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神ノ箱庭  作者: SouForest
黒い彼岸花
102/166

それ、俺から盗ったやつじゃんかっ!

システム:茶葉イタチとオーディンの人形の背丈比較ラクガキ挿絵を追加。若干加筆修正。20230206

 助蔵爺が作った抜け道を通って外に出ると、身体が黒く変色している茶葉イタチたちが何かをもぐもぐと食べていた。すぐに元の元気な姿になった彼らは、すごい木の実だと言って大喜びしてる。それを見たガンドルはブルブルと肩を振るわせて大きな声出した。


「ぁぁあああ! それ、俺から盗ったやつじゃんかっ。そしてお前はあの時の泥棒イタチ! 」


 頭に手ぬぐいをかぶっている権左がビクッとした。彼は青ざめながらも、弟の心之介と同じような症状に苦しんでいる仲間に忙しく木の実を配ると……一目散に逃げだした。


 怒りで顔が赤くなったガンドルがすぐに追いかけようとした瞬間に、助蔵爺や他の茶葉イタチが足にへばりついた。ガンドルの両脚にぶら下がった合計7匹の茶葉イタチがすがるような目をしている。さすがに振り払えないと思ったのか、ガンドルは大人しくその場に立ち止まった。


「ううっ、そんな目で俺を見ないでくれ……。ぐっ、もふ可愛っ」


 引き留め作戦に成功した彼らはシュタっとガンドルの前に並んだ。彼らは手をなむなむしながら、深々とお辞儀をした。


「獣王さま、お願いですじゃ。子どもたちを……村の者たちをお助け下され。空から降ってくる黒い粉で呪われてしまったのですじゃ。どうかどうか……獣王さまーー」


 助蔵爺は祈るように前足を合わせたまま、ガンドルの前で平伏した。病気の子を持つ茶葉イタチたちも同じように地面に顔がつくほど身をひらたくして頭を下げている。


「え、なに? いや、ちょっと、立ち上がろうよ」


 ガンドルは助蔵爺を立たせようとして持ち上げたが、手を離すとすぐに彼はペタンと伏せてしまった。オロオロしているガンドルの姿に、茶葉イタチたちは怪訝な顔をした。獣王のくせに威厳が無いと小声で話している。


 息巻いた若者衆の中から吉次郎が代表してスタスタと前に出てきた。フンスフンスと聞こえるぐらい荒い鼻息で口元のふわっとした毛を揺らしている。


「立てよ、助蔵爺! そんな得体のしれないヤツに頼まなくても、権左が持ってる木の実で治るじゃないか。何が獣王だ! 村から追い出せ! 」


 カチンときたガンドルの怒沸点は、あれよあれよという間に上昇しーー100度を超えた。やかんのお湯が沸いたような音がガンドルの頭上で鳴り響いている。


「木の実って……。はぁ? 何言っちゃってんの? それ、俺から盗んだやつじゃないかっ! ざっけんなってのっ」


 怒りの花火がどかーんと上がったガンドルは獲物を閉じ込める戦闘テリトリーを村全体に広げた。彼の身体からは憤怒を現すような赤いオーラが立ち昇っている。吉次郎は権左を含めた若者衆と共に、プレイヤーと戦うために作った防塞の中に潜り込んだ。


 茶葉イタチしか通れない隙間の前でガンドルが唸っている。頑丈な岩で出来た防塞は彼の爪でも壊すことができないようだった。権左は吉次郎の隣で、小さな穴からガンドルに向かって石を投げている。


 腕組みをしていたブランは少し首を横に傾けて……予想通りだったなと小さくため息を吐いた。


「助蔵爺さんたちは私の後ろにーーいえ、壁際まで逃げて下さい」


 ブランが茶葉イタチたちの頭の後ろを押して促していると、腕に座っていたルードベキアがポンと降りて駆けだした。すぐに少女の前に立ち塞がったブランは、ぬいぐるみのようにひょいと彼女を抱きかかえた。


「ルー、ダメです! 戦う相手が増えたと喜ぶだけですよ。しばらくは何を言っても聞く耳を持たないと思います」


「そんな……。ブラン、ガンドルを止めてくれよ。茶葉イタチが……ほら見てくれ、木の実を食べて応戦してるけど、あれが無くなったら死んじゃう。NPCに殺されたら街のNPCと同じように、彼らは復活しないかもしれないんだ」


 要塞の入り口にガンドルが手を入れている。茶葉イタチを引きずりだそうとしているようだ。権左や吉次郎たちはすぐさま奥に逃げたが、文吉は走り出した瞬間にフードカッターのように回転していた銀の爪に背中をを切り裂かれてしまった。


 ぎゃっという悲鳴が上がり、痛みで唸る声が防塞の外まで聞こえている。木の実をかじって回復した文吉は梯子で2階に登ると、外が見える穴からガンドルに頭上にまきびしを投げつけた。


 ブランは仲裁に入るのは気が進まなかった。元はと言えば茶葉イタチが盗んだもので事足りると主張したせいで、こういう展開になったのだ。獣王を怒らせたのだから、折檻を受けるのは仕方がないし、彼らがどうなろうと自分の知ったことでは無いと言う気持ちが強かった。


「うーん。これは彼らが撒いた種ですしーー」

「ブラン、お願いだよ……」


 ルードベキアは泣きそうな顔でブランの胸にしがみついた。


 目をうるうるさせて自分を見上げている少女を見た途端に、ブランは茶葉イタチを助けたいという矢が心に刺さったのを感じたーー。あっと言う間に、ついさっきまで考えていたことが覆されていく……。


「ぐっ。その、あぁ、もう仕方ありませんね……」


 ーーまったく、この人は……。剣王ブランが人形の頼みを断れないのを知っててやってますね……。


 ブランは胸を貫いた矢じりが不快ではなく、むしろ心地良いと感じている自分に気付いてしまった。おでこに手を当てて苦笑している。


「ルー、これは貸しですよ」


 嬉しそうな顔をするルードベキアをストンと降ろしたブランは、地面を蹴ると同時にーー円月輪(えんげつりん)……とつぶやいた。


 ブランを挟むように出現した2体の月ウサギが、光の速さで獲物に向かって空中を駆けている。口に咥えた三日月の文様が入った大剣を自分を中心に素早く回転させて、ガンドルの右手首を切り落とした。さらに、銀の爪が光る右手が地面に落ちるよりも早く、左手首も同じ運命に導いたーー。


 2体の円月輪(月うさぎ)を従えたブランは涼し気な顔でガンドルの眼前に立った。


「ガンドルさん、残念ですが……お遊びは、もうお終いです」


 ガンドルは両手が無くなってもなお、怒号を上げてスキルを使おうとしていた。だが、ブランに軽く頭を掴まれると、糸が切れた操り人形のようにペタンと座り込んでしまった。両手首からは彼の髪色のような赤い血が流れている。


「さて、茶葉イタチさん。もう、その木の実はほとんど残っていませんよね? それが無くなったら、村の子どもたちはどうなると思いますか? この黒い粉が降り続ける限り、身体が元に戻ったとしても、また呪われてしまいますよ」


 ブランの優しいオーラを感じとったのか、権左が要塞の隙間からおずおずと顔を出した。木の実が入った小袋を両手でしっかりと握りしめている。


「そ、それは……。でも、この木の実を植えて、増やせばどうにかーー」


「無理でしょうね。木が育ったとしても、実がなるまで何年かかるのやら。その間にみんな死んでしまいますよ」


 権左は食い下がろうとしたが返す言葉が見つからなかった。小袋を持つ手がぷるぷると震えている。


「その小袋をガンドルさんに返して、盗ったことを謝罪すればーー彼がスキルを使って、木の実を作ってくれますよ」


「それは、本当なのか!? いえ、本当ですか? 」


 要塞の隙間から顔を出している仲間たちと顔見合わせた権左は意を決したように、優しく微笑むブランにそっと小袋を出した。


「賢明な判断です。では、ガンドルさんに起きてもらいましょう。あぁ、貴方たちは念のために私の後ろにいて下さいね」


 茶葉イタチはわたわたと、ブランの影に隠れるように1列に並んだ。そんな彼らにほっこりとしながら、ブランは小袋から木の実を1つ取り出して、虚ろな目をしているガンドルの口に入れた。


「この状態だと、噛めないですね。仕方ない……まだ秘密にしたかったのですけど、大切な友人のためにスキルを使いましょう」


 ブランがパチンと指を鳴らすと、切り落とされて地面に落ちていた毛むくじゃらの獣の手が消えた。電源を入れた電化製品のように動き出したガンドルは手をついて起き上がり、口にあるものを無意識にかじった。


「にっがぁぁい! あれ? ブラン? 」

「ガンドルさん、茶葉イタチたちが謝罪したいそうですよ」


「えぇ~。どうしよっかなぁ。今さら謝られれてもなぁ。ぷんぷーんだっ」

「仲直りしないと、ルーに嫌われてしまいますが……いいんですね? 」


「そ、それは駄目だ。分かった、謝罪を受けようじゃないか! 俺は心が広いんだぞっと」


 ブランの背中から権左が恐々……顔を出した。さらにその後ろから、吉次郎、太郎丸と言うふうに、ぴょこぴょこと茶葉イタチが顔を覗かせた。プルプルと震えながら申し訳なさそうな顔をしている。


 汗をピュピュピュと、飛ばしてそうな様子にガンドルは思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、その可愛い仕草……。怒れないじゃないか。ぶはっ、ぶはははは! 」


 ブランの黒いズボンを掴んでいた権左は大きな声で笑っているガンドルの前にビクビクしながら移動すると、深々と頭を下げた。


「じゅ、獣王さま……小袋を盗んで申し訳ありません。吉次郎の失言も謝罪します。俺のせいです、お許し下さい」


「もういいよ。あ、いや、もふらせてくれたら許してやる! お前ら、めっちゃ可愛いな」


 ーーさっきまで切り刻もうとしていたくせに……。ブランはそう思ったが、口に出さずに壁際にいる助蔵爺を手招きした。


「ガンドルさん、茶葉イタチのために木の実を作ってくれませんか? 」


「いいぞ~。もふもふのために俺ちゃんは何でもしちゃう。でも、もうちょっとだけ撫でさせてっ! まじでかわええ」


 権左と吉次郎は胡坐をかいて座っているガンドルの膝に乗せられ、頭を撫でられていた。恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、心から獣王に謝りたいと思っていた彼らは、優しい罰だと思って大人しくしている。


 その様子を大人の茶葉イタチの後ろから子どもたちが羨ましそうに見ていた。それに気付いたガンドルは全身からカラフルな花を飛ばすように喜んだ。



「これで解決ですね。助蔵爺さん、木の実はガンドルさんがたくさん作ってくれますよ」


「おお! 剣王さま、ありがとうございます。何とお礼をいったらよいやら……。そうだ、この特別な茶葉を受け取って下され。これぐらいしか、わしには出来ぬので。10個でも20個でも、好きな種類を欲しいだけお持ちください」


 助蔵爺は紅茶と緑茶、そしてウーロン茶が入った木製の茶筒をポンポンと出した。素朴な木製の円形茶筒を手にしたブランは喜びに打ち震えている。


「こ、これは!! ガンドルさん、茶葉イタチたちが一生困らないぐらいの木の実を渡して下さい! 」


「ん? ブランどした? 」


 緑茶ラベルが貼られた茶筒を受け取ったガンドルは感嘆の声を上げた。吉次郎の頭をハゲるんじゃ? と思うぐらい高速で撫でている。


「っ!? うおおおおお! これはもしかして……特別な茶葉! あんまり多いとありがたみが無くなるから緑茶5つでいいや。ーーじゃあ、おちびちゃんたちと、木の実採りをしようっと」


 ガンドルは大人の茶葉イタチを膝から降ろすと、ふにゃふにゃ顔で小さな子どもの頭を撫でた。そしてすぐに、目についた低樹木にスキル命の糧を使った。


 クリスマスツリーのオーナメントのように、ぽんぽんと飾られていく木の実を茶葉イタチたちが不思議そうに見ている。心が、もふもふ可愛いで溢れているガンドルが大きな声を出した。


「さぁ、誰が1番いっぱい採れるか競争だっ」


 子どもたちがキャッキャと嬉しそうに木の実を採り始めた。母親たちは慌てて籠を取りに行き、権左は弟の心之介がもいだ木の実を入れるために頭の手ぬぐいを外した。ガンドルは茶葉イタチたちの手が届きそうな樹木を見つけては、スキルを使ったーー。


 ブランの腕に座っているルードベキアは活気づく茶葉イタチたちを眺めていた。自分を落ちないように支えている腕を左手でぎゅっと掴んで、満面の笑みを浮かべている。


「ブラン、ありがとう。何かお礼をしなきゃいけないな」

「フフフ。貴女の笑顔で十分ですよ」


「そんなこと言うなよ、何でもお願い聞くぞ! 」

「えっ? 何でも、ですか……」


 ブランは咄嗟にふっと思い浮かんだが、すぐに頭からかき消した。白い毛の奥がほんのり赤くなっている。ルードベキアはいろいろ察したのか、いたずらっ子のような目をブランに向けた。


「うひひ。エロイのは駄目だぞぉ。箱庭はそういうゲームじゃないからな。下着は脱げない仕様だし、生殖器もないから、そんなこと出来ないけどね」


「ばっ、な、何を言ってるんですか。そんなこと考えてませんよ! 」


 ブランが焦って騒いでいる声を聞きつけたガンドルがにんまりと笑っている。茶葉イタチを避けながらシュタッと素早く移動してーーブランの肩に左腕を乗せた。


「何々? ブランがエロイことしたいって? わぁ、やだぁ。えっちぃ」」


 ニヤニヤしていたガンドルはパッと離れた。あたふたするブランを想像しながら、両手を頬に当てて恥じらうような仕草をしていたが……目の前に現れた数十本の神兎剣を目にして、すぐに後悔した。


「ご、ごめん、冗談です! マジでごめんなさい! そうだ! 木の実を育てなきゃっ。忙しい、忙しい」


 この手のジョークは鬼門だと悟ったガンドルは、今にも目から冷凍ビームを飛ばしそうなブランからピュっと逃げ去り、ワイワイ賑やかな茶葉イタチの中に埋もれた。


 ため息を吐きながら神兎剣をステッキに戻したブランの腕をルードベキアが叩いている。少女はブランの首に手を回してナイショ話をするように彼の顔を引き寄せた。


「ブラン、この身体の中身がおっさんでごめんな」


 ルードベキアは申し訳なさそうに言うと、ふわふわな白い毛に包まれているブランの頬にぼふっと顔を押し付けた。


 ーーあれ? これって、ネコ吸いならぬ、ウサギ吸いっぽい。ふわふわで物凄く癒される……。


 思いがけず自分へのご褒美になったようだ。ルードベキアは柔らかい毛の感触から逃れられずーー幸せそうにスーハースーハーしながら白い毛に顔を埋めた。予想外の出来事に直面したブランはメデューサの魔盾で石になったように硬直している。


「ふーん。特別な茶葉を手に入れた上に、面白いものが見れちゃったなぁ。うひひ」


 遠目から2人の様子を眺めていたガンドルは目元を緩ませて無邪気に笑った。


挿絵(By みてみん)

システム:ガンドルの木の実が大活躍の巻の介っ! byアイノテ 見た目はドングリっぽい感じです。

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