第1章 39
◇
「ここが私達の新しい住まいです♪」
喜々とした声で、アリーシャは自慢げに自らの住まいを手で示す。
だが、川原も加藤は驚く事はせず、ただ呆然としてその住まいを見つめていた。
「あの・・・・・・ここって、僕が住んでるマンション・・・・・・」
そう。四人がやってきたのは、川原が住んでいるマンションの真下であった。
「どうしましょう・・・・・・なんて言えばいいのか、分からないわ」
と、加藤が漏らした。
「アリーシャの希望でな。私達は人間界の知識はあっても、まだ人間界には疎い。だから、まだ近くに知り合いがいた方が心強いって事で、こうなった」
呆れながらエリアーナは、加藤にだけ聞こえるように説明する。
「そうね。そう聞くと、何故か納得してしまうわ」
加藤は薄く笑った。
「それで、このマンションのどこに部屋を借りたの?」
「はい。今から説明しますので、エレベーターへどうぞ」
まるでもう住み慣れたかのような動作で、アリーシャは二人を誘導する。
そして、行き着いた先には――。
「え? ここって僕の住んでる部屋の隣・・・・・・」
「はい。これからもよろしくお願いします。颯太さん」
「・・・・・・・・・・・・ちょっと待って・・・・・・・・・・・・理解が追いつかないんだけど」
加藤は、再度頭痛でもしたのか、眉間をもみほぐす動作を行っていた。
「まぁ、そういう事だ」
エリアーナは、諦観モードに突入していた。
「あの・・・・アリーシャさん・・・・・・?」
「はい。なんでしょうか。颯太さん」
「・・・・・・お隣のおじさんは?」
「実は、交渉を行わせていただきまして、違う部屋に移って貰いました」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
川原も、何を言って良いのか、よく分からなくなっていた。
おじさんとは、昔から仲が良かった為、隣で無くなった事を寂しく思うが、アリーシャを責める気持ちにはなれなかった。
「あの・・・・・・せっかくですので、少しだけお邪魔していきませんか?」
間取りは川原家とは真逆なだけなので、川原からしたら特に新鮮味は無く、幼馴染である加藤も同様であったが、
「そ、そうだね。せっかくだから少しだけ上がっていこうかな・・・・・・」
ここで断るのは、申し訳ないと思ったのか、川原はお邪魔する事にした。
「そうね・・・・・・せっかくだから住まいを拝見して置こうかしら」
加藤も、同様に首を縦に振った。
それを受けて、アリーシャは分かりやすく、ぱぁぁぁぁと笑顔の花を咲かせた。
「はい。では、どうぞおじゃまして下さい」
今のアリーシャは普段に比べると、何故かテンションが高めである。
それだけ住まいを見せられる事が嬉しいのだろうか。
最初、天界から人間界へ降り立った時は、住まいが無かったので、その気持ちが分からなくもない二人であった。
アリーシャが、制服のポケットから鍵を取り出し、鍵穴を回す。だが――
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何か違和感を感じたのか、神妙な面持ちを作っていた。
「・・・・・・どうしたのかしら、アリーシャ?」
「鍵がかかってないです。おかしいです。家を出る時はきちんと閉めたはずだったんですけど・・・・・・」
「え? それって空き巣!?」
「どうでしょうか・・・・・・まだ引っ越したばかりでほとんどものがありませんので、そうする理由が見当たらないんですけど」
「なら、もしかしてまたいじめていた天使が攻めて来たのかしら?」
「いえ・・・・・・その可能性は・・・・・・無いと思いたいんですけど・・・・・・」
言いながら、不安げに瞳を揺らすアリーシャ。
「どうする・・・・・・一応警察に連絡しておく?」
「いや、必要ない」
そう言い切ったのは、エリアーナであった。
まるで、不良のように指をこきこき鳴らしながら、眉間に青筋を立てている。
「仮に、不届き者がいれば、私が成敗するだけの話だからな・・・・・・」
「え・・・・・・あ、はい」
エリアーナが放つ威圧感を前にして、川原は押し黙る。
「そうね、ここはエリアーナさんに任せてみてもいいかもしれないわね」
「二人がそう言うなら・・・・・・」
姉が暴走すると、何をしでかすか分からない不安をかかえながらも、了解した。
アリーシャは、音がしないように、ゆっくりと扉を開ける。
玄関の段階では、何も見えない。
そろりそろりと注意深く一歩一歩を刻んでいく。
緊張感を引き連れながら、リビングの方へやってきた。
リビングの方から音がする。何かを咀嚼して嚥下しているようにも聞こえる。
エリアーナが小声で妹に相談する。
「どうするアリーシャ・・・・・・? 一二の三で行くか?」
「う・・・・・・うん。少しだけ不安が残るけど・・・・・・それでお願い」
妹の受諾を得たので、もう姉を縛る鎖は存在しなくなった。
「じゃあ、いくぞ・・・・・・一二の――」
と、エリアーナが声量を殺しながら、カウントダウンを行い――
「サンッ!」
遠慮という言葉から解き放たれたエリアーナが声を張り上げながらリビングへ
そして、そこのは――
「あ、おかえんなさい」
全員が圧倒的拍子抜けを食らい、気を抜いたら腰が抜けてしまいそうであった。
「ア・・・・・・アカリちゃん・・・・・・?」
そこにいたのは、有罪により、絶賛みがら拘束中であったはずのアカリであった。
ローテーブルの前で何やら雑誌を読んでいるようだ。
今の状況に情報が盛り込まれ過ぎており、一瞬、そこにアカリがいるという現実に理解が追いつかなかった。
「色々聞きたいが・・・・・・まずは不法侵入した理由から聞こうか・・・・・・」
「エ、エリアーナ! や、やだなぁ・・・・・・あちしは不法侵入なんて」
「ほう・・・・・・あんだけの事をしていて、まだ懲りてないようだな・・・・・・あぁ?」
エリアーナが恐いーー。
川原は自分に向けられた怒りじゃないのに、身が竦む思いだった。
「待、待ってくれよ・・・・・・ちょっとでいいから話を聞いてくれても・・・・・・」
「その必要は無い。これ以上私達の生活を脅かされたらたまったもんじゃないからな!」
と、人を殺せそうなほどの鋭い双眸が牙を剥く。
「待、待っておねーちゃん! せめて話だけでも聞いてあげようよ!」
アリーシャはアカリを前にして、至って冷静に収めにかかる。
「ふん・・・・・・アリーシャの優しさに感謝するんだな」
鎖に繋がれていない猛獣は、再び、妹の一言で鎖に繋がれたようだ。
「それで・・・・・・色々聞かせて貰えるのよね?」
「うん。もちろんだよ。あちしはその為に今日ここへ来たんだから」
五人でローテーブルを囲む。それぞれに、アリーシャが出してくれた麦茶も手元に。
アカリは、真剣なトーンで話を切り出した。
「アリーシャがあちしを擁護してくれたおかげもあって、牢に入ってる期間はだいぶ短くて済んだ。そして、そっからは再教育する為の更生施設に入って一から天使としての座学やらなんやらを行った。そこで、あちしは他人に嫉妬し、足を引きずる考えから、自分の才能を伸ばす努力へと考えを改める事が出来たと思う」
「アカリちゃん・・・・・・」
アリーシャは説明を行うアカリを見ながら、頬笑んでいた。そんな風に変わってくれた友人を見て、嬉しくないはずがないだろう。
「そしたら、見方ががらっと変わった。他人を妬む事も無くなった。周囲もあちしをすごいと褒めてくれた。そして、つい最近になって、施設から一般の天使学園へ戻れる手筈も付ける事が出来た。一応、これであちしも元通りってわけ」
「それだけ成績優秀だったって事? すごいなぁ・・・・・・」
川原が、心の底から、天使を褒める。
「ありがとう、おにーさん。そして、その事の報告と、今までの謝罪を改めて行いたいと天使協会にお願いしたら、暫く人間界を見てくる許可をくれたんだ」
「ほう・・・・・・だからといってなんで私達の家にいるんだ?」
元々おじさんの家――というツッコミは心の中にしまう川原であった。
「それが・・・・・・協会が条件をつけてきて・・・・・・」
そういうと、右腕をぽんっとタッチするアカリ。
すると、なにやら腕輪型のデバイスのようなものが出てきた。
「アカリちゃん。それって・・・・・・天衣力抑制装置?」
「ああ。その通りだ。あちしは、今のアリーシャやエリアーナのように正式な手順を踏んで人間界に来たわけじゃないから。それと、他にも条件があって・・・・・・」
「それって、アリーシャやエリアーナと一緒に生活するって事かしら?」
「お、流石おねーさんだな。その通り」
正解した加藤を、アカリが褒める。
「おい! 冗談じゃない! 私は認めないからな」
エリアーナが断固として、アカリとの同居を行う。
「そこをなんとかお願いエリアーナ。あちし、今度は一緒にいじめをやっていたやつらからいじめを受ける可能性があるんだ。だから実は、協会に無理言って人間界に来た感じもあるんだ・・・・・・だから」
エリアーナは、嫌そうな顔をしながらも、脳内でどうしようか考えているようだ。
「たしかに・・・・・・今回、アカリはアリーシャとエリアーナさんを罪使として連れ帰るミッションを失敗しているから、ターゲットにされてもおかしくないわね」
「だろう。ねーさん。今度は私が罪使としてゲートを通らされる可能性があるんだ。だから・・・・・・」
まるでチワワのように目を潤ませながら、懇願を敢行するアカリ。
その視線は、一番の理解者であるアリーシャに向けられている。
「・・・・・・分かった。おねーちゃんは私が説得して見せるから、一緒に住もう」
アカリが今置かれている状況を可哀想に思ったのか、アリーシャは快諾する。
「お、おい・・・・・・アリーシャ」
姉は基本的に妹の言葉に弱く、妹に逆らう事が出来ない。
アカリは、きっとそれを分かっていて、アリーシャに懇願した感がある。
それを加藤も分かっていたのか、そんな茶番とも言える一幕を見て、薄く笑っていた。
エリアーナは、一度舌打ちを行ってから言葉を発した。
「・・・・・・これ以上。何かやらかしたら。そん時はがちで叩き出すからな」
と、結局のところ、嫌々ながら了承する運びとなった。
「良かったね。アカリちゃん」
「あんがとなおにーさん。これで私もお隣さんだから、暫くはよろしくな」
「あ・・・・・・そうか。うん・・・・・・まぁいっか」
天使姉妹が隣に引っ越してきた事について、アカリの事もあってスルーしていたが、もうここまでくれば、諦観気味になっていた川原であった。
「おにーさん。じゃあ、今度約束通りまたファミレス行こうぜ!」
「あ、ううん。そうだったね。まぁ、機会があれば」
「ず、するいです。私もファミレス颯太さんと一緒に行きたいです」
と、アカリとアリーシャで川原の取り合いが始まった。
「ったく・・・・・・だから私はあいつが嫌いだ」
「まぁ、たまにはああいうのもいいんじゃないかしら?」
こうして、天使三人が川原家の隣に住むという波乱が始まった。
だが、この時はまだ知る由もないだろう
この波乱が、まだ序章である事を――。




