第三話 猫少女と風の精霊
土の精霊獣獣と契約して土属性の魔法を手に入れたジュンヤが猫獣人の少女と出会います。
少女の依頼に対してノーラが言った言葉とは?
昼食が終わって食休みを取っていると遠くで女性の悲鳴が聞こえた。
驚いて立つとアイさんに確認する。
「アイさん、どこだ!!」(ジュンヤ)
『この真下、麓の森の切れ目辺りです』(アイ)
居た。子供が数匹の二本足の犬の化け物に追われている。
「コボルトだわ。人間を食べるよ!」(ノーラ)
ノーラが叫ぶ。
距離は約300m、ライフルの構えを取る。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
女の子の後ろの方に居たコボルトの頭を吹き飛ばした。
後は女の子と射線が重なる。
走り始めていた。膝まである草を踏みつけ、ピストルで牽制しながら近づく。
「ストーンウォール!!」(ジュンヤ)
子供とコボルトの間が良く見えたので壁を作る。高さ3m幅が30m厚さが10cm。
子供が俺の所まで来た。俺は上に居るノーラを指差して叫ぶ。
「上に小さな女の子がいる。そこに行け!!」(ジュンヤ)
白い猫耳の女の子だ。まだ10歳くらいか。
アタイ(猫少女)は麓の村に住んでいる。村長に頼まれて精霊様にお願いをしに来た。
村を出て二日間は何事も無かったが、精霊様の住処が近付いて油断したからかコボルトに見つかった。
父親に習った双剣術で挑んだがすぐに木剣を失くして囲まれちまった。
何とか囲みを破って森を抜けたが、障害物の無い所ではあいつらの方が速い。
もうだめだと思った時、アタイの横にいたコボルトの頭が吹っ飛んだ。
助かるかも知れないアタイは最後の力を振り絞って走った。男が何か言ってる、上を指差してる?
上に向いて走った。上に着いたときもう動けない。倒れた。
俺は壁を回って来たコボルトを刀で斬る。相手の得物は牙と爪くらいなので、接近させなければどうってことは無い。
残りが3匹になった時、回れ右して逃げて行った。
ライフルで4匹、ピストルで3匹、刀で3匹、計10匹のコボルトを殺した。
ノーラの元に帰ると猫人の少女は倒れて荒い呼吸をしていた。
大きな生き物を殺したのは初めてだ。罪悪感が俺の胸をかきむしる。猫少女の顔を見て仕方なかったのだと自分を納得させていた。
一番近い村まで30kmと言ってたな。どうしたんだろう?
「あんたアイさんとか叫んでたけど誰?」(ノーラ)
ノーラがいきなりアイさんの事を聞いて来た。
「何って言ったらいいだろう。俺の中に居る人で物知りで、俺の代わりに見張ってたり、探してたりしてくれる人。魔法で造ったんだ」(ジュンヤ)
うまく説明できたとは思えないが、詳しく説明してもこの世界の者では分からないだろうな。
息が落ち着いて来たみたいなので収納から水を容器に入れ、出してやった。
「くれるのか?」(猫少女)
頷くと一気に飲み干した。
「まだ要るか?」(ジュンヤ)
「欲しい」(猫少女)
結局、後2杯の水を飲んだ。
猫少女は痩せていた。髪の毛も顔も汚れていて人相も良く分からないし、服もボロボロだ。
「もう大丈夫か?」(ジュンヤ)
「精霊様か?助けてくれ。村が魔物に襲われて」(猫少女)
「こ奴らの村は土精霊様と風精霊様の加護で守られてきたのよ。精霊様達がさらわれたので加護が消えたんだわ」(ノーラ)
ノーラが説明してくれた。
精霊がさらわれたことによる影響がここにもあったか。
ノーラの言葉は他の人間には聞こえない。代わって俺が言ってやった。
「俺は違う。精霊様はここにはいない。さらわれたそうだ」(ジュンヤ)
一応、人に言う時には精霊に様を付けとこう。俺は気遣いの出来る男だからな。
「そんな、じゃあ誰が村を助けてくれるんだ?」(猫少女)
「さあな、俺もここに来たばかりだ。何も分からん」(ジュンヤ)
猫少女はハッとして言った。
「ごめん。助けて貰ったのに、ありがとう。あのあんたは誰?」(猫少女)
助けて貰った礼を言ってないことに気付いたようだ。
「俺か、俺はジュンヤ。ここにいるノーラに会いに来た。お前は?」(ジュンヤ)
まあ嘘ではない。
「アタイは猫人の村に住んでる。名前は無いよ」(猫少女)
名前が無いってどういうこと?
『田舎の村では長男以外は基本名前を付けません。跡継ぎ以外は物扱いです』
アイさんが説明してくれた。人権なんて無いんだ・・・。
「ジュンヤさん、村を助けてくれないか?あんたすごく強かった」(猫少女)
「俺がか?報酬は?ただでは動かないぞ」(ジュンヤ)
「村長に会ってくれ。アタイには分からないよ」(猫少女)
「ノーラはどう思う」(ジュンヤ)
「助けるにしろ、助けないにしろ、風の精霊獣に先に会いに行った方が良いわよ」(ノーラ)
ノーラは仁王立ちして俺に行った。
風の精霊もさらわれたんだったな。なら風の精霊獣も魔力切れを起こしているか。
「風の精霊獣を助けたいのか」(ジュンヤ)
「それもあるけど、風の精霊獣と契約すれば空を飛べるはずよ。結局早いわ」(ノーラ)
「おい、ここまで何日掛かった」(ジュンヤ)
「・・・・3日だけど」(猫少女)
俺はノーラと話しているがノーラの声が聞こえなくて、猫少女は不思議なものを見ているような顔をしている。教えるのも面倒臭いので放っておく。
そうか空を飛べば数時間で着くか。それに風の魔法も覚えられる。
アタイ(猫少女)は助けてくれたジュンヤと言う人を見ていた。男前でアタイの命の恩人だ。
獣人じゃないけど、こんな人が嫁に貰ってくれないかなと思う。もう直に村長がアタイを誰かに嫁に出すだろう。出来れば初婚の人が良いけどな。後添えや妾は嫌だな。
このピンクの服着た女の子は話せないのかな。口は動いてるけど声が聞こえない。ジュンヤさんの妹かな。
俺は、ノーラに聞いた。
「どこにいるんだ、その風の精霊獣は」(ジュンヤ)
「この湖の向こう側よ」(ノーラ)
ノーラは湖の向こうを指差す。
「湖の向こうに居る風の精霊獣と契約したら村まで半日で行けるぞ。まだ日は高い。行くぞ」(ジュンヤ)
猫少女にノーラの言葉は聞こえないので俺は説明する。
「ちょっと待ってよ。アタイ、コボルトに追われて朝から何も食べてないんだ」(猫少女)
「分かった。悪いけどちょっと待っててくれ」(ジュンヤ)
猫少女には悪いけど時間が押してくる可能性もある。
とりあえず、湖の縁まで行って、俺は旅行道具一式で貰った2人乗りカヌーを出す。
定員オーバーだが子供だから大丈夫だろう。
「あんた今、何処から船を出した?」(猫少女)
しまった。見られたかぁ。でも仕方ないよね。
「魔法だ」(ジュンヤ)
詳しくは言えないので誤魔化しておく。
「魔法ってすごいなぁ」(猫少女)
猫少女は素直に感心している。良い子だ。
「乗れ」(ジュンヤ)
カヌーの前にノーラと猫少女を乗せて漕ぎ出した。まあ1時間位で着くだろう。
「これ、ご飯だ」(ジュンヤ)
おにぎり2個とお茶を出す。
猫少女は礼を言って受け取り、舐めて見て大丈夫と判断したようだ。食べ始めた。
お茶で流し込みながらあっという間に完食する。
「これうまいなあ。なんて食べ物なんだ?」(猫少女)
目を細めて喜んでいる。本当に素直というか素朴と言うか。
「おにぎりだ、米を炊いてその形に塩を付けて固めたものだ。もっと食うか」(ジュンヤ)
「くれるのか?欲しい」(猫少女)
もう2個出してやった。なんか可愛く見えて来た。
「やったー」(猫少女)
早速かぶりつく。
「待て、お茶を」(ジュンヤ)
「ングッ!!・・ミミミ・・ズ」(猫少女)
喉をつまらせて、慌てて湖の水をすくって飲もうとして吐き出した。
「やめろ!!その水は。ああー」(ジュンヤ)
塩が結晶化するほど塩分濃度が高い湖だ。
「ゲホッ、ゲホッ・・・しょっぱーい」(猫少女)
「忙しい奴だな。これを飲め」(ジュンヤ)
お茶を渡すとひったくるように一気に飲み干した。
一応カヌーは惰性で走ってはいるが・・・まあいいか。
1時間程で向こう側の岸に着いた。
「ここで良いか」(ジュンヤ)
「ここに居て。私が連れてくる」(ノーラ)
ノーラはカヌーを降り、森の奥に消えて行った。
不思議なことに離れてもノーラがどこにいるか分かる。契約のせいか。
俺は猫少女を降ろし、カヌーを収納に入れる。
「ねえ、あの子喋れないのか?」(猫少女)
「大丈夫、俺には何を言いたいのか分かるから」(ジュンヤ)
「ふーん」(猫少女)
ここにいる以上、風の精霊獣をノーラが連れて来ればバレるが仕方ないだろう。
「お前の村を襲ってる魔物の種類と数は?」(ジュンヤ)
「オークがいっぱい」(猫少女)
「100より多いか?」(ジュンヤ)
「いっぱい」(猫少女)
両手をパーにして突き出す。
もしかして10以上はいっぱいなのか?
「100が解るか?」(ジュンヤ)
「いっぱい」(猫少女)
いよいよ猫少女の顔が切羽詰まって来た。
「10が二つあったら幾つだ?」(ジュンヤ)
「うー、いっぱい」(猫少女)
だんだん泣きそうな顔になって来た。自分が相手の知りたいことを伝えられないと分かったようだ。
「ごめん、アタイ、馬鹿だから教えられない」(猫少女)
泣き出した。大粒の涙がぽろぽろ落ちる。本当は大きな声を上げたいのだろうが必死で堪えている。
「大丈夫だ。村長に聞くから。なっ」(ジュンヤ)
極力優しく言ってやる。俺は女と子供には優しいからな。
「うん」(猫少女)
手で涙をぬぐう。可哀そうなことをしたな。ちょっと反省しよう。
「歳は幾つだ?」(ジュンヤ)
「10と5」(猫少女)
思ってたより大きかった。中学三年生ってこんなに小さかったっけ。多分食糧事情が悪いのだろう。
「あの子は幾つ?」(猫少女)
「さあ知らない、昼前に会ったばかりなんだ」(ジュンヤ)
この子達の食生活はどうなっているのかな?
「普段は何を食べているんだ?」(ジュンヤ)
「だいたいトウモロコシやイモ、大豆。小麦も作ってるけど私は食べられないんだ」(猫少女)
「小麦は誰が食べるんだ?」(ジュンヤ)
「家長さんとか長男がパンや麺にして食べるよ」(猫少女)
「君は一日、どれくらい食べるんだ?」(ジュンヤ)
「トウモロコシだと一本だよ」(猫少女)
かなり少ない。一日の必要摂取量の何分の一だよ。
「それだとお腹がすくだろ?」(ジュンヤ)
「うん、でも贅沢は出来ないんだ。でも今日はお腹いっぱいになったよ」(猫少女)
また、目を細めて笑う。可愛いな。
「そうか、よかったな」(ジュンヤ)
つい頭を撫でてしまう。しまった。15歳には失礼だよな。
「うん」(猫少女)
問題なかった。おにぎり4個も食べてご機嫌のようだ。
アタイ(猫少女)はやっぱりこの人の所に嫁に行きたい。この人は優しいし、きっと私を大事にしてくれる。
ジュンヤにはノーラが近付いて来たのが解る。
「ノーラが帰って来たみたいだ」(ジュンヤ)
ノーラが森から出て来た。青いムササビを抱いて。
次話は新しい魔法と猫獣人の村に出かけます。