ゲームなのに絶滅危惧種!?
膝の上で眠る少女が起きないようにブランは雪のように降り続けている黒い粉を静か眺めていた。このまま放って置くと、茶木はおろか茶葉イタチ族は全滅するだろう……ぼんやりとそんなことを考えていた。
ふと、ここにあるクエストは無くなってしまうんだなと物悲しい気持ちになったが、プレイヤーじゃない自分には関係ないなと思い直した。びっくりするほどガンドルのように彼らに対して気持ちが動かない。この感情は本当の自分なのか、それとも……。
ゲームコントローラーを握ったままモニターに流れるムービーを鑑賞しているようにしか感じられず、ブランは現実を探し求めた。オーディンの人形のスースーという寝息がさらに複雑な心に突き刺さったーー。
ーー人形は……茶葉イタチのことを想って泣くんだろうな。そして、剣王ブランは彼女の憂いを払うために、何が何でも彼らを救おうとする。俺は……このままブランに流されていいのか?
ーー人形は可愛いから好きだ。でも中身はあのルードベキアさんなんだよな……俺の憧れの魔具師だから、会話はとても楽しいんだけど……。
ーーブランとしての気持ちが、どんどん強くなっている気がする。このまま暴走したりしないだろうか……。このまま彼女のことを……。
本当の俺はどうしたいんだ? と、つぶやいたブランの肩をガンドルがポンと叩いた。その時のブランは、ほんの一瞬……人違いで声をかけてしまったかとガンドルが焦るぐらい雰囲気が違っていた。だがすぐにーースッといつもの彼に戻った。
剣王ブランのオーラを感じてホッとしたガンドルはストンと椅子に座った。
「え~っと、ブラン、お待たせっ。ご覧の通り、カナデさまは木の実で治っちゃいました~。褒めて褒めて! 」
「ヨクデキマシタ」
「いやっほ~! ブランに褒められたっ」
「そんなに私に褒められて嬉しいとは思いませんでしたよ。……カナデはガンドルさんの木の実が効いたんですね。立ち話もなんですし、パラソルの下にいた方がいいでしょう」
新たに3つ椅子を用意したブランは右手を出して、どうぞと促した。早く本題に入りたいカナデは立ったまま、ウエストバッグからドローンを取り出して喋り始めた。
「ブラン、ありがとう。黒い花粉のことなんだけどーー」
「お座りください……」
「はい、座ります! 」
カナデはススキ群生地でガンドルに叱られたことを思い出して額から汗を吹き出した。ブランの向かいにある席にサッと座って、話し出すタイミングを窺った。
ーーそうだ。いつ会っても大丈夫なように手土産を用意してたんだ。マーフさんのオススメだから大丈夫だと思うけど……。
ふわふわと浮いているティーポットがお茶を淹れ終わるまで待ったカナデは、ドキドキしながら銀獅子カフェで買った茶菓子をそっと……テーブルの上に置いた。
「あの、これ、甘さ控えめエッグタルトです。ルーさんがお気に入りだって聞いたので……」
「ほう……。ルーが好きなものを持ってきてくれたんですね。ありがとうございます。残念ながら、いまは、お昼寝中ですけど……起きたらきっと喜びますね」
「甘さ控えめってとこがいいな! ルーが寝てるなら、俺が先に味見をーー痛ぁい! ブランのけちんぼっ」
ガンドルは叩かれた手をしょんぼりとしながら擦っていたが、特別な茶葉で淹れられた緑茶を口にした途端に、ほんわかした表情に変わった。カナデの両隣の席に座っているパキラとスタンピートも美味しいと言って笑みをこぼしている。
お茶をゆっくりと味わったカナデはグランマイヤ遺跡での出来事をドローンの映像を見せながら話し始めた。ガンドルは猫のようにくりくりとした目で食い入るように映像を見ていたが、ブランは相槌を打つことも笑顔も見せることもなかった。
プレイヤーだった時のデルフィとは打って変わってカナデに対して壁を作っている……。スタンピートはランドルの市場で、林檎飴を食べながら楽しくお喋りをした日が遠い過去になってしまったのかと心が痛くなった。
ーーこんなに雰囲気が変わっちゃうなんて……。リディさんやルードベキアさんとは違うんだな。
緑の液体をしょんぼりと見つめていたスタンピートと、緊張して額に汗をかいているカナデの膝にいつの間にか茶葉イタチが乗っていた。初めての映像に興味津々らしく、テーブルに両手をついて興奮したように鼻を鳴らしている。
ドローンの映像が消えると、茶葉イタチと同様にガンドルはまたしおしお顔になってしまった。大きな耳をだらんと垂らしている様子から、かなりがっかりしているようだ。ブランは横目でチラリとそんな彼を見たが、スルーしたままゆっくりと口を開いた。
「彼岸花がウィルス花粉を空中に散布している……ということは大元を絶たないと、この世界ほとんどのモンスターとNPCが死滅する恐れがありますね。」
木の実をたくさん用意すれば大丈夫だと思っていたガンドルの顔色がサッと変わった。
「えっ、じゃあ……その花を早く引っこ抜かないとだめじゃんか! あ、いや待てよ。ブラン、先に茶葉イタチを避難させた方がいいよな」
「そう、ですねぇ……。ウィルスを駆除する方法を探している間に、この村は深刻な状況になるでしょうから」
ガンドルは落ち着きなさげに耳をピコピコと動かして、村の長老である助蔵爺に真剣な目を向けた。
「爺ちゃん、苗木はないのか? それを持って他の土地に行こうぜっ。遺跡から、いっちゃん遠いトコとかさ」
「獣王さま、苗木を用意することは問題ありませんが……他の土地に行くことは難しいのですじゃ。盗人の森は各モンスターの縄張りっちゅーもんがございまして……」
小さな木の椅子に座っている助蔵爺は悲しそうにガンドルを見つめている。太郎丸も権左も……ティーテーブルの周り集まっていた茶葉イタチたち皆がしょんぼりしたように下を向いた。
「なんだとぉ! その縄張りを俺がぶち破ってーーあ、でも……俺がいなくなったら、報復攻撃されちゃうよな。でも、このままここに居続けると、茶葉イタチ族は……」
「それが運命なら……仕方がないことですじゃ」
「そんな……。ゲームの世界なのに絶滅危惧種って……なんてこったいっ」
ガンドルが大きなため息をついているとパキラが明るい笑顔で手を挙げた。どうやら良いアイデアがピピッと閃いたようだ。
「あの、ガンドル先生! 大型アップデートで追加された農園はどうでしょうか? 茶葉イタチさんたちが住んでも大丈夫なほどすっごく広いし、茶木も元気に育つと思うんですっ」
「お、おう。いつの間に、俺は先生になったんだ!? ま、いっか。ーー爺ちゃん、どうよ? 」
助蔵爺が答えるよりも先に権左が慌てたように、椅子に座っているガンドルの脚に縋った。
「冗談じゃありません、獣王さま! 農園ってプレイヤーがたくさんいる土地ですよね? そんなとこにいくなんざ、まっぴらごめんです。この森から出られたとしても、それだけは勘弁して下さい! 」
カナデの膝に乗っていた茶葉イタチがティーテーブルを両手でバンと叩いた。
「俺も反対だ! プレイヤーの奴らは経験値稼ぎが楽だと言って、この村を何度も襲撃してきやがったんだ。しかも、か弱い子どもたちを容赦なく……ちくしょう! 」
「吉左の言う通りだ! そんな処にに行くなら、俺はこの土地に骨を埋める! 」
三郎はスタンピートの膝にちょこんと座ったまま腕組みをすると、きりりとした目を助蔵爺に向けた。どかっと腰を下ろした吉佐は背もたれに寄り掛かるように、カナデの胸に体重を乗せた。
君らが椅子代わりにしてるのはプレイヤーじゃないのか? とガンドルは突っ込みたい気持ちでいっぱいだったが、心に閉まったままテーブルに頬杖をついた。
助蔵爺の傍にいる茶葉イタチたちはプレイヤーのいるエリアに行くなんて恐ろしいと、ブルブルと震えている。パキラはこんな可愛い茶葉イタチで経験値稼ぎをするプレイヤーがいることを知って動揺した。
そして、同じプレイヤーとしてとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった……。
「そんな酷い事をするプレイヤーがいるなんて……知りませんでした。……ごめんなさい」
「はなちゃんは、おねえたん、こわくないよ」
幼い茶葉イタチのハナが椅子に座っているパキラのキュロットスカートをぎゅっと握っている。
「ハ、ハナちゃん……」
優しい言葉に感動したパキラは幼い茶葉イタチをそっと抱きかかえた。細胞1つ1つが、ハナちゃん尊い! と叫ぶミニミニパキラで埋まっていくのを感じている。さらに、彼らを助ける! という使命感にかられた。
「ガンドル先生! 私はこのミッション『茶葉イタチを救え』を絶対にクリアして見せます! 」
「ぶーっ、げぼっーーえ? ミッション? ちょっ……ゲホッゲホッ」
ガンドルが口に含んでいたお茶を勢いよく吹き出した。ツボったと言いながら、ブランの冷ややかな視線に負けずに笑い転げている。思いっきり液体がかかった権左は頭の手ぬぐいを外した。
「獣王さま、酷いです……グスン」
「あわわ。権左ごめんな。ブラン、タオルない? ふわふわで、でっかいやつとか」
ため息を吐いたブランがテーブルに3枚ほどバスタオルを置くと、すぐにガンドルは手に取った。
「さすがブラン、サンキュ。権左、もっと傍に来い、これで拭くからーー」
権左は眉を八の字にして、ぺしょっとなった毛のあちこちを肉球で撫でていたが、ふんわりとした肌触りのタオルに包まれると幸せそうな笑みを浮かべた。タオルの端っこで顔を拭っては微笑むを繰り返している。ガンドルは茶葉イタチの頭から生えている葉に触れないように優しく水滴を拭うと、パキラに目を移した。
「ーーえっと、パキラちゃんだっけ? ユーリみたいな面白いプレイヤーは他にいないと思ってたけど、いるんだな。ミッション……いいね! ブランどうよ? 」
「そう、ですねーー。NPCの私達はクエストを受諾出来ませんが、このミッションなら、問題なく進められますね」
「よっしゃぁ! 頑張ってクリアしちゃうぞっーー。報酬は……茶葉イタチもふり放題ってことで! 」
ガンドルはバスタオルにくるまっている権左をヒョイっと持ち上げて、ぬいぐるみのように抱えた。ミッションをクリアする方法を考えているのか、真剣な顔をしている。
頭を撫でられている権左は……今でも十分にもふってるのに獣王さまは優しい方だなーーそう思いながら、ほんのりに頬を赤く染めて愉快そうに笑った。