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神ノ箱庭  作者: SouForest
黒い彼岸花
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良いアイデアが浮かばないのでプチ現実逃避しています

 ーーなぁんにも思いつかねぇ。


 ガンドルは茶葉イタチ族を救うためのアイデアを必死に模索していたが、なかなかそう簡単には思い浮かばなかった。獣王さま癒し係を弟とバトンタッチした権左もマントのように羽織ったバスタオルの柔らかさを確かめるようにむにむにと触りながら必死に生き残る道を探していた。


 「きゃはっ。きゃははっ。じゅうおうさま、くすぐったいっ。きゃははっ」


 シーンと静まり返っていた重苦しい空気を吹き飛ばすような幼子の声が響いた。どうやらガンドルは知らず知らずのうちに膝の上にいる心之介のお腹をふにふに触っていたらしい。無意識のムーさんが心之介の柔らかい毛の感触を楽しんでいる。


 大人の茶葉イタチはパラソル付きのちゃぶ台でブランが淹れてくれたお茶をすすっていた。和やかになった雰囲気にホッとしたような表情を浮かべた。


 ちょこんと膝にいる吉左をぬいぐるみのように抱えていたカナデはとろけたような笑みを零していた。心之介の可愛らしい声が、考えすぎて糸が絡まった気持ち悪さを解いてくれたようだ。心地よさを感じながら、茶葉イタチの頭の葉っぱをじっと見つめている。


 考え込んでいた者たち全員がプチ現実逃避に走り始めた頃に、ルードべキアが瞼をゆっくりと開いた。まだ夢現なのか背もたれ代わりにしていたブランの上腕に寄り掛かって、ぼうっとしているーー。


「なんか可愛い声がする……」

「ルー、いい夢は見られましたか? 」


「うーん……行ったり来たりで忙しくてだるい。ブラン、何かあったのか? 」

「あぁ、それがですねーー」


「あれ? カナデがいる。あと、スタンピート君と、……パキラさん、だね。ははは……どうも……」


 思わずルードベキアは自分を支えているブランの腕を両手で強く握ったーー。その途端に、少女の緊張感を腕から感じ取ったのか、ブランの顔色がサーッと変わった。


「ほう……オーディンの人形を怯えさせるとは……。万死に値しますね」


 ブランの神兎剣が拷問器具のアイアンメイデンの針のようにパキラを囲っている。さらに茶葉イタチ村の上空が見えなくなるほど埋め尽くした剣たちが、主人の命令を待っていた。パキラだけではなく、その場にいた茶葉イタチたちも恐怖におののいた。


 激しいブランの怒りに驚きすぎたのか、ガンドルが鯉のように口をパクパクしている。ルードベキアは身体中から冷や汗を吹き出す感覚を覚えながら、ブランの腕をバンバンと叩いた。


「違うんだ。ブラン待ってーー」

「安心して下さい。私が速攻で排除しますからーー」


 見上げたブランの顔が不敵な笑みをこぼしていることに気付いたルードベキアは神兎剣を操ろうとする彼の右手を掴んだ。


「ブラン、誤解だ! 僕が苦手なだけだ! 」

「え? 」


 キョトン顔したブランの向かい側で、ーーとうとう言ってしまったか……という風にカナデとスタンピートが小さいため息を吐いた。心配になってパキラをチラリと見ると、彼女の心情を表すかのように錆色のケモミミがぐったりと前に倒れていた。


「薄々、気付いてました……。ストーカーまがいなことをしてたせいですよね。ルードベキアさん……ごめんなさい」


「その、パキラさん、申し訳ない……。というわけだから、ブラン、絶対に何もしないでくれよ」


 ルードベキアは心に閉まっていた言葉を本人に言ってしまったという罪悪感で顔を上げることができなくなった。お腹の位置にあったブランの左手のふわふわな毛を指でつまんでねじっている。ブランはフッと小さな笑い声を漏らすと、少女の寝癖がついた銀髪をそっと直した。


「分かりました。納得したので剣を納めましょう。私の勘違いですから、ルーは悪くありませんよ」


「……ブランは僕を甘やかしすぎだぞ」


「ははは。そういうキャラ設定なので仕方ありませんよ。ーーそう言えば、お腹は空いてませんか? イクラ丼がありますよ」


「え、いま、イクラ丼? 」


「後にします? エッグタルトもありますよ? ピートとカナデからの手土産は鮮度が落ちないインベントリに入れてありますので、食べたいときは言って下さいね」


「鮮度が落ちないインベントリだと!? なんだよそれぇ! 」


 自分の収納手段はポケットか小袋ぐらいしかないないのに、どういうことだ! と言わんばかりにガンドルは顔しかめて、頭の上にちょこんと乗っている狼のような耳を激しく動かした。


 膝にいる心之介の頭を撫でることで平常心を保とうとしているが、ミニミニガンドルがズルイズルイと叫びながら、モヤモヤするんだけどドユコトだよ袋を突き破った。


「同じキャンペーンボスなのに、ブランだけ優遇されてないか? 俺もインベントリが欲しい! 」


「おやおや、ガンドルさんは転生するときに、女神さまから貰わなかったんですか? 」


「え、女神なんかいたっけ!? ーーって、ブラン……その(くだり)はもういいよ……」


 ススキ群生地でからかわれたことを思い出したガンドルは口を尖らせてそっぽを向いた。ルードベキアは不思議そうにやりとりを聞いていたが、ハッとしたような表情の後にムフフと笑った。どうやら、心にちょっと意地悪な小悪魔が生まれてしまったようだ。


「僕もインベントリを貰ったぞ! 物凄い美人な女神さまだったよなっ。ガンドルは覚えていないのかぁ……残念だねぇ」


「え、美女!? マジかよ……。おかしいな、そんなのいなかったと思うんだけど……。なぁ、今からでも女神さまにお願いできないかな? 」


「1時間おきに東に向かって祈りを捧げれば、女神さまが現れるんじゃないかな」


「い、1時間おきぃい!? ルー、それは助蔵爺ちゃんみたいに、なむなむすればいいのか? それとも土下座的なアレじゃないと駄目? 」


 ガンドルは心之介を権左に預けると、今からなむなむすると言って騒ぎ始めた。焦りの色を見せるルードベキアにあれこれ相談している。


「なぁなぁ、ルー! もしかして供物がを捧げないと駄目? 木の実で大丈夫かな……」

「うえぇ、いや……えっとーー」


 ここまで冗談を真に受けると思わなかったルードベキアはどうしようという目でブランを見つめた。ブランは小さな声で大丈夫ですよと言って、自分のキャラクター設定に記載されているガンドルの情報を調べるために胸ポケットからタブレットパソコンをスッと取り出した。


「どこかにある収納機能に気付いてないだけでは? ガンドルさんは何を収納したいんです? 取り合えず、特別な茶葉ですかね」


「えっとーー木の実? 」

「……それなら、小袋でいいじゃないですかーー」


「え~……。そういえば小袋だけは何個でも出せるんだよな。ふっしぎぃ! 」

「それがガンドルさんの収納機能なのかもしれませんね」


「木の実しか入れたことないんだけど、もしかして他の物もーー」


 ガンドルはお茶をグイっと飲み干すと、新たに出した小袋に助蔵爺さんから貰った茶筒を入れようと試みた。だがーー押し込めようといくら頑張っても、小袋は手を突っ張る猫のように茶筒を拒否している。


「入らねぇ! ちぇっ……。なぁ、ブラン、そのパソだけど、女神さまにお祈りすれば貰えるかな」


「これは私のスキルだって言ったじゃないですか」


「じゃあ、ネットスーパーのアプリで黒茶碗を買ってくれよぉ」

「そんなアプリありませんよ。それになんで黒茶碗が欲しいんですか」


「歴史的に有名な黒茶碗でお茶を飲みたい! 」

「歴史的って……いくらすると思ってるんですか! 」


「んー。億単位かな? 」

「それを私に買わせようと? 」


「えへへっ」

「その口、縫ってやりましょうかね」


「湯飲み出せるんだから、黒茶碗も簡単に……。ぶらぁん? 」

「可愛くおねだりしても駄目です。それに、見たことがない物は出せません」


「写真や資料があればいいのか? 」


 ブランの手の甲全体のふわ毛をねじり終わったルードベキアが彼の胸にもたれながら見上げた。そうですね、と答えたブランがケバケバしている自分の毛をそっと直していると、ティーテーブルに置いたタブレットパソコンに黒茶碗の画像が映し出された。


「ブラン、ガンドルが言ってる茶碗ってこれじゃないか? 」

「私のパソに干渉できるなんて……。ルー、どうやったんですか? 」


「うひひ、内緒。これで幾つでも作れるだろ? 」

「ちょっと待った! 何個もあったら価値が下がるじゃないかっ」


 椅子に浅く腰掛けたガンドルは茶碗の画面をしげしげと眺めなら、眉毛をきりりと上げた真剣な表情で黒茶碗の歴史的価値について語り始めた。



 ーーガンドルは歴史好きなのかな。リアルではどんな風に過ごしてたんだろう……。


 静かに話を聞いていたカナデの心境はとても複雑だった。プレイヤーだった彼らはNPCになった自分自身をどう思っているのだろうか……。楽しそうに会話する彼らをモニターで観賞しているような感覚に陥っている。


「カナデさまよ、具合が悪いのか? もう1個、木の実いっとく? ーーいや、この小袋ごとやるから、気分が悪くなったら食べた方がいいぞ」


「え? 」


 どうやらカナデは……いつの間にか、膝の上の吉佐の頭におでこをつけていたようだった。声をかけられて初めて、ふわっとした感触に気が付きーー顔をパッと上げた。そんなカナデをガンドルが心配そうに腰をかがめて覗き込んでいる。


「なんだよ、もう、しょうがないな! ちょっとこっち来い」


 ガンドルはいきなりカナデが座っている椅子を彼ごとグイっと持ち上げた。びっくりした吉佐が茫然としているカナデの膝からストンと飛び降りて逃げるように走っている。愉快そうな笑みを浮かべたガンドルは自分とブランの席の間にその椅子を降ろした。


「ルーと喋りたいけど、ブランのガードが固すぎて、しょぼくれてたんだろ? 取り合えず、その木の実を食って、苦いぃぃって叫んでみな。スッキリするぞ」


「えっと……」


「ほらほら、食いねぇ。それとも、俺が食べさせてやんないと駄目か? はい、あ~んーー」


「うわっ。だ、大丈夫だよ」


 ケラケラと笑うガンドルに促されるまま、カナデは木の実を口の中に放り込んだ。……ぐえっと言って、思いっきり顔をしかめると、ガンドルが満足げな顔をした。ブランがその苦さは最悪ですよねと言ってプッと吹き出している。


 その様子を見ていたルードベキアはカナデにの手の中にある小袋を不思議そうに見つめた。


「ふーん。そんなに苦いんだ? カナデ、ちょっと僕にそれをーー」

「あっ、ルーは駄目です! 」


「なんでだよ。試すぐらい、いいじゃんか」


「もっ……の凄く苦いんですよ。許可できません。カナデ、早くインベントリにしまって下さい! 」


 ルードベキアは口を尖らせながら、そういうキャラクター設定とはいえ、そこまで過保護にしなくてもいい! と言って、ブランが掴んだ手をぶんぶんと振った。


「なぁ、これ食べると完全回復するんだろ? 僕も1個ぐらいーー」

「私がいつでも、ルーを完璧に回復しますから、この木の実は必要ないです」


 きっちりぱっきりはっきりなブランの発言に、ミニミニガンドルがどかーんと頭頂部の火山から飛び出した。そんなことを瞬間的に想像したガンドルは胸の辺りに上げた両手をわなわなと振るわせて、目を大きく開けた。


「な、な、なぁ~にぃぃ! 回復だって!? ブラン、どゆコトだよぉお! 」


 カナデは両サイドから飛んでくる賑やかな声に自然と顔が緩んだ。自分が思うほど彼らはNPCになったことを悲観していないのかもしれない。気後れせずに、今度は自分から彼らのところに飛び込んでみよう……そう思いながら、大声で笑った。

システム:ブラン、ガンドル、ルードベキアの会話はかなり好きです。ずっとこのまま3人で旅を続けて欲しいですね……。いや、カナデを交えてあれやこれやを……おっと、ゲフンゲフン。

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