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神ノ箱庭  作者: SouForest
神が作りし箱庭
122/166

抑えきれない想い

 ルルリカは身体の一部が欠けたような感覚に襲われて、草むらに落ちた欠片を慌てて拾い上げた。割れた鏡のような欠片を握りしめた左手から血が流れ出している。彼女はルードベキアの心配そうな声にも反応せずに、1点だけを見つめていた。


 グリーンの瞳に……がりがりでやせっぽちの少女が映っている。ぼんやりと光っていて顔ははっきりと見えず、動かしている口からの言葉は声になっていない。それでもルルリカは彼女が誰で、何を伝えたいのか理解出来た。


 ーー箱を開ければいいのね?


 少女は大きく頷いた後に、血で染まったルルリカの左手に四角い箱を乗せると、細かい光の粒になって消えてしまった。


 残された箱は手提げ金庫のような見た目だった。カチャというロックが解除されたような音が続けて3回なった後に蓋が開いた。蓋裏に何か書かれている。


 『ヴェロニカを探せ』


 自分が刻んだと思われる文字をルルリカは右手でそっとなぞった……。


 赤いクッションの上には虹色に輝く蓮の蕾のような宝石が鎮座していた。ルルリカは焦燥の念に駆られて取り出そうとしたが、伸ばした手をスッと降ろした。


 宝石の中に銀髪の女性が膝を抱えて眠っている。彼女が目覚めたら、今の自分は消えてしまうのだろうか。ルルリカは……ゆっくりと箱の蓋を閉じた……。


 ーーごめんなさい、サクラコ。もう少しだけ、このままでいさせて……。


 

 ルルリカが座る草むらでガンドルがどんぐりのような木の実を拾っていた。しおしお顔で忙しなく手を動かしている。どうやら、小袋から出そうとした拍子にぶちまけてしまったようだ。


「あっ。落ちたやつなんてヤだよな……。す、すぐに新しいのをーー」

「ガンドル、落ち着いて。大丈夫だから」


「でもルルリカ、その手……痛くないか? めっちゃ血ぃ出てるぞ」

「そう言われると、少し痛いかしら……」


 悠長に微笑んでいるルルリカの膝上から慌てて降りたルードベキアは彼女の右手を両手でぎゅっと握った。


「ルルリカ、ブランに怪我を治してもらいに行こう! 」

「まぁ、お人形さんまで。そんなに慌てる必要はないわ」


「そんなこと言っても、血が……」

「ふふふ。ちょっと見ててね」


 ほんのりと緑色に輝いたルルリカの左手にルードベキアは釘付けになった。赤い液体を滲ませていた傷がみるみるうちに塞がっている。ルルリカはにっこり笑顔を浮かべながら、何事もなかったように綺麗になった手をルードベキアに見せた。


「治ったから、心配しないでね」

「ぬあっ! ルルリカも回復スキル持ちなのかよっ」


 草むらにちょこんと正座して驚愕の声を上げたガンドルと同様に、ルードベキアも目を丸くした。


 ーールルリカって、回復はレベル50にならないと取得できなかったはずだよな。まだ到達してないのに、どういうことだ? それにさっき使ったスキルって、本に載ってたやつと違うんじゃないか?


 オーディンの人形の書庫にあるルルリカの本にはルルリカの回復スキルは2つ記載されていた。1つは15秒間持続回復する『新緑の音律』で、もう1つは範囲内にいる全ての味方を回復できる代わりに魔力の1/3を使用するという『雪月花』だ。ついさっき彼女が使ったスキルはそのどちらでもない気がする……。


 ルードベキアはスキルプロパティを覗くために、別の視界ウィンドウで回復する瞬間の映像を表示した。そして一時停止してすぐに、カチンと固まってしまった。

 

 ーーいち、じゅう、ひゃく、せん、まん……なんだこの回復量!? めっちゃオーバーヒールじゃないか! 


 驚愕の表情を浮かべた少女をルルリカが微笑みながら抱き寄せた。膝上にちょこんと座らせて、銀髪のツインテールを触っている。


「三つ編みのお団子もきっと似合うわね」


 ルルリカが銀髪に手櫛を入れて3つに分けている間、なすがままのルードベキアは意識をオーディンの人形の書庫に飛ばしていた。ふわりと禁書エリアに降り立ち、ルルリカの本を手に取ると、答えを求めてスキル説明のページを開いた。


「あれ!? スキルが増えてるぞ! なんで急に……。それと、この『祈力』って、何だ? 」


 スキルで消費する魔力数値の隣に『祈力数値』というものが追加されていた。今まで神の箱庭で魔力以外のエネルギーを見たことが無い。ふと、大型アップデートで新たに追加されたシステムという考えが過ぎった。


「いやいや待て待て。それだったらプレイヤーやモンスターにも反映されてるはずだよな。もしかして! 」


 ルクレシア創世記の本を急いで開いて、光王ルルリカが戦うシーンを指でなぞりながら読み返した。


「やっぱり……光王ルルリカは『祈力』を使ってる。物語では精霊や人間の祈りが源になってるけど、このゲームでどうやって……。ーーあっ。あれか! 」


 ルードベキアは村の中央広場が映ったウィンドウを視界に大きく広げた。


 茶葉イタチたちがルルリカの石像の前で手を合わせて感謝の祈りを捧げていた。石像周辺には収穫されたばかりのキャベツやスイカが供えられ、石造りの供え台の前には行列ができている。


 先頭の茶葉イタチは幼子を連れた母親だった。彼女は竹筒に竹水筒のお茶を注ぐと、竹の皮に包まれた茶葉団子の隣に添えた。


「ルルリカさま、こんな素晴らしい場所にお導き下さいまして、感謝しております。ここで新たに茶を育て、暮らしていく私たちを、どうか……見守っていて下さいませ」


 幼子も母親と同じように目を閉じて祈っていたが、何かにくるまれた暖かさを感じて顔を上げた。 


「母さま、見て! さっき転んでできた膝の怪我が治った! 」

「まぁ、なんてことかしら! ルルリカさま、ありがとうございます」


 嬉しそうな母親の着物を引っ張る幼子の後ろで、茶葉イタチ名物の抹茶焼酎を抱えた太郎丸がう~んという唸り声を上げた。眉間に縦溝を作って、不満げな顔で供え台を見つめている。


「供え台が小さすぎねぇか? これじゃぁ、皆んなが持ってきた供え物が乗らねぇぞ」


「おやぶ~ん、お待たせしました~っ! 」


 振り返った太郎丸の目に、吉左を含めた見回り衆の3人がそれぞれ供え台をえっさほいさと運ぶ姿が映った。


「でかした! それにしても、いつの間に用意したんだ? 」

「へへっ。信重棟梁に相談したら、木工衆が作ってくれやしたっ」


「後で棟梁に礼を言わないといけないな。木材はどうやって手に入れたんだ? 」


「住居近くにある森を伐採しやした」


「おいおい、このエリアの木が育つのに何年かかるか分かんねぇのに、伐採しちまったのかよ」


「それが親分! ものの5分で木が復活したんでさぁ! 」


 見回り衆は一斉にルルリカの像を見上げた。新たな場所での不安が消え去ったような笑顔を浮かべている。彼らが木製の供え台を石造の周囲に並べ終わると、茶葉いたちが茶をつかった料理やお菓子、木彫りの人形などを次々と供え始めた。


 太郎丸は抹茶焼酎を木製の供え台に置いて、ぺたんと地面に正座をした。供え台を眺めた彼は満足そうに頷いた後に、2礼2拍手をして深々と頭を下げた。


「ルルリカさま、どうかどうか……呪われてしまった茶木の苗をお助け下さい」


 苗を荷車で広場に運び入れた者たちや見回り衆だけではなく、集まっていた皆が同じように祈りを捧げた。黒い花粉に侵された苗木が元通りになったシーンでルードベキアは言葉を失った。


 グランドマスターであるカナデを凌ぐほどの圧倒的な力をルルリカが発揮している!?


 ルードベキアはドキドキしすぎて口から飛び出しそうな心臓を抑え込んだ。開発者はこの事を想定済みなのだろうか……。しかし、ルルリカに出会ってこの方、監視カメラが彼女を見張っているような気配は感じられない。


「想定外……なのか? ってことは、この事は絶対に悟られちゃ駄目なやつだな」


 監視者は気が付いた瞬間にルルリカを手中に収めようと行動するに違いない。彼女の意思とは関係なしにデータと記憶を改ざんした後に箱庭の頂点に置いてーーさらなる実験を進めていく……。


 そんな恐ろしい筋書きを想像ししまったルードベキアは背中に氷が張り着いたような寒気を感じた。


「これはやばい。バレたらリアルに誰も帰れなくなる可能性が出てきたぞ。そうならないように……マキナ直伝のデータロックスキルを使わせてもらうか」


 ふと……監視者に進入を許してしまった時のことを思い出して苦笑した。あの時は魔眼の奥にUSBの差込口のような仕掛けがあることを知らなかった。今は取り除いて義眼で蓋をしている。さらにマキナの指南で自身だけでなく全てのデータをロックする術を身につけた。


 ススキ群生地の茶会でブランとガンドルを、ハルデンはオーディンの人形の書庫に現れた時に干渉してこっそりとロックをかけた。だが……作業は1つずつしかできず、膨大な魔力を消費し、長いディレイ要する。マキナもその事に関して頭を悩ませていた。


「全てのデータの1つ1つに鍵をかけるなんて、途方なさすぎる……。全部をフォルダとか入れて、ババーンって出来ないか? ……難しいか」


「う~ん。2人だけで何万ものデータをやるのは、さすがに厳しいよなぁ。優先順を付けて地道にチクチクやるしかないかも」


「……ルー、これはまだ憶測の段階なんだが……」

「うん? 」


「光王ルルリカが覚醒すれば、この件もなんとかなる上に、リアルに皆んな帰れるかもしれない」


「その根拠っていうか、ソースは? 」


「ルクレシア創世記だよ。ルルリカは平らだった大地を球体に変化させて、新たな世界を創造したんだ。それなら、箱庭に干渉できる力を持ってるんじゃないかなって……」


「なるほど……。僕らも物語の影響を受けた能力を発揮してるから、同じかもしれないね。シュシュの森に配置されているルルリカは精霊王だけど、光王になる前の段階ってことかな」


「覚醒したルルリカが神として降臨すれば、リアルにいる開発者という神に対抗できると思うんだ」


 マキナはルルリカにかなりの期待を寄せて、ルードベキアを送り出した。定期連絡でも1番最初に言う言葉は『ルルリカに会ったか? 』だ。


 ルードベキアは真剣な表情でルルリカを見上げると、視界ウィンドウの全面に緑の瞳をクローズアップした。いずれ覚醒するだろうルルリカは特に念入りに……絶対にこじ開けられないようデータをロックしないければならない。彼女の瞳の奥に小さなルードベキアの分身を侵入させた。



「お人形さん? 」 


 ルルリカは銀の髪をお団子に結い上げていた手を止めた。しばらくの間、ルードベキアと見つめ合っていたが、ほんのりとピンクに色づいた少女の頬を左手で覆った。ほぅ……と小さくため息を漏らして、うっとりとした表情を浮かべている。


 スキル発動中のルードベキアには彼女の行動も表情は見えていない。終了するまでカウントを数えていたのだが、あと10秒ほどで終わるという時に『もう我慢できない! 』という赤い文字がでかでかと視界に表示された。


 ーー何事だ!? 気になる……すっごく気になるけど……。って、はい、終わった! 視界をすぐに戻してっと……。

 

 『さぁ、どうしたルルリカ』と心でつぶやきながらウィンドウに目を向けた途端に、ピンク文字の『可愛い』が数えきれないほど視界を埋め尽くした。かと思えば文字は『きゃわたん』に変化し、ハートの絵文字が飛び回っている。さらに『抑えきれないこの愛』という文字がピンボールの金属球のように、他の文字にぶつかってはじた。


 訳が分からず唖然としていると……それらを背景にして映画のエンディングロールのように上部から文章が流れ出した。



 初めて会ったその日から、(わたくし)ルルリカの心に『オーディンの人形』という可憐な花が咲きました。ドーン、パパーン、萌え! このままずっと、愛らしいこの子を抱きしめていたい……。あぁ、目の保養が……目の保養が過ぎるわ。可愛いが服を着ているわ。


 駄目よ、ルルリカ、倒れちゃ駄目。あふん、鼻血が出ちゃいそうだけど、気合で逆流させるわっ。はっ!? 宝石のような青い瞳に、わ、わ(わたくし)の姿がぁぁ。いますぐ光栄うちわを掲げさせて頂きますっ。写真を貼った横幅2メートル立幅1メートルの電飾付き推しうちわを! 


 はぁ……こんなに美しい子を今までブランが独り占めしていたなんて……。絶対にーー許す! 美少女を守る剣王……尊い、尊いわ。推しカプにキュンキュンしすぎて、くらくらしちゃう。こんなに近くで推し活できるなんてサイコー! 神よ……彼らに会わせてくれたことをーー。


 ……長すぎるので以下略。



 想いが強すぎるのか、ルルリカの感情がルードベキアの視界に溢れていた。文字群はどうやっても止められれず……ルードベキアは口の端をひくひくと不自然に動かしながら、うつむいた。


 だがしかし、これはまだ序の口だったようだ。ルルリカの推しへのアイラブ文章はいつの間にか、姫と騎士のロマンス小説風にシフトして、思わす赤面してしまうような剣王ブランとオーディンの人形のイチャイチャストーリーが表示され始めた。


 ーーお、おおお願いだから描写が激しいラブシーンは止めてぇ! 僕が男役ならアリかもしれないけど、逆は抵抗があるんだってば! ちょっ、脱がすのはNGですよ、ルルリカさんっ。このゲームでエロは駄目、それは駄目だって! うわぁあああ……。


 オーディンの人形の声で読み上げられた文章にルードベキアは身悶えた。ルルリカ本人に『勘弁して下さい』と言いたいが、そういうわけにもいかない。抵抗する術は目を潤ませて赤くなった顔を見せるぐらいしか出来なかった。


 だが意外にも、これは効果があったようだ。黒い文字群は煙のように消え去り、視界に表示された4つのウィンドウの1つに、心配そうなルルリカの顔が映った。


「お人形さん、具合が悪いの? 」

「う、うん。ちょっとだけ……」


 ルルリカの顔が血の気がサーッと引いたように青白くなった。銀髪の少女を包み込むように抱えた腕がかすかに震えている。きょろきょろと辺りを見渡している瞳からは今にも涙が零れそうだ。


「ガンドル、ブランは? ブランはどこ? お人形さんが大変なのっ」

「なんだって!? 」


 ルルリカの慌てぶりに驚いたガンドルは呑気に歩いているブランに向かって走り出した。滝音をかき消さんばかりの大きな声でブランの名を叫んでいる。


 赤子のように運ばれているルードベキアは……視界中央にでかでかと張り付いた『推しが一大事』という言葉と、点滅するパトライトの絵文字をドキマキしながら眺めていた。


 ーーどどどど、どうしよう……。こんなに大事になるとは思わなかった。そうだ寝たふりだ、寝たふりをしよう。ブランならきっと察してくれる! はず……。


 ルードベキアは頬に触れた柔らかいおっぱーーゲフンゲフン。胸のふくらみに身も心も委ねて、静かに瞼を閉じた。

システム:ルルリカには『今のままでいたい』という明確な理由があります。


 ルルリカは現実時間を表示する懐中時計に何度も視線を送っていました。短針が朝の6時を指すには20時間以上も待たなければなりません。『1日は何て長いのかしら……』パチンと蓋を閉めた後に、深い深いため息を吐き出しています。『プレイヤーなのに……私を怖がらないなんて、変な人……』ルルリカは懐中時計をくれた人を思い浮かべて嬉しそうに微笑みました。



次週は本編ではなく、神の箱庭(外伝)ヴィータの中のマキナをUP予定です。ルルリカが登場する『オーディン王の人形物語』の結末部分と、ヴィータの願いが明らかになります。


▼神の箱庭(外伝)はこちら

https://ncode.syosetu.com/n5531ig/1/

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