第八話 二連水車と大きな町
水車を作って田んぼに水を引きます。大きな町に塩を売りに行きます。
精霊獣が進化してから三週間、用水路は完成した。
田も堆肥を入れ耕され、水が入るのを待っている。
いよいよ水車を動かして水を田に入れる。
2つ縦に並んだ水車の上流の用水路を堰き止めると水位が上がって、並行して作ってある水車用の水路に水が流れる。
水車がゆっくり回転を始める。水車を見に来ている村人達から自然と声が漏れる。
「オーッ」
水車には斜め外向きに細長い枡が取り付けてあり、それが回転すると下で枡の中に水を入れて上で吐き出すように作られている。
吐き出した水は水車と平行に作られた木の水路に入り、その水路をを通り、2つの水車の中央で合流する。水は水車と水車の間を通って田んぼ側の水路に導かれる。
田んぼに水が入り始める。
感慨深いが初めて使う田んぼだから何もしないと盛大に水が漏れるだろう。
暫く水を入れて、粗代掻きを始める。田んぼの土を細かくして水が漏れるのを防ぐ。
田んぼの側面も泥で塗り固め、水が漏れないようにする。すべて人力だ。
日本ではすべて機械化されているので、人力でするのは機械の入らない棚田位だ。
水を張って2日位で本格的な代掻きをする。地面を平らに均して田植えの準備をする。
田植えは日本では機械で植えるので苗は10~15cm位だが、手植えでは20~30cm位の苗を使う。
苗代で十分に育てた苗を紐に等間隔の印を付けたものをずらしながら一定間隔で植えていく。
今回は苗に対して田んぼが広いので少し植える間隔を開けた。
自分の分しか神様に頼まなかったから種もみが少なかったのだ。
来年からは田んぼも増やせるだろう。
葉物野菜やキュウリ、トマト、ナスなどの夏野菜の苗も順調なので定植する。
これらの生育にはノーラの力が大きく関わっていると思う。
本来なら土が酸性に偏っているはずなのだ。石灰などで中和する必要があるのだが、ノーラのお陰で堆肥だけで済んでいる。
農業が一段落したので兵の訓練と塩を運ぶ用意を始める。
俺は槍の穂先や鏃、鋸、斧、車の軸受けなどを新しい金属魔法で作っていく。
工作班に槍とリヤカーを作らせる。
兵には槍を真っ直ぐにわら束を突く訓練をさせる。
俺とアステルは塩湖までの道づくりだ。
邪魔な木は切り倒し、建材や燃料にする。
切株はアステルがエアグレネードで掘り起こし、まとめて焼いてしまう。
村人に整地させて俺とノーラが魔法で石畳を引いて行く。
一週間で20kmの道が出来上がる。
次は街に塩を持ち込んで買い取って貰えるかである。
タマジロウを呼ぶ。
「今から隣村と大きな町に行って塩の値段を調べるぞ」(ジュンヤ)
「はい、では用意を」(タマジロウ)
「そのままで良い。行くぞ」(ジュンヤ)
タマジロウは村長の次男で塩の担当だ。三男のタマサブロウは兵担当だ。
タマジロウを背負って飛ぶ。
背中でヒエエエエとか聞えるが無視だ。
この辺の詳しい地図はすでにアイさんが作っていて脳内に展開される。
隣村まで約25km、30分も掛からない。
近くに降りると二人で村に入る。村は丸太の塀で囲われている。ここは魔獣が居るのだろう。
門には槍を持った門番が居た。
うちの村とはずいぶん違うな。精霊の加護のありがたみを感じる。
特に止められることも無く入れた。
調査はタマジロウにさせて俺は村の中をぶらつく。
農業は似たり寄ったりで生活程度も一緒くらいか?
違うのは鉄器が浸透している。
そういや精霊様が鉄を嫌うとか言ってたな。
門の近くでタマジロウを待つとすぐにやって来た。
「お待たせしました」(タマジロウ)
「どうだった」(ジュンヤ)
「はい、1kg2500ゴルですね」(タマジロウ)
「売値か、買値は」(ジュンヤ)
「売値です。買値は言いませんでした。
俺達からは買う気は無さそうでした」(タマジロウ)
「ギルドとか座とかが幅をきかしていそうだな」(ジュンヤ)
商業が盛んになってくると統率する組織が出来る。
最初は商売の保護を目的にしているが、次第に組織の存続や権力・利権の保護を目的とするようになる。
まあ、どんな組織も同じだがそうなると邪魔にしかならない。
この場合、他から仕入れたら今後の仕入れを断つぐらいのことはやるのだろう。
村を後にして大きな町ジニアに行くことにする。ここからは15km位だ。道もある
まあ、飛んで行くけどね。ここでも近くに降りて街に入る。
門番は鎧を着た兵士だ。
塀は石組の立派なものだ。
門番に聞いた
「塩を売りたい。何処に行けばいい?」(ジュンヤ)
「なにを言っている。ちょっとこっちに来い」(門番)
俺達は何人もの兵に囲まれ、武器を取り上げられ、詰め所に連れて来られた。
そこの一番偉いらしい人の前に立たされた。
「国の専売品である塩を売りたいとはどういうことだ」(偉い人)
しまった!!塩を国が専売品にしている可能性を忘れていた。
日本も数十年前まで塩は国の専売品で専売公社があった。
こうなったら正直に言うしかあるまい。タマジロウには俺が話すと言った。
「精霊の里の村から来た。塩が専売品とは知らなかった。許してほしい」(ジュンヤ)
「精霊の里だと!あんな山奥で塩が採れるもんか」(偉い人)
「この塩を舐めて欲しい。海で取れた塩とは味が違う」(ジュンヤ)
偉いさんは俺が出したサンプル用の塩を舐めた。
「これはうまいな。これが山の塩か?」(偉い人)
「そうだ。二度と売るとは言わない。解放してくれ」(ジュンヤ)
「ちょっと待ってくれ」(偉い人)
偉い人はそう言うと奥に入って行った。
俺達は待合室のような場所に座らされた。
別に見張りを倒して逃げようかと思ったけど、村の事言っちゃったから出来ないか。
ギルドの職員をどう言いくるめようと思っていたらそれ以前の問題だった。
タマジロウは意味がさっぱり分からないという顔をしていた。
「塩を売るとこの国では犯罪者になる」(ジュンヤ)
そう言ってやるとタマジロウは顔を青くしていた。
塩は生活の必需品だ。この塩を国が買い占めて他の売買を禁じて利益を国庫に入れる。これを専売という。民間がやれば買占めだが国がやるから犯罪ではない。
二時間ぐらい待たされただろうか
こんな社会では”ちょっと”や”少し”で半日くらい待たされるのは覚悟しないといけない。日本ではないのだ。
待合室の前に豪華な馬車が止まった。
「待たせたな。さあ行こう」(偉い人)
「はい?」(ジュンヤ)
偉い人の言葉に?マークが並んでしまった。俺達どこに連れて行かれるの。
連れて行かれたのは巨大な建物、まるで博物館、鉄の柵に囲まれ重厚な鉄の両開きの門をくぐって、大きく張り出した車寄せに到着した。
馬車のドアを召使風の男性が開け、降りるとこれぞメイドさんという恰好をした女性に導かれ建物に入った。ハルにメイド服着せたいなと思った。
通された部屋は領主の執務室らしき場所、いかにも金のかかったソファに座るとすぐにドアが開けられた。
横に座った偉い人が立って挨拶するので俺達も真似をした。
「私はジニアの領主だ。君達が精霊の里の住人かい?」(領主)
どうも精霊の里の情報を欲しがっているみたいだ。
「はい、ジュンヤと申します。こちらは従者のタマジロウです」(ジュンヤ)
領主は30代くらいの犬獣人だ。尻尾がビュンビュン振れている所を見ると精霊に興味があるのだろう。
「君の剣を見たが拵えは安物だが剣は鍛造品だね」(領主)
「はい精霊様が居なくなったので魔獣が入り始め、剣は良いものを使いたいと思いました」(ジュンヤ)
「精霊が居なくなった。どういうことだ?」(領主)
「何者かが連れて行ったようです」(ジュンヤ)
「分からないのか?」(領主)
「はい、分かりません」(ジュンヤ)
「塩を売りに来たのも関係あるのかな?」(領主)
「はい、精霊様の加護が無くなった今、少しでも冬に備えないと飢えてしまいます」(ジュンヤ)
「塩が駄目ならどうするつもりかな?」(領主)
「はい、街の需要を見てどうすれば良いか考えたいと思います」(ジュンヤ)
まあ、いろいろ聞かれたが塩湖まで道を作ったのは秘密だ。
「フーム、君を見ていると教養を感じるし、獣人でもない。何処から何の為に来たのかな?」(領主)
そりゃおかしく思うわな。
「済みません。言えないんです」(ジュンヤ)
「まあ良い」(領主)
「ところで塩はどれくらいとれるのかね?」(領主)
「取ろうと思えば月3~5トンくらいですか」(ジュンヤ)
「では取る準備をして10日後くらいにもう一度来て欲しい」(領主)
「売れば犯罪になるのでは?」(ジュンヤ)
「なに、国に売れば犯罪にはならんさ。君も知っていると思うが内陸のこの辺では塩の値段が沿岸部の4~5倍する。だから安い塩はのどから手が出るほど欲しい。王の許可を取るのに10日掛かる」(領主)
「キロどれくらいを考えて居られますか?」(ジュンヤ)
「700ゴルでどうだ」(領主)
「道を造って頂けるならその値段でもいいですが」(ジュンヤ)
「分かった1000ゴルだ。これ以上は無理だ」(領主)
「分かりました。10日後にもう一度参ります」(ジュンヤ)
領主邸を出るとタマジロウが謝って来た。
「申し訳ありません。俺が調べなければならないことでした」(タマジロウ)
「専売品の件か。良いよ、結局売れそうだからな」(ジュンヤ)
「しかし、俺が至らなかったのは確かで・・・」(タマジロウ)
「まあ反省して次に備えろ。それより、物価の確認をするぞ」(ジュンヤ)
「物の値段ですか。調べてどうするのですか」(タマジロウ)
「塩はあまりうまみがなくなった。他の商品も考える」(ジュンヤ)
俺とタマジロウはジニアの街の商店を回り、物価を調べた。
その中で仕入れと卸売を一括でやっている組織を知ることになる。
「ここがギルドか」(ジュンヤ)
メインロードのひときわ大きな建物に俺は入っていく。
大きなフロアにいくつもの窓口がある。
「どこに行けばいいのでしょうか?」(タマジロウ)
タマジロウは雰囲気にのまれておどおどしている。
俺は入り口直ぐのブースに居るお姉さんに声を掛ける。
「ここに来るのは初めての村の者だ、商売について話が聞きたい。何処に行けばいいか教えてくれ」(ジュンヤ)
「どちらの村ですか?」(受付)
「精霊の里の村だ」(ジュンヤ)
「精霊の‥‥。少々お待ちください」(受付)
お姉さんは並んだ窓口の奥のドアから奥に入って行った。
「ここからどういう扱いになるかで俺達の価値が解る」(ジュンヤ)
タマジロウは心ここにあらずだ。
まあ田舎者は開き直るか委縮するかだよな。都会のシステムという奴は。
窓口のお姉さんが帰って来た。
「此方でお待ちください。すぐに担当の者が来ます」(受付)
先ほどの待合室みたいな部屋に案内された。
「初めまして、外商のオーバルと申します」(オーバル)
「精霊の里の村のジュンヤだ。こちらはタマジロウ」(ジュンヤ)
深々と礼をするオーバルに対してこちらも立ち上がって礼をする。
座るように促され着席する。
結論から言えばこのギルドという組織は真っ当だった。大陸中に根を張り、支店間の競争が激しく不正に手を染めれば他の支店に足を引っ張られるので出来ないのだ。従って取扱量を増やして支店の実績を挙げる他無く、こんな小さな村の相談にも親身に乗ってくれるのである。
取敢えず村の生産力では今年は塩と魔石に頼るしかない状況のようだ。
最近魔石の流通量が減っており、魔石は良い値で売れるらしい。
オークはもう近くにいないからコボルトを狩るしかないか。
まあまあの収穫だったな。夕方になったし帰るか。
第六天魔王登場。