第7話 召喚の事情 ミカミ アラタ視点
俺が、唐突に記憶を思い出したのは半年前だった。
タクティカルシミュレーションRPG コールワールド。
俺はその登場人物の一人になっている!
召喚獣と共に人生を紡ぐ、というキャッチコピーのもとリリースされたそのコンシューマーゲームは、美麗なグラフィックや迫力のバトルシーンが売りの、恋愛シミュレーション要素を組み込んだ大作RPGソフトだった。
莫大な開発費を投じて作られたゲームであるが、悲しいかな売り上げは芳しくなかった。
プレイヤーの評価もよくない。
その原因はいくつかあるのだが、最もよく語られるのは、「各要素が噛み合っていない」ということだった。
馬鹿みたいなやりこみ要素があるのにアイテム図鑑すらないなど、プレイヤーの気持ちを理解できない、ゲームを遊んだことのない頭のいい人達が作ったゲーム、というのがこのゲームの評価だった。
だが、このダメっぷりと無秩序なやりこみ要素が一部の熱狂的なファンを生んだ。
ファンたちは、コールワールドをひたすらやりこんだ。そして、俺はその熱狂的なファンの一人だった。
俺はコールワールドの登場人物の一人、アラタになっていた。
アラタは主人公の同級生。ライバルでいわゆる中ボス。
始まりの町を牛耳る、最初の壁となるキャラクターだ。
主人公に負けた後は断罪されて人望を失い失脚。そのまま没落し、メインストーリーからはフェードアウト。
選択次第では中盤以降も登場して主人公たちを邪魔するという役どころだ。
正規ルートではサブシナリオの中でとんでもない目にあったり、ダークサイドルートではエンディング条件に関わってくる重要な役割があったりもするのだが……まぁ、これに関しては追々対応する。
というか、問題は数年後に起きる序盤のイベンドである。
まずは明確に対処が必要だ。最悪の場合、断罪・追放・一生強制労働というルートもあり得る。
話を戻そう。
この世界はコールワールドとほぼ同じ。しかし、一点、大きく違うことがあった。
人の美醜感覚だ。
エルフのような醜悪なキャラとみなされていたアラタはイケメンキャラと認識されていた。
逆に、ゴブリンのようなイケメンキャラのタクミは、醜悪な容姿であるとみなされていた。
記憶を思い出してから、俺は混乱した。一時期は誰にも会えず、部屋に閉じこもった。
それほど美醜感覚の逆転は衝撃的だった。
この混乱は時間が解決してくれた。
俺にはアラタとしての12年の記憶もある。前世?の記憶もある。
その二つの記憶が混じり合い、最終的に美醜感覚は前世の感覚に統一されたのだ。
そこからの俺の戸惑いを予想できるだろうか?
自分はブサイクだという自覚があるのに、周囲の誰もが俺をハンサムだと讃える。
美少女だと思っていた幼馴染たちはブスに見え、ブスだと思っていた子たちが美少女に見えるのだ。
この世界でどう生きるか、俺は数か月かけて考えた。
そして結論を出した。
俺はこの世界を前世の感覚に従って生きる。
美醜感覚が逆転した世界で、俺はイケメンだと思われている。
俺の思う美少女は、一般的にはブスと呼ばれている。つまり、俺はこの世界の一般的な感覚でいうとブス専状態。競争相手が少なく、より取り見取りだということだ。
ただ、俺にとっての美人は卑屈な性格だったり変に攻撃的だったり、人として付き合いたくない性格をしているのが多いのも分かってきた。普段から蔑まれて生活していると性格が歪みやすいのか?
考えなしに行動すると痛い目に合う気がする。コナをかける相手は慎重に選ぶべき。
その点、性格に問題のないミヨの好意はありがたいが、すまん。やっぱり容姿的にノーサンキューだ。
かといって幼馴染をどこの馬の骨とも分からないやつにはやりたくない。なんだが親になった気分だ。うん……前世の記憶を入れたら精神年齢的には親世代と同じかもしれない。
ともかく、俺には早急にやらなくてはいけないことがある。
強力な召喚獣を手に入れるのだ。
これにはゲームの知識が役に立った。召喚獣は、基本的に触媒によって決まる。
強力な召喚獣を呼べる触媒を手に入れればよい。
最高クラスであるSクラス召喚獣を呼ぶための触媒は今の俺には手に入らない。
そこで俺は特殊なSクラス召喚獣である亜神塊を召喚することに決めた。
亜神塊は一種のバグのような存在だ。
各種ステータスは大器晩成型。
序盤のステータスの伸びは良くないが、中盤以降飛躍的に成長し、最終的には全ステータスがカンストする。さらに、任意の召喚獣の能力をコピー、ストックするという唯一無二の能力を持っている。
俺が用意した触媒はヒヒイロカネのナイフ。このナイフはAクラス召喚獣・絶鬼を呼ぶ触媒である。
コールワールド(ゲーム内)において俺が使役していた召喚獣だ。
亜神塊の触媒ではないじゃないか、と思うかもしれない。その通り。実は亜神塊は触媒に依存しない例外的な召喚獣のうちの一体だ。亜神塊の召喚条件は、Aクラスを召喚する触媒を使用し、意味不明な大量のフラグを立てること。
俺は一ヶ月をかけてそのフラグを全て立てた。
亜神塊召喚フラグを立て終えたのち、俺は次の準備を始めた。
今の時期は、コールワールドでは序章・導入部分に当たる。
主人公の名前を決め、召喚獣が決まれば、そこからようやくゲームスタート。
最初のイベントは、町にやって来る王女の危機を救うことだ。
イベントを進めるにあたり、俺は迷った。
俺はアラタ。コールワールドにおける主人公のライバルキャラだ。決して主人公ではない。
コールワールドの主人公のデフォルトネームはタクミ。主人公の仲間はアザミとシオン。
今日も神殿で俺に突っかかってきた、あの3人だ。
主人公のタクミが成長する中で、様々な困難に立ち向かいながら王国の危機を救い名門貴族を復活させる、というのがコールワールドのメインストーリーである。
俺が表立って動くとシナリオとは違う行動をとることになる。
そうなると、次以降のシナリオがどう変わるか、予想できない。
コールワールド後半のシナリオは、世界が滅亡の危機に見舞われる。
リスクを考慮すると、不確定要素をなくすため出来るだけ本来のシナリオ通りに進めたい。
とはいえ、アラタとして確実に避けるべきルートもある。前述の断罪・強制労働ルートもまさにそれだ。
正直、美醜感覚が違う時点で町の状況は全然違うし、俺がSクラス召喚獣を手に入れた時点で明確にメインシナリオとは齟齬が生じているので今更という気持ちもあるが、さらにシナリオを混沌化する必要はない。
俺は幼馴染たち3人が強力な召喚獣を得られるように各所に手をまわした。
あの3人がどの召喚獣を得るか、本来のゲームであれば、プレイヤーは干渉できない。
完全ランダム要素でありRTA時の鬼門である。
ゲーム時にクリアを優先する場合は、3人が最弱の召喚獣を引くまでリセットが基本だったが、今回は違う。
亜神塊がコピー能力を活用するためにも、有用な召喚獣を持たせる。
そして、3人の力を借りつつ、表向きはタクミに俺に都合のよいシナリオを進めさせればよい。
最終的にはトゥルールートを目指すが、俺が生き残るために、一部ダークサイドルートを経由させる。タクミたちだけでは厳しい戦いになるだろうが、俺たち4人の援護があればなんとかなるはずだ。
そうそう。想定と違うことが一つあった。
トオルの召喚獣だ。
トオルは本来、‘天空眼’という召喚獣を手に入れるはずだった。
天空眼はZOC(ゾーンオブコントロール・自分の周囲の移動を制限する範囲)が他の召喚獣よりも広く、敵として相対すると敵全員のクリティカル率増加及び、敵がこちらの弱点属性を的確に突いてくるといういやらしい召喚獣だ。
その分、味方にすれば頼もしいと思っていたのだが、当てが外れてしまった。
ゲームでは、E、Fクラスの低レア召喚獣は、触媒として不適格なものを触媒として利用した際にランダム召喚される、という設定があった。
あのあとトオルに聞いたところ、隕鉄に紐飾りをつけたものを触媒として利用したと聞いた。
その細工によって召喚されるものが変わったのだろう。
浮遊眼という低レア召喚獣の記憶はほとんどない。主人公たちが選択できる召喚獣ではないし、敵にもいない。序盤の名もない一般人が設定上で所有していたような……そんな程度の認識だ。
まぁ、前半シナリオはゴリ押しでもなんとかなる。
俺がどこかで‘天空眼’をコピーすればいいだろう。シナリオを進めればコピーできる召喚獣の数を増やすアイテムを入手できるし、もしかするとあらゆる召喚獣をコピーするバグ技を使えるかもしれない。
トオルと別れた俺はそのまま家には帰らず、町の外れにやってきた。
見えてきたのは大きな、しかし今にも崩れそうなぼろ屋敷。
過去この辺り一帯を治めていた貴族の家だ。
今は没落してしまって当時の栄光は見る影もない。
そう、コールワールド主人公、タクミの家である。
崩れた塀の間から侵入し、中の様子を伺う。
ゲームでは何百回、何千回と歩いた屋敷だ。初めて来たのに既視感がある。不思議な気分だ。
家屋に浸入した俺は廊下を進み、明りの漏れる扉から部屋の中の様子を伺う。
そこで俺は、これからの行動に必要な情報を手に入れた。
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