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翼を失うと彼女は死ぬ  作者: 薔薇百合深呼吸
6/39

第1章 6


 ◇

 本人は後になって知ったのだが、三日程目を覚ます事はなかった。

 その間に、仕事や学業などの合間を縫って、母親と加藤、それに担任や真田もお見舞いに足を運んでいた。

 それを看護婦から教えて貰い、川原の涙腺が緩みを見せていた。

 一日念の為入院を伸ばして、晴れて退院出来る運びとなった。

 おじさんは先に奥さんの迎えで帰っており、母親は仕事、加藤は生徒会、真田は部活動と忙しい中、皆当日つき合うと行ってくれたが、申し訳ない気持ちが募り、川原からお願いして一人で自宅まで帰る事にした。

 病院の方にお礼を申し上げて、久方ぶりの外の世界へ足を踏み出した。

 季節は猛暑の真っ只中で、相変わらずの日照りが川原の体力をじりじりと奪っていく。

 今になってやっぱり車で乗せて貰えば良かったと思う反面、自宅まで歩きながら自分自身を見つめ直す時間が欲しかったのも確か。

 川原は歩きながら思考を回す。 

 感覚の狂った自分は何者なのか?  

 本当に自分なのか?  

 何故急に出来なかった事が出来るようになったのか?

 昨日寝る前に考えてもみたが、どうも気が乗らなくて、今に至る。

 勿論、今歩いている街道は分かる。 

 何度も通った道だからだ。

 皆は川原が昔の川原に戻ったと話をしていたが、いくら脳を絞っても昔の自分の人物像が思い浮かばない。

 その辺は、加藤や母親に詳しく聞けばいいと、考える事を諦めた。

 いや、諦めたというよりも、想像していたよりも暑さが強く、思考が上手く働かない。

 なので、今はただただ自宅へ向かって歩く事にした。

 それならやっぱり車などと考えてしまっても仕方が無い。

 多くの人々が飛び交う大きな街道を終えて、住宅街の細い道にさしかかった。

 本来ならここを通る必要性はないのだが、早く家に帰りたい気持ちからか近道を使う。

 やはり、こうして近道も覚えている辺り、川原颯太本人であると知覚出来るきっかけに繋がると川原は思えた。

 覚えている通りに住宅街に挟まれている一本の道を歩いていると、

「おい・・・・・・」

 不意に、後方から声が聞こえてきた。どうやら、若い女性の声のようだ。

 振り返って見ると、声の主は予想通りの若い女性であった。

 年齢的には川原とそこまで離れておらず、紫色の流麗な長髪が似合う端正な顔立ちと、モデルさながらのスタイルで、コケティッシュな魅力を放っている。格好はどこかの学園の意制服を着用している。

 川原はその姿を網膜に焼き付けるなり、まるでライオンに出くわしたかのように恐怖しながら、数歩だけ後ずさった。

 その反応を見るなり、ほう・・・・・・と女性は何かを確信したかのように頷いて見せた。

「ど、どうして・・・・・・」

 不意に放った川原のその一言が、更にその確信を濃厚めいた物に変化さえる。

「その様子を見る限り、お前はまだ私の事を覚えているようだな?」

 そう言いながら、殺傷力を孕んだ双眸を向けて来るのは、あの時の姉の方であった。

「片方は完全に記憶が消えていたから安心していたが、念の為もう片方の記憶が抜けたか確認しに来て良かったわ」

 まるで猛獣のような圧力を放つ姉に、川原は怯える事しかできなかった。

 その姿を見るや、姉の方は拍子抜けを食らったかように、呆けた。

「なんだお前? あの時の勢いはどうした? まるで子羊みたいじゃねえか。情けねぇなぁ。ああ?」

 川原はもう始めて対峙した時の川原ではない。憑きものが落ちたかのように、まるで別人のようになってしまっている。

 気が弱くなってしまっている為、同じ土俵で口論する事は出来なくなっている。

「あ、あの・・・・・・」

「あ? なんだよ? まるで女みたいになりやがって。(こう)(がん)ついてんのかよ」

 (てき)(がい)(しん)むき出しの圧倒的威嚇を前に、まるで寒さに耐えているような怯え方を見せながらも、川原は意を決して言葉を発した。

「妹さんの容態は、大丈夫でしょうか???」

 川原は、昨日の記憶の一部始終が何故か消える事無く、つなぎ止めてある状態にある。

 だから、あの時、苦しそうに倒れていた妹の様子を当然知っている。

 自分が今受けている威圧感より、妹の心配をする献身的な態度に、姉は不覚にも笑い声を上げる。

 一体、何を笑っているのか分からず、川原はただぽかんとしていた。

「お前は、正真正銘本物の馬鹿だなぁ、おいっ!」

 姉はそんな川原の心からの心配すら、簡単にゴミ箱へ投げ捨てた。

「そ、それはどういう・・・・・・」

 八重歯をむき出しにしながら、姉は答えた。

「そのままの意味だよ。バーカ! 自分の心配より、人様の心配をするとはな」

「そ、それの何が悪いんだ・・・・・・」

 気が弱くなってしまった川原なりの抵抗。だが、姉は簡単にいなしてみせた。

「いいねえ、その感じだよ。じゃなきゃ面白くもない。だが、そんな流暢な事を言ってもしょうがないか」

 その意味を川原が聞く前に、姉の方は右手を伸ばし、先の掌を川原へ向けた。

 それはデジャヴ??。

 四日前にベランダで見た光景と重なる部分があった。

 それを見て、川原は何か察した険しい表情へとシフト、何歩か後ずさった。

「まあ、そういう事だ。今度は〝天使に関する部分的の抹消じゃない〟消すのは〝生活に支障がきたさない範囲〟での記憶の抹消だ」

「えっ? そ、それって・・・・・・」

「そう。お前は忘れるんだよ。私達の事は勿論、周囲の人々の記憶も全て」

 そうする事こそが正義と疑わず、罪悪感も抱かない。

 天使の皮を被った悪魔の表情がそこにはあった。

「ど、どうして、そこまで・・・・・・」

「私は何も悪くない。悪いのは素直に私達に関する記憶が消えなかったお前だ。前にも話したが、天使とは本来人に見られ、知覚されてはならない存在。だからこそ、今この時をもって、確実にお前の脳内から天使の記憶を抉り取る!」

 自分勝手で横暴過ぎる一方通行な言い分に、もの申したい気持ちで溢れてしまいそうだ。

 だが、四日前の口論で、姉が自分の考えを改める事をしないのは重々承知済みだ。

 俺の時でさえ、あの気力、迫力、圧力に抗えなかったのに、僕になってしまった今の自分が、確実に負けてしまうのは、火を見るより明らかである。

 川原は記憶が消えてしまうことを酷く恐れた。その証拠に、くずおれながら、総身が戦慄いているのが、見て窺える。

 完全に勝ち誇った表情の姉。

「ふん。何故お前が腰抜けになったかは知らんが、所詮はこの程度だったって事だな」

 嘲笑混じりに川原をこれでもかと愚弄しながら、掌に光のエネルギーを溜め始める。

「ま、待って欲しい!」

「あ? 今更私の事を知っていたのは、演技してたとでもいうつもりか?」

「ち、違う。そうじゃない・・・・・・」

 土下座一歩手前の形を取りながら、川原は首を左右に振った。

「僕は、絶対に天使の事を公言・・・・・・しません。未来永劫その秘密は墓まで持って行きます。だから・・・・・・大切な人の記憶まで消さないで・・・・・・ください。お願いします」

 アスファルトに完全に五体投地して、プライドの全てを捨て去った川原。

 姉は、またしてもそんな川原の姿を足蹴にしながら嘲笑する。

「バーカめ。そんな事されたって私の考えは変わらない。誰がお前の言うことなど聞くか」

 やはり、一縷の望みにかけた川原の捨て身も、姉には何も刺さらなかった。

 ならばどうするか??。

 川原は、ビーチフラッグよろしく後方へと全力ダッシュを敢行する。

 だが、その苦肉の策はあっけなく終わりを告げる結果となってしまう。

 ガンッッッッッッッ!。

 何も無い空間なはずなのに、川原は思いきりおでこを衝突させ、数瞬宙を舞った後に背中からダメージを負った。

 痛みよりも疑問が勝り、不安が濁流のように雪崩れ込んできた。今の川原には中天に昇る太陽や晴れやかな空しか目に映っていない

 川原のそんな滑稽な姿を見て、姉は再度お腹がねじ切れると言わんばかりに、けらけらと笑い上げた。

「バーカ! 逃げられると思ってんのかよ! 私は既に(くう)(かん)(せつ)(だん)を行っている」

「・・・・・・空間・・・・・・切断」

 まるで上の空のように、姉の放った言葉を復唱した。

「冥土の土産に教えてやるよ。空間切断は、私が指定した空間と外の世界を切り離し、今みたいに閉じ込めることが出来るんだよ。お前、気がつかなかったのか? 私がこんなに近所迷惑な大声を上げても、誰の反応も無かった事に??」

 言われてみればここは住宅街。あれだけ大声で笑ったりしていれば、人の一人でも様子を見に来そうなものだが、気配すら感じない。

「空間に閉じこめられた今、お前に出来る事は何も無い。黙って記憶を消されればいい」

 嫌だ??。嫌だ??。と心が叫んでいても、仮にそれを表に出しても、もう自分はこうなるしか無いと、諦観し、絶望している。

「安心しな。記憶が消された後は、解離性障害と診断されるだろうが、別に脳内に異常をきたすわけじゃない。これからまた一から大切な人との記憶を作り上げていけばいい。それだけの話だ」

 記憶を一から作り上げる? そんな簡単じゃないと思いながら、考えても蛇足で終わってしまう事を、今の川原は嫌々ながら痛感している。

 もう抗う気力を失ってしまったのか、仰向けのまま起き上がるそぶりすら見せず、もう煮るなり焼くなり好きにしろとでも、言外に放っているかのようだった。

 ようやく獲物が静かになり、やれやれと言いたげな顔をしながら再度光の圧縮を敢行。

 その規模はあの時の比ではない。さらに暴力的で膨大なエネルギーの流れが掌に集結していく。

 仕上げの作業だとでも言わんばかりに、背中から二枚の翼が雄々しく顕現を始める。

 燐光に覆われて美々しく、リアルであることの感覚さえ狂わせる程に神々しい。

 万事休す、八方塞がり、万策尽きたこの状況を前にして、川原の感情は恐怖を覚えながらも、素直に綺麗だ・・・・・・と首だけ上げて見つめながら呟いてしまっている。 

 川原は、不覚にも、この光の奔流に呑み込まれるなら??と気持ちが傾いてしまっているのようだ。

「じゃーな!」

 突き放すようにそれだけ声をかけると、準備が整った掌から光の奔流が、正義というエゴを混ぜ込んで川原を陵辱する筈だったが??。 


「おねーちゃん!!」

 

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