第十八話 マイアの誇りとハルの本気
マイアとハルが戦います。
その日のうちにハルと精霊獣達を呼び、明日に備えることにした。
鉄鉱石の採掘場までの道は町人たちでゆっくりやって貰うことも伝えた。
明日の予定は、リチャードを王城に連れて行き、王に禅譲して貰う。王に会えない時や断られた時には王軍を説得してクーデターを起こす。
とまあ、この通りになるとは思えないけど、その時には臨機応変にって事で。
次の日の朝、俺達はジニアを飛び立った。
一番前がノーラが乗るアステル、次がリチャードを乗せた俺、俺の右がハル、左がマイア、真後ろがマリー、その後ろがレイコを乗せたボルクだ。これで全員だ。
王都は大河の中流に位置して、上流のジニアからは直線で約500km、昼前には到着予定だ。
「まさか精霊獣と契約しているとな。しかも4頭、強いはずだ」(リチャード)
「誰にも言わないでくださいね。まあ、契約しているから言えないんですけどね」(ジュンヤ)
リチャードとは秘密保持の契約を条件に手伝っているので、うまく行ってもずっと利用されることはないだろう。
途中一回の休憩を取って王都に付いた。
王城の中庭に降りた俺達は王城の中に入り、謁見の間か王の執務室を目指す。
王城は外から侵入には厳重な警戒が敷かれているが、中からの侵入には弱い。まあ、当たり前だ。
流石に王の周りにはたくさんの衛兵がいる。
衛兵はアイさんの探索で見える前から見つけることが出来るので、主にハルが一人ずつ無力化していく。
ハルは、自然に気配を悟られずに接近することが出来る。これは俺と契約する前からのハルの得意技だ。
捕えた衛兵は縛り上げて猿轡をして使ってない部屋に入れて置く、リチャードがこの辺の地理に詳しいのでおいそれとは発見されないだろう。
謁見の間に到達するとそこに王は居た。
周辺には宰相と3人の騎士が居た。
俺達が入ったらストーンウォールで出入口を塞ぐ。
王たちは驚いていたがすぐに冷静さを取り戻した。
「リチャードではないか、久しいな。ご機嫌伺いに来たわけでは無いのだろうな?」(王)
「兄上、悪政の責任を取り、引退してください。後は私が何とか致します」(リチャード)
リチャードは王の前に跪き、恭しく言った。
「母に頼まれてお前だけ生かしておいてやったのに、わしに逆らうのか。この恩知らずが」(王)
王は父親の死によって王になった。その時に父の兄弟、自分の兄弟を殺した。当時年が離れて子供だったリチャードは母の命乞いで何とか命を救われ、辺境だったジニアに送られたのだ。
「兄上、もう獣王国は風前の灯で御座います。何卒ご勇退下さい」(リチャード)
「やかましいわ。まだ絞れるぞ。わしはこの年になってやっとわかった。折角王になったのにこの世の楽しみをすべて体験せねばならぬ。それが王になった者の義務だ。わからぬか!!」(王)
王は持っていた杖をリチャード目掛けて投げた
俺はその杖をリチャードの前に出て受け止めた。
「無礼者!!、誰だお前は?」(王)
「俺か、俺は精霊の里の王、ジュンヤ=モチヅキと言う」(ジュンヤ)
「お前がアルミア軍1万に勝った男か!」(王)
「そうだ、今回はリチャード殿の手伝いに来た。早く退位しろ。俺は忙しいのだ」(ジュンヤ)
「うぬう、無礼者めが。・・・おい、そこの女たちはお前の部下か」(王)
ハル、マイア、マリーを指差して言う。
「そうだ、リチャード殿の護衛として連れて来た」(ジュンヤ)
「では、ここに居る騎士3人と一対一の試合をせよ。お前達が勝てば、退位してやる」(王)
「王よ!!私達はこんな小娘と戦うためにやって来たのではありません」(騎士)
「この試合に勝てば、お前達の言うことも聞いてやろう。これでどうだ」(王)
「分かりました。お前達に恨みはないが。国の為に死んでくれ」(騎士)
うちの娘たちに死ねとはすごい自信だな。
「分かった。先に2勝した者の勝ちだな」(ジュンヤ)
「そうだ、それでは始めるが良い」(王)
白銀のフルメイルの騎士が歩み出て来た。
「先陣を切るのが我が家の家訓、参る」(ロジャー)
「私が行きます」(マイア)
「ふん、この恥さらしがまだ生きていたか」(ロジャー)
「ロジャー兄上こそ、御達者で嬉しい」(マイア)
「お前はすでに勘当されている。兄などと呼ぶな」(ロジャー)
マイアは女としての幸せを探すため、家を出た。両親はお金と剣を渡してくれたが家名を名乗ることを禁じた。勘当である。
「兄上、鎧を着たままでは私について来れませんぞ」(マイア)
「黙れ!!お前の様なはねっ返りは少し静かにさせてやるから感謝せよ」(ロジャー)
「宰相、審判をせよ」(王)
「は、はい」(宰相)
謁見の間は相当広い、試合場として不足はない。
両者は中央により宰相の声を待った。
「始め」
宰相が声を掛け下がった。
ロジャーは大剣を振りかぶってマイアに叩き付ける。
マイアは一歩横にずれて躱す。
ロジャーは今度は水平に剣を振る。マイアは後ろに跳ぶ。
マイアはロジャーの周りを回るように剣を避ける。
流石にロジャーの息が上がってきたようだ。
空振りは疲れるのだ。剣を止めるためにも体力を使うからだ。
「だから兄上、鎧を脱いだ方が良いって言いました。素直にしなさい」(マイア)
マイアはまだ剣を抜いてない。
「真剣にやれ!!」(王)
「私は師匠以外の言うことは聞かん」(マイア)
王にアカンベーをしている。ロジャーはマイアを追いかけるが追付かない。
「兄上、降参しなさい」(マイア)
「お前が攻撃しない限り、俺に負けはない」(ロジャー)
「仕方がない」(マイア)
マイアは剣を抜いた。
「その剣は・・・」
マイアはロジャーの左側を駆け抜けた。
鎧がぱっくりと割れて血が噴き出す。
「勝者、マイア!!」(宰相)
「師匠、治療をお願いします」(マイア)
俺はロジャーのそばによりトリートを掛ける。中級になったトリートはロジャーの怪我を治す。
「そうか、父上はその剣をお前に託したのだな」(ロジャー)
その剣は忘れもしない父が現役時代に肌身離さずにいた剣。
「そうです。家は兄上に、そして剣の技は私に託しました」(マイア)
「あの頑固親父め、そんなことは一言も言わずに勘当したとしか言わなかった」(ロジャー)
「父上は兄上に遠慮したのです」(マイア)
「畜生、帰ったら文句を言ってやる。お前が家に居る時には見てやることが出来なかったが、才能と努力がお前をここまでにしたのだな。ここで満足せずに上をめざせ。」(ロジャー)
「はい、兄上」(マイア)
ロジャーは騎士二人が待つ所に戻った。
「負けた俺が言うのもなんだが、奴らは速い。身軽にして臨め」(ロジャー)
「分かってるさ。大剣でとらえられる相手ではないことぐらい」(ジェームス)
ジェームスは俺達の中では一番腕が立つ簡単に負けることはないだろうが簡単に勝てるとも思えない。ロジャーは自分がマイアの策略で疲れさせられ惨めな負け方をした。ジェームスはそうならないように祈った。
「両者、前へ!」(宰相)
「ジェームスだ」
ジェームスはガントレット以外の鎧を脱ぎ、細身の両手剣を武器に選んだ。
「ハルです」
ハルはいつもの父の形見の双剣だ。
「始め!!」(宰相)
ハルがいつものように距離を詰める。
ジェームスはハルが足を着く前に片手で横に薙いだ。速い。軽く長い剣を使っているので対応が速い。
ハルはすり足で足を高く上げていない。つま先を付けるとバックステップ。ジェームスの剣を躱してすぐに前に出る。
ジェームスは剣を手元に引き寄せて上から斬り下ろす。速いが軽い剣なのでハルは右剣で受け流し、左剣で胸を突く、ジェームスは体を捻って避ける。
ジェームスが捻った勢いそのままで、受け流された剣を下から斜めに胴を狙って切り上げる。
ハルも右手の剣で受け止め、左の剣で胴を払う。
ジェームスは後ろに跳び、距離を取る。
ジェームスがやっていることは軽い剣(本来は突き専用)を小手先の力で振り回すこと。
これでは鎧を着た相手には通用しないし、ハルの革鎧でも防げるだろう。
しかしこれは試合で、当たれば有効打に成るかも知れない。
だからハルは防御している。
ハルは大きく深呼吸をする。
ハルが本気になった。俺は思った。
ハルが一気に全速力でジェームスの懐に入る。右の上からの攻撃をかろうじて剣で止めるが、左からの横薙ぎはガントレットで防ぐ、しかし、ガントレットは半ば切断され、血が大量に流れ出る。
「ま、参った」(ジェームス)
ジェームスは降参した。
又俺の出番である。ジェームスの腕の傷をトリートで治す。
「苦し紛れの反則技だったんだが君には通用しなかった。強いな君は」(ジェームス)
「ありがとうございます。ジェームスさんも強かったです」(ハル)
「良いよ慰めてくれなくても、最初から本気で来られたらすぐに負けてたからな」(ジェームス)
「これで俺達の2勝だ。約束通り退位して貰おうか」(ジュンヤ)
「ぐぬぬ、お前達、女のしかも子供に負けるとは、わざと負けたな。これは無効だ。八百長だ」(王)
「では、王よ。三人目とあなたが戦ってみるか?この娘は剣を使えない」(ジュンヤ)
マリーは、ハルとマイアのような戦士の恰好をしておらず、ブラウスにスカートと言う事務系のいでたちだ。
「ではこの娘は何で戦うと言うのだ」(王)
マリーはロジャーが脱いだ腹の部分に大きな切れ目の有る鎧を指差す。
パンパンと言う音が室内でこだまする。
鎧には穴が二つ空いていた。
「この通り、魔法で戦う」(ジュンヤ)
「誰が戦うか。とにかく勝負は無効だ。帰れ、帰れ」(王)
「と言うことはあなたには死んでもらうことになる」(リチャード)
「なな、何だとわしを殺すというのか」(王)
「円滑に譲位して頂けない場合、あなたを殺して王になるしかないじゃないですか」(リチャード)
「こやつは反逆者だ。お前達殺せ、殺すのだ」(王)
ジェームスが前に出る。
「俺達はすでに降参している。王よ。命令には従えない」(ジェームス)
「宰相、お前が殺すのだ。リチャードを殺せ」(王)
「王よ。私はここに来るまでに何度あなたにお願いしたでしょう。あなたは一度たりとも私の言うことを聞いてくれなかったではありませんか。もうあなたの言うことを聞くのは嫌です」(宰相)
宰相は涙を浮かべていた。つらかったんだろう。国民を泣かせる命令しかしない王に使役されるのが。
次回、新しい王が決まるのとアルミアから使者が来ます。