うんうん、分かってる、分かってるよ
システム:ラクガキ挿絵追加。20200317
助蔵爺から腰痛に効く薬を作ってくれと依頼されたスタンピートとパキラは茶葉イタチの地縛解除が終わったカナデと共に、村を離れて森の中を歩いていた。メッセージアプリが使用不可以外は他の森と何ら変わらないように見えた。
緊張感が消えてしまったのか、スタンピートは何の曲か分からない鼻歌を口ずさみながら歩いている。カナデは小難しい顔を浮かべて周囲を警戒していたが、急に立ち止まった。位置確認だと察したスタンピートとパキラがカナデが広げたB5ぐらいのサイズの画用紙に描かれたざっくばらんなマップと、彼の左手にあるルードベキアに渡されたコンパスを交互に眺めている。
「茂みを回避しているうちに、方向がズレちゃったみたいだ。もうちょっと……左かな。ーーまだエンカウントしていないけど、そろそろ何かとぶつかると思うから、注意してね」
「はーい、了解之介だよっ。ねぇ、カナデ、ルードベキアさんってさ、思ったより攻略フェチだったのね。あんなに細かい説明を聞くとは思わなかったよ。話が長すぎて、途中から眠くなっちゃった」
一時期パキラは、ストーキングするほどルードベキアに夢中になっていたというのに、彼がオーディンの人形に変わってしまった後はすっかり興味を失くしてしまったようだった。うんざりしたような顔で肩をすくめている。彼女の前を歩いていたスタンピートは酷い物言いだなと呆れながら、スマホを取り出してメモアプリを立ち上げた。
「俺はかなり為になる話が多くて楽しかったけどな。聞き逃さないように必死こいて、メモりまくってた」
「ふ~ん……。そういえば、ピートってスマホで文字打つの早いのね。凄い速さだったからびっくりしちゃった」
「俺さ、字が下手くそだから……リアルでもメモはスマホ使ってたんだ。ちょこっとだけ手慣れているかも? てへへ」」
和気あいあいと話している彼らと打って変わって、表情が硬いカナデは樹木の後ろにモンスターが隠れていないかを注意深く見ていた。目的地の辺りはライオンの狩りと似た行動パターンをするという、鬼女蟲と鬼男蟲の縄張りがある。いつ彼らと遭遇してもいいように大楯を手にして、武器はメイスではなく、ダメージが高い散弾銃式種子島を持っていた。
大っぴらに言うことはできないが、この散弾銃式種子島はグランドマスターの特権というやつで、ルードベキアが作った武器をデータコピペでバーンしたものだった。神の箱庭に蓄積されているデータベースを有効活用した方が良いという子猫のビビの入れ知恵だった。ちょっとズルい行為だが、苦手な製作ミニゲームに時間を費やし、失敗作を作るよりも良いような気がした。
そして出来上がった武器にはブランド名の横に『(コ)』という文字が入っていた。コピーアイテムだよ! という印だったが商人職がスキル鑑定眼を使ってプロパティを見ない限り、バレることはない。……たぶん。
カナデが現在使用している武器防具はプレイヤールードベキアがプレゼントしたアサルト式種子島とメデューサの魔盾以外は有名ブランドからこっそり……というやつだった。最初はこのゲームの世界が通常運営していたならば、警告を受けるであろうアイテムを使うことに躊躇っていた。だがそんなことを気にしている場合じゃないとビビに説得されーー今に至る。
「根元に剣が刺さっている木がすぐに分かるといいんだけど……。バンシーの声って、ドロップ率がとても低いって言ってたよね。だから、恋人のペンダントっていう隠しアイテムがあるのかな」
「ルードベキアさんだけじゃなくて、ブランさんまで『バンシーとはまともに戦わない方がいい』って忠告してくれたけどさ。そう言われちゃうと、ちょっと試したくなる気もーー」
目に入った枝をパキンと手折ってぶんぶんと振り回しているスタンピートを窘めるようにパキラが彼の背中をパンっと叩いた。さらに右手人差し指で肩甲骨辺りをぐりぐりと押している。
「ピート、物凄く大変で泣いちゃうようなモンスターだったらどうするの? ここで死んじゃったら、始まりの地に戻っちゃうんだよ? 」
「あっ。そうだよね……。確かにパキラの言う通りだ。まだ茶葉イタチ救出ミッションをクリアしていないのに、デスリターンしたらまずいっ。大人しくルードベキアさんの攻略に乗っかります! 」
お道化たように右手で敬礼をしたスタンピートはスマホを左手で握りしめて、スキップしながらカナデの横を通り過ぎた。油断しない方が良いというカナデの声に耳をかさずに上機嫌で先頭を切って歩いている。
「モンスターの気配なんて感じないから大丈夫だって! あ、ここに三角に並んだキノコを発見。この葉っぱがついてるやつの方に歩いて行けば村なのかーー」
スタンピートが水玉模様のキノコの前でしゃがんで、ピクニックに来たかのようにウキウキしている様子をーー樹木の影から注視しているモンスターがいた。気配を殺しながらじわじわと……近づいている……。
「ピート危ない! 」
パラディンスキル聖なる鎖で身体ごと引っ張られたスタンピートの眼前に鋭い爪が通り過ぎた。ドンドンドンッという銃声音が盗人の森に響き渡り、音に驚いた赤い鳥が枝葉から飛び立った。カナデは散弾を浴びてもなお突進してくる獣型モンスターのハズラに大楯をぶつけたーー。
フラフラしながら動きが止まったハズラに容赦なく、カナデは銃弾を撃ち続けている。はっとしたパキラが慌てて日本刀を抜いて応戦しようとした時には全てが終わっていた。スタンピートは茫然としながら……細かい粒子になった獰猛なハズラがキラキラと光りながら消えていくエフェクトを眺めていた。
「ご、ごめん……。3人でクエできるのが嬉しくて浮かれすぎてた。カナデ、ありがとう」
「大丈夫だよ、ピート。1体だけだったから良かった……。樹木の後ろや茂みにモンスターが隠れてることが多いみたいだから、慎重に行こう」
気を引き締めたスタンピートは根元に剣が刺さっている樹木を探すためにシーフ職専用スキル探索を発動した。範囲は自分を中心として10メートルと狭い上にディレイが長いが、目的物を探す時は便利なスキルだ。キョロキョロと周囲を見渡して、聖騎士ローレンスの剣という名称がかすかに見える方向を指差した。
「カナデ、探索であっちに剣があるのが見えたよ」
「ありがとう、ピート。ってことは、鬼男蟲が出てくる可能性が高いか……僕が先頭を歩くよ。背中は任せた! 」
スタンピートにそう言ったカナデは1歩踏み出してすぐに立ち止まった。進行方向にあるつつじのような赤い花を咲かせた低樹木の先にハズラの体躯が見え隠れしている。さっきは頭を狙って撃ってたが、弱点を再確認しようと思ってルードベキアからこっそり渡された盗人の森のモンスター情報データを眼前の右隅に表示した。
「ピート、ハズラって……ふくらはぎが弱点みたいだから、そこを中心によろしく。パキラも日本刀でガンガン斬りつけてね! じゃあ、こっちに引き寄せるよ」
スタンピートが名誉挽回だと叫んだ通りに、弱点をついたチームプレイであっけなくハズラは撃沈した。パキラはやっと役に立てたと得意げな顔で喜び、褒めてもらいたくて、カナデの顔を覗き込むように見つめた。
だが、カナデはパラキに見向きもせずに辺りをきょろきょろと見渡していた。鬼男蟲が姿を現さない事に不信感を覚えて、警戒しているーー。
寂しくなってしまったパキラは……カナデの瞳に自分の姿を映そうとして、彼の目線が動く度に移動しいた。カナデは視界を遮るパキラに困り果てて、下を向いてしまった。
「カナデ、こっち向いてよーー」
「あのさパキラ、もう少し……警戒心を持って行動しない? ここからあそこの木の根元に刺さった剣が見えるよね。モンスター集団が襲ってくるって聞いーー」
「大丈夫だよっ! ちゃんとカナデの役に立てるように戦う準備は出来てるっ。だからさ……もっと私とーー」
「じゃあ、パキラはピートと一緒に歩いてくれるかな。ーーピート、モンスターもスキルで探索できる? 」
「カナデ任せろ! 範囲狭いけどなっ。ーーパキラ、戦闘体勢とっておいた方がいいぞ~」
「ソウデスネ」
気のない返事をしたパキラは腰にぶら下がっている日本刀を鞘からしゅるりと抜いた後も、ずっとカナデの顔を見ていた。スタンピートはまたルードベキアの時のように悪い癖が出ていると察して、彼女を横目で見ながらため息をついた。
「カナデ、モンスターは半径10メートル以内にいないみたいだ。やっぱり黒い花粉の影響があるのかな」
「そうかもしれないね。僕が見張りをしてるから、ピートが木のウロからアイテムを取ってくれる?
」
「オッケー! って結構……高い位置にウロがあるな。手が届かないかもーー」
スタンピートは片手を広げたぐらいの太さの幹を見上げながら、ウロの端を掴めば懸垂の要領で覗き込めるかもしれないとジャンプしていた。だが、ぎりぎり届かないーー。樹木とにらめっこしている彼の背中をパキラがポンと叩いた。
「私がピートに肩車してもらって、取るってどう? 」
「お、パキラ、ナイスアイデアって、スカートじゃん! 」
「これキュロットスカートだから大丈夫だよ? 黒レギンスも履いてるから、おパンツは死守されてまっす」
「あぁ、うん、それならぎりぎりセーフかな……」
ヒョイとスタンピートに肩車されたパキラは難なく恋人のペンダントというクエストアイテムを手にした。宝石も何も埋め込まれていない素朴なペンダントを首をかしげて眺めている。
「これ……ロケットペンダントだ。ーーあ、中に写真? じゃなくて女性の絵が入ってるよ。この綺麗な人、バンシーなのかな。ーーカナデ、ほらっ、見て! 」
「うん、あとで見せてもらおうかな。ピート、やっぱりモンスターは探索にひっかからない? 」
「パキラを肩車しながらスキル使ってたけど、やっぱり何も反応ないね。今のうちに移動した方がいいんじゃないかな」
「そうだね、ピート。ルーさん特性手作りマップによると……バンシーはここから南にいるみたいだ」
カナデは蓋が開いたロケットをちらっと覗き込んだが、特に何も言わずにすぐに歩き出した。
反応が薄い上に会話のキャッチボールがないカナデにムッとしたのか、パキラは面白くなさそうな表情を浮かべ、冷たいとつぶやいた。とても小さな声だったため、カナデには聞こえていなかったが……スタンピートの耳にはしっかり届いていた。
ーーおいおい……パキラ、それはないんじゃないか? すぐにここから移動しなきゃいけないから、じっくり見る暇がないって分かってやれよ。
すぐさまスタンピートは機嫌が悪そうなパキラの腕を引っ張った。あまりにも態度が悪すぎる彼女に注意を促した方がいいかどうか迷っていたが、このままだと良くない気がして、先頭を歩いているカナデに聞こえないような小さな声で話しかけた。
「ちょっといいかな。ーーパキラ、もう少し、クエストに集中しようよ。カナデはこの辺りに出現するはずのモンスターを警戒しててーー」
「分かってる、分かってるって! ピート、さっきから煩さすぎない? ーーあ、カナデ待って! 」
スタンピートの腕を振り払ったパキラは気持ちをポジティブ変換したのか、カナデのコートの袖を掴んで、楽しそうに話しかけている。カナデは必要以上にくっつきたがる距離感がカンナとダブってしまい……パキラから逃げるように移動していたが、彼女はしつこく付きまとっていた。
ーーパキラってこんな人だったっけ?
カナデがうんざりしている一方で、パキラは袖を掴むだけでは物足りないと思ったのか、なんとかしてカナデと腕を組もうとしていた。右手の親指と人差し指でコートを摘まんで、じわじわと位置を移動させている。
いつモンスターが飛び出してくるかわからないというのに、パキラは何をしているんだろうか。顔に出した方が良いかもしれない……カナデは嫌そうな顔をしながら、大楯で自分を守るように身体の向きを変えた。
「パキラ、モンスターとエンカウントするかもしれないから、いつでも戦えるようして欲しいんだけど」
「うんうん。ほら、ちゃんと日本刀を腰にぶらさげているから大丈夫だよ。私が一閃を使って、ぱぱっと倒してみせるから、ちゃんと見ててね」
パキラは大楯を気にすることなくカナデの左側にスッと入ると、ここぞとばかりに彼の腕に右手を滑り込ませた。まるでデートを楽しんでいるかのように、頬を赤く染めて満面の笑みを浮かべている。
「……パキラ、腕を組んだら刀を抜けないんじゃない? エンカウントしたら、すぐ対応できるようにーー」
「あっ。カナデの左側だと駄目だったね。ーーこっちなら、ほらっ。右手ですぐに刀を抜けるよ」
ささっとカナデの右側に移動したパキラはすぐに彼のコートの袖を掴んだ。カナデはオブラートに包まず、直接的に言ったというのに……なぜ彼女がそんな事をするのか理解できなかった。別次元の人と喋っているような気がして、思わずため息を漏れた。
「僕が対応しにくいから、袖は掴まないで欲しいんだけど……」
「うんうん、分かってる、分かってるよ」
パキラは袖を掴んだまま、困り顔をしているカナデをじっと見つめた。顔をしかめているけど手を振り払わないなら、ツンデレ属性ってことだよね……という自分なりの都合の良い解釈をしている。離れて欲しいというカナデの言葉を軽く聞き流して、街に帰ってからのことを楽し気に喋り始めた。
ーー何が分かってる、だよ。全然、分かってないやん!
彼らのすぐ後ろを歩いていたスタンピートは自分の世界に入ってしまったパキラを連れ戻すために、彼女の左肩を掴んだが、蚊を叩くようなパチンという音を聞いただけで、状況が変わることはなかった。
小さな怒りが沸き上がってくるのを感じたが、仲間割れをするのは得策じゃないような気がして……さらなる1歩を踏み出すことができない。スタンピートはげっそりとしているカナデの横顔を気の毒そうに眺めた。
システム:断られても断られてもめげずに諦めないという女子っていますよね。だが、執筆している私はイライラしています……。