第71話 シナリオ9 追憶の旅・地 英雄⑦
露天商売期間一日目の夜、ホテルのアラタの部屋にて。集まった皆に、俺とリュミスさんが1日目の売り上げ実績と周囲の印象を説明する。
アラタ達はライバルとなりそうな露店の偵察や、ポックルさんの家で明日の準備をしていた。明日は全員が店頭に出る可能性があるため、実際の客の印象や注意点を共有する。
一通り話し終えたところで、アラタが二日目の作戦を話し始めた。
露店販売期間において、第一商はどのようにして決まるのか。
最も売り上げが多い露店?最も多くの商品が売れた露店?最もお客さんが多かった露店?残念ながら違う。
第一商は、「その年、最も素晴らしい商人」に対して与えられる。
モノの売り買いに対して何か素晴らしいこと、画期的なことを行い、成功しなければならない。過去の受賞者には、
・モノではなく旅行などの非日常体験を初めて売りものにした人物
・スタンプカードを用いて一定回数(金額)以上で景品贈呈システムを発案した人物
・商品購入で有名人とお話できる、握手会システムを発案した人物
といった、今では当たり前になっていることを初めて実行し、成功した商人が名を連ねる。いずれも当時は画期的なアイデアであった。
そのため、ここ数年の露店商売期間では、どのような商売システムが新しく生まれるのかが注目されている。
「最近の露店商売期間では小手先の売買方法に工夫を凝らすだけの店が増えた。売物ではなく複雑な条件による割引、度を越えたサービスなどを売りにして注目を集めようとするのだ」
「確かに、今日街中を偵察した限り、そーいう露店は多かったで」
「売り買いの仕組みを変え、商会にその仕組みを自分が考案したと登録すればマージンが入るようになります。永続的収入という点からも美味しいですからね」
アラタの熱弁に対するポックルさんとリュミスさんのコメントは商人という立場からの発言でもある。アラタの考えは間違っていないらしい。
「世間の注目が小手先の仕組みの考案・改善に集まっているからこそ、今回俺達のアピールしたい内容が際立つ。俺達は商売の基本に立ち戻る。よい商品を求めている人に適正な価格で供給する」
俺達が用意した商品は4つ。
・クリムベリー。嵐の渓谷でのみ食すことができる高級果実。
・マグマ焼きそば。先日、雑誌で大々的にユノタマにおけるB級グルメとして認定され、初代名人にはイブリスの両親が認定された。名人直伝の味としてイブリスが作り実演販売する
・劇団ローレライのリニューアル講演記念グッズ。ローレライの団長経由で入手した。一部非売品もある
・俺達の暮らす町・カムスビでしか取れない魚(鮮度抜群)
おそらく一番に目を引くのはローレライのグッズ。知名度が非常に高く、レアなため分かりやすい。が、第一商を獲るための本命商品は別のもの。クリムベリーと新鮮な魚だ。
どちらも、この町ダトロイでは絶対に手に入らない。見る人が見れば俺達が何らかの革新的な輸送手段を有していることが容易に想像できる。商売の仕組みを変える可能性を読みとるはずだ。
「第一商を決めるのはドス大公とその側近ら。一日目にして当人の目に留まった。明日は注目されている。気を抜かずにやれば第一商をとれる。やるぞ!」
「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」
アラタが檄を飛ばし、皆が応じる。
皆の気持が一つになる。明日は何としても第一商をとる。
翌朝、ホテルで2台の馬車に分かれた俺達はそれぞれの目的地へ向かう。
アラタ達はポックルさんの家の馬車に乗り、昨日俺達が露店を開いていた場所へ。
大きな馬車にはマグマ焼きそばを作るための道具をすべて詰め込んでも余裕がある。
ヒジリさん、イブリスとリッツ、リュミスさんの4人が露店の準備で残り、それ以外のメンバーはポックルさんの実家へ向かう手筈になっている。
皆が転移門からそれぞれの目的地へ飛び、商品を入手する。
俺とナギサの二人はアイギスさんと共にアイギスさんの眠っていた社へ飛ぶ。
社の結界を出てすぐの場所にボクデン爺さんとタエ婆さんがいた。
「ほう。便利なものじゃ」
「私たちも、作ってみましょうか?」
「ふむ。いいかもしれんな」
俺達の姿を見て感心する爺さんの隣には、ぎっしりと魚の詰まった木箱が積み重なっている。老夫婦の数倍の重さがありそうなその荷物を二人だけで山の中腹まで運び、疲れた様子一つ見せない。
先ほどの口ぶりだと、人払いの結界もしくは転移門を作ることができるのか?この二人の底知れぬ実力に恐ろしいものを感じる。
ナギサとアイギスさんとの3人で、用意していた荷車に木箱をのせて運ぶ。
ポックル家に戻ったあとは、魚を露店へと馬車で運ぶのだ。
露店の準備は上々。イブリスは焼きそばを作るための鉄板設営を終え、マグマ焼きそばのタレが焼けるいい匂いが漂っている。
店先にはリュミスさんの弟さんの力作である、本日の売物をデフォルメしたかわいらしい看板。昨日はクリムベリーだけだったその絵に、今日は他の商品の絵も付け加えられていた。
看板にはさりげなく、この街ではこの店以外では手に入らない商品だというアピールも添えられている。
店先には劇団ローレライの劇場で使用されているノボリ。もちろん非売品。
一見すると何の店なのかわからない混沌具合だが、適切に配置された売買スペースによって商品の見定め、金額支払い、商品引き渡しがスムーズに行えるように工夫されている。
2日目開始の鐘が鳴る直前、ミヨとホクト、シェリーさんが合流。用意したクリムベリーの量は昨日の数倍はある。
「いい感じだな」
「ああ。いい評判が広まったようだな。店が開くのを待っている人たちまでいる」
俺とアラタが話をしている間も、タクミとヒジリさん、リッツが続々と増える客を捌くため列成形を行っている。
「トオル、そんなところで話してる暇あるなら魚並べるの手伝って!」
「はいはい……」
ナギサに呼ばれてしまった。大人しく木箱を運び、手を動かす。
そうこうしているうちに鐘の音が聞こえてきた。
「開店します。順番にお伺いしますのでこちらへどうぞ」
お客さんの目当てはクリムベリー。飛ぶように売れていく。
その他はボチボチといったところ。
初期待機列をさばき終えてひと息つけるというところで、昨日の夕方やってきた大柄な男性がやってきた。ドス大公だ。気づいた周囲の人がざわついているのも気にせずに露店の前に立つ。
「クリムベリーを一ついただきたい」
「はい。1500いただきます。……たしかに。お品物をどうぞ」
ドス大公は品物を受け取ると、視線を横へずらした。
「この魚は?」
「カムスビの町の特産品です。今回は特別新鮮なものをご用意しています。おひとつどうですか?」
「ふむ……ではそちらもいただこう」
「ありがとうございます」
大きな魚も丸々一匹お買い上げ。包装を依頼されたので店の脇で少し待ってもらう。
ナギサが魚の処理をしている間、ドス大公はニコニコしながらも我々を注視している。視線は露店で接客するメンバーや裏方で作業している仲間たちの上を移動している。
特に反応が違うのが、アラタに対する視線。観察するような時間が続く。
Sクラス召喚獣持ちだと知っているのだろう。
「お待たせしました。こちら、お品物です」
ナギサが準備した魚をリュミスさんがドス大公に渡すと、大公はそのまま去っていった。
その後は魚も売れ始めた。大公の存在、大公が購入したというお墨付きは大きいようだ。
昼近くになるといい匂いを漂わせるマグマ焼きそばの注文が増えてきた。
イブリスが一生懸命作った焼きそばが作ったそばから売れていく。
結局、二日目終了の鐘が鳴るまで、店の前から人の列が途切れることはなかった。
「これなら大丈夫だな」
タクミのその言葉は、仲間全員の共通認識だった。




