NPCだけど特別な茶葉が欲しいからクエスト下さい
システム:ラクガキ挿絵追加。20230128
ガンドルは葉が付いた赤いキノコを目印にして森の中を歩いていた。ブラン抱えられたルードベキアがスヤスヤと寝ている様子を眺めながら、大あくびをしている。移動中にモンスターが攻撃してくることを期待していた彼は何も遭遇しない状況に不満を感じていた。
「なぁ、ブラン……。この森ってモンスター少ないのか? 」
「そんなことはありませんよ。たぶん……獣王であるガンドルさんが怖いんですよ」
盗人の森は茶葉イタチ族の他にも、グズリに似た獣型のハズラや7尾を持つ幽霊型の魂狐など多くのモンスターが生息していた。彼らはブランが言うように獣王から流れでているオーラに恐れおののき……息を潜めているーー。
「ちぇっ……ちょっと戦いたかったのになっ。最近、散歩ばかりでつまんな~い! 」
「大人しくしていないと、茶葉イタチをもふれませんよ? 」
「はっ! それは……ぐぬぬぬ。はぁ……。あ、なんか開けたところに出だぞ」
ガンドルはおでこに右手をあてて、崖に囲まれた段々畑を見渡した。一面に植えられている茶木は……雪のように振る黒い粉が薄っすらと積もっている。ほんのり葉が黒ずんでいる……。まだ枯れてはいないが、生気が薄れているようだった。
「青々と茂ってたら、めっちゃ見ごたえがある景色だったかもなぁ」
残念そう眺めていたガンドルはお茶の葉っぱに乗っている粉を優しく掃った。ブランは茶葉イタチ村に着いたら起こしてくれと言っていたルードベキアの耳に静かに囁いている。
「ルー、『抹茶塩でてんぷら』のお時間ですよ」
「……う。……う~ん。……おはよ。ーーよだれ出てきた」
「毎回思うのですが、食べ物を目覚ましの合言葉にするって面白い発想ですよね。ーー黒い粉について何か分かりました? 」
「朝ですとか、起きてくれとかいわれるよりも、食べ物の方が反応しやすいんだよ。ーーこの黒い粉だけど、外部からのウィルス攻撃っぽいんだよね。時間が短かったから、それぐらいしか分からなかったよ」
「外部から、ですか……。ということは、もしかしてーー」
「たぶん、ブランが思ってる通りだと思う。この辺りの様子を少し見たらまた潜るよ。ーーそれにしても……茶木が元気ないな。ここはお茶の聖地なのに」
「茶葉イタチ村がお茶の聖地なんですか? 初めて聞きましたよ」
「ここで特別な茶葉が手に入る隠しクエがあるから、そう言われてるんだよ。ブランはプレイヤー時代にやらなかったのか? 」
「え!? そんなの、あったんですか? 覚えが無いです……。ルー、そのクエでゲットできるのは緑茶ですか? 紅茶ですか? それとも? 」
特別という言葉に心惹かれたブランは目を大きく見開いてルードベキアに顔を近づけた。ギョッとしたルードベキアは彼の顔を手で押し返している。
「そんなにブランが食いつくとは思わなかった。当時の僕は紅茶にしたけど、他にも何種類かあった気がする。緑茶もかなり美味しいらしいよ」
「ぐっ……、脱出クエストしか知りませんでした。そのクエスト、いま出来ませんかね? 」
「僕らはNPCだから無理じゃないかな」
「そ、そんな……。特別な茶葉が、味わえないなんて……。大ショックです! 」
ブランはガーンと文字が似合うぐらい落胆しているようだった。シルクハットから出た長くて白い耳がしょんぼりとうなだれている。
特別な茶葉に興味をそそられたガンドルが大きな黒い耳をピクピクと動かした。
「いや、やってみなきゃ、わかんねぇぞ! 試す価値はある。俺は緑茶が欲しいぃ! 」
その様子を鎌をしっかりと握った茶葉イタチたちが静かに見守っていた。村の警備を担当している見回り衆が、どうしたものかと……ヒソヒソ声で話し合っている。
プレイヤーではない来訪者を訝しんではいるが、ガンドルやブランから流れてくる恐ろし気なオーラに当てられて、彼らは近づくことさえ出来ないようだった。
ガンドルは特別な茶葉と同じぐらい、茶葉イタチたちのふわっとした毛並みが気になって仕方がないようだ。もぐらたたきゲームのように茶畑からぴょこぴょこと顔をだしている彼らをソワソワしながら見ている。
「なぁ、なぁ、2人とも……もふイタチいいな! 見ろよ! みんな、ぷるぷる震えてて、まじで、か~わ~い~いっ」
1本道の先にいる茶葉イタチを見るためにルードベキアは義眼でズームアップした。確かに、鎌を持ったまま、ぷるぷると小刻みに震えている。どの茶葉イタチも困り顔をしている様子から……怯えてるとしか思えなかった。
「……ガンドルを怖がってるみたいだぞ? 」
「ぐぬぬ。こんなにモフモフ愛が深い、俺ちゃんを怖がるなんて! 信じられないヨー」
「あぁ、うん、ソウダネ。ーー特別な茶葉は、マーフが紅茶と緑茶の両方を持ってるから、言えばもらえると思うぞ」
「ルー、何を言ってるんだ! 己の力で手に入れてこそ、格別な味になるんじゃないかっ」
茶葉イタチたちは、いきなり拳を天に向かって突き上げたガンドルにビクッとして1歩、後退った。何か魔法を使ったんじゃないかと思ったのか、鍋のふたを盾にしてしゃがんでいる。ルードベキアはまったく悪気の無いガンドルの行動に一喜一憂している茶葉イタチに同情した。
「あはは……。ガンドルがそんなにお茶好きだなんて知らなかったよ」
「俺のじぃちゃんがお茶屋さんをやっててさ、その影響でーー。あれ? 親のことを覚えていないのに、なんでこんなこと……」
ガンドルは急にズキンと痛んだこめかみを右手で押さえた。考えようとすればするほど、ズキズキと痛みが増していくーー。
ーーなんだろう? なんだか分かんないけど……プレイヤーだった頃の自分を思い出しちゃいけないような気がする。ガンドルは箱に詰まっている記憶が開きそうになったことに不安を覚えた。いくつも鍵を付けた上に、鎖で何重にも巻き付けるイメージを思い描いている。
さらに、心の世界にある日本海溝にその箱を投げ捨てた……。ゆっくりと暗闇に沈んでいく様子から目が離せず、落ちていく様を……ただただ……眺めている。
頭を抱えたまま止まっているガンドルの顔を、背丈が彼よりも5センチほど低いブランが覗き込んだ。ガンドルは少しうつむいた状態で、目を細めて1点を見つめていたーー。
「ガンドルさん、大丈夫ですか? 」
「あ……、うん。ーーブラン、大丈夫だ……。とにかく! 自分でやらないと意味がないというわけだ。ルー、隠しクエ受けられるトコに連れて行ってくれよ」
大切な友人ブランの声を聞いたガンドルはホッとした。気持ちを切り替えて、特別な茶葉への情熱と、いまの自分が好き! という想いで心を埋め尽くそうとしている。
ルードベキアは知りたくないと思っていても、オーディンの人形の設定なのか……魔眼によって収集されたガンドルのデータが勝手に頭に流れていた。心が痛くなった少女はおでこをブランの身体に押し付け、胸を押さえている両手の拳をぎゅっと握りしめた。
腕の中の少女がいつもと違う様子にブランはすぐに気付いていた。だが、理由を聞くことはしなかった……ルードベキアが落ち着きを取り戻すまで静かに見守ったーー。
少し平静さを取り戻したルードベキアはガンドルの厚い肩をぽんぽんと叩いて、壁面を指差した。
「……ガンドル、あそこに滝がみえるだろ? 水が流れている裏の崖に、鉤付きロープを使う場所があってさ、登っていくと洞窟があるんだ。そこにいる、お爺ちゃんイタチがクエをくれるよ」
「え~。鉤付きロープなんか、持ってねぇぞ。ぶーぶー! 」
ガンドルは首の後ろに両手を回してアヒル口にした唇をパクパク動かしている。いつもの調子に戻った彼に安堵したブランは笑みをこぼした。
「天然素材の鉤があるガンドルさんなら、簡単に登れるんじゃないですか? 」
「あ、そっかーー確かにブランの言う通りだな。なぁ、このエリアって、もしかしてイタチちゃんたちに襲われたりするのかナ? そうなったら、もふれないよなぁ……。ルー、どうするよ?」
「当時は脱出クエストの要領でやったから、戦うことはなかったんだけどーーこのまま滝の下に移動すると戦闘になりそうだなぁ」
ガンドルは左手のひらに、拳をぽんと乗せて人差し指をピンと伸ばした。いいアイデア思い付いた! といった感じで、ルードベキアにドヤ顔を向けている。
「じゃあじゃあ、俺がルーを抱えているブランを小脇に抱えて、すぐそこの崖を登ってさ、ジャンプ移動するってどうよ? 」
「いや、面倒だからテレポ使おう。ガンドル、お手! 」
「はい? テレポ!? 」
「ほら、ガンドル、早く。お爺ちゃんに会いたいんだろ? 」
「お、おう……」
ガンドルはキョトンとした顔のままルードベキアの小さな手に右手を乗せた。瞬く間に日差しが強い茶畑が歪みーー涼しい洞窟の風景が目に映った。滝の流れる音を聞きながら、ガンドルは大きく開いた目をぱちぱちさせている。
「わぁお! すっげぇ、一瞬で移動した。ルーがこんなスキル持ってたなんて知らなかったぁあんっ」
「おや、お客さんかのぉ」
洞窟内に反響しているガンドルの声に白いひげを生やした茶葉イタチがすぐさま反応した。直置きした畳から立ち上がり、ヨロヨロと歩いている。
「おぉ……、爺ちゃんがまじでいた! 名称はーー助蔵爺っていうのか、良い感じでヨボヨボしてるっ」
「何か、用かのぉ? 」
「なぁ、なぁ、爺ちゃん、俺らにクエストをおくれ! 」
助蔵爺はしゃがんで訴えているガンドルをじぃっと穏やかな表情で見ていた。だが急に、はっとしたような目つきなり、胸の前に上げた両手を小刻みに振るわせた。
「……なんとしたことか! あなたさまは……もしかして獣王さまじゃ。おぉ! 生きている間に全モンスターの王にお会いできるとは、なんという幸運じゃ。なむなむなむなむ」
ガンドルは膝をついて手を上下に擦っている老齢な茶葉イタチにたじろぎ、嫌そうに口を歪ませた。なむなむしている助蔵爺の手を機械のレバーを下げるのように人差し指でグイっと降ろした。
だが、何度やっても助蔵爺の手はピョンとすぐに戻ったーー。ガンドルは苛立ちが隠せず、眉間に大きな溝を作っている。
「爺ちゃん、拝むなってっ。それより、クエをーー」
「皆の者! 獣王さまじゃぁ! 獣王さまが、我らをお助け下さるぞぉぉ! 」
スクっと元気に立ち上がった助蔵爺はーーちょっとそこまで買い物に行ってくるね! という感じで壁をポンと叩いて道を作ると、目にもとまらぬ速さで走っていった。思いもよらない展開に、ガンドルはあんぐりと口を開けている。
「爺ちゃん、どっか行ったぞ……。ルー、どゆコトかな? 」
しばらく沈黙鳥がロード画面のように飛んだ後、ルードベキアが口を開いた。
「ーーこんな件は無かったよ。……ここで腰痛に効く薬を作るクエ貰って終わりだったんだ。村の入口まで出られる隠し通路がこの洞窟の奥にあったのは覚えてるけど、こんな通路は知らないなぁ」
「えぇ……。俺らがNPCだから、プレイヤーとはシチュエーションが違うってことなのか」
「ガンドルに『なむなむ』していた時点でかなり違うと思うぞ。ーーそれにしてもさ、獣王ってやっぱり、モンスターの王様なんだな! 驚いたけど、感動しちゃったよ」
「うほっ、俺ってモンスターの王様だった!? 俺ちゃん、すごーいっ。……ん? 待てよ、獣王なのに、小袋を盗られたゾ……」
ガンドルは釈然としない気持ちをいくつかのボールに変えてお手玉をしている気分になった。立ち上がった彼は腕組みをした右手を顎に添えて、右頬だけを膨らませている。
大柄な体躯に似合わないガンドルの仕草に和んだブランは、クスクスと笑っているルードベキアと顔見合わせた。最近のガンドルは初めてあった頃の荒々しさはだいぶ抜けて、優しい雰囲気に変わっていた。
それがガンドルにとって良い事か悪い事かなのか分からないが、ブランは旅仲間としては角が取れた可愛いガンドルは大歓迎だった。
「取り合えず、ガンドルさんに感動していた助蔵爺さんを追いかけましょうか。面白い展開が待ってそうで、なんだかワクワクしますね」
フフフと笑うブランをチラリと見たガンドルはげっそりとした表情になった。
システム:茶葉イタチ産ってことは、イタチティーという名称になるんでしょうか。イタチを飲んでる気分になっちゃいますねw チャチャティーにしようかな……メモメモ。