第65話 シナリオ9 追憶の旅・地 英雄① 第一王女 イサナ視点
王宮に異様な雰囲気を纏う一角がある。
汚れているわけではない、建築様式が異なるわけでもないし、いわくつきの場所というわけでもない。ただ、圧倒的に場の空気が違うだけ。
別世界のような印象を作り出しているのが、そのエリアで働く使用人たち。見目麗しい人物が行き来する王宮において、そこだけは特徴的な容姿の使用人ばかり。加えて、自分たちと同類でないものには容赦のない視線とプレッシャーを与えるため、関係者以外は立ち入らないエリアとなっている。
そのエリアの奥にあるのが、私、第一王女・イサナの居室です。居室の中には私と右腕であるカルマ、それと信頼の厚い数名の部下。私はソファーに座ったまま、カルマから提出された報告書に目を通します。
報告書に記載されていたのは、先日アリエ島にて発生した、テロリストによる劇場占拠事件についての一連の情報です。
劇場の施設が大きく破壊されたことに加えて多少の怪我人が出たものの、死者はゼロ。テロリストたちも全員が捕まったという内容でした。
よかった。
寝る直前の布団の中であれば素直にその気持ちが口に出たかもしれません。ですが今は一人ではありません。誰がのぞいているともわかりません。派閥の長としてふさわしい言動をしなければ。
「あのヨルドという男は期待外れだったわ。貴重な薬を使用しておきながら、一矢報いることすらできない。無能ね」
「ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません」
表情を変えずに一礼して答えるカルマ。悪巧みスタイル中のカルマは悪の女幹部らしく嫌味なくらいスマートな仕草です。
長年それに付き合っているうちに、私も「らしく」なってきました。おっと、カルマが私の反応を待っていますね。悪の首領モードで対応しなければ。
「件の男は始末いたします」
「そこまで必要ないわ。カルマ、貴方、昔言ったわよね。無能がいくら正しいことを訴えようと聞く耳を持つものなどいない。そうでしょう?」
「……第二王女派閥に付け入る隙を与えることになります」
「私たちの関与の証拠を残したの?」
「いえ。我々の痕跡は何も残しておりません」
「であれば、捨て置きなさい。噂になるかもしれないけど、お人よしの王妃とサクナなら、きっと私たちへの攻撃を止めるよう指示するでしょう。問題ないわ」
「承知いたしました」
今回もなんとか穏便に済みそうでよかったです。
カルマはどうも全方位に対して攻撃的というか、破壊願望が強いキャラ設定なのが困ります。
本当は優しいお姉さんですのに、裏工作もいとわない悪い女を演じています。
メイドたちもそう。仲間以外に対してあからさまに敵意を向ける悪い女たちの取りまとめという立場です。すべて計画通り。
こんな状況になる最初のきっかけが何だったのか、もうはっきりとは思い出せません。
母親を亡くしたまだ小さい私のお世話をしてくれたのは目の前のカルマでした。
カルマは母に恩があるとのことで、その恩を返すために私に尽くしてくれます。
カルマも、部下たちも、優しい人たちです。
国王である父の再婚、妹の誕生と、カルマたちは私が排除されないように一生懸命守ってくれました。
今では、現王妃や妹が私に害を与えるつもりはないことが分かりますが、当時の私やカルマたちにはそれが理解できていなかったのです。
人の数は力になります。
当時、自分たちの勢力を大きくしたい、そのために容姿に優れないため仕事のない者たちを優先して専属として雇いたい、というカルマの進言を聞いたときはよい考えだと思いました。実際、雇い入れた子らは、見た目は私同様アレですが皆優秀ないい子です。
ですが、このことが新しい問題を引き起こしました。
我々の仲間以外の、王宮で仕えることにプライドを持っている一部の者たちにとって、新人たちは排除すべき異物だったようで、徐々に迫害を受けるようになりました。
最初は些細なことだったと思います。それが徐々に影響範囲を広げ、いつの間にか派閥の対立という大事に発展してしまいました。最初期は対立を解消させようとしました。しかし、一度こじれてしまった関係を基に戻すことは並大抵ではありません。
恥ずかしながら、私もそこまでカリスマがあるわけではなく、部下たち全てをきちんと統括することが徐々に難しくなってきました。人数が増えるに従い少しずつ歪みが生じてきたのです。
チームを団結させるための簡単な方法は、外に敵を作ること。
私の苦境を慮ったカルマたち昔からの部下は妹たちを仮想敵とみなすようになりました。
最初はちょっとした対抗心程度であったものが、時間経過とともに加速進行し、今では明確に敵として行動するようになっています。
方向転換をさせようと思ったこともありますが、カルマの行動原理は私を守ること。私は、カルマを否定するようなことを言えるほど強くはありませんでした。そのままであれば、遠からず、カルマやメイドたちは不敬罪その他の罪によって大臣に首を切られていたでしょう。もしかすると物理的に。
優しかったころの彼女たちを知る身として、母を亡くした当時、彼女たちに救われた身として、彼女たちがそのような状況になることは望みません。
私は派閥の長として彼女たちを庇護し、操縦することにしました。そのために選んだ方法がカルマたちの案に乗ること。‘悪女偽装’です。
部下たちをまとめるため、私自身が悪女になります。身の程をわきまえた範囲で自分勝手に振る舞い、回りに対する敵意はすべて私が発意であるように行動します。その上で、彼女たちの意思を尊重しつつも最後の歯止めになります。
私が原因であると周囲に認知されれば、彼女たちの行動が一線を越えない限り、馬鹿王女のわがままの範囲で収まっている限り、彼女たち個々人に対する処罰は避けられるはず。
さらに言うと、私がわがままに振る舞うとお父様は私に見切りをつけるはず。
近い将来、新しく生まれた弟を跡継ぎとして指名するでしょう。そうなれば、私はどこか辺境の街で隠居生活を送ればいい。数年前、私たちが船で遭難した際にたどり着いた海辺の街など、隠居先としていいかもしれませんね。
……いえ、ダメですね。あの街には、次の英雄候補がいるのでした。
Sクラス召喚獣持ちとAクラス召喚獣持ち。Aクラス召喚獣持ちであるタクミさんは、最初あったとき、カルマと同じ気配を感じました。
本当の人格が何かの外圧によって無理矢理歪められている感じ。残念ですが、その歪みを正す手段を私は持っていません。
タクミさんには宝珠を与え、私の部下として庇護しようと考えていたのですが、結局サクナの陣営に取り込まれてしまいました。報告によると、サクナ陣営で私たちの嫌がらせにも負けずに上手くやっているようです。リューグの街でも、Sクラス召喚獣持ちと協力してテロを防いだそうです。彼は、私の手を離れたと思っていいでしょう。
私がいなくなったとしても、後は妹のサクナが上手くやってくれるでしょう。
サクナは小さいころから聡明な子でした。私の意を汲んで動いてくれているのだと思います。私と違って容姿にも優れており、国民からの人気も高い。サクナが王家の顔になった方が色々上手くいきます。
幼い時のように今も慕ってくれるサクナの気持ちは理解していますが、いまさら馴れ合うことはできないのです。二人きりで真意を話したくなることもありますが、状況が、それを許してくれないのです。‘悪女’が実はそうじゃなかった、なんてチープな展開は国民の誰一人として望んでいないのです。
無言でお茶を飲んでいると、部屋がノックされました。
私が頷いた後にカルマが扉を開けると、メイドが一人。お盆の上には手紙を持っています。
「手紙を預かっております」
「差出人は?」
「わかりません。ナジャが見慣れない警備兵より受け取ったものです。開封者に危害を与えるような魔術的細工はされておりません」
「見せなさい」
カルマが封筒を受け取り、慎重に調べ始めました。
シンプルな封筒で、宛先は私。サインはありません。
これは、訳ありの手紙でしょう。
悪女である私の周囲には、今の王国で冷遇されている者たちが集まってきます。
そういった者たちの中には、非合法な組織に所属する者、様々な意味での下剋上を狙う輩が少なくありません。冒頭の、ヨルドという男もその一人でした。
そういった問題のある人物を私が‘管理’しておけば、将来、私を排斥すると同時に王国の膿を一層することができます。私という悪女を切り捨てることで王国の平和は保たれる。私ができる国への奉仕はこのくらい。
おっと、話がずれましたね。
「物理的な細工もありません。開けても問題ございません」
「開けて」
「はい」
カルマはペーパーナイフを用いて封を切り、中に入っていた便箋を取り出しました。凶器は仕込まれていなかったようです。
「どうぞ」
差し出された便箋を広げて手紙に目を通します。これは……
「西の英雄・ドス大公からね。一度お忍びで自領に来ないか、とのお誘いよ」
「ドス大公、英雄からとは」
カルマが反応しました。
ドス大公は王国の西側を領土とする貴族で、私の母方の親戚筋にあたります。最近は連絡が絶えて久しかったにもかかわらず連絡を寄こすとは、何かあったのでしょうか?
読み進めるうちに背景が読めてきました。
「先代英雄として、ドス大公は今代の英雄に興味深々のようね。協力するのか、排除するのか見極めている……王国の各種利権に対する影響力を低下させたくないという気持ちが透けて見えるわ」
ドス大公は王国の数少ないSクラス召喚獣所有者。それゆえに王国西方の守りの要であり、大きな権限を与えられています。
しかし、新たなSクラス召喚獣持ちが現れました。しかも新たな人物は国民的に人気のあるサクナを通じて王家派閥に所属している。相対的に大公の影響力は低下することになります。
そこで王家派閥・サクナと敵対している私に接触してきたのでしょう。敵の敵は味方、とは言わないまでも、利用できるものは使う、というところでしょうか。
「俗物ですね」
「そうね。でも、それが私たちの付け入る隙になる。大公領を訪問するわ。計画をお願い。実行前には私に報告するように。……相手は英雄よ。慎重に行動しなさい」
「はい」
カルマは一礼すると、手紙を持って部屋を出ていきました。
隣の部屋で部下たちと作戦を考えるのでしょう。
カルマの前ではああ言いましたが、私の知るドス大公は自分の領地の出来事にしか興味のない方。王宮の権力闘争に積極的に関わろうとするとは、何か裏があるのでしょうか?それとも、私の知るドス大公の人となりは装飾でしかなかったのでしょうか。
確かめる必要がありますね。




