第62話 シナリオ8 追憶の旅・水 歌姫の憂鬱⑨
リュミスさんが連れてきた少年、リッツは虚を突かれたような表情を浮かべると、ヒジリさんをまじまじと見た。その後、他のメンバーを見回し、改めて質問をぶつけてきた。
「あんたら、ヨルドとは無関係なの?」
「少なくとも、ここにいるのは無関係だ」
アラタなら何か知っているかもしれないけどね。
「本当に?」
「本当」
リッツは訝しげな表情を浮かべたものの、部屋の外に倒れている男たちの様子を見て真面目な表情に戻った。
「だったら、俺達を助けてくれ!ヨルドは街のごろつきを自警団に入れて、自分の手下として使ってる。襲撃してきたのはそいつらだ。あんたらも襲われたんだろ?」
「自警団が敵だというのは確かな情報なのか?」
「間違いないよ。入口で押し問答していたやつらや、そこに転がってる奴らの顔に見覚えがある。自警団という権力を笠にきてあくどいことをする奴らだよ。自警団がこの劇場を封鎖してるんだ」
「なるほど。だからこれだけの騒ぎになっても外の皆が突入できていないのか」
少人数の近衛騎士の皆さんも、この街の正規組織である自警団相手に正面から突破するのは大変なのだろう。
「ヨルドは目を付けた女を手下に拉致させてボロボロに弄んだって噂がある。ジェシカさんも狙われてるらしくて。姉ちゃんとジェシカさんの秘密を知って、秘密を黙ってて欲しければ……て脅迫してきたのかと思ったから」
「今の状況、脅迫やのーて実力行使やで」
ポックルさんの突っ込みはもっともだ。一人の思い込みがこんな大事件を起こすというのが信じられない。どうしたものか。
その時、ホクトが手を挙げた。注目を集めた後でリッツに質問を始めた。
「そのヨルドという人の部下に、あるいはこの街に白髪の大鎌を使う女性はいますか?身の丈以上の大きな鎌を使う、かなりの使い手です」
「え?いや、そんな獲物を使う人の話を聞いたことはない……自警団にはいなかったと思う」
「そうですか。人を金縛りにする術の使い手は?」
「俺は知らない」
なるほど、と何か思いついた様子のホクトが皆を見回した。
「襲撃の理由はわかりませんが、先ほどの二人は敵勢力とは別。劇場の装置を壊すことだけが目的の第三者である可能性が高い。麻痺から回復した私たちが何をするか、想像は容易です。にもかかわらず私たちを放置していったということは、これ以上の妨害はないと考えていいと思います。であれば、我々は劇場へ行き、注水を何とかするべきだと思います」
「状況的にはそうだが、その判断が正しいとは言い切れない。それに、注水を止める方法などわからないぞ?」
ヒジリさんの言葉は先ほどと同じだった。
が、今、この場には新たな人物が3人もいる。
そのうちの一人、リュミスさんに尋ねてみた。
「リュミスさん、彼をここに連れてくることが一番の解決策だと占いに出たのですね?」
「ですわ」
「では、今、占っていただけますか?我々がどうすればいいのか?」
「ええ、よろしくてよ」
リュミスさんがカードを切り、めくる。結果はすぐに出たようだ。
「リッツさん。あなたの知識で、注水が止められますわ」
「注水を止めたいの?でも、装置は壊れてるし……」
続くリュミスさんの指示はかなり具体的だった。
「あなた、排水装置の場所をご存じなのでは?」
「まぁ、知ってるけど……」
「そこのいちばん弱い部分を見つけて、破壊してくださいまし。劇場内の水を抜くのです」
「え?」
「何を驚くことがありますの?注水/排水装置は壊れ、このままでは劇場内の人たちは溺死ですわよ?その前に壊すのです。これは人命救助。火事の際に隣の家を破壊するのと同じですわ」
「そう……なのかな?」
「間違いありません」
自信満々なリュミスさんの暴論にリッツは押され、俺達を先導し始めた。
「わかった、排水配管の場所まで案内するよ」
「仕方ないな。注意して進もう」
慎重派のヒジリさんもこの場を移動することを了承した。
リュミスさんが俺に向かってドヤ顔を向けてきた。そういうところやぞ。リュミスさんの後ろでポックルさんが無言でリュミスさんに呆れていた。
幸い、敵に遭遇することなく排水配管の場所に到着できた。というか、建屋内を徘徊する不審者たちの数は目に見えて少なくなっている。劇場内にほぼすべての戦闘員を動員しているのだ。残る戦闘員たちも劇場の出入口近くで待機しているのが視える。
リュミスさんたちが入ってきた関係者要通路を進む。階段を下りた先に、直径1メートル程度の配管が現れた。
「これが排水配管。あのバルブを開ければ劇場内の水を排水できる」
でかいハンドルのついたバルブを指さしたリッツが振り返った。
「ここまで水は来ているみたいだな」
バルブの前後の配管を叩いて確認する。音の響きから、バルブで水がせき止められていることは間違いない。
ハンドルは鎖でロックされていた。素手では外せそうにない。
「ミヨ、頼む」
「はーい。まかせて!」
ミヨの召喚獣・絡繰腕が無理やり鎖を引きちぎり、ハンドルをつかむ。ギシギシという音と共にハンドルが回転する。
ゴゴゴゴゴゴ……と徐々に水が流れる音が大きくなった。
バルブを全開にした後、ちぎれた鎖でハンドルを固定。これで排水ができているはずだ。配管をぶち破るとかじゃなくて、鎖の破壊だけですんでよかった。
しばしその場で待機。
排水に必要なバルブはこの1つらしく、水は順調に流れている。白髪の女による妨害もなし。
「では、次は劇場ですわ。封鎖されていない入口へ」
「ちょっと待った。注水装置は止めないのか?」
「……そうですわね。そちらも止められればよいですが、私の啓示にはその指示はありませんでした。できますか?」
「注水バルブを無理やり閉じることはできると思うけど、水を送る装置が壊れるから、できればやりたくないよ。注水と排水の両方全開なら排水の方が勝つはず」
「どうします?」
劇場内ではアラタ達が戦っているのが視える。
現時点の水量なら大丈夫そうだから、注水装置はそのままでいい。リッツにそう告げ、劇場への案内を頼んだ。
「わかった。こっちだよ」
俺達は再び移動を開始した。
関係者用通路を一列で進むと狭い螺旋階段が現れた。上と下に続いているが、リッツは上へと昇っていく。5階分を上り、正面にある扉をくぐると開けた場所に出た。倉庫のような部屋。利用頻度は高いようで埃っぽさはない。
「ここは舞台の真上の部屋。で、この扉は空気抜きの役割もあるから、ロックはされてないはず。ここから劇場内に入れるよ」
部屋の隅の床に設置された2メートル四方の鉄格子。鉄格子を通してみる範囲には水面しかない。アラタ達が争っている音だろうか、水音や金属がぶつかる音が聞こえてくる。
ミヨの絡繰腕が鉄格子を外し、リッツが慎重に覗き込むのと同時に俺は浮遊眼で状況を確認した。
劇団員の人たちを守りつつ戦うという不利な条件に加え、劇場内には水が溜まっている。一階席はすべて水没し、舞台の一段高い部分まで水に浸かっていた。俺達が排水バルブを開いたことで水位は徐々に低下している。もう一歩遅ければ危なかったかもしれない。
仲間たちは全員、劇場2階席へ移動し狭い場所で窮屈そうに戦っていた。敵の多くは水中戦闘に特化しているようで、水の中を人魚族の戦闘員や様々な召喚獣が自由自在に動いている。水上の戦いで仲間たちが遅れをとるとは思わないが、さすがに水中の戦いは分が悪い。
敵の中に、ひときわ特徴的な容姿の男がいる。
大きなサメの召喚獣の上に立ち、戦闘員たちを従えているあいつがヨルドだろう。
ヨルドの前でタコの召喚獣の上に立っている筋骨隆々の男。
パンフレットで見た。劇団の団長だ。
「ミオス団長!今行きます」
「待ちなさい」
飛び込もうとするリッツの首根っこを絡繰腕が捕まえる。
「今あなただけ行っても何もできませんわ。冷静になりなさい」
「でも!」
「まぁまちな」
リュミスさんの言葉に反論しようとするリッツをポックルさんが抑える。
「リュミス、ここからどうするか、考えてあるんやろ?」
「もちろんですわ」
ドヤ顔のリュミスさん。この二人、いいコンビだな。
俺たちは口をつぐみ、リュミスさんの次の言葉を待った。




