バンシーの嘆き
システム:周辺のイメージマップ追加。20230520
ーーパキラ……カナデが迷惑がってるのに気付け! あ~んど、空気読めっての。このままだとカナデにも苦手だって言わるようになっちゃうぞ。
そろそろフィールドボスであるバンシーがいるエリアに突入しそうだというのに、カナデと腕を組みたいパキラと、遠慮したいカナデの攻防戦は続いていた。すぐ後ろでその様子を眺めていたスタンピートはカナデを助けたい気持ちはあったが……パキラと喧嘩になるのは嫌だった。
どうしたものかと悩みすぎて、頭上にぐちゃぐちゃとした線が何個も浮かんでいるような気分になった。それを虫取り網をもったもう1人の自分が必死に片づけている……そんな漫画みたいなシチュエーションを想像して吸い込んだ息を軽く吐き出した。
スタンピートが介入した事で一時は何とかなるかもしれないが……パキラの病のような積極的アプローチはすぐに復活するように思えた。何よりもすぐ後ろにいるというのに、カナデが自分に助けを求めてこないということが腹正しい気持ち増値させた。
ーーパキラとのやりとりを楽しんでいるんじゃないか?
そんなことをついつい考えてしまう。パキラには開いた口が塞がらないのは確かだが、迷惑なら迷惑だちはっきりと拒否する態度を取っていないカナデにも非があると思い始めている。
ーーいちゃいちゃご苦労さんとイヤミったらしく言ってやりたい! ……でもさすがに言えないよなぁ。カナデともパキラともずっと仲間でいたいんだけど、もう無理なのかな。いや、こんなことを考えている場合じゃなかった……。
その瞬間に、ピコン……というスタンピートにしか聞こえない音が耳に入った。ディレイが終わるたびに発動させていたスキル探索のレーダーに何かが反応したようだ。もう一度、発動させて、音がした方をじっくりと眺めたーー。
ーーこの赤い星って……ボスモンスターじゃん!
さ~っと血の気が引いていくような感覚を覚えた。このまま進むとガチバトルに突入してしまう! スタンピートは慌てたようにカナデの背中を叩くと、ぴたっと寄り添っていたパキラを押しかけて、無理やり体を2人の間にねじ込んだ。
「カナデ、ストップ! この茂みの先に大きな反応がある」
「バンシーかな……? ピートありがとう」
カナデはスタンピートが指差した方角に目を凝らしたが、自分の背丈ほどあるツバキのような樹木が邪魔をしてよく見えなかった。エンカウントする前にバンシーの姿を確認した方が良いだろう。ふてくされているパキラを完全にスルーして、スタンピートに相談を持ち掛けた。
「ピート、あの木の後ろから覗くのは危ないよね? 」
「そうだなぁ……。あ、カナデ、木に登るってのはどうだ? 」
なるほどと思ったカナデはすぐ近くにある樫の木の枝にポンとジャンプして、見渡せそうなところまで移動した。浮遊スキルがあるのだから、それを使えば良かったのだが、パキラとの攻防戦に気を取られすぎて、すっかり失念していた。早速、スキルを使って身体を浮かせると、インスタントカメラを取り出して枝葉の隙間からバンシーの様子を窺った。
その木の下でパキラはクエストアイテムである恋人のペンダントの鎖部分を握りしめて、模様がないシンプルな金のペンダントトップを軽く揺らしながら眺めていた。
「カナデ、上からバンシーが見える? この先にいるなら、私がこのペンダントを持ってくよ」
上機嫌でふふふと笑う様子がスタンピートの不安感を煽った。調子に乗ってやらかす気がする……過去にのケースを思い出して横やりを入れた。
「パキラ、それはカナデに行ってもらう方がいいと思う」
「なんでよ! 私にやらせてくれたっていいじゃないっ! 」
「パキラ、しーっ……声が大きいよ」
「あっ、ピートごめん……。だけどさっ、何で私じゃ駄目なのよ」
パキラとスタンピートの言い争いを聞きながら、カナデはガラスのように透けているバンシーを見ていた。彼女はツバキのような樹木を抜けて5~6メートル先ぐらいの空間に佇んでいる。足の代わりにクラゲのような触手を垂らしてふわふわと空中に浮かび、瞳からは今にも涙が零れそうだ思うほど悲しそうだった。
バンシーはプレイヤーの恐怖心を増長させて、物理耐性をマイナスになるまで減少させるスキルや、メンタルを破壊するような魔法を使うため、厄介なフィールドボスと言われていた。
バート職の勇者の歌やパラディンのスキル天声で恐怖耐性を増加させた上に、課金アイテムで80パーセントまで引き上げないと……身体が震えて動けなくなり、あっという間にデスリターン行きの列車に乗ることになる。
ルードベキアの言葉を思い出しながらカナデはストンと木から降りた。
「僕は別にパキラが行ってもいいと思うけど……? 失敗したら戦闘になるだけだしね」
「だーかーら、それが駄目だっつーの。さっき、戦闘になったら始まりの地に行くかもしれないっていってたじゃないか。パキラ……」
クエストアイテムはエンカウントしてすぐにバンシーに素早く近づき、手渡ししなければいけなかった。攻撃はおろか防御してしまうとアイテムは粉々に砕け散り、通常の戦闘になってしまう。
「勇気が試されますよ」
ブランが少し目を細めて、カナデの肩をポンと叩いていたのをパキラは見ていた。大したことはない、そのぐらい自分にだって出来る。パキラは駄々っ子のように頬を膨らませていたが、スタンピートのしつこい言葉にうんざりして、しぶしぶカナデに恋人のペンダントを渡した。
カナデはなぜ彼女が意固地になっているのかさっぱり分からないまま、バンシーと対面した。
「それは……私の恋人のペンダント……。あぁ……」
バンシーはペンダントを受け取ろうとしたが、触ることができなかった。しくしくと泣いている彼女の周囲に白い霧が発生し始めている。このままだと戦闘になってしまう! カナデは素早くバンシーの背後に回ると、ペンダントを彼女の首に装着した。
かちりと金具がはまった瞬間に……恐ろし気なモンスターだったバンシーは美しい人間の女性に変化した。たちこめていた霧はスーッと消え去り、祈るように両手を組んだ彼女の周囲に色とりどり花が咲き乱れている。
枝葉から差し込んだ光から、恋人らしき男性が現れ……アンジェリカという名称に変わったバンシーの手を取った。彼らは嬉しそうに互いの顔を見つめている。
ツバキに似た低樹木の陰から覗き見していたスタンピートはカナデと同様に不思議な光景に目を奪われていた。恋人たちの再会に感動したのか、薄っすら涙を浮かべて、鼻をすすった。
「ありがとう……冒険者さんは良い人ね。これを貰ってくれるかしら。私にはもう必要ないの」
カナデが涙の形をしたアイテムを受け取ると、バンシーはにっこりと微笑みながら、恋人といっしょに光の中へ消えていった……。
「バンシーの嘆き、か。10分もしたらリセットされて、彼女はまたここでモンスターとして戦うんだろうな……」
カナデはせつない気持ちを抱えながら、助蔵爺さんの薬を作るアイテムの1つ、バンシーの嘆きを握りしめた。少し興奮気味になったスタンピートが早口で喋っている。
「あれがルードべキアさんが言ってたスペシャルシーンってやつなんだな! 俺さ、めっちゃ感動したよ。あのまま来世で、恋人と幸せになって欲しいって、まじで思った。でもバンシーはリポップしちゃうんだろうなぁ……」
「だってゲームだからしょうがないじゃん」
プチ興奮気味のスタンピートとは裏腹にパキラはつまらなさそうに黒髪をいじっていた。眠たそうに小さなあくびをしながら、スマホを取り出している。
スタンピートと同じように感動を覚えていたカナデは彼女と共感できなかったことを残念に思った。がっかりしたような表情を見せながら口を開いたーー。
「パキラがそう言うのも分かるけど……、僕はピートと同じ気持ちになったよ。このアイテム名を見た時、モンスターだけど悲しいなって思った。帰ったら逸話を調べてみようかなーー」
「あ、俺も知りたい! 図書館のモンスター図鑑にあるかな」
「僕は工房塔の図書室で調べて見るよ。素材についてが中心だけど、何か面白いことが書いてあるかも」
「じゃあさ、互いに調べて、後で発表し合うってどうよ? 」
「詳しいことは帰ってからにしようか。ここにずっといると、バンシーがリポップしちゃうからさ」
楽しそうに話す男性陣とは打って変わって、天邪鬼気味のパキラは憂鬱な気分になっていた。会話に加わらずに素知らぬ表情でスマホのインベントリを開いている。人数分貰えると聞いていた通り、バンシーの嘆きというアイテムがしっかり入っていた。
「私の嘆きの方が深いもん」
パキラのつぶやきを耳にしたスタンピートは長いため息を吐いた。こじらせている彼女を、やっぱりどうにかした方がいいかもしれない。このままだとチームサビネコは解散の危機にさらされるだろう。
ーーパキラに言って駄目なら、カナデだな。……パキラには悪いけど、ショック療法で正気に戻ってもらおう。
カナデは今度も聞こえていなかったのか、はたまた聞こえていないふりをしているのか……彼の表情に変化は無かった。だか、内心ではパキラの言動が益々苦手なタイプになっていることに困惑していた。
かつてパキラのためにいろいろしたいと思って、日本刀『荒神』を製作してプレゼントしたもあった。彼女のために衣装店で購入したセーラーマリン風フルセットは……2人きりになったら渡そうとあの頃は機会を伺っていたが……気が付けばずっとインベントリの肥やしになっていた。
今更、奥深くで眠っているアイテムを掘りだす気にはなれなかった。これからも友達として仲良くしたい。だから、出来るだけ誤解を招くようなことはしたくないというのがカナデの本音だ。チービサビネコのメンバーとして穏便に済ませたいと考えているのがダメなのだろうか。
ーーこれからパキラとどう接すれば良いか分かんなくなってきたな……。
表情を曇らせているカナデをパキラは目で追っていた。自分をスルーしていることにやきもきしながらも、ツンデレ属性だから仕方がないよね……という都合のいいポジティブ変換をして、薄っすらと笑った。諦めずに、もっと積極的に女性らしさと可愛らしさをアピールすればきっと振り向いてくれる! そしてうふふな関係になれる! そう信じて疑っていないようだ。
ーーもっとチラリズム的なファッションにした方がいいかな。男の人ってそういうの好きだよね。でも着替える場所がないから、街に戻ったら……うふふ。
彼らはそれぞれの思いを募らせながら……次なるクエストアイテムを手に入れる為に歩き出した。
システム:ヒロインのようでヒロインじゃないかもしれないパキラちゃん。かなりこじらせています。