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神ノ箱庭  作者: SouForest
神が作りし箱庭
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手伝いたいけど手伝えない

 青々とした植栽の迷路に囲まれたガゼボから、カナデとブランの賑やかな声が響いた。いつの間にそんなに仲良くなったのかと思うほど、盛り上がっていた。彼らはルードベキアのイメチェン話で意気投合したようだ。レースとフリルで飾り付けられたドレスはどうかと聞かれたルードべキアの答えはーー。


「そんなもの着てたまるかっ! 」


 しかし、『どんなに嫌だと言っても、ごり押ししちゃうもんね』というテロップがルードベキアの視界にポンと表示されている。拒否権はないらしい……。むすっとした顔をしたルードべキアは、テーブルに置いてあった猫毛ブラシを取ると、膝にいるビビの柔らかい毛をブラッシングし始めた。


 ティーテーブルの上ではガラス製のポットが踊るようにアールグレイティーをカップに注ぎ、足が生えたミルクピッチャーがちょこちょこと歩いていた。そしていつも砂糖を運んでいる羽ウサギがーー。


『さぁ、手に取って下さい』


 ーーと言わんばかりに、ラピスラズリ色のサテンリボンをルードべキアの眼前に突き付けた。ブラッシングの手を止めたルードベキアはリボンのプロパティを表示してすぐに、眉を寄せた。


 ーーヘアアレンジアイテム……?


 

 カナデはドキドキしながらルードベキアをじっと見つめてた。銀の獅子商会の受付嬢たちは『NPCでもイメチェンできるなんて素敵』と喜んでいたが、ルードベキアはどうだろうか? 


「そのリボンは銀の獅子メンバーと開発したもので、髪に結ぶと髪型が変わるんです! NPCにも使えるって好評なんですよ」


 明るい笑顔を向けているカナデとは違って、少女はどんより曇から雨が降り出したような表情を浮かべていた。カナデは残念に思いつつも、オーディンの人形を可愛くしたいというパッションは消えなかった。もう1人の自分が説得を頑張れとシャカシャカとマラカスを振っている。


「髪の毛に軽く結ぶだけで簡単にチェンジできるんですっ。ルーさんもぜひーー」


「面白いものを作ったね。課金品のイメチェン系アイテムはもう買えないから、プレイヤーにも人気が出るんじゃないかな」


「最近、生活用品の製作に力を入れてるんです。カメラも頑張ってるけど、なぜか上手くいかないんですよね。あの……ルーさん、リボンをーー」


「武器は作ってないのか? 」


 ルードベキアは青いリボンが映った視界ウィンドウを小さくして、カナデの腰にあるレベル50のハンドガンに着目した。それは連射速度が速く、グリップにあるボタン押せば弾丸の種類を簡単に選択できる上に、カバンや銃弾ベルトから自動で弾丸補充できるという代物だった。品質ランクは最大値で、製作者名はルードベキア。


 『黎明の紅炎』という銃の名称の語尾には……『(コ)』という文字が付いている。


 ーーあらやだ、カナデちゃんったら~、コピーしちゃったのねっ。あはっ。


 ポポンと脳裏に現れた近所のおばちゃんが、左手を口元に置いてぴろっと右手を前に振った。アイテムコピーはこのゲームでは許されざる行為だ。しかし……現状では苦労して高品質のものを作るよりも、質の良いものをコピーできるなら、そうした方がいいのかもしれない。


 モヤる気持ちをルードベキアが抑えているとは知らないカナデは気まずそうな表情で右手の指で軽くポリポリと頭を掻いた。


「えっと……最近は万年筆とか日常生活で使う物を作る方が楽しくてーー。それで、その……ルーさん! 試しに、そのリボン着けてみません?」


「えっ……。う、う~ん……」


「絶対に似合うと思うんです! このリボン、ルーさんをイメージして作ったんです。……駄目ですか? 」


 リボンなんか着けたくないと声を大にして言いたい! ルードべキアはそう思ったが、きゅ~んと鳴く子犬がカナデが重なって、口籠った。やんわりと断る方法はないだろうか。そんな事を考えているうちに、隣で白い椅子に座っているブランがルードべキアの長い銀髪にリボンを軽く結んだ。


「ちょっ、ブランっ」

「いいじゃないですか。とっても似合ってますよ」


 美容師がお客様に出来上がりを見せるように、スッと出された鏡にはツインテール姿の少女が映っていた。ルードベキアは普段から長い髪の毛が鬱陶しいと思っていたが、アニメのキャラクターのようでしっくりこなかった。鏡を手にしているブランは目を糸のように細くして口元を緩ませている。


「実に可愛らしい……。カナデ、良い仕事をしましたね」

「ブランにそう言ってもらえると嬉しいです。他のパターンも考えててーー」


 楽し気に喋っている彼らとは裏腹にルードベキアの心中には複雑な感情が生まれていた。カナデも自分が少女姿になったことを喜んでいるのか……。ルードベキアは憂鬱そうに下を向いた。



「さて、カナデ。そろそろ本題に入った方がいいんじゃないですか? その前にお茶を入れ替えましょうかね」


 『とっておきを出します』と言ったブランは機嫌良さそうに全ての茶器を入れ替えた。辺りをキャラメルティーの甘い香りが漂い、釣られたルードべキアは虜になったような笑みを浮かべた。


 ブランはその様子に満足げに微笑みながら、カナデの前にリンドウのレリーフが描かれた白いティーカップを静かに置いた。


「ここの時間の流れは外界と違いますので、ゆっくりどうぞ。ちなみに外ではまだ3分も経っていません」


「ブラン、ありがとう。ーーあの、ルーさん、黒い彼岸花の除去なんですが、手伝ってもらえませんか? 」


「無理」


 思いにもよらない短絡的なルードベキアの返事にカナデは愕然とした。膝に置いた両手に悲しげな瞳を向けて、脳裏で転がる毛糸玉たちを追いかけた。


 近寄るのが困難な彼岸花をどうやって刈り取ればいいのだろうか……。問題が文字が織り込まれた赤糸が木の枝に糸が引っかかり、青や黄色の毛玉は地面をスタンプしながら転がっている。


 ーー空を飛んでいる花粉の除去は? 

 ーー汚染されたモンスターたちや土地はどうする? 

 ーーこのままだと箱庭全体が汚染されてしまうよ?


 暗闇に浮かび上がった白い文字の上で、毛糸玉たちはカナデの身体に糸を巻き付けていった。


 

 カナデの心中を察したブランは深い溜息を吐き出した。ルードベキアはわざと彼を突き放そうとしたのだろうが、あまりにも言葉選びが悪すぎる……。ブランは少女のツインテールの髪を手に取って手櫛をするように指の間から流した。


「……ルー、断るにしても言い方というものがあるでしょうに。言葉に出せる範囲で説明しないと駄目ですよ」


「うぐっ……。」


 ルードベキアはカップの中に薔薇型の砂糖を落とすと、忙しなくスプーンでかき混ぜた。重苦しい沈黙を耐えながら押し黙っていたが、陶器に金属が当たった音を聞いてーー観念したように口を開いた。


「カナデごめんな。僕はその件には介入できないんだ」

「……どういうことですか? 」


「直接何かしようとしたり、話そうとしたりしようとすると、睡眠デバフが付いちゃうんだよ。寝てしまうから、な~んにも出来ない」


「それって……僕の父のせいですか? 」

「何も言えないんだ。すまん」


「そんな……」

 

 カナデは萎れた花瓶の花のように背中を丸めた。ルードべキアの視界に徐々にしおしおになっていく姿を実況するようなテロップが流れている。何とか力になる方法は無いものだろうか? 


 ルードべキアの耳元でブランがヒソヒソと何かを話している。『そうか』とつぶやいたルードベキアはブランの頬を猫を撫でるように両手でくしゃくしゃと撫でると、わざとらしくーーごほんごほんと咳払いをした。


「ん~と、これから僕は大きな独り言をつぶやくぞぉ。そう、これは単なる独り言だ! ハルデンはダンジョンを自由に作り変えられる。穴が開いても元通りにできちゃう素晴らしい力だ。羨ましいなぁ」


 棒読みセリフの後に、ルードベキアはふわふわな白い毛で包まれたブランの左手を右手でトントンと叩いた。すぐに察したブランも大きな声で大袈裟に喋り出した。


「それは楽しそうな能力ですねぇ。そうそう、ルーに相談したいことがあったんですよ。最近、観覧車前の広場に雑草が多くて困ってるんです。上手く除去する方法はないですか? 」


「そうだなぁ。水洗トイレのように異空間の穴に根こそぎ流しちゃえばいいんじゃないかな」


「あはは。斬新なアイデアですね。それと花粉症の羽ウサギがいるんですが、空気中の花粉を上手く除去するにはどうすればいいでしょうか……」


「素晴らしい吸引力の風ウサギに花粉を食べてもらうのは? 」


「なるほど、早速やってみます。発症する度にガンドルさんの木の実を苦そうに食べる姿が可哀そうなんですが、ワクチンとか作れないですかね? 」


「その木の実をベースにすれば出来そうだぞ。書庫にいるゴードンに相談してみるよ」


「お願いします。では私は木の実を沢山、貰ってきますね」


 ニヤニヤと笑うブランを見ていたカナデは何か思いついたのか、手帳と万年筆を取り出した。ひとしきりカリカリという音が流れ……。カナデは勢いよく椅子から立ち上がると、ルードベキアに見せるように手帳を開いた。


「ルーさん、どうでしょうか? 」

「ーー思うようにやればいいんじゃないかな」


「でも……こんなの僕に作れるんでしょうか」


 カナデは不安そうに表情を曇らせた。スッと立ち上がったブランはルードベキアの隣に椅子を置いて、カナデの背中を軽くポンと叩いた。ルードベキアはストンと座ったカナデに『はい、あ~ん』と言いながら、工房塔の自販機で購入できる星形クッキーを放り込んだ。


「カナデ、箱庭は想像力が物を言う世界(ゲーム)なんだ」


「想像力……ですか? 」


「プレイヤーがアイテムの開発レシピを自由に作れるゲームなんて他にはないだろ? 」


「……でも僕なんかじゃ、ルーさんみたいにーー」


「カナデ、自己肯定感を低くすると、ろくなことにならないぞ! ……って僕は思う。不安ならゴードンに相談すれば良いよ。彼は知識が豊富でとても頼りになるからね」


「気合を入れて張ります! 」

「生真面目だなぁ。そんなに気負わずに肩の力を抜いて、ミンミンスマイル! 」


 ニカッと笑うルードベキアに釣られて、カナデの顔も自然にほころんだ。


「ミンミンさんスマイル、心がけます。それであの、刈り取りの時なんですけどルーさんも一緒にーー」


「カナデ、風ウサギを見てみませんか? 除去装置の参考になるかもしれませんよ」


 言葉を切られて、カナデはしゅんとしてしまったが、眠そうに目を擦っているルードベキアを見て察した。ヒントを言ったがために睡眠デバフが付いてしまっていたようだ。カナデは風ウサギに興味津々のビビを頭に乗せて、静かにガゼボから離れた。


 ブランに呼ばれた2匹の風ウサギは地表に近づくにつれて、クジラぐらいの大きさからどんどん小さくなりーー4キロぐらいの猫サイズになった。千切った草を吸い込むデモンストレーションに興奮したビビは尻尾をぶんぶんと横に振った。


「あるじさま、うさにゃんすごいにゃん! 掃除機みたいにゃん。ぶらんしゃん、吸い取ったゴミはどこにいくにゃん? 」


「さぁ? 分解しているのか、それとも異空間に放り込んでいるのか……私にもよく分からないんですよねぇ」


「吸い込むものは選べるにゃん? 」

「ええ、指定できますよ」


「データを応用して使ってもいいにゃん? 」

「もちろんです」


 彼らの会話を聞いているうちに、カナデはだんだんと手帳に書いたことが実現できそうな気がしてきた。レシピについてはリディやゴードン、そしてトールに相談すればなんとかなるかもしれない。黒い彼岸花を除去するためだというのに、新しい物作りにワクワクして心が躍った。


 カナデはアイデアを忘れないように手帳に書き連ね、イメージを描いたイラストを見直すと、眠気を覚ますためにお茶を飲んでいるルードベキアの元へ戻った。


「ルーさん、お手本があるとイメージが湧きやすいですね。何とかなりそうです」


「カナデは……マキナと同じタイプっぽいな」

「え? そうなんですか? 」


「想像力が乏しいから無理って言ってさ。あいつ、自分の手や昆虫図鑑を見ながらーー」


 静かに話を聞いていたブランが大きな声で『ああっ! 』と叫んだ。長い耳をピーンと立ててルードベキアを凝視している。


「ま、まさか……。あの巨大な手と、でっかい虫シリーズって、ルーも絡んでたんですか!? 」


「あっ。ブラン、ご、ごめん。その件は後で……」

「ルードベキアさん、今からお話しを聞かせてもらってもいいでしょうか? 」


「え。これから茶葉イタチの荷物を運ばないとーー」


 にっこりと微笑むブランが『お開きです』と言った瞬間に……カナデは外に放り出された。すぐに球体戦闘テリトリーに額が付くほど近づいたが、自分の顔が映っているだけで中に入ることは出来なかった。


 ーー僕もブランみたいに、もっとルーさんといたいんだけどな……。


 ざわつく心に気が付いた瞬間に顔が熱くなった。噴き出したハテナマークを拾い上げる度に、鼓動の音が高くなっていく。カナデは身体中から湯気が出ているような感覚に困惑した。



 中央広場にカナデの名を呼ぶ黄色い声が響いた。苗木を作っている茶葉イタチがびっくりして顔を上げるほど大きな声だった。慌てたスタンピートは手を広げて、走り出そうとするパキラの進路を塞いだ。


「パキラ待った! 止まれって」


「大人しく待ってたんだから、少しぐらい大目にみてくれたっていいじゃないっ。バスケみたいにピボットつかって邪魔しないで! 」


「ブランの球体をバスケのボールみたいにバンバン叩いてたくせに何言ってんだよ。そのせいで電気ショックが流れるようになったのを忘れたのか? 」


「カ、ナ、デ! もう用事は終わったんでしょ? 一緒にランドルに戻ろっ」

「ちょっ、パキラ暴れるなってっ! ストーップ! 」


「腕掴まないでよ。セクハラで訴えるわよっ」

「うげっ。ーーカナデ! 今のうちに先に帰って……」


 スタンピートが振り返ると、カナデは赤くなった顔を唐草模様の手拭いで押さえながら、ぼうっとしてた。その様子にピンときてしまったスタンピートは何となく思ったことを口に出した。


「カナデ、恋しちゃったーーみたいな顔してっけど、もしかして……」

「ち、違うよ! 僕は、師匠としてルーさんをーー」


 さらに顔を赤く染めたカナデはあたふたと喋り始めた。そして先に帰る事情をささっと話すと、ポカーンとしているスタンピートたちから逃げるように茶葉イタチ村から去ってしまった。


 残されたパキラは……灰になった身体がさらさらと風に舞っていくような感覚に陥り、唇を震わせた。


「カ、カナデがオーディンの人形を? う、嘘よぉ! 」

お茶好きにもほどがあるやろ! っていうぐらい、ブランたちは紅茶を飲んでおります。

しかもブランは茶菓子を出せないので、液体摂取のみ……!?。


リアルだったらめっちゃトイレが近くなるだろうな。ゲームで良かったぁ。

「ブラン、吾輩にもキャラメルティープリーズっ」

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