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翼を失うと彼女は死ぬ  作者: 薔薇百合深呼吸
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第1章 5

 まだ微睡みの中にいる感覚を引き連れたまま、川原はゆっくりと瞼を開く。

 最初に飛び込んできたのは白。もしかしてまだ光の奔流に呑まれているのでは? と不安な感情に襲われるが、それは杞憂に終わった。その白はその白とはまた違った色だからだ。

 ゆっくりと開かれた視界にくっきりと映った白は、どこかの建物の天井のようだ。無論、自宅ではないのはすぐに分かった。

「あ、良かった! 目が覚めたのね」

 声はすぐ側から聞こえてきた。その主を確認すると、妙齢の女性がパイプ椅子に座っており、その隣には幼馴染みの加藤燐の姿も確認出来た。

「か・・・・・・母さん。それに・・・・・・」

 思考が追いつかない。現状を理解するのに、少しばかしの時間が必要なようだ。

 ゆっくりと体を起こしてみる。川原はそこで始めて自分が病床にいる事に気がついた。

「僕は一体?」

「停電があって、その落雷のせいもあって窓ガラスが割れたんですって? 様子を見に来たおじさんも倒れてて、奥様が様子を見に行ってよかったわ」

 話を纏めると、記憶をはぎ取る光の奔流を受けて気を失った両者。夫が帰って来なくて心配になった妻は、川原宅にお邪魔するなり、二人が倒れているのを発見して、すぐさま救急車を手配したようだ。

 記憶の噛み合いが悪い。川原の怪訝そうな表情から窺えた。

 僕はあの時、天使に記憶を・・・あれ・・・あれれ・・・・・・?

 名称の分からない不思議な感覚が、川原を包み込む。川原は確かに天使の放った奔流を総身で浴びて、それに関する記憶のはぎ取りに遭ったはずだ。

 だが、何故か、記憶が消滅されておらず、一部始終を脳内再生する事が出来た。

「母さん・・・・・・燐ちゃん・・・・・・僕、天使を見たんだ・・・・・・」

 脳内の光景を再現していたからか、反射的にそんな言葉が口から漏れ出した。

 それを受けて、川原の母親と加藤はキョトンとなって固まってしまっていた。

「颯ちゃん・・・・・・落雷で頭でも打ったのかしら? もう一度精密検査したほうがいいのかしら」

「颯太・・・・・・本当にどうしたの? あなたが誰よりも天使を信じていなかったはずなのに」

 二人は、まるで信じられないと言わんばかりに川原を怪訝な目で見つめている。

「僕・・・・・・そんなおかしな事言ったかな?」

「おかしいわ・・・・・・それと、あなた本当に颯ちゃん?」

「え? 何を言ってるの母さん。僕は正真正銘の(かわ)(はら)(そう)()だよ」

 姿形が違っている訳でもないのに、母親は自分の息子を疑い始めた。

「確かに・・・・・・颯太、あなた自分のこと僕なんて言わないし、私の事を燐ちゃんだなんて呼ばないじゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

 川原の中には確かな違和感があった。記憶の中の自分は口が悪く、口が悪い天使と言い争っていた。

 まるで、自分じゃ無い自分を見ている。そんな不思議な感覚や感情がある。

 川原は近くにあった手鏡を手に取って自分の顔を見てみた。正真正銘、そこには川原颯太が移っている。

 じゃあ、何なんだろう? 今渦巻いている、このよくわからない複雑な感情は?

 加藤も今の川原に対してまだ思うところがあるようで、それを確かめるように口を開く。

「ねえ、颯太のお母さん。今の颯太って、まるで頭を打つ前の颯太みたいじゃないかしら?」

「あー。確かにそう言われればそんな感じするわね。道理で少し懐かしいと思ったわ!」

 どうやら、今の川原の状態を見て、母親も思うところがあったご様子。

 だが、川原は俺の頃の方が過ごしていた密度が高いため、そういった話を持ち出されてもピンとこなかった。

「そうか。今の僕は、昔の頃の僕なんだね」

 無論、全てを急に納得するのは無理で、多少なりとも時間を有する。けど、今の自分がどういう人物であるか情報を得られた今、心のギャップを受け入れて行くしかないと、諦める事にした。

「やあ、颯太君。元気そうでなによりだ」

「あ、おじさん。頭は大丈夫ですか?」

 今の発言は愚弄の部類では無く、頭に包帯を巻いているからである。おじさんは軽く笑って見せた。

「ははは、大丈夫だよ。この通り手当して貰ったからね。いやぁ、面目ない。まさか滑って床に頭を打って気絶してしまうだなんて。妻にもどやされたよ」

「え?」

 おじさんの発言を受けて、川原は一つの疑問を抱いた。

「あの・・・・・・おじさん。あの口の悪い天使は・・・・・・?」

「天使? はて、何の話かな・・・・・・」

 川原はどういう訳か理解に苦しむ。

 おじさんはあの光の奔流を受けて綺麗さっぱり天使の事が頭から抜けているようだ。更には記憶の改竄まで行われている。

 もしかしたら、自分は今まで夢を見ていて、俺であった自分でさえ夢の中の出来事であったのはないかと。そんな風に考え始めてしまっている。

 ふと、川原は確認したい事を一つ思いついた。

「あの・・・・・・燐ちゃん。一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

 急にちゃんづけされる違和感にむず痒さを覚えながら、何かしら? と返事をした。

「歴史の教科書を持っていれば貸して欲しいんだけど・・・・・・」

 言われた事は理解出来るのだが、川原の行動が理解できず、怪訝そうな顔をする。

 加藤は言われた通り、鞄に入っている教科書の中から歴史の教科書を取り出して、川原に手渡した。

「ありがとう」

 川原は(いん)(ぎん)に目礼をして、歴史の教科書をペラペラと捲った。

 その行動に、母親と、加藤と、おじさんは、きょとんとして首を傾げてみせた。

 一通り全てのページの流し見を終えて、教科書を閉じる川原。

 その表情は優れず、意にそぐわない結果に終わったのかと思われたが??

「・・・・・・・・・・・・分かる」

「え? どうしたの颯太」

「分かるんだ。何故か。理解できるんだ。今まで出来なかった歴史の内容が!」

 実はその逆で、意にそぐう結果となり、川原は困惑していた。

 母親とおじさんは、川原が何を言っているのかすぐには理解する事が出来なかった。

 今までの状況と照らし合わせてピンと来たのか、加藤だけは驚いた表情を浮かべる。

「本当なのかしら・・・・・・?」

「うん。自分でも信じられないんだけども・・・・・・」

 別に、その言葉を疑うわけではないが、気持ち的に半信半疑な為、加藤は簡単な歴史の問題を出題して見る事にした。

「桶狭間の戦いで今川義元を倒したのは?」

「織田信長かな」

「徳川家の初代将軍といえば?」

「徳川家康かな」

 簡単な問題で、一般的には誰もが知っているような事を、今まで川原は答える事が出来ず、三択などの確率問題でしか点数を取る事が出来なかった。

 無論、今までの出来事が全部芝居で、今になって表の顔を見せたという可能性もある。

 だが、加藤にはそうは思えなかった。何故なら今になって昔の自分に戻る理由がないし、もし裏の顔をずっと貫き通していたのなら、どこか無理をしている部分があるのを、幼馴染みとして見抜く自負があるからだ。

 今の川原は、幼馴染みの加藤から見ても、実の母親から見ても、まるで憑きものが落ちたような感じである。

 明確な理由は分かっていないが、昔の天真爛漫で可愛げがあった川原が戻ってきて、二人の中には、素直に嬉しい気持ちが舞い込んでいた。

 母親は、慈愛に満ちた表情で、息子を迎えた。

「おかえり。颯ちゃん」

「え? た、ただいま?」

 その後、加藤にも同じような事を言われて、状況が飲み込めないまま、川原は返事をした。 無論、川原を昔から知るおじさんも、昔の人格が戻った事を喜んでくれた。

 結局、雷か何かの影響でまた頭を打った、と言うことで話が片付いた。

 川原はどこか腑に落ちない表情をしていたが、今はそれを受け入れる他無かった。


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