悲しい結論
獣王ガンドルに呼ばれた太郎丸は嬉しそうにすぐさま駆け付けた。牢屋まで案内するように命じられた彼は仲間たちから羨望の眼差しを浴びながら歩いている。見回り衆の吉佐と藤吉は、さすがお頭だと言って褒め称えた。
ついさっきまで防塞に篭って戦っていたのに、切り替えの早い奴らだ……とは、ガンドルは一切思っていなかった。昨日の敵は今日の友……と言うよりも、茶葉イタチの行動が可愛くて仕方がない。
ーードヤ顔したもふもふが、羨ましそうにしているもふもふに手を振ってるな……クッソ可愛いゾ!
すっかり懐いた茶葉イタチたちはガンドルを追いかけたり、待ち伏せをしたりとチョロチョロと歩き回り、彼をさらに喜ばせていた。後ろを歩いていたスタンピートとパキラもそんな彼らに心を奪われ、ガンドル同様にフニャ顔になっている。
「捕まった時はムカッとしたけどーー可愛いね」
「うんうん。ピート、子どもたちもね、すっ……ごく、可愛いよ」
「なぁ、パキラ。茶葉イタチと仲良くなれたプレイヤーって、俺たちが初めてかもしれない」
「あっ、そうかも! ここって脱出クエ用のエリアなんでしょ? 」
「クエ以外でもこの村に侵入できるみたいだけど……。パキラ、牢屋に着いたみたいだ」
絶壁を掘って作られた牢屋はとても暗かった。壁松明もない通路をスタスタと歩く太郎丸の後ろをガンドルも同じように進んでいる。だが、パキラは足元すら見えない洞窟に入ることを躊躇した。
「何にも見えない。ここってこんなに暗かったんだ……ピート、どうしよう」
「大丈夫だ、パキラ。これがある」
「それって、地下通路以外でも使えーー使えるんだ!? 」
「たぶん、この村の敷地内ならオッケーなんじゃないかな」
スタンピートは隠し通路で拾った不思議なランタンによって浮かび上がった白い線を見渡すと、不安そうな目をしているパキラの手を取った。
暗闇の奥から、ゲホッ、ゲホッ……という声が漏れている。真っ暗な牢屋の木製の格子の向こうでカナデが咳き込んでいるようだ。太郎丸に牢を開けてもらったガンドルはゼェゼェと息苦しそうな声を出しながら、身体を横にして丸まっているカナデの前にしゃがんだ。
「カナデさまよ、まったくもって元気そうじゃないねぇ」
「……ガ、ンド、ル? 」
「苦しいんだろ? 喋んなくていいぞ。あんたが潰れちゃうとーーあぁ、言っちゃ駄目なやつだった。今の無しな! 取り合えず、コレをっと……」
ガンドルは小袋から木の実を1つ取り出して、カナデの口に入れた。
「あ、もしかしてかじる力もない? 砕いた方が良いか……」
太郎丸に木の実を砕くものが何かないかとガンドルが聞いているとーーガリッという音が牢屋内に響いた。その場にいる全ての者が注目する中で、身体から黒い粉とまだら模様が消滅したカナデは新鮮な空気をゆっくりと大きく吸い込んだ。
「ふーん、この木の実が効くのか……。割と平然とした顔してるけど、苦くなかったのか? 」
「ちょっとだけ、苦かったかな。ありがとう、ガンドル。助かった……」
カナデは本当は物凄く苦かったが、食べさせてくれたものにケチをつけるのは失礼だと思って顔に出さないようにしていた。なんとなくそれに気付いていたガンドルはススキ群生地の時と同じく、思ってたイメージと真逆なカナデをジロジロと見つめた。
「お礼は、ピーちゃんのイクラ丼に言ってくれよな。じゃ、外に出よう。ーー太郎丸、こいつも俺に預からせてくれるよな? 」
「もちろんです! 獣王さまの仰せに従います」
「それと、暗すぎてこいつが歩きにくいだろうから、灯りを用意してくれないか? 」
「す、すいやせん、気が付きませんで。ーーおい、ピーちゃんとやら、これを持っててくれ」
夜目が聞く太郎丸は自分と同じようにガンドルが暗闇をスタスタと歩いていたため、布を巻きつけた松明用の棒を腰ひもに挟んでいたことをすっかり忘れていた。サッと抜き取った棒をスタンピートに持たせた彼はニタニタと笑いながら、ゴソゴソと懐をまさぐった。
ーー獣王さまはすげぇな。さらにプレイヤーを奴隷にした挙句! こんな奴らを心配して灯りを用意しろだなんてーーなんて心が広いお方なんだ! 早く村のみんなに話してぇなぁ。くぅぅ、ウズウズするぜ。
はやる気持ちを抑えながら、太郎丸は火打石をカチカチと鳴らした。
「お前、そのまま松明を持ってろ」
「はい、太郎丸さーー」
「お頭と呼べ! それと、そいつを起こしてやれ」
「は、はい、お頭! ーーカナデ、大丈夫か? 俺の腕に掴まってーー」
スタンピートが右手の松明で牢屋を照らすと、地べたに座っていたカナデは、はしゃぎ過ぎないように気を付けているパキラの手を借りて起き上がろうとしていた。
「ピート、大丈夫だよ。パキラが手を貸してくれてる」
立ち上がったカナデは松明の灯りに照らされているガンドルの身体を、頭からつま先までしげしげと見つめた。異常が無さそうな上に、茶葉イタチを従えていること不思議に思った……。
「……ガンドル、黒い花粉のことなんだけどーー」
「あ、待った! その話はブランと合流してからにしてくれ」
「ブランやルーさんは身体に異常が出てない? 」
「ぜーんぜん大丈夫だ。すこぶる元気さ」
「咳が出たりとかも? まったく? 」
「ないない。ほーんと、びっくりするぐらい何ともない」
ガンドルたちとグランマイヤ遺跡にいたモンスターとの違いは何だろう? カナデは出口から差し込む光を眺めながら考え込んだ。モンスター扱いになるガンドルとブランはクエスト配布NPCのオーディンの人形とはカテゴリーが違う。
プレイヤーと融合したからなのだろうかと推測したがーーカナデはもう1つの彼らの共通点に気が付いた。
ーーそうか……3人は大型アプデで新たに登場したキャラクターじゃないか。免疫力みたいのを持っているのかな……。
明るい場所に出てまぶしさを感じているカナデの目に黒い粉が積もった茶畑が映った。今もなお上空から、黒くて細かい粒子が音もなくシンシンと降り続けている。草木が茶色く変色するだけでなく、川の水も濁り始めていた。
プレイヤーであるスタンピートとパキラは何の異変もないように見えた。ということは、NPCやモンスターにだけに発症するウィルスなのかもしれない。そんなこと考えているうちに、カナデはふと……悲しい結論にたどり着いてしまった。
ーー僕は……クエストを受けられるから、プレイヤーと変わらないと思ってた。今まで考えないようにしてたけど……やっぱりNPCだったんだ。しかも大型アプデ前のキャラクターだから……感染するんだな。
何と融合したのかは考えたくなかった。それを追求すると自分が自分でなくなってしまいそうな気がした……。カナデは胸がぎゅっと痛くなり、泥沼を歩いているような感覚に陥った。
「あっ! カナデさまよ、ちょっとばかしここで待っててくれ」
ガンドルの声に我に返ったカナデは強く握りしめていた手をゆっくりと開いた。いつの間にかうつむいていたらしい。苦笑しながら顔をあげると……スタンピートとパキラが心配そうな顔をしていた。
「カナデ、まだ具合が悪い? ガンドルさんが戻ってくるまで、座っていた方がいいよ? 」
「大丈夫だよ、パキラ。こんなに黒い花粉が降ってることに驚いてたんだ」
「俺らがここに落ちた時よりも花粉の降り方がだいぶ激しい。ーーカナデ、これのせいで茶葉イタチの具合も悪くなってるみたいなんだ。ほら、ガンドルさんが向かった先を見てくれ」
スタンピーが指を差した先には、手足が黒ずんでいる茶葉イタチが地べたに座り込んでいた。運んでいる途中で倒れたのか、あちこちに薪が散らばっている。仲間が起こそうとしていたが、フラフラして上手く立てないようだ。
「この粉……アプデ前からある要素にだけ発症するウィルスなのかもしれない。箱庭全体に広がる前に、なんとか大元を消さないと……」
ーーそんなことが自分にできるのだろうか……。カナデはまたうつむいて地面に穴が開くのではないかというぐらい1点だけを見つめた。眉間にしわを寄せて両手をぎゅっと握っていると、顔を覗き込んだパキラが人差し指でトンっとカナデのおでこを突いた。
「カナデ、また下向いてるよ。上を向いて歩こっ」
「そうそう、頼りにならないかもしれないけど、俺らもいるんだぞっ」
スタンピートはカナデの肩に腕を回して、へへへと笑った。
「そうだね、ありがとう。ガンドルの手伝いに行こうか」
ガンドルは勢いよく駆け出したものの、小袋にあと2個しか木の実が入っていないことに大慌てしていた。キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡して、スキルが使える樹木を探している。
「太郎丸、あの木とーーあの木でスキルを使うから、木の実採りを手伝ってくれ。それと具合が悪いやつは、家の中に入れるんだ! 」
「分かりました! ーーおい、見回り衆、集合だ! 権左、文吉も手伝ってくれ! 」
「ガンドル、僕らも手伝うよ! 」
「お、サンキュ。カナデさまよ。太郎丸たちと一緒に木の実採りしてくれるか? 籠はーー」
「それは僕が作るよ」
「お、ナイスっ。さすが、グランドマスターだな。俺は病人を家に運ぶから、よろぴくっ」
目についた低樹木にスキル命の糧を使ったガンドルは、すぐさまケホンケホンと咳をしている茶葉イタチを抱えて住居へ走って行った。籠を受け取った茶葉イタチたちは目をまんまるにしてカナデを見上げている。太郎丸はピンクの肉球に汗が滲み出るのを感じた。
「グランドマスター? 」
「えっと……お頭、他のみんなには内緒にしててくれる? 」
太郎丸の脳裏に……カナデを乱暴に大八車に乗せた挙句、牢屋に勢いよくぶん投げた記憶がザザザザっと流れたーー。青ざめた彼は、ヒィと小さい悲鳴を上げると……パタリと後ろに倒れた。