた。
「おや、話し声が。ガンドルさん、私の声が聞こえますか? 」
「もう交代の時間? 早過ぎね? 」
「なるほど、レッドラインで通信が分断されていたのですね」
「ん~? ブランどゆことぉ? 」
「ガンドルさんにはあとで説明しますよ。皆さん、上空とグレーエリアに湧いた客人がシュシュの森を攻撃しています。彼らを殲滅しながら戻って下さい」
振り返ったボーノはレッドラインを越えてやってくるモンスターを一瞥した。何かが近づいてくることに気が付いたがーーすぐに正面を向いた。
「ブランさん、もう少しだけ待って下さい。トランクケースがーー」
「ボーノさん、次お願いします! 」
「アーチさん了解! そ~れっ」
ボーノはすぐさま、パラディンスキル聖なる鎖でトランクケースを引き寄せた。3人のパラディンでスキルを順番に使うことで、逃げ回っていたトランクケースを捕縛固定していたのだ。それをアタッカー全員で攻撃していた。
トランクケースは表面のあちこちに穴が開き、切り傷がどんどん増えーーしばらくすると取っ手が砕け散った。最初からこの方法をにすれば良かったと苦笑するほど展開が速い。縄に繋がれた暴れ馬のように跳ねるトランクケースからーー止め処なく噴き出しすムカデや毛虫……Gと呼ばれる昆虫が宙を舞い、青紫色のネズミが雨のように降り注いでいる。
魑魅祓の腕輪の効果で難は逃れているが、できるだけ早く逃れたい光景だ。
「もうちょっと、もうちょっとな気がーー」
「小さいのに体力ありすぎだろ! 」
このままだと魑魅祓の腕輪の効果終了までにトランクケースを倒すことが出来ないのでは……諦めムードが漂い始めたその時ーー。
バキンというプラスチックの板が割れたような音と共に、大地を青紫に染めていた害虫と害獣が瞬く間に白い灰に変わった。歓声を聞いたヴィータは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ……盛り上がるプレイヤーたちを睨みつけた。
システム:キャンペーンボスの獣王ガンドルはユーリとアイシャのファンクラブ活動や、好感度システムが明るみになったため、徐々にプレイヤーに人気が出始めました。もちろん、討伐目的でガンドルに近づくも少なくありません。戦闘好きなガンドルは大歓迎なようですけどね。
『あるひとコマ』
「ユーリ、たまには俺ちゃんと戦ってみないか? 」
「えええっ!? そんな……ガンドルさんに刃を向けるなんて……俺には……」
さっきまで笑っていたユーリは顔をくしゃくしゃにして瞳に涙を貯めている。その様子に驚いたガンドルは赤い髪を揺らして慌てふためいた。
「えっ、ちょっ、ユーリ泣くな。まじごめん、俺が悪かった」
「す、すみません。友達と戦うのは……無理です」
ガンドルは鼻をすするユーリの隣に丸椅子を置くと、彼の肩に腕を回した。
「お前……良いヤツだな」
「ガンドルさん……」
「でも俺をあんまり信用するな。いつ裏切るか分かんねぇぞ? 」
「その時は、大人しくガンドルさんに殺されますよ」
「ば、ばっかじゃねぇか! 」
「あはは」
友達にそんなことするわけがない! ガンドルは心の中で、そう……つぶやいた。
See you next week.




