それからどうなった?(下)
システム:ゴードンが載っていた本の名称やその他などなど、ほんの少しだけ修正。20230522
システム豆ウサギのラクガキ挿絵追加。20230522
氏捨て身:豆ウサギのラクガキ挿絵を書き直しバージョンに差し替え20230720
薄暗闇の中でちかちかと青いランプがリズミカルに光っている。その数は星空のようにざっと見ただけでは数えきれないぐらいあった。ひんやりとした床に座っていたルードベキアは青い星を掴むように手を伸ばしーーひねるように握った。
開いた手のひらに1冊の雑誌がふわりと浮かんでいるーー。ルードベキアはそれを見た途端に嬉しそうな声を上げた。
「よし、成功! 取材した図書館は……確か巻頭だったよな。ーーそうそう、これ! こんな感じにしよう」
サーバーに蓄積された情報をパソコンを使って修正して管理する方法もあるが、紙媒体形式にこだわった。マルチモニターのような視界で、パソコンを眺めるのはうんざりするほど嫌だったからだ。手に取ってページをめくりたいという気持ちに突き動かされていた。
書庫と言っても蔵書数は国立国会図書館よりもはるか上に行くと思われた。増える本に合わせてエリアも徐々に拡大できるようにしたい……ならばやはり、この雑誌に載っている図書館のように円形に広がる書棚が良いだろう。
ルードベキアはサーバールームの上に床を構築すると、自分を中心に書棚を並べた。
あとは本で埋めるだけだが……地下サーバーの情報を整理して書籍化するには、かなりの時間を要する。ルードベキアは腕組みをしながら、1冊の雑誌だけが収納されたスカスカの書棚を眺めた。
「もっと情報が欲しいんだよな……しかも早急に。ランドルの王立図書館と、ヘルプセンターにある『オーディンの人形の書庫』から図書情報をコピペでバーンするかっ」
そんな感じでババーンと大量の本を作り出したルードベキアは満足げに目元を緩ませた。
「さすがに量が多かったから、ちょっと疲れたな。ーーでは早速、参考になりそうな本を……え~っと、これは……失敗したかも? 」
コピ&ペーストした順に書棚に突っ込んでしまったがために、カテゴリー分けしておらず、何がどこにあるのか分からなかった。1冊の本を探すだけなら、さっき雑誌を出したように集中すれば問題ない。しかし、毎回やるのは……面倒すぎる。
「これは僕1人だけじゃ無理だ。う~ん……オーディンの人形に関わる人物に管理をお願いした方がいいかな。関係書籍を探すかーー」
ルードベキアは書籍検索に引っかかった『ルクレシア創世記~オーディン王の誕生~』を取り出して、パラパラとページをめくった。
「読み込んでる暇はないんだよなぁ。……あ、人物紹介があるじゃん」
巻頭の人物紹介ページに記載されていたゴードンという名前を指でなぞった。彼は彼女の護衛を兼ねた側近で、教育係でもあったようだ。それならばきっと力になってくれるに違いない。ルードベキアは期待を寄せて、挿絵をもとに彼を作り上げた。
「お呼びでしょうか。皇女殿……下? 」
「やぁ、ゴードン。えっと……」
「じーっ……」
「あっ、こんな姿ですまない。その……」
「じーっ……」
「ゴードン、実はお願いがあってーー」
「ほっほっほ。お久しゅうございます。何なりと、お申し付けくださいませ」
マリーゴールドの花びらの真ん中にある丸い顔は姿形が変わろうと、主人を間違えたりしないと言う風に、にっこりと微笑んだ。だがルードベキアから事情を聞いてすぐに、ゴードンは書棚の間から文字が噴き出すように『なんですと! 』と叫んだ。
「ーーこ、この私に図書の管理をせよと!? 」
ゴードンは口を開けたまま、わなわなと丸い手を震わせていた。物語では剣を握る近衛騎士だったのだから、不本意だと感じたのかもしれない。ルードベキアは眼鏡をずり下げたままオロオロとうろたえた。
「ご、ごめん。やっぱ嫌……だよね? 」
「とんでもございません。なんて素晴らしい任務なのでしょう! しかもどんどん書籍が増え続けるですって!? 新しいものを読める喜び……うっとりしますぞいっ」
休憩時間によく読書をしていたと言って、ゴードンは顔をほころばせた。城内にある図書館に通い詰めていたようだ。物語には書かれていない裏話を懐かしそうに語っている。
「ーーゴードンがそんなに本好きだってなんて知らなかったよ。それで相談なんだけど、この書庫で働く従業員は何人ぐらい必要かな」
「そうですな。取り合えず……3人ほどお願いします。書庫の構築もお手伝いをいたしますぞい」
「それはありがたいな。ええっと、この雑誌を見本にしてるんだけど、提案があったら聞かせて欲しいな」
「ふむ……。『これぞファンタジー! 』的な感じにするのはいかがでしょうか。訪れた者が『ええっ!? 』と声にだすようなっ。ふふふ……」
ぱっと紙とペンを出したゴードンはささっとイメージイラストを描き上げた。大木の中にあるようなエリア内に、巨大な植物と書庫が共存している。草木からできたような机や街灯にルードベキアは目を見張った。
「このインテリア、凄くいいね。椅子や机は木の根が動く感じだと面白いかも」
「次にお越しになるまでに見本を作成しておきますぞい。さて、皇女殿下はお休みになった方がよろしいかと存じます。こちらにいらっしゃってから、2時間ほど経っておりますゆえ」
「まだそれぐらいなら、もう少しーー」
「ここに流れてくる情報によりますと、マキナさまも心配しております。通常睡眠を8時間取ってから、お目覚め下さい。寝室をご用意致します」
「えっ、いつも3時間ぐらいだったし、そんなに寝なくてもーー」
ゴードンはポンと天蓋付きのベッドをルードベキアの眼前に出現させると、きりりとした顔つきでぽんぽんと枕を叩いた。
「いけません、8時間睡眠!! 」
目が覚めたルードベキアの瞳にほっとしたような笑顔を見せつつも……目から涙を落としそうなマキナの顔が映った。ゴードンが言った通り、かなり心配していたようだ。
「このまま起きないかと思って、焦ってたよ」
「心配かけてごめん……。ちょっといろいろやっててさ」
「寝ながら? 」
「そう、寝ながら。あはは。実はさーー」
サーバールームの上に図書館風のエリアを構築したことを聞いたマキナは案の定、難色を示した。『あれは化石になるまで放置したほうがいい』と言って眉間にしわを寄せている。
「そう言うけどさ、あの中には使えるデータがそれなりにあるんだよ」
「だけど、ルー……。個人データもサルベージしちゃうんだろ? 発見されたらヤバイんじゃないか? 」
「あの書庫はヴィータが作った上に、オーディンの人形が手を加えた仮想空間なんだから、そう簡単に見つけられないんじゃないかな。念のために何重にもロックをかけて、従業員に警備してもらうよ」
「従業員って……NPCを作るってことだよな? そんなことして異変に気付かれたりしたら……」
「あはは。商人職が作った商店の従業員NPCを模倣したから大丈夫だよ。でも……ランドルの書庫にデータが少ないってバレたら、躍起になって探そうとするかもね」
ルードベキアは机に置いていた一眼レフカメラを手に取ると、大海原が良く見えるテラスに出た。カシャンカシャンというシャッター音を響かせている。水平線から顔のぞかせた太陽が潮風で揺れる銀髪を照らしていた。
左足を引きずることもなく、楽しそうに撮る姿を眺めていたマキナは胸がいっぱいになった。ゲームの囚人なってしまった自分は早く抜け出したいと願っているが、総司はルードベキアのままの方が幸せなのかもしれない。
この世界から現実に戻れる日がきた時……総司はまた暗い瞳に戻ってしまうのだろうか……。ルードベキアの隣に立ったマキナはキラキラと輝く水面を見つめた。
「ルー、バレた時対策はどうするんだ? 何か考えがあるのか? 」
「あるよ。ーーでもその前に……相手の情報収集が先だと思うんだ。いまのマキナなら出来るよね? 」
「あぁ、問題ない。……多分ね」
「じゃ、よろしくっ。ーー僕は気分転換のために散歩してきますっ」
「え、ちょっ。総司、サポートしてくれないのかよっ」
「悟兄さんなら1人で大丈夫だよ! 行ってきま~す」
「まじかよ……」
マキナは不安そうだったが、ルードベキアが帰って来た時には面白い情報をゲットしたと言って、愉快そうに歯を見せて笑っていた。それからはいたずらっ子な表情を互いに見せ合って、悪の組織風な会話を繰り広げたーー。
そのことを思い出すと、いまでも口元がにんまりと緩んでしまう。この計画は相手の目をくらますために、カナデが主導で動いているように見せなければならない。尚且つ、カナデにも気付かれてはいけない……。ルードベキアは不安げな表情のカナデが映っている映像画面をじっと見つめた。
ーーカナデはブランがハルデンに戦いを挑むんじゃないかと心配してるけど……。ブランはそんなことは考えてないな。あれは……冗談を真に受けているカナデを面白がっている顔だ。
意地が悪い気がするが……キャラクター設定が反映されているのなら仕方がないことだった。彼らの関係はプレイヤーの時と違って、オーディン王の人形物語によって歪められている。ブランは特に、その設定が誰よりも顕著に現れていた。
「カナデ、ブランは純粋にハルデンになったリディに会いたいだけだから大丈夫だよ」
「ふふふ……私は銀の獅子商会にお世話になりましたからね。団長だったリディさんがどんな方なのか興味があるんですよ。ただそれだけです……」
ブランは細めた目を怪しく光らせて、ルードベキアの言葉通りと言う風に含み笑いをしている。本当にそうなのか? カナデは疑いの目を向けつつ、ブランの顔色を窺った。
「ブランにお願いがあるんですけど……いいでしょうか? 」
「ほう……カナデが私に? 」
「そ、その……連絡用に羽ウサギを1羽、僕に預けてもらえませんか? ビビが接触通話できると思うんです」
「ふむ。妙案ですね。では……羽ウサギではなく、この豆ウサギをどうぞ」
枝豆サイズのウサギがティーテーブルの上にふんわりと浮かんだ。それはカナデの元にふわりと移動すると、イヤーカフスのように左耳にへばりついた。
「これで私と直接通話できますよ」
耳にくっついている豆ウサギは着信すると『うきゅっ』と鳴いた。思わず萌え心がふわっと沸いてしまうほど可愛らしい声だ。しかも装着感がない上にハンズフリーで会話ができる。こんな画期的な生き物に生み出したブランに驚きを驚きを禁じ得ない。
だがそう感じていたのはカナデだけではなかった。内緒話ができるぐらい近い距離にいるブランの右腕をルードベキアが興奮したようにバンバンと叩いている。
「すっげぇぇ!! ちっさっ! これブランだけとしか会話できないの? 装着してる皆んなで話せーーあ、話せるじゃん。便利すぎるだろっぉお! なぁ、なぁ、ブラン、このマイク付きワイヤレスイヤホン欲しい!! 僕にも頂戴! 」
「ワイヤレスイヤホンって……豆ウサギと言って下さいよ。それと、ルーは仕様が見られるんですね……。知りませんでしたよ」
「あっ……。そ、それについては、あとでーー話します……」
「きっちり、いろいろ聞かせてもらいますよ。いいですね? 」
「うぇっ。あぁ、うん……はい……」
「ーーでは、この子をどうぞ」
「うわぁ、やったぁ! ありがとう! 」
ルードベキアの耳にぴったりなサイズの豆ウサギがサファイヤブルーの瞳に映った。豆ウサギは楽しそうにぴょんぴょん跳ねている。
「これってブランの独自回線……いやテリトリーが糸のように伸びてるのかーー。距離は……関係ない!? 凄すぎるな。う~む……。では早速ーー」
耳にくっついた豆ウサギを撫でると、通話できる相手の名前が視界に表示された。指でタップするか、名前を口に出せば豆ウサギが繋いでくれるようだ。グループ通話をしたい場合は予めグループを用意しないと駄目らしい。ルードベキアはブランがぱぱっと作成したグループに繋いで、感嘆の声を上げた。
「グループ通話も便利ぃぃ! 名称が絶品アップルパイってのが笑えるけどーー。あっ、なぁ、ブラン、もう1こ欲しいんだけど……駄目かな? 」
「……誰に渡すんです? 大事な子なので気軽に配りたくないんですが……。もしかして、マキナさんにですか? 」
「違うよ。マーフなんだけど駄目かな? ……ヴィータ討伐作戦の要でもあるから、連絡できるようになりたいんだ」
マーフと言う名前を聞いたブランは機嫌良さそうに微笑んだ。すぐさま手のひらサイズの小さな行李箱をポンと出して、カナデのティーカップの傍に置いた。
「カナデから、マーフさんに渡して下さい」
「はい。えっと、中身を確認してもいいですか? 」
「どうぞ」
箱の中で真っ白な豆ウサギが柔らかいクッションの上でスヤスヤと眠っていた。蓋の裏にはマーフ専用と言う文字が記載されている。
「豆ウサギたちって、持ち主に帰属されるんですか? 」
「もちろんです。万が一、どこかに落として、他人に使われたら困りますからね。ーー私もあの方と連絡を取りたかったので、ちょうど良かったです。……ふふふ」
ルードベキアは何か企んでいそうな笑いを漏らしたブランからサッと目を背けて、お茶が入ったティーカップを手に取った。きっと自分がアゲハ蝶に乗った時、撮影を頼むに違いない。さらに衣装をアレコレとお願いするつもりなのだろう。
かつてはブランも銀の獅子商会の一員だったのだから、マーフと仲良くするのは喜ばしいことだ。だがしかし……童話のプリンセスが着用するような衣装を想像してるのが、ウィンドウに表示されている情報を見なくても手に取るように分かった。
ーードレスは嫌だって言ってるのにっ。ブランがそういうのが好きだなんて、困ったもんだ。マキナは良い顔しなかったけど、やっぱりプランAを実行しよう。そうすればこんな状況からおさらばできる。でも……ブランが知ったら……。
綺麗にはまっていた歯車の1つが迷う心を表したように外れた。いくつあるか分からないウィンドウを間を転がり続けている。今まで男として生きていたのになんでこんな姿に……。ルードベキアはカップの液体に映った憂鬱そうな自分の顔を見つめた。
システム:豆ウサギ……ほすぃ。想像しただけで萌える!




