第一話 異世界転移とピンクのモグラ
主人公の立身出世の物語です。果たして天下布武がなるのかどうか。
俺の名は望月純也33歳、自動車の設計をしているエンジニアだ。いや、だったと言った方が良いか。
俺の体は高速道路を自動車で走っている時に対向車線から飛んできた別の車に車ごと潰されてしまった。つまり死んじまった、はずだった。
それが今、広さの分からない白い空間に浮かんでいる。
よく見ると俺の体が無い。手も足も目も耳も何も無い。それなのに周りが見える、音も聞こえる。
上にも下にも雲の様なものがある。これはまるで・・・・。
「ここは何処だ?天国なのか?」
「天国ではありません」
思わず零れた声に返事があった。
不意に目の前にギリシャ神話風の衣装を着たすごい美女が現れた。
「あなたは誰だ?」
「私は11次元の世界に住む意識生命体です。あなた方からしたら神と思って貰って良いです」
我々の3次元世界では、1点で上下、左右、前後の3本すべてが直角に交わる線が引けるが、11次元では直角に交わる線が11本引ける世界ということだ。もちろん3次元人の俺では想像も出来ない。
3次元の人にしか見えない。
「この景色と私の姿はあなたの天国と女神のイメージをあなたの意識に投影したにすぎません。これの方が話しやすいのではないですか?」
俺の考えた事はお見通しのようだ。
「では、本題に入ります。聞いて下さい。まずここは、ワームホールの中の亜空間です。あなたが亡くなったことは分かりますね。これから生き返らせて多元宇宙の別の地球に連れて行きます」
ワームホールと言うのはアインシュタインの相対性理論で予言された宇宙に空いた穴だ。その穴に入ると別の空間に行けるというワープ航法の元ネタの一つだ。
亜空間は空間内でその空間に干渉しない空間の事だ。空間の次元が同じであれば行き来が出来るはずだ。
多元宇宙というのはビックバンは一個ではなく、無数のビックバンが同時に起き、それぞれの宇宙を形成したとするもので他の宇宙とは不干渉で物理法則も違うと言う理論だ。
この場合、2次元で説明すると一枚の紙の様な別々の宇宙が重なって紙の束の様になっている。この紙にワームホールと言う穴を空けて他の紙(宇宙)に行こうとしているということだ。
ワームホール内は4次元以上で構成されるので3次元人である俺は認識が出来ない。それで不干渉な3次元の亜空間を作っているという事だろう。
「あなたはその地球で生活してください。ノルマや目的などは提示しません。ただ、あなたが思うままに生きてくれればいいのです。
あなたがその世界で生きることが触媒となり、その地球にも、私達にも利益となるのです」
「生き返らせてくれるなら嬉しい。前の生活に未練がないのかと言われればありますが戻れないのでしょう?」
「はい、元の世界にはすでにあなたの肉体は失われ、周囲には亡くなったと認識されております」
生き返らせてくれるなら万々歳だ。まだまだ寿命に未練がある。地球というからにはそんなに生活は変わらないだろう。
「これから行く地球ってどのようなところですか?」
「文明レベルはあなた方の世界の14から15世紀、人類の他に魔人、獣人などの亜人類とも言うべき知的生物がいます。魔力、魔法等のあなた方の物理法則と異なる現象があります。動植物は魔力の影響を少なからず受けています」
侮ってました。とんでもない世界です。生きるだけでサバイバルな世界そうです。
14、5世紀って事は西暦1301~1500年というと鎌倉時代から室町時代か、中国は明だったか、ヨーロッパはペスト流行・ルネサンス・大航海時代か、いずれにせよ、庶民には厳しい時代だな。
文明で言ったら紙はある、火薬は元寇の頃にはあったか、後は羅針盤と活版印刷だったか、もう出来てるよな。鉄砲はすでに原型が出来てたか。
色々あるけど、まあ、このまま死んでいるよりはマシだよな。
「あなたには、好きな姿、年齢、性別、能力などを与えることが出来ます。もちろん、人間の限界は守って貰いますが、どうしますか?」
向こうの世界も姿形美醜はよく似たもんだと言うので、姿は細マッチョで高身長、顔は今のをベースに整えて貰って、性別は未発達の社会では女は損だから若い男で決まりだ。
能力は此間読んだラノベの異世界転移主人公を参考にいろいろ頼んだよ。
「創作魔法って言うのはどうでしょう?思いついた魔法を実際に使えるとういうのは?」
「無制限では無理です。知って居る魔法の合成や分離などは練度が上れば可能でしょう」
「大規模破壊魔法はどうです。山が吹っ飛ぶみたいな?」
「地形を変えるような魔法は容認できません。真面目に考えてください」
真面目なんだけどなあ。
「前の地球の物を買える能力って言うのはどうですか?」
「あなた一人を移動させるだけでもこのようなことをしなければいけないのですよ。却下です」
「では、ある場所から他の場所にテレポートと言うのは?」
「そんなことが出来る訳が無いでしょう。却下です」
うーむ厳しいな。めげるもんか。
「それじゃあ、相手の実力や物の使い方などが解る鑑定能力はどうですか?」
「実力をデジタル的に表示することは不可能です。物の使い方は人に聞けば良いでしょう。却下です」
うぬー手ごわい。
「初めていく世界なので常識的なことや簡単な地理などを教えてくれるAIアプリの様な機能はどうですか?」
「それは面白いですね。許可します」
おお、やっと許可が出たぞ。この調子で。
「収納魔法はどうでしょう。旅をするときに物を無限に入れられる。中の物は時間が経過せず、腐ったり壊れたりしない。出し入れは俺が自由に出来る物はどうですか?」
「この亜空間を使えば可能ですね。良いでしょうあなたに上げます。出し入れはそのAIとやらに補助させます。ただし、あくまで旅の為に使用してください。運送業などはしないで下さい。したら取り上げます」
残念、最悪運送を請け負えば食っていけると思ったのに。
「では、攻撃・防御・生活魔法はどうでしょうか?」
「生活魔法は認めます。攻撃・防御魔法は一般の人は持ってませんから必要なら向こうで覚えてください。
生活魔法は火種のファイア、灯のライト、おまけに体と服の汚れを落とすウォッシュで良いでしょう。魔法は以上です」
「じゃあ、魔力のキャパは大きくしてください。AIや収納魔法が有りますし」
「分かりました一般人の十倍程度にしておきます。なお、魔力や魔法は使えば使うほど成長します。コントーラブルになったり、威力が上ったり、容量が大きくなったりします」
レベルアップかと言ったら、アナログ的に少しづつ上がりますだって。
「身体能力や知識ですが・・・」
身体能力は現地人の1.5倍、戦闘技能は剣術、格闘、弓術などが一般師範程度とややぬるい。
鍛冶木工などの工作技術、料理裁縫などの生活技術などの一般的な技術は転移前か並みだ。
学習能力は言語文字はすべて習得、転移する世界の知識はAIに覚えておいてもらう。
後は気付かない部分を全体的に整えて貰った。
携行品は服、靴、弓矢、刀、旅行道具一式(これが凄いことになってるのは、後々明らかになっていきます)、食料、水、貨幣など必需品をお願いした。
転移場所は多少不便でも魔法を覚えやすい場所をお願いした。
転移する世界は魔法のアドバンテージが大きそうだから、いろいろな魔法を覚えて冒険者でもするか。
体を作って貰って服を着る。中世より進んだ感じの服だ。服飾産業は発達しているのかも知れない。
鏡を作って貰って確認する。年齢は十代後半くらい、良い男だ。この世界でもいい男の部類だそうだ。
革鎧も欲しいな。おお、なんか世紀末伝説みたいだ。刀を腰に差して背中に弓矢を背負う。
おお格好良い。男はこんな格好に憧れるよな。
忘れ物が無いか確認して、さあ転移だ。
「では、あなたの活躍を見守っています」
女神さまがにっこり笑うと体が白い闇に包まれる。
******
足に体重を感じる。地上に着いたようだ。
まぶしくて目が開けられない。
目が慣れて来て、周りを見渡すと正面に直径5km位の湖、片側が急な斜面になった山、反対側がなだらかな斜面の草原があり、斜面の下はずっと森になっており、地平線まで続いている。
「人の気配がしないんですけど、アイさん何処か分かりますか?」
アイさんは検索や補助をするAIアプリの様な魔法の疑似人格だ。頭の中で声がする。地理も覚えて貰っている。AIをそのままローマ字読みした。
『獣人国と魔人国の国境の山脈の麓、獣人国側です。時間は午前十時ごろですね。30km位離れた森の中に小さな部落があります』
そりゃ、魔法を覚えられるなら多少不便でもいいとは言ったけど、こんなところで誰が魔法を教えてくれるんだよ。
「アイさん、どうしたら良いですか?」
『分かりませんが、ここに魔法に関する何かがあると思われます』
「探せって事ね。分りましたよ」
ぐるっと周囲を見回す。近くに一抱えありそうな大きな石がある以外は小石の原っぱだ。
湖の周囲が白い。雪かと思っていたが違うみたいだ。そんなに寒くないしな。何だあれ?
近くに行くと湖が白い結晶で縁取られている。
「アイさんこれは何」
『塩ですね。ちょっと舐めてみてください』
アイさんの言う通り、指先でつまんで舐めてみる。うまい!!
『上質の塩ですね。乾かして亜空間収納に入れて置きましょう。高く売れるかもしれません』
アイさんは俺の感覚を使っているので探索は得意ではないが知識は豊富だ。
塩を乾かす作業をしていると目の端に異常を感じた。
何だろう。何か違和感を覚えたのだが?
先ほどの大きな石の位置が変わった、遠くなったような気がする。
『アイさん、あの石が動いてないか?』
気付かれないように頭の中でアイさんに話しかける。
『ちょっと待ってください。過去の記録と照合します。はい、確かに2m位離れました』
俺はそうっと石に近付いて両手で捕まえた。
「放してえぇ、エッチィ」
オットォーッ!慌てて両手を放す。
何だ、石が喋った?
「あ、ごめん。君は誰?」
「あんた、私の声が解るの。この魔力は?」
石はいつの間にか大きなピンクの大モグラになっていた。
私(精霊獣)は石に化けてたけど見つかったので、魔力の消費の少ない精霊獣の形態に戻った。
そして私を捕まえたこの男が私の声が聞こえてしかも膨大な魔力を持っている。これなら。
男は私が喋っていることが信じられないのか、辺りを見回している。
「俺はジュンヤ、君は誰だい?」
男はジュンヤと言うらしい。しかし私達は息をせず、魔力を振るわせて話しているので、魔力の波長が合わないと声が聞こえないのに、この男は聞こえている。
私は思い切ってお願いしてみる。
「私は土の精霊獣よ。助けてちょうだい」
私が話していることを理解したようだ。
「どういうこと?」
「魔力がもう無いのよ。魔力が切れると消えちゃうのよ。魔力を分けてちょうだい」
私は藁にも縋る気持ちでお願いした。
「俺の魔力で良いのか?俺の健康に影響なければ、あげてもいいぞ」
「大丈夫だから早く頂戴。私の両手を持って魔力を通して」
ジュンヤは私が言うとおりに魔力を分けてくれた。魔力が体の隅々までいきわたる感覚が気持ち良い。
「ああ久しぶりにお腹いっぱいになったわ。ありがとう」
俺は魔力を吸われた感覚がある。2割位吸われただろうか?
どうして弱っていたのかを聞いたら、要するにここは精霊の里で、精霊様をさらった奴がいて、精霊様がいなくなって魔力の供給が受けられなくなったので困っていたということだ。
違う地球に来て、初めてのまともな会話が、ピンクの大モグラとはね。
「精霊契約しましょ。私に名前を付けてちょうだい」
「精霊契約、するとどうなるんだい」
「魔力は貰うけど、土系統の魔法を使えるようになるし、私を使った攻撃、防御ができるわ」
「分かった。でも俺は生活魔法しか使えないけど大丈夫か」
「あんたぐらい魔力があれば、何の問題ないわよ」
これが魔法を覚えるイベントだな。ええと、土→畑→お百姓さん→野良仕事→のら→ノーラ。
「君の名前はノーラだ。良いかい?」
モグラがピクッとした。
「まあ良いわ。大事にするのよ」
何か威張ってる。ノーラに絆を感じるようになった。ゲームならステータスで確認するところだ。
次回は魔法を覚えます。