第68話 シナリオ9 追憶の旅・地 英雄④
大公領の玄関口にあたるムバイの街から街道を移動すること一日。大公領の領都・ダトロイに到着した。
まだ街に入ってすぐの場所だが、ここからでも中心部に王都と同じくらい高い建物が密集しているのが見える。
周囲に広がる家々は西方様式なのだろう。屋根の形や色合い等が故郷の街や王都とは明らかに違う。
「ここが王国西方の要、商業都市ダトロイや」
ポックルさんの声が誇らしげなのは気のせいではないと思う。
ハニワ人の姿が多く、周囲の話し言葉はほぼすべてハニワ弁。ここでは俺達の方が少数派だ。
「んー。帰ってきたでー!」
ぐいーと背伸びするポックルさん。
もう一人の、ここが故郷の人物・リュミスさんが馬にまたがったまま馬車の隣にやってきた。
「みなさん。ここでいったんお別れです。私は実家に戻って露店商売期間の準備をします。明日の朝、宿に伺いますわ」
「はい。よろしくお願いします」
リュミスさんは挨拶を終えると俺達とは別の方向へと移動を開始した。街の中心部に向かう太い道を行く俺達に対し、リュミスさんが進むのは中心からは離れた住宅街地区へと向かう道。リュミスさんの後ろ姿を見送り、残ったポックルさんに話しかける。
「ポックルさんは実家に顔を出さなくていいんですか?」
「あー……オトンとオカンは小言が多いから会いとうないんやけどな……しゃーないか」
「小言?」
「いい人おらんのか、とか孫の顔が見たい、とか鬱陶しいねん」
ポックルさんは結婚適齢期。
親御さんからの干渉が強くなるのも無理もない。
「最近は実家に戻る度に見合いの話持ってくるんや。ホンマ勘弁してほしいで」
「わかります。私も一時期大変でした」
「おお、こんなところに同士がいるとは!」
ポックルさんに同意したのはミヨ。アラタとの婚約解消後に色々あったのを思い出したのだろう。近づいてきたポックルさんは、ミヨとがっしりと握手した。
傍から見ていると面白い光景だが、ミヨが荒れていた時期を知る者としては笑えない。
上空からその様子を見ていたホクトがゆっくりと降りてきた。
「ミヨ先輩ってそんなに大変な時期があったのですか?」
「そうなのよ。ミヨ暗黒時代ね……」
当時最も尽力したナギサが力なく答えた。ホクトは今の明るさを取り戻したミヨしか知らないからね。暗黒面に支配されてしまったミヨを光堕ちさせるためにどれだけの労力が必要だったか。正直、思い出したくない。
「暗黒時代を経験しながらあの明るい性格。やはりミヨ先輩はすごいです!」
都合よく解釈してくれたホクト。事実の訂正はやめておく。
「あれ?てことはポックルさんってもしかして結構なお嬢様?お見合いのセッティングに苦労しない程度にはお金持ち?」
ナギサがぽつりと呟く。
俺達の視線の先で、ポックルさんがしまった、というような表情をしていた。
「いや……そんなこと……あれへんよ?」
視線の定まらないポックルさん。動揺しているのは明らかだ。感情がこんなに顔に出て、商人として大丈夫なのだろうか?
一方のミヨは、閃いた!とばかりに言葉を継ぐ。
「ポックルさん、少し二人でお話しませんか?」
「どうしたん?」
「ちょっとしたご相談です。大丈夫、損はさせません」
「ええけど……」
ミヨは馬車を下りてポックルさんと共に俺達から離れていった。
「久しぶりに商人モードのミヨが出てたね~」
「だな。悪いことにはならないだろうし。いいんじゃないかな?」
「お二人とも、ミヨ先輩を信頼されているんですね」
「そりゃ、付き合いは長いからね~」
のほほんとそんなことをだべっていると、二人が戻ってきた。
「ナギサちゃん、私、いったん別行動するよ。ポックルさんのお家を訪問してくるね」
「ん?そりゃ、私は構わないけど……宿の場所とか分かるの?」
「大丈夫!ポックルさんに送ってもらうから」
「なら大丈夫ね」
念のためアラタにも許可をとり、ミヨとポックルさんと別れる。
二人が向かうのは高級住宅街と思われる、道も家も大きな区画。まじもんのお嬢だったのか……。
「何?トオルも豪邸見学したかったの?」
「いや、そういうわけじゃない」
何気に仲間たちの実家も太い。ナギサは網本、ミヨの家は商店街のまとめ役、ホクトだって翼人の有力者一族だ。俺の家は皆に比べたら少し落ちるが、世間一般の家庭よりはいい暮らしをさせてもらっている自覚はある。
豪邸気分を味わいたいなら、アラタの家に泊まりに行けはいい。高級ホテルでもなかなか経験できないような宿泊体験が味わえる。。
「ミヨ先輩はポックルさんの家とのコネを作りにいったんでしょうか」
「だろうね。人の懐に入り込む技術が年々磨かれてる。末恐ろしい子……!!」
などとナギサとホクトがふざけている。
ミヨが勝手に行動したようにも見えるが、実はこれも俺隊にとっては重要な任務である。
俺たちの各地の封印を巡っていることを知るのはごく一部の親しい人物だけ。
その他の人たちにとっては、俺たちの活動は、金持ち子息の道楽。近衛騎士を護衛につけた何とも贅沢な課外学習だ。
周囲の人たちから時間と金の無駄だと思われないよう、将来継ぐことになる家業の経験値を得る機会があれば積極的に行動する必要がある。
そんなことを考えていると、ミヨがいなくなった俺の隣に、空中を移動したホクトが座り込んだ。
「どうした?」
「たまには、トオル先輩の隣に座るのもいいかな、と。いつもはミヨ先輩がいるからこういうときでもないと座れませんからね」
「……そうだね」
深い意図はない、はずだ。
反対側のナギサがプレッシャーを放っているのは気のせい、気のせい。
そうこうするうちに町の中心部近くにやってきた。
本日の宿についた俺達を待ち構えていたのは、入口に整列した従業員。VIP待遇じゃないか。王女の威光が届かないって話だったのでは?
「ようこそいらっしゃいました」
先頭に立つ男性が近づいてきて、代表者であるアラタに向かって挨拶をした。
その所作は、俺から見ても隙がないことが分かる。かなりできる人のようだ。
「ミカミ様ですね。こちらへどうぞ」
アラタとヒジリさんに宿泊手続きをしてもらう。この一連の流れも慣れたものだ。
馬車をホテルマンに引き渡し、各々が割り振られた部屋へと移動。
ベットに横になり少し休憩しよう。
扉がノックされた音で目覚めた。いつの間にか寝ていたようだ。
時計を見ると、部屋に入ってから1時間以上が経過していた。約束の時間には少し早い気がする。扉を開くと、いつものメンバーが勢ぞろいしていた。ナギサ、ミヨ、ホクト。
「寝てた?」
「おう。仮眠とってた。……ミヨ、ポックルさんの家はどうだった?」
「それがさ、聞いてよ。すっごい豪邸でもう私……ってそうじゃない。その話はあとで。ほら、お土産買いに行くよ!」
「わかったわかった……」
3人に追い立てられるように、部屋を出る。
この街でやることは既に頭に入っている。俺達の役割は、街で売られているものの調査。
第一商を獲得するための勝負はもう始まっている。




