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神ノ箱庭  作者: SouForest
黒い彼岸花
103/166

ガンドルの木の実

システム:少し修正しました。20230212

システム:サブタイトル変更。20231027

 茶葉イタチの若者衆が獣王ガンドルと攻防戦を繰り広げている頃……村の中央広場でお目当てのアイテムを手に入れたスタンピートとパキラは滝裏の狭い空間に戻っていた。


 ザーザーという流れる水音を聞きながら、パキラは手を合わせて頭を下げている。


「シーフに変えるの忘れててごめん、ピート」


「気にしなくていいよ。抜け道でムカデと対決した後だったし、職の切り替えなんてアプデ前になかったから忘れちゃうよね」


「ピートさま、ありがとうございますっ。ーーそうだ、イタチの身体が黒ずんでいるの見た? 」


「いや、俺は健康そうな大人イタチしか見てないなぁ」

「実はさーー」


 パキラはガマの群生に隠れながら見聞きした橋の上の出来事をスタンピートに話した。


「ふむぅ……その木の実ってのは、なかなか興味深いですなぁ」

「でしょ? それをゲット出来れば、カナデは治ると思うの」


「カナデの今の状態だと自力で歩くのは難しそうだもんな。ーー木の実は権左って言うイタチが持ってたんだよね? 」


「うんうん、頭にバンダナキャップみたいのをかぶってたよ」

「見つけたら、俺が隠密スキルでそいつから、木の実が入った袋を奪ってみるよ」


「私もシーフになった方がいいよね。すぐに変えるから、ちょっと待っててーー」


 パキラがスマホを取り出してサムライからシーフに職を切り変えている間、スタンピートは滝の水しぶきで濡れている壁の前で首をかしげていた。腕組みをして見たことあるような模様をじっと見つめている。


「パキラ、こっちに来て。ーーこれさ、ボスモンスターのテリトリー壁っぽくないか? 岩壁と重なっているから分かりにくいけど、この窪みに魔法陣みたいな模様が見えるんだ」


 スタンピートが指を差した壁をパキラは指で押してみた。弾力があることが分かった彼女は翡翠湖の事を思い出して、ハハハ……と、弱々しく笑った。


「この感触、忘れられないよね」

「同じく……。モンスターがここで誰かと戦ってるのかな? 」


「茶葉イタチのボスじゃなくて? 」


「茶葉イタチにボスがいるなんて話は聞いてないんだけどなぁ。ーー滝を挟んだ両側は住居だと思うから、権左を探すついでに様子を見に行こうか」


「ピート、どうやって移動するの? 川から? 」


「いや、この鉤付きロープを使えるところが滝裏にあってさ、お爺さんイタチがいる洞窟にいけるんだよ。あ、これ、パキラの分ね」


「ありがとう。それってヨハンさんがいってた特別な茶葉が貰える隠しクエがある場所かな? 」


「うんうん。そこから村の入口に繋がる隠し通路がどこかにあるはずなんだ。途中で居住区にこっそり降りられる箇所があるってメモに書いてあった。バグらしいんだけど、クエ受けなくてもその場所で特別な茶葉が盗めるらしい……」


「え? 盗むのはちょっと嫌かも」

「俺も抵抗あるから、そこから村に出るだけにしよう」


「うん、そうしよ! ピート……私、この鉤付きロープ、上手く使えるかな」

「こういうのってアシストシステムが発動するはずから大丈夫だよ。ーーあった、ここだ。パキラ行こう」


 鉤付きロープを使いますか? という小窓の、はいボタンを押すとすぐに上の階に飛ばされた。だが洞窟には人っ子ひとり見えず、壁にぽっかりと穴が開いていた。


「あれ? イタチのお爺さんがいないなぁ」

「畳しかないね……。ピート、この穴が隠し通路? ここから出て行っちゃったのかも」


「うーん、こんなに分かりやすい隠し通路なんてあるのかな? 怪しい気がするけど……取り合えず、行ってみるか」


 薄暗い階段を降りて行くと……何やらワイワイと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。何処かで誰かが戦闘していると思っていたスタンピートは拍子抜けしている。外に出る前にスキル隠密を使って大樽の後ろへ移動した。


 ドキドキしながら同じように隠れたパキラは賑やかな茶葉イタチたちの会話に聞き耳を立てている。


「じゅうおうさまっ、ありがとう! みてみて! ぼく、こんなにきのみをとれたよ」


「ナイスだ! 権左も可愛いけど、心乃介はもっと可愛いな! 毛がふわふわっとしてて最高っ! 」


「きゃはは。じゅうおうさま、くすぐったいよぉ。きゃは、きゃはは」


 スタンピートは獣王ガンドルが締まりの無い顔で、茶葉イタチの子どもをもふっている姿に目を疑った。


 ーーなんでこんなトコにいるんだ? ってことは、剣王ブランやルードベキアさんもどこかに。


 考えをあれこれ巡らせているスタンピートの頭上に……人影が落ちた。


「動くなーー。お前ら、プレイヤーだな。こんなトコロで何してる」


 背筋がゾッとするほどの冷たい声にスタンピートとパキラは息を飲んだ。少しでも動けば、銀色に光る爪に2つの眼球を貫かれ……霧散する自分が容易に想像できた。言い訳を考える余裕もなく、血の気が引く感覚に溺れて、上手く呼吸ができない。


 ブランはカタカタと身体が震わせているプレイヤーを可哀そうだとは微塵にも思わなかった。だが、見知った顔を見捨てるのは寝覚めが悪い気がして、今すぐにでも獲物の眼球をえぐりそうなガンドルの後ろで、コツンコツンとステッキで地面を鳴らした。


「ーーガンドルさん、彼らをあまり虐めないで下さい」


「え~? 覗き見してたからお仕置きしてやろうと思ってたのになっ。ブランがそう言うなら……仕方ない」


 スタンピートがホッとしたのもつかの間、武器を持った茶葉イタチたちに2人は囲まれた。見回り衆頭の太郎丸が傍にいた子分たちに縄を持ってこいと叫んでいる。


「こいつら、茶畑荒らしじゃないか! どうやって牢から抜け出したんだ。吉左、藤吉、さっさと縛り上げて牢にぶち込め! 」


「待って、カナデがーー」


 茶葉イタチ見回り衆に囲まれたパキラはあっという間に足から胸の辺りまで縄でぐるぐる巻きにされてしまった。ポイっと大八車に投げ飛ばされている。スタンピートは抵抗しながら、立ち去ろうとしているガンドルに助けを求めた。


 だが、ガンドルはつまらなそうにあくびをするだけだった。


「俺に助けを請うのはお門違いじゃないか? この村に迷惑かけたなら、潔くお縄を頂戴した方が身のためってもんだ。自分のケツは自分で拭うのが筋だぞっ」


「ガンドルさん、何でお茶の木に落ちたか聞いて下さい! 手土産としてモンブランとスイートポテトを持ってきました。だからーー」


「もう、甘いものはいらないなぁ」

「い、いくらの醤油漬けもあります! 」


 ガンドルの大きな狼の耳がピクピク動くのが見えた。もうひと押しすれば何とかなるかもしれないーー。スタンピートは声を張り上げた。


「白いご飯もあります! 」


「……!? ーーよし、ノった! 太郎丸、ち~っとすまないがーーこいつら、俺に預からせてくれないか? お前らを困らせないために、しつけてやるからさ」


 太郎丸は驚いた表情をしてすぐに、目をキランと光らせた。しつけという言葉を自分なりに解釈したようだ。


「なるほど、わかりやした。ーー見回り衆一同よく聞け! 獣王さまが、茶畑荒し共を奴隷として召し上げることになった。縄を解け! 」


「さすが、獣王さまだ! プレイヤーを奴隷にするなんて! 」

「この勢いで悪いプレイヤーを全部、奴隷にして下さい! 」

「獣王さま、万歳! 」


 見回衆たちが歓喜の声を上げていると、村の茶葉イタチから拍手が起こった。太郎丸はくりくりした目でドヤ顔しながら、仲間たちに手を振った。


 当の本人であるガンドルはというと……思いっきり誤解を受けていることに困惑をしていた。ーーなんで奴隷にするなんて話になったんだ? 


 縄を解かれたスタンピートは腕を組んで考える様なポーズをとっているガンドルに、トゥルンバ湖キャンプ場で買ったお土産と、いくらの醤油漬けの箱を見せた。


「あ、あの、ガンドルさん。これ……」


「お、おおお! ちょっと待ってくれ。ーーブラン、テーブルセットと、丼ぶり! 出してちょーだいっ。お願いっしますっ」


「……私もいくら丼に興味がないと言えば噓になりますから、用意させていただきますよ」


「ブラン~、あと子どもちゃんたちのために、低いテーブルも用意できないか? 」


「もちろん、いいですよ」

「さっすが、俺の親友! 頼りになるぅ」


 ガンドルから親友という言葉が飛び出すと思っていなかったブランはくすぐったい気持ちになった。目を細めて嬉しそうにニヤニヤしている。


 いらないと言ったお菓子を受け取ったガンドルは鼻歌交じりに、茶葉イタチの子どもたちを集めた。仲良く食べるんだぞと言いながら、パラソル付きのちゃぶ台に箱を置いている。


 パキラは茶葉イタチの子どたちに囲まれて、こぼれるような笑顔を見せているガンドルに呆気にとられた。さっきまであんなに怖かったことが、すべてどこかに吹き飛んでしまった。


「獣王さま、お手伝いさせて下さいっ! 」


 急いでガンドルに駆け寄ったパキラはちゃぶ台に用意されていた食器にスイートポテトを乗せた。


「へぇ、ケモミミのお嬢ちゃんは、なかなか気が利くじゃないか。じゃあ、よろしく頼むぞ」


「はい、任せて下さい! ーーあっ、ちょっと待ってね。これはお芋だよ。喉に詰まらせないように、ゆっくり食べてね。うふふ、可愛い」


 小さな茶葉イタチにパキラがメロメロになっている一方で、スタンピートは緊張しながらイクラの醤油漬けパック3つと、3合のご飯が入ったおひつをパラソル付きのテーブルに乗せていた。具合が悪くて苦しんでいるカナデを思い浮かべて、ちらっとブランの膝にいる銀髪の少女に目を向けた。


 ーーオーディンの人形になったルードベキアさんと話ができれば……。


 ルードベキアはまぶたを閉じては開けるを繰り返して、ウトウトしていた。タイミングを見計らっていると、ブランの腕にもたれて眠ってしまった。


「おやおや、静かだと思ったら……。いくら丼は、しばらくお預けですねぇ」


 ブランは優しい声でルードベキアに微笑みかけていたが、ティーテーブルの傍で立っていたスタンピートに対しては……にこりともせず冷ややかな口調で言葉を吐き出した。


「……それで、貴方は脱出クエの真っ最中ですよね。リスタートしなくていいんですか? 」


「あ、あの、カナデを助けて下さい。黒い花粉にやられて、身体が黒ずんで……動けなくなってるんです。ブランさん、あの木の実を分けてもらえないでしょうか? 」


「花粉? いまこの上空から降っている黒い粉は花粉だったんですね」


 ティーテーブルと椅子をすっぽりと覆っている白いパラソルに黒い粉がうっすらと積もり始めていた。明らかに村に到着したときよりも降ってくる粉が増えている。


「我々が大丈夫なのに、カナデが感染してるんですか? それは驚きですね」

「ふ~ん、カナデさまは具合が悪いのか」


 ガンドルは手で受け止めた粉をじっと見つめた。ふぅと息で吹き飛ばした後に、パンパンと音を立てて腕や頭についている粉を掃った。


「木の実が欲しいって言われてもなぁ。これはプレイヤーにはーーあ、そっか、うん。まぁ、試してみればいいさ。でもでも~、このいくら丼を食ってからでも、いいかな! 」


 いそいそと席についたガンドルは、ご飯をよそった丼にいくらの醤油漬けをたっぷりと乗せると、勢いよく手を合わせた。


「いただきます! ものすごく美味そう……。あぁ、こんなものが食べられるようになるなんて嬉しすぎる! ブランと出会った頃は本当に酷かったもんなぁ。ーーうんまぁぁい! 」


「イカ焼きを食べたくても焼けませんでしたよね」


「そうそう、キャンプ場に入れないと分かったときのあの悔しさ! 街でクイニーに会いたかったのに入れないしさ。とんでもシステムすぎるよ、このゲームはっ」


「我々はNPCですからねぇ……。設定に逆らえないので仕方ありません。ーーピート、パラソルの内側に浮いている黒いドローンは新型ですか? 覗き見が少し過ぎる気がしますが……特に困ることはないので、まぁ、いいでしょう」


「え、なになに? 俺ら録られてんの? じゃあ、ピースしなきゃな。う~ん? ブラン……。ドローンなんか見えないぞ」


 ブランが指を差した場所には何もなかった。ガンドルは少しの間、首を傾げてパラソルの骨組みを眺めていたが、まぁいいかと言って、イクラ丼を美味しそうに食べ始めた。


 スタンピートは……冷や汗が吹き出るのを感じて、顔を引きつらせながらシャツの袖で額を拭っていた。ステルスドローンの姿は使用者以外には見えないとカナデが言っていたのに……なぜバレてしまったのだろうか。バツが悪そうに下を向いている。


 ーーあれ? いま俺のことピートって呼ばなかったか? ……やっぱりブランはデルさんなんだ!


 涙腺が緩んでうっすらと涙を浮かべたスタンピートの耳に、ご馳走様でした、と言うガンドルの声が聞こえた。顔を上げると、ガンドルはご満悦な様子で、どこかで聞いたような歌を口ずさんでいた。


「よぉし! イクラちゃんを堪能したのでっ。しゃぁないから、カナデさまんとこに行くかぁ。ブランはーー。あ、ルーが寝てるのか」


「ええ、私は彼女が起きるまでここにいます」


「りょっかいっ。えっと、お前、さっきブランに名前呼ばれてたな。ピーちゃんだっけ? じゃあ、ついてこい。おーい、太郎丸! 」


 ガンドルは嬉しそうに走って来る茶葉イタチに手を振って、静かに椅子から立ち上がった。

システム:イクラ丼食べた~いっ。見た目からガンドルはがっついてかきこむように食べると思っていたスタンピートは、とても上品に食している彼の姿に驚きましたとさ。ごちっ! 

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