嵐の前の。
システム:ラクガキ挿絵@2追加。20230804
「すっげぇ。まじで街に侵入できたっ。ちょ~感動ぅ」
「俺もキンシロウ兄さんと同じく、プレイヤーがいるエリアに忍び込めて感無量でやんすっ」
「シーッ。サブロウ、声が大きいですよ。ーーまったく貴方たちときたら……。コソ泥みたいな言い方は止めて下さい」
赤いメッシュが入った白い髪の男が右手に腰を当てて、やれやれと言った風に深い溜息を吐いた。テラコッタ風の石畳を歩きながら、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回しているツレのふたりを呆れ顔で眺めている。
初夏の爽やかな風を受けながら無邪気に目を輝かせるサブロウの隣で、キンシロウは長くて赤い髪を揺らした。
「いやぁ、だってさ。サブロウはまだしも、俺とブランは地縛解除してないんだぜ? それなのに入れるってすげぇじゃん? 嬉しいじゃん? 」
「ガンドル、そういう事は口に出さないように。プレイヤーに勘づかれたら面倒なことになりますよ」
「このルー印の指輪をしている限り、大丈夫だってっ。どこからどう見ても、俺らは普通の、一般的な、パンピ~プレイヤーにしか見えないっしょっ。なぁ、サブロウもそう思うだろ? 」
「ええ、ええ、ほんとに! どこからどう見ても、プレイヤーですっ。このようなアイテムをこさえられる皇女さまは、まごうこと無き天才ですっ」
「ですから、大通りでそういう話をするのはーー。あっ、ちょっ、ふたりともどこに行くんですか!? 」
競争するように駆けだしたガンドルとサブロウをブランは慌てたように追いかけた。
ほんの何日か前、新茶葉イタチ村の花畑の丘で三郎は草の汁が付着するんじゃないかというぐらい、地面に額を擦りつけて平伏していた。自分がやりたい仕事を話した途端ににこやかな笑顔から一変して、眉間に縦しわを寄せたルルリカを、なんとか説得しようとしている。
「ルルリカさま、お願いします。どうか、どうか……」
「……貴方だけではなく、この村に危険が伴うわ。ダンジョン外に出るのは諦めて頂戴」
「ですが、身を守るためにも、プレイヤーが使うアイテムや武器の情報をもっと知った方がーー」
「駄目ったら、駄目よ。その姿で街や村に行ったら……すぐさまプレイヤーに狩られてしまうわ」
ルルリカは涙目の茶葉イタチを見ないように、目線を落として膝上の少女をそっと抱き寄せた。三郎はルルリカの愛情を一心に受けるオーディンの人形ことルードベキアに一縷の望みを寄せていた。だが、物言わぬ彼女は風に揺れる花を見つめている。
三郎はがっくりと肩を落とした。モンスターはモンスターらしく、大人しく巣に篭っていればいいんだ。そう言われている気がした……。耳をぱたんと折って茶色いマリモのように身体を小さく丸めている。
腕を組んで様子を見守っていたガンドルはそんな三郎を縫いぐるみようにひょいと抱きかかえると、彼の耳元に『大丈夫だ』と囁いたーー。
「なぁルルリカ、ちょっといいか? 確かに茶葉イタチ独りじゃ危ないけどさぁ、俺らと一緒になら大丈夫じゃね?? 可愛い子には旅をさせようぜっ」
「ガンドル、いいの? 大変じゃないかしら? 」
「俺さまは怪物たちの頂点、獣王だぞ。仲間を助けるのは当たり前さっ」
「ガ、ガンドルさま……俺、俺……」
三郎はがっちりとガンドルの服を掴んで、ぐりぐりと柔らかいふわふわした茶毛頭を押しつけた。年齢的には青年で、茶葉イタチ盗人3人衆として名を馳せる荒くれ者だったが、ガンドルに撫でられているうちに、幼子茶葉イタチに戻ってしまったようだ。鼻を小さく鳴らして甘えている。
ブランは『仲間を助ける』というガンドルの言葉に心が揺れ動いていた……。自分の世界に閉じこもって黙り込むルードベキアだけを見つめ、『傍観』を決め込んでいたというのに。
「剣王である私も、旅仲間に加わりましょう」
「お、心強い味方がキタ~ん。ブランがいれば百人力だっ!」
「そう……分かったわ。獣王と剣王が傍にいるなら安心ね。ではこのダンジョンの通行手形を発行しましょう」
「おっ、やったな三郎! 商人としての人生がスタートだぞ」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうごーーうひゃ、ガンドルさまっ」
高い目線に驚いて、三郎はびっくり声を上げてしまった。だがしばらくするとーー。ガンドルの頭に小さな前足を置いて楽しそうに笑い出した。肩車なんて何年ぶりだろう……三郎は近くなった空を嬉しそうに見上げた。
「ガンドルさま、兄さんと、お呼びしてもよろしいでしょうか? 」
「ははは! 好きにしていいぞ。それとそんなかしこまった喋りはすんな。旅仲間になったんだから、気楽にな」
兄弟というよりも親子のように触れ合う微笑ましい姿に、ルルリカは顔をほころばせてーーいたのだが……。ふと、小さな疑問が頭を過ぎった。
「ねぇ? ガンドルたちは街に入れないのに、どうやって三郎の商売を手伝うの? 」
「あっ。う、う~ん……。俺のプレイヤー友達を外に呼んで頼むーーとか……? あっ、三郎が俺らみたいにレベルアップすれば人間に変身できるようになるんじゃないか? ほら、狐とか狸とか、猫又みたいにっ」
「茶葉イタチはどうやってレベルを上げるの? 」
「いや、わっかんねぇ……」
「ガンドルさん、あんまりいい加減な事を言うのはちょっと……。プレイヤーに変身できるモンスターなんて、あんまりいないですよ。華厳寺の古狸ぐらいですかねぇ」
「おっ、変身できるのって、やっぱ狸なんだ? 」
「レベル50のボスモンスターですよ」
ブランがガンドルの肩をポンと叩くと同時に、ルードベキアが大きな声で『変身!? 』と叫んだ。何事かと驚くブランたちをしり目に、口元に左手を置いて何か考えるようなポーズをしたかと思うと、ルルリカの膝の上でブツブツとつぶやき始めた。
「あぁ、そうか。なるほどね。すっかり、さっぱり、すぽんと忘れてたよ。こんなものがあったってことに」
ルードベキアは塞ぎ込んだ暗い表情から打って変わって、ニカッと笑いながら握りしめていた右手を開いた。青と白の宝石が埋め込まれた銀の指輪が日差しを受けて、手のひらでキラキラと輝いている。三郎を肩車したまま、胡坐をかいて座ったガンドルはその指輪をしげしげと見つめた。
「ルー、これ……」
「変化の指輪。プレイヤーが使うと下級モンスターに変身できるやつなんだ。本来はオーディンの人形のクエストをやんないとゲットできないけど、提供者なら出せるっ」
「おおおっ! そんなクエスト報酬あんのかっ。これもしかして、モンスターが使うと……」
「プレイヤーに変身できる、かもしれない」
「まじか!? 」
「物は試しってことでーー」
ルードベキアは感心したように微笑むルルリカの顔をじっと見つめると、彼女の膝からすくっと立ち上がった。そして意を決したように小さな口を開いた。
「茶葉イタチ族の三郎よ、ルルリカが娘、ヴェロニカがこれを其方に授ける」
「ひえっ!? こ、こ、こ、皇女殿下であられ、られ、られららら……」
驚きのあまり、三郎は声だけでなく身体全体がぷるぷると震えた。今まで銀髪の少女は単なる人形だと思っていたーー。何という勘違いをしていたのだろうか! 精霊王であるルルリカの側にいる者が凡庸であるはずがない。三郎は青ざめた表情を隠すように、ガンドルの赤い髪にポスっと顔を埋めた。
「どどど、どうしよう。俺、殿下に何かやらかしてなかったかな。無礼な発言とか、えとえと……やばいやばいやばい……」
「三郎、何ブツブツ言ってんだ? ほら、ルーから指輪を受け取ってきな」
「ふわっ。ガ、ガンドルさまっ、でも俺ーー」
「どうした? ほら、行って来い」
「こ、心の準備がーーあっ、待ってもうちょっと、ふああっ」
じたばたしていた三郎は抵抗虚しく、マジックテープのように剥がされて、ストンと花畑に降ろされてしまった。不安そうな顔で何度も振り返り……恐る恐る小さな前足で、ルードベキアから指輪を受け取った。
「文字のようなものが目の前に! だけど読めません……。これはプレイヤーの言語でしょうか? 」
「それは気にしなくていいよ。ほら、指に着けてみてよ」
「は、はい。皇女殿下」
三郎は促されるまま、小さな指にぴったりサイズに変化した指輪を静かに着用した。
突然、サブロウが顔を引きつらせてガンドルに飛びついた。いきなりどこからか、グレネードの爆発音のようなドーンという音が聞こえたからだ。プレイヤーがいる街も盗人の森と同じように弱肉強食の世界なのか!? きょろきょろと警戒するように見渡し、ガンドルの手を引っ張った。
「兄さん敵ですっ。逃げましょう!」
「サブロウ、大丈夫だ。怖がらなくていい。空を見て見な」
「そ、空ですか? 」
「花火が咲いてるぞ」
空を見上げたサブロウのくりくりとした大きな瞳に、パッと開いた鮮やかな色彩の花が映った。バッハべリア城が明るく照らされている。サブロウは初めて見る光景に目を奪われた。
「あ、兄さん、あれは空に咲く花なんですかい? 俺、初めて見ました! 」
「綺麗だろ? 」
「はい! あれは魔法の花なんですか? 」
「あれはだな、色を付けた火薬を球に詰めたやつをーーいや、ここはゲームだからリアルとは違うか……。うん、魔法みたいなもんだ」
「あの城の王様が魔法を使ってるんですね! すげぇやっ」
「え、あぁ……。そ、そうだぞ~。しかも毎晩、花火を見せてくれる。……だよな? ブラン! 」
「ガンドルさん、あのですね。今は観光している場合じゃーー」
「屋台があるぞ! 見に行こうぜっ」
「ちょっ!? ……あぁ、もうっ! 」
楽し気なツレたちとは裏腹に、うんざりした表情を浮かべたブランは何度目か分からないため息を吐き出した。銀の獅子商会がある王立図書館方面に行くはずだったというのに……。ブランが南門で駆けだした彼らを捕まえた場所はバッハべリア城直行便のバスの中だった。
到着した時は夜間のため門が閉じていた。サブロウは城内に入れないことを残念がっていたが、エレオノーラ王女ならぬカンナ王女を謁見する観光が断念されたことはブランにとっては幸いだった。
楽しい思い出よりも、嫌な事の方が克明に蘇るのはなぜなのだろう。
薔薇が咲く庭園でプレイヤーだった自分が砕けたシーンが……ゲームのムービーカットのように流れている。ゾワッとする恐怖を感じて、ブランは鳥肌が立った腕を擦った。
「素敵な未来……かーー。俺はこうなったことを、感謝すべきなのかもしれないな」
ブランは弱々しい笑いを漏らすと、屋台前ではしゃいでいるツレたちの首根っこを捕まえた。
銀の獅子商会の受付嬢リザは経営しているカフェに続く小道をドキドキしながら歩いていた。受付に現れた3人組は団長に大事なお客様だと聞かされている。鍛冶師や魔具師なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。少し気にはなるが、いずれ団長から知らされるだろう。
ーーだって、銀獅子カフェを貸し切りにするほどなんだから、きっとレジェンド級の大物プレイヤーに違いないわ!
リザがちらりと様子を窺うと、小柄な男性は大きな瞳で物珍しそうに庭園の紫陽花を眺め、赤髪で背が高い大柄な男性のはどこかで聞いたような歌を口ずさんでいた。そのふたりの背中をぽんぽんと叩いている男性は口やかましく先を急がせている。
『微笑ましい』という言葉が心を埋め尽くしていく。そんな感覚にリザはふと懐かしさを感じた……。
「こちらの小道を進んだ先のテラスで団長がお待ちです」
「お姉さん、ありがとね。あ、リザさん、だったっけ? 」
「あ、はい」
「俺、サブロウ! これあげる。さっき屋台で買ったぽんぽんっていう菓子なんだっ。美味しかったから、みんなで食べて! 」
「えっ。あのっ」
赤髪の男性のジャケットの袖を掴むサブロウを見送ったリザは……ハッとしたような表情を浮かべたーー。そしてサブロウから渡されたピンクの小袋が入った透明な菓子袋を眺めながら、薄っすらと目に涙を滲ませた。
銀獅子カフェのテラス席は四季折々の花を愛でられると評判だった。今の時期は水辺に咲き乱れる薄紫と青い花菖蒲を眺めながら、ティータイムを満喫できる。マーフとヨハンはウッドテーブルを2つ合わせた席でぼんやりと涼やかな風景に身を任せている。
たまにはこんな時間があるのも良い。そんなことを考えていた矢先……マーフは驚きの表情を浮かべながら立ち上がった。
「デルフィさん……」
ぽろぽろという表現通り、マーフの目から涙が零れ落ちている。
「す、すみません、びっくりして……。今はブランさんですね。こちらの席にどうぞ」
「マーフさん……。自分でも驚いているんですよ、まさかまた、この姿になれるとは思いませんでしたから」
「そうなんですね、何だか昔に戻ったみたいで……嬉しいです。赤い髪の御仁はガンドルさんですね、そちらは、お話に聞いていたーー」
「茶葉イタチ族の三郎さんです。今後、手助け頂けると助かります」
「ええ、もちろんです。こちらこそよろしくお願いします。ーー皆さんお掛けになって下さい」
マーフは頬を伝う涙を白い綿のハンカチで拭きながら微笑んだ。プレイヤー時の姿で現れたブランに会ったことで、抑えていた感情が表に噴き出てしまったようだ。ヨハンや……事情を知らないガンドル、そして三郎も……マーフに涙の理由を聞こうとはしなかった。
同じように知らぬふりをしていたブランはこの時初めて気が付いた。マーフが自分をずっと気にかけてくれていた事を……。『赤の他人なのになぜ? 』とブランは言うだろう。だがデルフィは嬉しかった。家族から見向きもされなかった自分を心配してくれるマーフの優しさが。
「マーフさん、ルードベキアさんからユグドラシル奪取についての書類を預かってます。事前にお知らせしていなかったのですが……今回の準備のために、しばらくランドルに滞在しようと思ってましてーー」
「お任せ下さい! すぐに宿泊場所を手配します。ーーヨハン、本部に空き部屋があるよね。歓迎会もしよう。それとーー」
嬉しそうな声で喋っていたマーフは……目線を落として肩を震わせた。
「……ご、ごめんなさい、ちょっとだけ席を、外させて下さい」
なりふり構わずカフェ店内に走り去ったマーフは……堰を切ったように泣き出した。ヨハンは慌てたようにマーフの元に駆け寄り、心配そうな顔するサブロウの頭をガンドルが撫でている。ブランは……少しうつむいて膝に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
システム:願いを叶えてくれるユグドラシルを手に入れるヴィータ討伐作戦がスタートしました。
おまけ「ランドルでお買い物」
「シッロ~ォ! 早くこっちにこいよ~! お勘定たのむぅ! 」
「えっ!? お金は3人で分けたじゃないですか。なんで私が……」
「まぁまぁ、硬いこと言いっこなしだぞぉ」
「シロさま初夏限定のアイス屋台だそうです! 」
サブロウはくったくのない笑顔をシロに向けている。キラキラと星が飛ぶような明るい笑顔だ。じっと大きな目に見つめられたシロは観念したように、白いジャケットのポケットから具現化したゴールドを取り出した。
だが、してやったり顔のキンシロウに少々ムカついていた。彼がアイスクリームを受け取る際に、シロは彼の右足にゆっくりと左足を降ろして体重を乗せた。
「食べ終わったら移動しますよ」
「うぎぎぎ。いだだだだだ。ごめんて、ほらこれ、シロの分。屋台のおっちゃんのオススメなんだぜっ」
眉間にしわを寄せながらも、アイスを受け取ったシロはゆっくりと食べ始めた。キンシロウはコーンに乗せたミルクソフトクリームに美味しそうにかぶりついている。
「このソフトげびうまっじゃ~ん」
「兄さん、この『日向夏じぇらぁと』ってやつも、げびうまいっす。シロさま、極旨メロンアイスはどうですか? 」
「かなり美味しいです。ルーに食べさせたいですね……」
「分かれてから2時間も経ってないぞ。もう恋しいってか? 」
「ルルリカさまと一緒とはいえ心配なんですよ。あの人はすぐに無茶しますから」
「そういやさ、ルーが指輪出したとき『あなたの娘ですぅ』って言うたじゃん? ーーでもルルリカは首を傾げてたよな……。やっぱ記憶がないんだなって、再確認しちゃったよ」
「そう、ですね……。身に覚えがないというような、感じでしたねぇ」
「ルーさ、めっちゃ暗い顔してたよな。だから俺は絶対、街観光に一緒に来ると思ってたんだよ。俺と肩を並べるほどの食いしん坊将軍だしっ。」
「ガンドルさん、我々は観光に来たわけじゃないって、何度言えば分かるんです? ルーの代理でーー」
「あ~はいはい。は~い」
「……それと、マーフさんが下さったお金は交通費だってこと、忘れてないですか? 」
「あぁ、うん。いや、あの……ほらっ、この姿の俺らが使えるかどうか試したんだってっばっ。そんなわけで、焼き鳥も食おう」
「もう駄目ですよ。銀の獅子商会に着くまで我慢! 」
「ちぇ~。サブロウ、我慢だってさ。あれ? どこいった? 」
「キンシロウ、ちゃんと見てて下さいよ。駄菓子屋にへばりついてますよ」
「サブロウ、もう行くってさ」
キンシロウは腰をかがめて、駄菓子を見ていたサブロウを荷物のようにスッと抱えた。サブロウは『ひゃぁ』というすっとんきょうな声を出したが、嬉しそうにニコニコ笑っている。
「お爺さん、試食させてくれてありがと~」
「こちらこそ、まいどあり。またおいで」
サブロウの小袋が沢山入っている包みを左腕に抱えながら、白い髭を生やした店主に手を振った。
See you next week.




