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翼を失うと彼女は死ぬ  作者: 薔薇百合深呼吸
9/39

第1章 9


 ◇

「はー。さっぱりしました。颯太さん。ありがとうございました」

 思っていたよりも早めにアリーシャが出てきた。あまり長く使用するのは申しわけないと思ったからだろうか。

 アリーシャの綺麗な総身が水気を帯びて、更にその魅力を引き立たせている。

 タオルで金髪を拭く姿なんて、下手に異性に見せてはならない図だろう。服装は川原の姉が使用していた花柄のパジャマ。

 美女の幻想的かつ扇情的姿に、川原が見とれていると、エリアーナが嫌そうに睨む。

「次、おねーちゃんもシャワー浴びてくれば? 私が教えてあげるよ」

「い、いや。私は・・・・・・その・・・・・・大丈夫だアリーシャ」

「だーめ。おねーちゃんも暫く体洗えてないんだから。私達の能力じゃ限界があるんだし」

「そ、そう・・・・・・だな。アリーシャの言うとおりだな」

 アリーシャの言うことに一切逆らえないエリアーナはただただ首肯する。

「すいません、颯太さん。おねーちゃんもシャワーお借りしていいですか?」

「あ、うん。どうぞ」

 許可を出すと、今度はエリアーナの着替えを選ぶべく、再びアリーシャがエリアーナを連れて姉の部屋へと引っ込んでいく。

 その間に、川原は三人が使ったコップをシンクへ持って行き洗う。

 以前、俺だった頃の川原だったら、そんな事はしなかった。

 その心の変化に、まだ今の自分を重ねる事はもちろん出来ない。

 川原なりに、作業しながら原因を考えていた。

 性格変化のターニングポイントとなり得た場所は、言わずもがな天使との思いがけない邂逅。そして、エリアーナの放った光の奔流を受けて、気を失った時だ。

 はたして、それ自体に、川原がこうなった要因が含まれているかはまだ定かではない。

 だが、エリアーナが放った一撃は、あくまで〝天使の記憶の抹消〟に関する内容だけだったはずだ。

 もし、性格変化の能力が隠れていたならおじさんもそうで無ければ説明がつかない。

 ーーそもそも、どうして僕だけ記憶が残ったままなのだろうか?

 おじさんが消えて、川原だけ消えなかった事に、上手く説明の着地点が見当たらない。

 分からないと言いたげに小さくうなる。

「あ、すいません颯太さん!」

 申し訳なさそうに声を上げながら、そそくさと隣にアリーシャが立つ。

 それだけでシャンプーのシトラスの香りが鼻孔を擽り、川原はどきりとしてしまっている。

「洗い物は私がやりますので、颯太さんは座っていてください」

「大丈夫だよ、これくらい。もう少しで終わるからそこに座ってて」

「ーーわかりました。颯太さんがそうおっしゃるなら」

 不服そうに呟いて、アリーシャは椅子に腰掛けた。

「おい。妹に何かしたら分かってるよな?」

 遅れてやってきたエリアーナが、メンチを利かせる。その手には着替えとタオルある。

「もう・・・・・・おねーちゃん。颯太さんは何もしないから大丈夫だよ」

「・・・・・・アリーシャ。もし万が一何かあったら私に」

「わかったから。行ってらっしゃいおねーちゃん」

「・・・・・・分かった」

 妹には少し物寂しげな表情、川原には鋭い双眸を向けた後、浴室へと消えた。

「すいません、颯太さん。おねーちゃん、あんなんで・・・・・・」

「まあ、それだけ大切にしてるって事だから」

「はい。それは充分ありがたい事なんですけど。過保護過ぎると言いますか、度が過ぎるといいますか・・・・・・結果的に颯太さんにも失礼極まりない事をしてしまいましたし・・・・・・」

「それはもう大丈夫だよ。おねーさんが僕みたいのを警戒するのは分かる気がするから」

「そう、ですか・・・・・・?」

 分かる気がする、という発言に対して、アリーシャは目を丸くしていた。

 ちょうど洗い物を終えた川原は、対面するように椅子に腰掛ける。

「うん。僕が逆の立場だった場合も、同じような感じだったと思うから。でも・・・・・・もう少しあの視線とか口調とか、どうにかならないかなぁとは思うかな」

「どうですかね。三つ子の魂百までと言いますから、私でもおねーちゃんを変えるのは厳しいです。ああいうのは多分、防衛本能みたいなところがありますし」

「あー。それはなんとなく分かる気がする」

「私は、そんな防衛本能を向けられる颯太さんを、羨ましく思っていたりします」

「え? どうして?」

 そう反射的に訊ねると、アリーシャの視線は明後日の方向へ傾く。

「私、姉妹喧嘩とかした事ないんです。あの時のやりとりを見ていただいたら言わずもがなですが、衝突した時おねーちゃんが簡単に折れてあまり反論してくれないんです」

「あー。つまりを言えば、姉妹喧嘩こそが姉妹ならではのコミュケーションの在り方みたいな?」

「そうです。流石颯太さん。おねーちゃんは確かに妹思いで優しいんですけど・・・・・・あれじゃあ過保護すぎて、雛を巣から羽ばたかせたくない、みたいな」

「ああ。確かに、そんな考えあると思う」

「はい。私だって間違った事や突っ走る事あると思うんです。ですが、おねーちゃんは私が何を言っても基本的に肯定をします。否定したら嫌われると思っているんでしょうかね?」

「まあ、あの感じを見ると、嫌われたくないって気持ちは凄く伝わってくるよ。もし、そうじゃないなら、自分の考えを押し通して、僕の記憶を消していたからね」

「私は・・・・・・逆に過保護過ぎるほうがおねーちゃんを嫌いになってしまいそうです」

 そう呟きながら伏し目がちになるアリーシャ。その変化を心配そうに見つめる川原

「・・・・・・私には姉妹の在り方がよくわかりません。私はおねーちゃんが間違っている事は色々言ってきたつもりです。でも、おねーちゃんはそうじゃない・・・・・・。颯太さん、姉妹や兄弟の存在は平行ではないのでしょうか?」

 難しい質問が飛んできて、川原は胸の前で手を組ながら悩む。

「んー。なんて言えばいいのか分からないけど・・・・・・。僕と姉の関係性の話をすれば、一緒に住んでいれば何かしらはあるし、お互いに不平不満があると思う。逆にそういうのがない方が珍しいし、おねーさんが言えないのは、先ほども言ったように単純に嫌われたくないが強いんじゃないかな? 兄弟や姉妹の関係性は平行だという考え方、そうじゃないって考え方がある。だからそこは双方の価値観だけの話なんじゃないかな?」

「はい。それはすごく分かります」

「だから、もし同じような事があれば・・・・・・まあ、あるか。おねーさんに伝えて・・・・・・あ、ごめん。そもそもおねーさんに自分の気持ちを伝えた事はあるの?」

「はい。過保護に扱って貰う必要はないってお話はした事あります」

「あ、うん。そうだよね。普通はするよね・・・・・・ごめん」

「いえいえ。颯太さんが謝る事は何一つないですよ」

「でも・・・・・・それでもここまで妹大事を貫くと・・・・・・おねーさんはあれかな?」

 アリーシャはキョトンとした表情を見せながら可愛らしく小首を傾げた

「颯太さん・・・・・・あれとは何でしょうか?」

「シスコン・・・・・・なのかなぁ」

 その横文字ワードを聞いて、アリーシャの頭頂のクエスチョンが増えた。

「あの・・・・・・颯太さん。すいませんが、シスコンとは何でしょうか?

「んー。そうだなぁ」

 ワードは知っていても、意味の奥底まで理解していない川原は、ポケットに入れていたスマホを取り出して脇で検索、意味を調べる。

 

・シスター・コンプレックス 通称シスコン

 女姉妹に対して強い愛着・執着を持つ状態をそのように呼ぶ。


 まるで(そら)んじるかのように、しっかり脇のカンペを読みながら説明する。

「あー。確かに、おねーちゃんはその、シス・・・・・・コン? に該当するかもしれないですね」 

「だから、まあ。姉妹にしか分からない事とかもあるから、そこは上手くつき合っていくしかないかもしれないね」

「そうでよね。確かに姉妹ならではの付き合い方を模索していく他ないですよね。ありがとうございます、颯太さん」

 太陽よりも輝いていると思わせるご尊顔の笑みに、颯太はどきりと胸を弾ませる。

「あの・・・・・・颯太さん」

 アリーシャがそう言って、話題の変換を図る。

「そういえば・・・・・・颯太さんって、まだ私の名前読んでくれてませんよね?」

「え? そうだったっけ・・・・・・?」

 川原自身自覚はあったが、あえてすっとぼけていた部分はあったようだ。

 異性の名前を簡単に口に出す事が、気恥ずかしいからだろう。幼馴染を除いてーー 

「はい。なので・・・・・・できれば私の名前呼んで欲しいです・・・・・・」

 まるで、愛らしい小動物のような上目つかいでアリーシャがおねだりする。

 それだけで、何故エリアーナがアリーシャを過保護に扱うか、分かった気になってしまう。 

 「え、ええと・・・・・・それじゃあ、いくよ・・・・・・」

 川原は照れくさそうに顔を背ける。それに対して、アリーシャは笑みを浮かべながら、どうぞ、とてぐすねを引いて待ち構える。

「ア・・・・・・アリーシャ・・・・・・」

「はい。アリーシャです! 颯太さん。もう一度聞きたいです!」

 まるでぴょこんと動物の耳でも生えたかのように、反応を示す。

 アリーシャのおかわりに気恥ずかしさを上乗せしながら、川原は続ける。

「ア・・・・・・アリーシャ・・・・・・」

「はい。アリーシャです! 颯太さん。もう一度お願いしてもいいですか?」

 更におかわりを要求し始めるアリーシャ。

 それに対して川原は、困ったような顔を浮かべながら応える。

「ア・・・・・・アリーシャ」

 流石に三度目だからなのか、少しだけ固さが取れてきた。

「はい。アリーシャです! 颯太さん。もう一回お願いします」

 嬉しくなって勢いに乗ってきたのか、再度欲求。

 もうここまで来たら諦観めいたものがこみ上げてきた川原。

「ア、アリーシャ!」

 まるでジェットコースターの下りの時のように、目をつぶりながら半ばやけくそに名前を呼ぶ。

「もう一度お願いします」

「アリーシャ!」

「もう一度お願いします」

「アリーシャ!」

「もう一度お願いします」

「アリーシャ!」

 エンドレスでアリーシャに辱めを受けている最中に、ガラっと扉が開いた。

 こちらも紫髪が濡れぼそっていい感じに際立っているが、殺意がありありと込められている双眸が川原に向けられており、見とれる余裕すらなかった。

 それを受け取るなり、川原は青ざめた表情を見せた。

「ほう・・・・・・ずいぶん楽しそうな事しているじゃないか。か・わ・は・ら・くん!」

 背筋に冷たい物を感じながら、戦慄を覚え始める??。

「あ、いえ・・・・・・これは・・・・・・その・・・・・・」

 汗をだらだら流しながら、弁明を考えるが、きっと言い訳にしか聞こえないと諦めかけていたところーー

「ち、違うのおねーちゃん。これは私が颯太さんにお願いした事なの。すいません颯太さん! 私も悪ふざけが過ぎました・・・・・・」

「ああ・・・・・・アリーシャは何も悪くない」

 まるで最初から全て分かっているとでも言いたげな口調。仮にそうであるならば、川原に向けられた鋭利な双眸はただの理不尽の塊なのか、それとも単純な嫉妬なのか。

「あ・・・・・・」

 何かに気がついたように、川原が声を漏らす。

「なんだ?」

「服・・・・・・やっぱり小さいかなと思って」

 アリーシャが着用してぴったりくらいのパジャマしか無いので、当然頭一つ分以上でかいエリアーナには小さい。まるで七分丈のようになってしまっている。

「別に・・・・・・着させて貰えてれば何も」

「そ、そう・・・・・・」

 たとえ七分丈になってしまっても、パジャマの魅力を殺さず、寧ろエリアーナの手足がスラッと長い事をアピールしているみたいになって生き生きとしているようにも見える。

 少し窮屈そうではあるけれども、本人がそれでいいのなら、川原は何も言わない。

 頭にタオルに乗っけたまま、自然とアリーシャの隣に座る。

「お風呂・・・・・・ありがとう・・・・・・ございました」

 妹の前だからか、心に思っているかどうかは別として、謝辞を述べる。

 今、ダイニングテーブルにはパジャマ姿の天使姉妹、病院帰りのラフなスタイルの川原という、異様と言えば異様な光景と雰囲気が漂う。

「あー、いえいえ。それで・・・・・・これからどうしようか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 姉妹は黙りこくって何も話す事はない。それは川原の中で予想出来ていた。特に行く宛ても無いと不安を吐露していたので。簡単な話だったかもしれない。

「とりあえず、そろそろお昼だし、ご飯でも食べようか?」

 川原が提案して、冷蔵庫をチェックするべく立ち上がる。そんな川原を見かねてか、アリーシャが引き留めた。

「あ、あの・・・・・・颯太さん」

 その声は、心の不安がこみ上げたような声にも聞こえて、空気ががらっと変わった。

 川原は、振り返るだけで、アリーシャの次の言葉を待っていた。

「あの・・・・・・その・・・・・・気にならないんですか? 私達の事・・・・・・」

 先ほど、住宅街の方でも、天使の事を訊ねるよりも自分達の身を案じてくれた。アリーシャにとってそれはとても嬉しい事ではあるが、その反面不安もこみ上げていた。

 川原が見せてくれる優しさが、アリーシャからそんな言葉を引きだたせる。

 聞いてくるまで待っているつもりだったようだが、どうやら限界らしい。

「んー、なんだろう。気にならないって言ったら嘘になるけど、二人にも二人の事情ってものがあるだろうし、話したくない事もあると思う。だから今は何も聞かない事にするよ。きっとそういうのって、タイミングがあると思うから」

 そう言ってくれて、アリーシャ自身、心の奥底に刺さっていた物が抜けた気がした。

「はい。ありがとうございます、颯太さん。来たるべきタイミングが訪れたらきちんとお話したいと思います」

 アリーシャ自身、不安である傍ら、話すべきではないという葛藤が渦巻いている。

 それは何故かと言うと、自分達の事情に、川原を巻き込む結果に繋がるからだ。

 だが、今は自分達に何も聞かず接してくれる川原との関係性を切りたくないのも事実。

 いざという時はーーと、心に誓いながら、アリーシャは誰にも見えないように握りこぶしを作った。

「あー、ごめん。食材切らしてた。コンビニでいいかな?」

「コンビニ・・・・・・ですか?」

 何を言われたのか分からない、と言いたげに小首を傾げてみせた。一方姉もはぁ? とでも言いたげな顔をしている。

「あー。ごめんごめん。コンビニっていうのは、そうだなぁ」

 さきほどのシスコン同様、言葉は知っているが、意味を上手く説明出来ないでいる。

 またスマホで検索をかけながら説明することも出来るけどーー。

「実際、行ってみた方が早いかな?」

「はい。そのコンビニとやらに興味があります。連れて行って貰えませんか?」

 こうして、三人でコンビニへ向かう事になった。

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