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翼を失うと彼女は死ぬ  作者: 薔薇百合深呼吸
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第1章 4

紫色の流麗な長髪を携え、端正な顔立ちの中にどぎついメンチをを利かせている。

 身長もそれなりに高く、まるでモデルのように体の線が華奢(きゃしゃ)で細い。

 発育もよく、人を殺せそうな双眸を引いても、おつりが帰ってくるほどに男性を(とりこ)に出来る要素を持っている。

 だが、状況が状況なだけに、川原とおじさんはそんな目で彼女を見る筈もなく、その表情は恐れ戦いているように見える。

「な、なんなんだよ! お前・・・・・・」

 その恐怖心を隠すように、声を張り上げながら誰何(すいか)する。

「はぁ? なんで、お前ら人間に言わなきゃいけねえんだよ!」

 彼女は、怒りのせいか、雨風に打たれてもおかまいなしである。

「・・・・・・こ、こっち側にお前の妹の身柄があるんだぞ! 状況分かっているのか!」

 はっきり言って、虚勢を張るに近い声の張り上げにすぎない。

 恐怖心が勝っているのは事実。相手が何者かも分からないから。それに、今にも心臓を貫かれそうなその双眸が更に重圧をかけてくる。

 彼女は翼を羽ばたかせながら、力強くいかにも感じで舌打ちを一つ打った。

「わーったよ、うっせーな!」

 そう、吐き捨てるように嫌々了承して、言葉を続けた。

「私達は天使だ。ほら、これでいーだろうが、さっさと妹から離れやがれ外道が!」

「は・・・・・・? 外道? 外道ってなんだよ!?」

 流石の川原もその言葉に我慢ならなかったのか、恐怖心よりも苛立ちを全面に出し始めた。

「どうせこの後、身動きが取れない妹に何かしようとか考えていたんだろうが!」

「はぁ? 状況が状況だろよく見てみろよ! んな事するわけないだろうが!」

「ふん、信用できるかよ。お前ら人間のいう事なんかな」

 まるで呆れたとでも言わんばかりに、冷たい視線を川原に送る。

 おじさんは二人の白熱した舌闘に介入出来ず、ただ呆然としていた。

「なんでそこまで人間を毛嫌いするんだよ!」

「んなこと、言う必要ないだろうが! 妹を連れて帰るからどけよ!」

 言うなり、倒れて苦しんでいる少女に彼女は肉薄するが、彼女の前に川原が立つ。

「おい人間、何のつもりだ?」

 川原も双眸を鋭くして、彼女に立ち向かう。今は恐怖心よりも、少女を助けたい気持ちの方が断然勝った。

「お前・・・・・・本当にこの子の姉かよ?」

「おい、それはどういう意味だ?」

 彼女の額に青筋が立った。怒りが噴火寸前を意味している。それでも川原は正義感からか、一歩も引かずに対峙する。

「そのままの意味だよ。本当にこの子を救う気があるかって聞いてるんだよ? 俺とおじさんは最初は驚愕あれど、この子の状況を鑑みて、本気で心配して救おうと考えた。それを邪魔するような行為に及ぶって事は、邪魔したいと思われても仕方がないって事だろ?」

 彼女の表情が本当に笑えない程に、怒りを凝縮して圧縮していく。

「お前らが、私ら天使を救うだぁ? 笑わせるのも大概にしろよ!」

 端正な顔立ちに似合わぬ高圧的な迫力で、川原に食ってかかる。

 だが、気持ちの面では、川原も負けてはいない。

「苦しんでいる人がいたら天使云々関係ないだろうが! どうしてそこまで俺たちを嫌う!」

「お前には関係ない話だろうが!」

「俺は、ただこの子が困っているから助けようとしているだけだ。どうしてそれが分からないんだ!」

「頭の悪いやつだな。だから、お前らは信用出来ないって言ってるだろうが!」

 このままでは話が堂々巡り、いたりごっこだと悟った川原は、感情任せに言葉をぶちまけても意味がないと、一度冷静に立ち返る。

「一つ、人間が信じられないのは分かった。だが、この場は信用してくれないか? 何があったかは知らないが、俺はそいつとは違う。必ず妹さんを助けると誓う。だから・・・・・・」

 川原は声を荒げながら喧嘩を売るスタイルを押し込んで、相手を諭すように優しく語りかける事を心がけた。

 だがーー彼女は、それを鼻であざ笑うかのように簡単に切り捨てた。

「残念ながら、それは不可能な相談だな」

 その言葉が、一度沈ませた川原の感情を再起させるきっかけになった。

「だから、なんでだよ!」

「ふん。元々その気が無いって事だ。私達天使は本来、人間に姿を悟られてはならない存在。私達の翼を顕現している姿を見られた今、お前達はどう転がろうが私達の害悪に値する!」

 いちいち言葉の選び方が悪い彼女は、いままでのやりとりを台無しする言葉を選び、乱暴に吐き捨てた。

「なんだよ・・・・・・それ・・・・・・」

 目の前の彼女に憤りが溜まっているのは確かだが、半ば気持ちの呆れが勝り、その理不尽極まりない言い分にどう言葉を返せばいいのか、考えあぐねていた。

「よって、今からお前達の記憶を抹消させてもらう!」

「はぁ? なんでそうなるんだよ! 俺が何かしたのかよ!」

 流石の一方通行すぎる自分勝手な言い分に、川原の堪忍袋は限界に達しつつある。

 だが、そんな憤懣(ふんまん)に満ちた姿を見ても、姉の方は冷徹な双眸の一点張りである。

「ふん。お前は馬鹿のようだな。話が全く通用していない」

 更に火に油を注ぐ発言を選択する。

「話が通じないのはお前の方だろうが! 今はこの子を助けるのが先決じゃないのかよ。お前の妹なんだろ? 見てわかんないのかよ!」

 姉の方が頭でっかちなので、もう感情で訴えかけて感情を刺激するしか方法が無いと考えた。

 今こうして啀み合っている最中にも、妹の方の状態が悪くなる一方だ。総身からじわじわと体温が抜けていき、下手しなくても死に直結する危険性を伴う。

 流石に川原の言い分にも一理あると睨んだのか、忌々しそうな表情を浮かべながら歯をぎしぎしと鳴らす。

「大体、お前が早くそこをどけば、妹を早く助けられるんだ。早くどけよ!」

 プライドが邪魔をして、素直に川原へのヘルプをすることが出来ず、そんな言葉を投げつける。

 だが、妹を助けたい気持ちが大いに伝わってくるのも確かである。

 今、口喧嘩をした所で生まれるプラス域が無い事を、川原自身も十分理解はしているつもりだった。

 だからこそ、もしプライド合戦があるのなら、川原が折れた方が早いのも理解している。   

 だが、人をいきなり害悪呼ばわりして、殴りたいくらいにむかついている。

 けど、今ここで時間を費やす事は蛇足。いや、蛇足以上の損失が舞い込む。

 なので、一度深呼吸を敢行して、冷静になろうと務める。

「分かったよ・・・・・・よくよく考えたら天使だもんな。治療くらい朝飯前だよな・・・・・・」

 そう思う事で、一つの踏ん切りを付けようと川原は思った。今は自分の感情を殺すべきなのだ。倒れている少女の為にも。

 元々、根暗な性格で感情の起伏を出さないのは得意だったはずだ。

 姉の方はまるで砥石で磨いたかのように双眸を更に鋭くさせ、舌打ちを一つ打った。

「最初からそうしていれば良かったんだよ、クソが」

 静かにそう言い散らかして、元々川原が立っていた場所にやおら着地する。

 川原はその場からどいた。後ろにいるおじさんは状況について行けてないのか、目を白黒させながら見守っている。

「アリーシャ。今助けてやるからな」

 先ほどの表情とは打って変わり、優しく語りかけながら、妹をお姫様だっこで抱える。

 その表情だけを見ると、なぜか姉という事を信用できた。

 川原は天使が何らかの能力を発動して、治療を行うとばかり思っていた。

 だが、想像と現実は違った。 

 姉は妹を抱えたまま、暴風雨の方角を見ながら翼を羽ばたかせようとしていた。

 だからこそ、一つの疑念を抱かずにはいられなかった。

「おい! ・・・・・・まてよ」

 その言葉を受けて、姉は首を巡らせながら、川原を睨めつける。

「なんだよ・・・・・・まだ何かあんのかよ?」

 うっとうしいと言外に訴えている瞳に抗うように、川原は相手を苛つかせない範囲で言葉を放つ。

「なんで・・・・・・この場で治療していかないんだ?」

「はぁ? 何でここで治療しないといけなんだよ?」

 お互いがお互いに何を言っているんだと主張し合う場面が生まれた。

「まだ苦しんでいる妹をこの暴風雨に晒すっていうのか・・・・・・というか、どっか行く当てでもあるのか?」

 妹の容態を鑑みるなら、ここで引き留めないのも正解かもしれない。けれども、行き当たりばったりで行動を起こすつもりなら、川原はそれを見過ごせないでいる。

「ふん。元々お前には何も関係の無い話だ。それに、妹を保護出来た今、もうここに用事は無い。失せろ、クソが!」

 川原を敵としか認識しない双眸を向け、後は興味が無いと言いたげな様子だ。

 ここで川原が声を荒げてしまえば、また堂々巡りの展開しか待っていない。

 一度状況を()(かん)し、冷静に状況を見定めて、川原は口を開いた。

「待ってくれ」

 引き留めると、姉は忌々しそうに舌打ちを打った。

「んだよ。まだ何かあるのかよ・・・・・・いい加減にしろよ」

「ベッドが空いている。飛び立つのは妹の状態が回復してからでもいいんじゃないか?」

「そ、そうだ。私達は決して君達の事を口外したりしない。だから今は私達を信用してくれないか?」

 隅で様子を見ていたおじさんが、ここぞとばかりにタイミングを見て口を開いた。

「私は、お前らを信用出来ない・・・・・・」

「どうしてだ。どうしてそこまでして・・・・・・?」

「ふん、だからお前らには関係のない話だと言ってるだろうが!」

 彼女を助けたい気持ちに嘘偽りは無いのだが、向こうは何がどうあっても、素直に取り合ってくれる気はないようだ。

 ここまで話が通用しない相手なら、どう説得を試みればいいのか分からなくなり、おじさんの思考が停止してしまった。

 一方川原はというと、肩を戦慄かせていた。

「・・・・・・いいよ」

「あ? 何か言ったか?」

 メンチを切る姉に対して、我慢の限界に達したのか、川原も合わせ鏡のように彼女にメンチを切ってみせた。

「じゃーいいよ! どこでも好きなところへ行きやがれ! バーカ!」

 川原なりの抵抗。川原は自分の親切心を愚弄された事に堪忍袋が破裂し、もうどうでもよくなった。

 おじさんは落ち着くように宥めて見るが、今の川原の冷静じゃ無いっぷりは半端ではなかった。

「ふん・・・・・・」

 川原の感情的な言葉に同じような反応を示す訳でもなく、ただ小さく反応を示すと、暴風雨の中へ飛び込みを敢行しようとしたがーー

 苦しんでいる妹を肩に担ぐ形で移動し、空いた右の掌を川原とおじさんの方へ向けてきた

「・・・・・・どういうつもりだ? さっさと行けよ!」

 姉の方は、嘲笑混じりの侮蔑とも取れる表情を作る。

「あやうく忘れるところだった。お前達の記憶から私達を消さなければな」

「ああ。そうだったな。お前みたいな胸くそ悪い天使。こっちから願い下げだ。早く消しやがれ!」

「ふん。馬鹿なりに理解が早くて助かるよ」

 向けている掌が淡い燐光に包まれ、それらが中央一点に圧縮されていく。だが、それを止める声があった。

「待ってくれ!」

 声の主は、今唯一冷静な立場にいるおじさんである。

「なんだ?」

 川原に向けた時よりかは幾分柔らかいトーンでおじさんにぶつける。

「記憶を消すのなら、せめて治療してからでもいいんじゃないのか?」

 確かに、と川原は思った。 

 どうせ天使の記憶を消滅させるなら、馬車馬のように二人をこき使い、妹の回復を見てから記憶を消しても遅くはない。

「ふん。くだらん。何度言わせるつもりだ。信用ならないと・・・・・・」

 何が彼女をそうさせるのか、全く持って理解にかけるが、改めて、今の彼女には何を言っても無駄らしい。

「さよならだ」

 圧縮された光が、奔流となりリビングを照らす。視界が白一色に覆われて、何も見えなくなってしまう。そこから、まるでその光に意識を吸い取られるように、川原とおじさんはその場へばたりと倒れ込んでしまった。

 それを確認するなり、姉は翼を広げて、暴風雨の中へと飛び込んでいってしまう。

 すぐさまその姿は確認出来なくなってしまったーー。

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