茶葉イタチ救出ミッション
カナデは銀獅子カフェのエッグタルトを頬張るルードべキアを見つめていた。口を大きく開けてかぶりついている少女は満面の笑みを浮かべている。コレを食べられるなんて幸せだと喜ぶ姿が、工房塔で種子島を見せてくれたプレイヤールードべキアと重なって見えた。
ーーそう言えば……工房塔でも、あんな顔でカナリアさんの手土産を食べてたなぁ。初めて会った時は確か、自販機スペースでたこ焼き食べてた気がする。
ーーあの時って、リサイクル機の使い方が分からなくて、おろおろしてたらルーさんがどうしたの? と声をかけてくれたんだよね。その後カナリアさんが、一緒に食べない? って誘ってくれて……。
カナデの目にじわっと涙を浮かんだ。せつない気持ちになって膝の上に乗せてた両手をぎゅっと握りしめた。
ーールーさんとカナリアさんはベストカップルだと思ってたのに……。
じっと自分を見つめる視線に気が付いたルードベキアはアプデ直後、カナデとランドルの街の屋台巡りをした時のようにニカッと笑った。さらに、小声で内緒のおやつだと言いながら、工房塔の自販機で売っていたクラッシュチョコをカナデの手に忍ばせた。
「木の実、苦いんだろ? コレでこっそり口直した方がいいぞ」
「このチョコ、懐かしいですね……」
「シーッ……。カナデ、早くポケットにしまってくれ。ガンドルに見られたらーー」
「あああっ! ルー、そんなの持ってたのかよっ。俺も欲しいっ」
「さすがガンドル、目ざといな……。残念だが、もうない! 」
「そんなぁ。ガーン……」
「ぷっ、ふふふ、あははは! 」
姿と性別は変化してしまったが、ルードベキアの言動は以前と変わらなかった。そのことがとても嬉しくて、カナデは両目から薄っすらと涙を流した。そして手のひらでゴシゴシと目元を擦りながら声を上げて笑った。
そんなカナデの頬に心之介の肉球がぷにゅっと押し付けられた。心之介はにやにやと笑うガンドルに抱えられ、もっとパンチしてやれ! と言われるがまま、楽しそうに前足で突っ張りをいれている。
「カナデさまよぉ……そうやって笑っていられるのは、今のうちだぜ。ククク……。さぁ、権左、茶葉イタチの盗みのテクニックを披露するときが来た! ポケットからチョコをーー」
「ガンドルさん、茶葉イタチを救えのミッションクリアのアイデアは見つかったんですか? 現実逃避の時間はそろそろ終わりにした方がいいですよ」
「あっ……。ぐぬぬ、ブランの言う通りだな。でもよぉ、いくら考えても思い付かねぇんだよ……」
ブランに痛い所をつかれてしょんぼりしたガンドルをルードベキアはお茶を美味しそうにすすりながら眺めていた。カナデは状況が分かっていないルードベキアに黒い花粉について説明した方がいいかもしれないと思って、ドローンの映像ボタンを押した。
「あの、ルーさん、これを見てください。空から降ってる黒い粉のことなんですけどーー」
「あぁ、全部言わなくても大丈夫だ。茶葉イタチをここから脱出させる方法を探しているんだろ? 」
ずっとブランの膝で眠っていたルードベキアがなぜ事情を理解しているのか、カナデは不思議に思ったが、ふと何万冊もの書籍が保管されていたオーディンの人形の書庫が脳裏に浮かんだ。
ーーもしかして……オーディンの人形はこの世界のすべてが分かっている? それなら茶葉イタチを救う方法も、黒い彼岸花の駆除方法も知っているのかな?
ルードベキアは自分の手のひらサイズにピッタリな湯飲みをテーブルにそっと置くと、茶葉イタチたちがかじりつくように見ている映像に目を向けることなく、まだ箱にたくさん入っていたエッグタルトの1つを皿に乗せた。
「茶葉イタチは、精霊王ルルリカが支配するシュシュの森に避難すればいいんだよ。グランマイヤ遺跡からかなり離れているし、僕らの目的地だから丁度いい」
「ルー、それは俺も考えたぞ! でもよぉ、茶葉イタチは盗人の森に地縛されてっから出られないんだよ。それはどうすりゃいい? 」
ガンドルは眉尻を下げてエッグタルトをフォークで食べやすいように半分に割った。権左はバスタオルをぎゅっと握りしめ、ちゃぶ台を囲んでいた茶葉イタチたちは悲しそうにうつむいた。ブランはどうすればいいのか問題解決の糸口が見つからず……押し黙っている。
沈黙が続く中、ルードベキアはブランの腕をぽんぽんと軽く叩いた。
「そんなのカナデが簡単に解除できるじゃないか」
茶葉イタチたちから、ええええ!? という言葉が一斉に飛んだ。パキラやスタンピートの声もその中に混ざっていたのだが、当事者であるカナデも一緒に叫んでいた。
「なんで、カナデまで驚いているんだよ……。グランドマスターな上に、僕の弟子なんだからそれぐらいできるだろ? この黒い粉の件は、茶葉イタチの移動ミッションが整ってから、カナデが元凶を叩きつぶせばいいんだよ」
「ルーさん、そんな簡単に言ってますけどーー」
「ははは。じゃあ、ビビの出番だなーーさぁ、出ておいで。もう朝だよ」
目を白黒させているカナデのコートのポケットをルードベキアがツンツンと突いている。花粉から身を守るために、じっとしていたビビはピョコンと顔を出すと、ふわりと空中に浮かんだ。くぁぁとあくびをして大きな伸びをしている。
「にゃふぅぅぅぅん。るーしゃん、あるじさま、おはようにゃぁ」
「おはよう、ビビ。カナデに渡したいものがあるから、ちょっとおいで」
「はいにゃぁ」
ビビはルードベキアの小さな両手にすっぽりと身体を埋めてグルグルと喉を鳴らしている。じっとしていたが、データ転送が終わるとシュッと立ちあがりーーカナデの肩に飛び乗った。途端に、さっきまで落ち着きなくソワソワしていたカナデの動きがピタッと止まった。
カナデはデータを受け取りながら、ビビと直通話しているようだ。彼らの様子を見守っていたルードベキアは、大丈夫そうだと分かってブランの膝から降りた。
「カナデが地縛解除の方法を確認している間に、茶葉イタチ大移動の準備をしよう」
その声に応えるように、ガンドルは心之介を抱えて立ち上がった。
「じゃあ、俺は茶葉イタチの手伝いをするかな。ーー心之介や子どもちゃんたちは粉に触れないように、部屋の中で遊んでるんだぞ。太郎丸、元気の良い大人を集めて茶木の移動準備だ! 」
「獣王さま、合点承知の助でさぁ! 」
ガンドルは太郎丸と入れ替えに駆け寄って来たスタンピートに心之介を渡して笑顔を向けると、パキラが抱いている幼い茶葉イタチのハナの頭を優しく撫でた。
「ピーちゃんとパキラちゃんは、まだ外に出ている子どもたちを集めて、家の中で遊んでやってくれ。具合が悪そうな子はーーこの木の実を渡すから、よろしくな」
木の実が入った小袋を受け取ったスタンピートは大人の茶葉イタチと一緒にちゃぶ台でお茶を飲んでいた子どもを抱えた。パキラは動かずにじっとしているカナデをちらっと見た後にーー小さな子どもたちを連れて崖に掘られた、彼らの住居に向かった。
ルードベキアとブランはティーテーブルから離れて中央広場に向かっていた。忙しく茶木を運んでいる茶葉イタチを眺めながら、どうやって彼らを大移動させるかを考えている。
「ブラン、どうするのがいいかな。ここからシュシュの森まではかなり距離があるよなぁ」
「心配なのは子どもたちですね。長時間歩くのは難しいですし、荷物もたくさんあるでしょうから……」
「道がない森を荷車や馬車で抜けるのは……現実的じゃないよな」
「これだけの茶葉イタチが大移動するとなると……人目に付きやすいですから、そこをどうにかしないとダメでしょうね。はぐれたり、プレイヤーに狙われたりする可能性が高いですーー」
シンシンと降る黒い粉がルードベキアの銀髪に積もり始めていた。ブランはベレー帽をかぶっていたはずなのにどこにやってしまったんだろうかと思いながら、そっとその粉を掃っていると……ルードベキアが、あ、そうだ! と大きな声を出した。
「ブランの戦闘テリトリーを使えばいいじゃないか! あの球体の中って凄く広いんだろ? あれなら全員を簡単に運べる」
「あははっ! 戦闘用だというのに……面白いことを考えますね。いままでルーに見せたことが無いのに、なぜ知っているのか、今は言及しませんがーーどうやって私の球体テリトリーを運ぶんです? 」
「へへへ、こうやるのだ! 」
ルードベキアがパチンと指を鳴らすとーー球体が乗せやすい荷台が付いたアゲハ蝶が中央広場に出現した。近くの茶畑にいた茶葉イタチがびっくりしたように、ひゃぁという声を上げた。ブランは頬をヒクヒクさせて苦笑いをしている……。
「でっかい虫シリーズ再び、ですね……」
「うん? あぁ……え~っと、気にするな! これは、敵じゃないぞっ」
「座席が1つしかありませんが、ルーが操縦するんですか? 」
「うん、そのつもりだ。子どもの頃さ、蝶に乗るのが夢だったんだよね」
「ルーが乗るとファンタジーっぽくて良いですね。ーー写真に残したいです……。はっ! マーフさんを呼び出しましょう! そう言えば、ピートが録画ドローン持ってましたね。カナデのカメラで撮ってもらうのもーー」
「ちょっと待った! その話は後にしよう。で、この荷台にブランの球体テリトリーって乗るかな? 大きさが分からなかったから、ちょっと適当なんだ」
「そう、ですね。これは直径30センチぐらいでしょうか……。調整しなくても大丈夫ですよ。私がこの大きさに合わせて作りますから、乗せたまま移動できるかどうかだけ、テストしてください」
荷台にぽこんと乗るように球体戦闘テリトリーを作り出したブランはその中にシュルルルと吸い込まれていった。ルードベキアはオーディンの人形の書庫の知識でしか知らなかったことを実際に間近で目にして、感動を覚えた。うぉおお! という声を上げながら、あちこちの角度から球体を観察している。
「これは……スゴイ! こんなものを作れるのはブランだけだろうな。ーー中がどうなっているか、気になるけど……それは後で見せてもらおう。ーーじゃあ、ちょっと乗ってみるか。レリアナ、おいで」
レリアナと呼ばれたアゲハ蝶は背中にルードべキアを乗せるとふわりと上昇した。
茶葉イタチの村の周囲をゆっくりと旋回している蝶に気付いたガンドルと権左が目をパチクリと開けて眺めている。他の茶葉イタチたちは初めて見る生き物に恐れおののき、ガンドルにしがみついた。
「獣王さま! あ、あれは、なんですか! 」
「獣王さま、空飛ぶ敵です! 」
「獣王さま、怖いです……」
「おー、すげぇえ! 大丈夫だ、あれは我らが皇女殿下がお作りになったもんだから、敵じゃないぞ。さぁ、元気な茶木を早いとこ倉庫にーー。しょうがないな……ほら撫でちゃるっ。うりゃうりゃっーー」
ぷるぷると震えていた茶葉イタチたちはガンドルの大きな手に安心感を覚えたのか、ホッとしたような表情に浮かべて仕事に戻っていった。
荷台の球体が問題なく運べたことに満足したルードベキアは茶葉イタチたちの視線を浴びながら中央広場に着地した。座席からストンと降りて、ファンタジーな見た目のアゲハ蝶レリアナの頭を撫でている。
ーー高度をかなり上げて飛べば、プレイヤーの攻撃は届かないだろ。これならシュシュの森にもすぐに着くし、一石二鳥だ!
ルードベキアは嬉しそうにふふふと笑うと荷台にある球体に向かって、もういいよ~という言葉を飛ばした。
「あはは。かくれんぼみたいですね」
「ブラン!? ……も、戻ってくるのが早いな。びっくりしたよ」
「少し思ったのですが、ルーが飛んで移動している間、ガンドルさんは走ってついて行くんですか? 」
「……ブラン、テリトリーに入れてあげなよ」
「しかし、ルーが1人だけで蝶に乗って移動となると……このファンタジーで愛らしい姿が悪目立ちしそうで心配です。ガンドルさんに護衛して頂いた方がーー」
「攻撃されそうになったら、鱗粉をお見舞いするから大丈夫だ! 目が痒くなって、くしゃみ出るやつ。うひひ」
「それは……花粉症みたいで嫌ですね」
聞いただけで痒くなってきたのか、ブランは軽く目を擦った。彼の心配も確かに頷けると思ったルードベキアは万が一のことを考え始めた。アゲハ蝶のレリアナがプロテクト魔法を使えるといいかもしれない……我ながら良いアイデアと思ったがーー。
ーー空飛ぶ騎乗を出した上に、スキル追加が出来るなんてバレたら、面倒なことになりそうだな。
色々な心配事がころころとビー玉のように転がっているよう気分になった。小さなため息を吐き出して黒い粉が降ってくる空を見上げている……。
「ルー、顔に粉が……。帽子はどうしたんですか? 取り合えず、このタオルをーー」
「……なんていうか、ブランはいわゆる『オカン属性』なんだな。マキナと同じだ」
「オ、オカン属性!? プレイヤーの時、フレでしたけど……同類にされるのは心外ですね。あの方のTシャツの趣味は素晴らしいとは思いますがーー。そういえば、ヴィータは着用してませんね。キャラ設定的に無理があるからーー」
「黒シャツの下に『右、左、そしてターン』っていうTシャツを着てるみたいだぞ」
「えっ!? それは見てみたい! ……って、ルー、笑ってません? もしかして、ジョークですか!? 」
ルードベキアは百面相をしているブランが可笑しくて、愉快そうに笑っていたが……実はこっそりプロテクトスキルをアゲハ蝶に追加していたため、かなり心臓がバグバグと音を立てていた。無事に終了して、ホッとひと息をいれていると……スタンピートとパキラがボールに向かって真っしぐらな犬のように走って来た。
「あ、あの。俺たち、助蔵爺さんに腰痛の薬を作ってくれって、頼まれちゃったんですけど……。ガンドルさんに相談したら、ルードベキアさんに攻略を聞いてから行って来いって、言われたんですーー」
「それなら、カナデと一緒に3人で行った方がいいと思うぞ。僕が呼んでくるから、レリアナの傍にいてくれるかな? この子、ちょっと寂しがり屋さんなんだ」
静かな口調で言い終わったルードベキアは笑顔を見せながら、肩で息をしている彼ら目の前で音立てずに掻き消えたーー。
システム:でっかい虫シリーズは割と好きです。リアルでそんなの見たら恐怖で腰抜かすと思いますけどね!
マキナの面白Tシャツコレクションはフレンドさんの間ではプチ有名っぽいです。フレだったデルフィは、次に会うときはどんなTシャツだろうとワクワクしていました。