第8話 シナリオ1 王女の危機① 王国大臣視点
「姫様が飽きているのは重々承知しております。ですが、今は大事な時期。どうか思いとどまっていただけませぬか」
「くどい!もう決めたのじゃ」
とある港の桟橋にて、小型だが豪華な作りの帆船が出航しようとしていた。
「姫様、お考えを変えてはいただけませんか?今は時期が悪いのです」
「王宮に引き籠るのはもう飽きた。息抜きが必要じゃ」
知らない人が見たら、わがままな孫娘を何とか引き留めようとするお爺ちゃん、という印象をもつかもしれない。
その印象は正しい。残念なことに、その子供はこの国の第1王女・イサナであり、お爺ちゃんは私、この国の大臣であることを除けば。
「姫様が飽きているのは重々承知しております。ですが、何とぞ、何とぞお願いいたします」
「くどい!」
何度となく繰り返されたやり取りに、別人が口を挟んできた。
「イサナ様が出る、と言っているのです。貴方に止める権利はありません」
「カルマか……」
イサナ王女おつきのメイド、カルマはイサナ王女から信頼されていることをいいことに、王宮内で傍若無人にふるまっている。
優しい王妃様が許しているからとはいえ、調子に乗りすぎている。私が対応に動かざるをえないほどに。
「ですが、あとひと月ほどで弟君がお生まれになるのですよ。王族の方は王宮で待機するのが習わしです」
「そんな古臭いしきたりはイサナ王女にはふさわしくない!」
この娘は……と思ったところで、背後から声が聞こえた。
「いいではありませんか」
振り返ると、第2王女であるサクナ様がそこにいた。
にっこりと笑いながら私をやんわりとなだめる。
「お姉さまもすぐに戻ってまいります。多少の息抜きはよいではないですか」
「ですが……」
「フン!決まりじゃな!」
鼻息荒く船へと向かうイサナ王女。
あれがこの国の第1王女とは……。
私はこの国の将来を案じずにはいられなかった。
話は20年近く前にさかのぼる。今の国王と亡くなった前王妃は政略結婚であった。
有力な貴族の力を取り込むため、国王は愛する人と結ばれるのを諦めて政略結婚を選んだのだ。
その際に生まれたのがイサナ第1王女。
亡くなった前王妃は、お世辞にも容姿が優れている方ではなかった。しかし心優しい方で、王妃としての振る舞いを理解されている方だった。
イサナ王女も王妃様のような女性になって頂きたかったのだが、ここで痛恨の事件が起きる。
王妃が凶刃に倒れたのだ。
母親の愛を、想いを知らずに育ったイサナ王女は、成長するにつれて回りに壁を作るようになったのだ。
そして、自分と同じく容姿に難のある侍女を重用し周囲に集めるようになった。
これだけならばまだよい。
さらに状況を悪化させているのは、国王の再婚であった。
前王妃が亡くなったのち国王を支えたのは、元々国王と恋仲にあった今の王妃だった。
周囲の反対を押し再婚した国王は、現王妃との間に子をもうけた。
それがサクナ王女である。
サクナ王女が現王妃と似て、容姿が優れていることもイサナ王女を頑なにさせる一因であろう。
そして今、現王妃に二人目の子供が、待望の王子が生まれようとしている。
「イサナ姉さまが王宮にいたくないというのは理解できます。多少羽を伸ばす程度は多めに見てくれませんか?」
「ですがサクナ様、最近のイサナ様の行動は目に余ります」
サクナ様は悲しそうな表情を浮かべた。
「イサナ姉さまは、私たちのことがお嫌いなのでしょうね。……それも無理からぬこと。私たちは決してイサナ姉さまを疎んじてはいないのですが……」
「恐れながら、先日の召喚祭の出来事も影響があるのでしょう」
私の言葉に、サクナ様は一層愁いを帯びた表情を浮かべた。
先日の召喚祭にて、サクナ様はAクラス召喚獣を得た。
もともとイサナ様はAクラス召喚獣を得ていた。Aといえば王族の中でもなかなかいないレベルである。
容姿で劣るイサナ様にとって、Aクラス召喚獣持ちというのは自分を肯定するよりどころであったに違いない。
にもかかわらず、サクナ様が同じAクラス召喚獣を得てしまった。
年下の腹違いの妹よりも明確に上だ、と言えるものがなくなってしまったのだ。
王宮から逃げ出したいと思うのも無理はない。
「私は、小さいころのようにイサナ姉さまと楽しく過ごしたいだけなのに……」
サクナ様は消えそうな声で呟きながら、イサナ様が船に上がる様子を見ていた。
サクナ様つきのメイドたちが回りに寄って慰めている。
現王妃とサクナ様はイサナ様を排除しようとはしていない。
むしろ、積極的に王女として擁立しようとしている。
残念ながら、その想いはイサナ様には届いていない。
イサナ様にサクナ様の想いが届く日は来るのだろうか……
船が桟橋を離れたところで、私は踵を返した。
王宮で仕事を終えた私は家路につこうとしていた。
執務部屋を出ると、どうやら王宮内が騒がしい……。
部屋前に待機していた顔なじみの兵士に話をきく。
「どうしたのだ?この騒ぎは?」
「イサナ様がなにかやったようです」
「いつものことか……」
ちょうど通りかかった侍従長に話を聞こうとすると、どうも様子がおかしい。
「どうしたのだ?」
「大臣。大変です。イサナ様が出航したきり、未だ戻ってこないのです」
「戻って来ない?船は戻っていないのか?」
「はい!港の周辺に船の形跡すらありません」
「……出奔したのではないのか?」
「ありえません。イサナ様の荷物はそのままお部屋に残っています。それに、あの船は外洋を航海できるような装備は積んでいません。食料もなにもかもが足りません」
確かに、イサナ王女にそんな根性があるとも思えなかった。
「海軍は動いているのか?」
「それなのですが、もしかしたら海流に流されたのではないかという情報が入りました」
「何!?」
王都近くには複雑に海流が流れている場所がある。その場所に知らずに侵入してしまった場合、思いもよらぬ遠くへと流されてしまった可能性もある。
「今日の操船担当は経験の浅い者だったそうです。海流近くでスコールが発生したという情報もあります。これは、もしかすると大変なことに……」
そのとき、廊下の奥から走ってくる人影があった。
「大臣!イサナ姉さまが!」
走ってきたのはサクナ様だった。どこかでイサナ様のことを聞いたのだろう。
私の前まで来たものの、不安でなかなか言葉がでないようだった。
「気を確かに」
「どうしよう、イサナ姉さまに何かあったら、私……」
今にも泣きそうなサクナ様を見て、私は決断した。
「近衛騎士団長と海軍将を呼べ。至急だ」
「はっ!」
去っていく侍従長を見ながらため息をつく。
王妃様が大変なときに、イサナ様までトラブルにあわれるとは。
私は会議室へと歩きながら、これからの行動を考え始めた。