恋に恋して恋ナスビ
システム:周辺のイメージマップ追加。20230520
少し開けた広場のような場所でカナデの腰ぐらいの背丈の植物モンスターがウロウロしていた。紫の花を頭につけたナスに似たモンスターが、くるくると回ったり、飛び跳ねたりしている。踊っているような動きをしているものも多く見られた。
「カナデ、頭に花が付いてるのがオスで、無いのがメスだって、ルードべキアさんは言ってたよな」
「うん、そう言ってたね。ピート、思ったよりも、花付きがいっぱいいるね。この中からメスを探さないといけないのか……」
スタンピートとカナデは助蔵爺の腰痛に利く薬を作るために必要な素材の1つである『恋ナスビ』という名称の植物系モンスターを竹藪の後ろから観察していた。ヒソヒソ声で話す彼らと同じように紫色をしたモンスターたちを眺めていたパキラが不満そうに眉間にしわをよせた。
「ねぇ、なんでオスに花が付いてるの? 普通、逆じゃない? 」
「パキラ、それはちょっと差別的だぞ~。オスに花やリボンがあっても良いと思う」
「僕もピートの意見に同意するよ。あ、もしかしたらメスを引き寄せるために着飾ってるのかもしれない」
「あ、そっか。なんか納得した。さすがカナデだね」
パキラはにこやかに笑いながらポンとカナデの腕を軽く叩いた。さらに誉め言葉を並べた後に、労おうとしているのかマッサージが得意だと言って、彼の肩や背中をべたべたと触っている。そんな彼女をスタンピートは冷ややかな目で見つめていた。
ーー俺が目の前にいるって忘れてない? 急に態度があからさまになってきたな。カナデは……嫌そうな顔してっけど、ポジティブ変換モンスターにその態度は通じないと思うぞ。
スタンピートは穏便にやり過ごしたかったが精神衛生的に考えると、このまま一緒に行動するのは無理だと気付き始めていた。早めにカナデと差しで話をしなければと思いながら……花がついていない恋ナスビを探した。
ーーおっ、いたいた。なんもかざりっけないけど、肌艶がーーいや皮艶? がめっちゃ良いな。オスと比べると、新鮮な野菜っぽく見えるぞ。
ごま油で炒めたら美味しいかもしれない……よだれが出てきそうなスタンピートの視線を浴びているメスは華麗な求愛ダンスをしているオスに目もくれず、スタスタと歩いていた。オスは通り過ぎたメスを追いかけて、目の前でダンスを披露するーーを繰り返している。
ーーうわ、あんなに必死なオスをガン無視かよ! せつなくなってくるな……。
メスの個体を捕獲するためにやってきたというのに、スタンピートは彼らから目が離せなくなってしまった。テレビドラマのような展開を期待して、頑張れオス……とつぶやき、グーにした手をぎゅっと握りしめている。
カナデは自分の肩や背中を触っていたパキラの手を掴んで止めるようにお願いをしていたのだが……にやけながら鼻息を荒くしているパキラにぎょっとして、思わずポンと突き飛ばしてしまった。
「あ、パキラごめん。肩も背中も凝ってないから、もう勘弁して欲しいんだけどーー」
「カナデ、ひっどぉい」
パキラの脳裏にアヒル口と上目遣いをしていた誰か頭に過ぎった。真似をすれば優しくしてくれるかもしれない……今までやったことがない仕草をしながら、カナデが手を差し伸べてくれるのを待った。だがカナデは……地べたに座っているパキラを無視して、真剣な表情で茂みの向こうを見ているスタンピートのところに行ってしまった。
宙に浮いている右手をスッと下したパキラは……ネガティブになった心を打ち消すためにミニミニパキラを大量生産して脳内会議を始めた。起き上がらずに無表情で妄想の世界に入り込んでいる。
カナデは鳥肌が立った腕を擦りながら、肩越しにパキラの様子をちらっと窺った。彼女はカナデを追いかけることなく、大人しく座っていた。その様子にホッと胸を撫でおろし、スタンピートが注目している先に目を移した。
竹藪の向こうの世界では、可愛い紫の花をヘタにつけた恋ナスビのオスがくるくる回りながらメスの気を引こうとしていた。歩いているメスの動きに合わせて回転しながら移動していたが、目が回ってしまったようでコテンと倒れてしまった。メスはそんなオスを侮蔑するようにフンッと鼻で笑っている。
オスはそんな彼女に怒るどころか、すぐそばに咲いていた花を素早くむしり取って、跪きながら捧げた。
「おっ、あの花をメスが取った! けど……捨てた。か、悲しい……。ピート、これは、この先どうなるか気になっちゃうね」
スタンピートと同じようにカナデも動物の生態を追うテレビ番組のようなシチュエーションにくぎ付けになってしまったようだ。ついさっきまでは、恋ナスビの動きのパターン解析をして、より早く捕獲する方法を探そうと考えていたというのに、彼らの今後が気になって仕方ない。
「だろ? ジョニーの恋が叶うといいなって思ってさ、目が離せないんだよ」
「あ、ジョニーのライバルが登場したっぽいよ」
「うわ、あいつになんか投げつけてるぞ。あれ、石じゃないか! 嫌なやつだな」
彼らがラブラブになるまで見守ろうと思っていたスタンピートは新たに出現した目の横に大きな傷がある恋ナスビのオスをマークと名付けて睨みつけた。奥歯を噛みしめてジョニーを助けたいという衝動を抑えている。そんなことを知らないマークは求愛行動をしているオスをメスから引き離そうとして、投石を繰り返していた。
「ぐぬぬ……頑張れジョニー、マークに負けるな。俺は絶対にお前を応援するぞ」
「何だかメロドラマみたいな展開になってきたね。あっと、ジョニーが怒りのストレートっ! だがマークはひらりとかわしてーージョニーの足を引っかけたっ。転がるライバルにボディアタ~ック! 」
メスをめぐる戦いに熱くなったのか、カナデの言葉はビビがモニター前でやっていたような実況風になっていた。もろに体当たりを食らった恋ナスビのジョニーは苦しそうに顔を歪ませたが、すぐに重たい身体の乗せているマークから逃げ出した。すかさず短い脚で回し蹴りをして、ライバルのマークを地面に転がした。
「実況のカナデさん、ジョニーが一矢報いましたね。それにしてもヒロインのリンダは、なぜジョニーの魅力に気付かないのか不思議です……」
スタンピートはカナデのノリに乗っかって、ジョニーの魅力を解説し始めた。マークよりも細身で体躯は小さめだが、どこにも傷はないことや、頭の花はどのオスよりも綺麗でキラキラと輝く粒子を飛ばしているなど、細かく語っている。
「そんなわけで~リンダよ、ジョニーを選ぶんだっ! うげっ、偉そうに腕組んで2人を見てる……」
「勝った方を選ぶってことかな。ピート、よく見るとさ、リンダって他のメスに比べて淡く光っててキレイだよね」
「かなりの美人さんってことなのかもしれないな……。あぁっ、ジョニー危ないっーーからの、ラリアート返しだとぉ! さらにジャンプして、マークのボディにエルボー! カナデ、今のすっげージャンプだったな。めっちゃカッコイイ」
このまま勝負がつくかと思われたが、マークはにやりと笑ってジョニーを突き飛ばした。おもむろに立ち上がると、右手にある木の棒の先端突き出して、フェンシングのように構えた。
「な……なんってこったい。カナデ、大変だ! マークが武器を持ってる。あれって反則じゃないか? ジョニーは素手なのにーー」
「やばい、ピート! ジョニーが……もろに右肩を突かれてーー吹き飛んだぁ! ぁあ、ジョニーダウン、ジョニーダウン。起き上がれるかっ! おっとぉ、起きたぁあっ。解説のピートさん、ハラハラしますね。ジョニーはマークを打ち破れるでしょうか」
「実況のカナデさん、ジョニーは一瞬、武器にひるんでしまったようですが、ボクサーのようなステップを踏んでいますよ。武器を使わずに素手で戦い続けるジョニーの男気に惚れてしまいそうです」
ジョニーはタンタンとリズムよく地面を蹴ってギラギラとした瞳をマークに向けている。
「ジョニーの目はまだ諦めていない! だがマークも憎たらしいほども余裕な表情を浮かべてーーおっと、木の棒を突き出したぁ。軽くかわしたジョニーの右フックがマークの顔面にヒットぉぉ! 」
「ちょっと、ふたりとも何やってんのよ!! 」
バンッという音がするほど背中を叩かれたスタンピートとカナデが振り向くと、パキラが鬼の形相で腕組みをしていた。何度も話しかけているのに返事が返ってこない2人にかなり怒っている。モンスターである恋ナスビたちの行動の何が面白いのかわからないという風に、パキラは大きなため息を吐き出した。
「ねぇ! 近づくと悲鳴スタンしてくるんでしょ? どうやって捕まえればいいのかなぁ!! 」
「わっ、パキラ。声が大きいよ」
怒鳴るようなパキラの大声にカナデは慌てふためいた。竹藪の向こうにいる恋ナスビたちには幸いなことに聞こえていなかったようで、悲鳴らしきものは聞こえてこなかった。カナデはスタンピートと顔を見合わせてホッしたような表情を浮かべた。
パキラが針でチクチクと刺すオーラのようなものを飛ばしているような雰囲気の中、スタンピートはジョニーとマークの戦いをチラチラと竹藪の隙間から覗いていた。カナデも同じようにそわそわしながら、気にしている。
自分が蔑ろにされているような気分になったのか、パキラは不貞腐れた声で喋り始めた。
「私の声が小さすぎて、聞こえてないのかなと思ったんですぅ。ここは個別で捕獲しないと駄目なんでしょ? 私が話しかけているのに、ぜ~んぜん、気付かないほど夢中で観察していたおふたりさん、攻略を教えてくれませんかぁ? 」
ポケットの中にいるビビは感じ悪いにゃんとつぶやいていたが、カナデはこんな言い方をされるほど恋ナスビのメロドラマにハマりすぎて、仲間を待ちぼうけにさせてしまった自分を責めて、うろたえてしまった。攻略方法をすぐに言おうとしたが、焦りすぎてしどろもどろになっている。
不機嫌そうに聞こえないと言うパキラの前でオロオロしていると、スタンピートが爽やかな笑顔を見せながらカナデとパキラの間に入った。
「まぁまぁ、パキラ、そんなに怒るなよ。攻略だけどさ、背後から近付いて、網グレネードを投げればいいんじゃないか? 俺は~今、見ていたドラマのヒロインを狙っちゃおうかな~」
「はぁ? ドラマのヒロインって何? ーーあっ、網グレなら6個持ってるから、カナデに半分あげるよ」
「……僕は無くても大丈夫だから、ピートに分けてあげなよ」
「え……。ピート、網グレ欲しい? 」
「俺は3つあるからーー」
「持ってるなら大丈夫だね。ーーねぇ、カナデ。できるだけ傷がつかないように捕獲って難題じゃない? 網グレを使っても大丈夫なのかなぁ。カナデはどう思う? あ、それとねーー」
カナデに言われたから仕方なく聞きました。という感じのパキラにスタンピートは呆気に取られてしまった。ゲイルを追いかけていたリンジェを彷彿とさせる言動に驚きすぎてどこからどう突っ込みを入れたらいいのか分からない。
あの頃、スタンピートは我が儘であからさまな態度をするリンジェにパキラが振り回されていることに気付きながらも、固定パーティの雰囲気が壊れることを恐れて、見て見ぬふりをしていた。そのことの謝罪を含めて、今までパキラに甘めに接していたのだが……裏目に出たような気がして仕方がない。
人は恋をするとここまで変わってしまうのか……笑顔でカナデに話しかける彼女を眺めていたスタンピートはゾッとして自分自身を両腕で抱えた。
システム:恋ナスビの生態を調べていたプレイヤーがかつていました。その情報は銀の獅子商会にあるようです。読んでみたい!