第66話 シナリオ9 追憶の旅・地 英雄②
俺達は今、王国西部を移動している。目的地は地の封印。最後の封印である。
王国の西の大部分を占めるのは大公領。そこへと続く道の両脇には、背の低い草木が茂る丘と畑が続いている。王国東部の森林地帯、南部の山岳地帯、北部の島々とはまた違った光景だ。
俺はいつもの通り、大型馬車の御者席で馬を操っている。
「このあたりは穀倉地帯やね。この道をずっと進むと回りの畑が草原になって、さらに進むとまた畑ばっかりになるんや。そこに結構大きい街がある。その街から向こうが大公領や。で、街を越えて道をさらに進んだ先にあるのが、大公領の領都、ダトロイや。帝都にも負けへんくらいの都会やで」
「ダトロイは西の山脈の切れ目、湖の湖畔に築かれた街です。私たちの生まれ故郷。王国の西方では最も栄えている街ですわ」
馬車の隣を馬に乗って移動しているポックルさんとリュミスさんが声をかけてきた。
浮遊眼を上空に飛ばして先の様子を確認する。
道の続く遥か先にはまだ何も見えない。先は長そうだ。
「まだまだ時間はかかりそうですね」
「せやな。ま、道は続いてるし天気もええ。のんびり行こうや」
王都と西方を結ぶ大動脈であるため、街道を行く人は多い。道幅は広く舗装もされ、進行の妨げになるようなものは何もない。馬車は順調に進んでいる。小春日和のぽかぽか陽気に瞼が重くなってきた。
「こら、シャキっとしなさい」
隣に座るナギサに肩を小突かれた。
「お、おう」
「周囲の警戒はトオルくんの担当なんだから、気を抜いちゃだめだよ」
反対側からミヨがメッ!て感じで注意してくる。
「警戒も何も、さすがに今回は襲撃はないと思う……」
治安はいいから野党の類が出るとは思わないし、昔から開拓が進んでいる地域だから脅威となる野生の獣が出てくる可能性も少ない。
加えて、今回は近衛騎士の皆さんが明示的に俺達の近くを行軍している。ヒジリさんの部下の皆さんとは違う部隊が大公領の入口まで送ってくれることになり、かなりの注目を集めている。この集団に喧嘩を売るような輩がいるとは思えない。
「油断は禁物です。何が起きるかは分かりません。警戒するに越したことはないです。お手伝いするので、頑張りましょう。トオル先輩」
馬車の隣を飛んでいたホクトが空中でむん!と気合を入れるポーズをとる。
浮遊眼ほどではないが、鷹の翼人である彼女の視力は高い。ありがてぇ。
「私の占いでは、次の街までは特にトラブルはなさそうですが……いえ、何でもありませんわ……」
リュミスさんが言いかけた言葉は、ポックルさんの黙れ、というジェスチャーによってなかったことになった。
いや、聞こえてしまったし。やる気が下がった。
「街に着いたらマッサージしてあげるから頑張って」
「私も指圧で癒しちゃうよ~」
ナギサとミヨがそれぞれご褒美を提示してくる。ちょっとだけやる気が上がった。
「あ、私もお願いしたいです!」
「いいよいいよ~。ホクトちゃんもぐいぐい押しちゃうよ~」
「約束ですよ。よし、がんばります!」
ミヨの召喚獣・絡繰腕が指をワキワキしている。
本気になったら岩を砕ける絡繰腕であるが、非戦闘時は繊細な力加減で動く。タエばあさんに指圧マッサージを習っていることもあり、腕前はかなりのものだ。特に、もみほぐしが気持ちいいんだよね。
ホクトの翼は他の翼人と比較しても大きくて立派。その分筋力を使うらしく、いつも凝りが酷いとぼやいている。なので、ホクトは背中と翼をマッサージされて以降すっかりミヨのマッサージ術に骨抜きにされてしまった。調教されたと言ってもいい。
急上昇すると俺達の頭上をゆっくり旋回し始めた。
後輩にだけ働かせるわけにもいかない。俺も真面目に周囲を見渡す。
見える範囲に、こちらに敵意を持っていそうな人物は確認できない。
ヒジリさんは随伴する近衛騎士部隊の隊長さんと何やら話をしている。見た感じ、二人は親しそう。少なくとも上司部下の関係ではないと思う。
タクミはイブリス、リッツと3人で固まって移動中。
イブリスが二人に何やら教えている。木でつくられた練習用ナイフを手首の動きだけで袖口から取り出して構える……もはや大道芸というより暗殺術では?
アラタとアイギスさんその他メンバーは俺の操る馬車の中でイチャイチャしている。
ポックルさんとリュミスさんは俺達と並んで話の最中。
この二人は普段のやり取りがコントになっているので聞いていて楽しい。
最初は幼馴染4人だったのに、いつの間にか仲間は13人になっている。ポックルさんとリュミスさんは王都で出会ってからなんやかんやで同行しているものの、厳密には仲間ではない。この二人を除外しても、この人数。結構な大所帯だ。
「今回の旅で、また仲間が増えるのかな?」
「かもね。うん、アラタのことだから、きっとまた増えるよ」
俺のつぶやきにナギサが反応した。ナギサも同意見らしく、うんうんと頷いている。
今回の旅の出発前時点では、仲間が増えるというアラタの予知情報はなかった。どうなることやら。
夕方、大公領入口の街・ムバイへ到着した。この街も結構大きい。
街道を進んでいる途中も感じていたことだが、王国西方ということで、ハニワ人の割合が多い。
色々なところから特徴的な訛りをもつ言葉が聞こえてくる。本場のハニワ弁だ。知らんけど。
「安心するなー。やっぱり西方はええな~」
「ポックルさんはこの街出身でしたっけ?」
「いや?うちはダトロイ出身や。この街やないで」
違う街出身なのに、この街で安心感を得るの?ポックルさんはこのあたりまでを故郷と定義しているのかな?
俺の疑問が顔にでていたのか、ポックルさんが補足情報を出してきた。
「この街には西方商会の支部があってな、所属する商人はそこで雑用しながら商売のイロハを学ぶんや。下積み期間やね。ウチも西方商会所属やから、この街で2年暮らしたんやで」
「へぇ。商業専門学校みたいなものですか」
俺の故郷の街でも、漁師になるための専門学校的なものがある。
アレと似たようなものか。
「苦しいことが多かったけど楽しいことも……楽しいことも……楽しいことも……」
ポックルさんの言葉の勢いが急速に衰え、どよーんとした雰囲気になった。楽しい思い出がなかったのかな?それ以上聞くことがはばかられたので、話をリュミスさんに振ってみる。
「リュミスさんもこの街で下積みを?」
「ですわ。見習い中は商会が所有する寮で暮らしますの。2人で一部屋。ポックルと同じ部屋でした。前の学校でも3年同じクラスだったので、合わせて5年ほど一緒に過ごしたことになりますわね」
リュミスさんの言葉は明るい。ポックルさんと違っていい思い出があるのだろう
「まさか腐れ縁がこんなに長く続くとはおもっていませんでしたわ」
「それはウチのセリフや」
復活したポックルさんがリュミスさんと二人で思い出話を始めた。部屋の散らかしが酷かったとか、どこそこの食堂の料理が安くておいしかったとか。
王都への進学を予定している身としては、寮生活についての情報は興味深い。
俺は相槌をうちつつ、馬車を今日の宿に向けて進めた。




