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第60話 シナリオ8 追憶の旅・水 歌姫の憂鬱⑦

大鎌を手にした女がゆっくりと近づいてくる。


制御室の扉前まで歩いて来ると、周囲に倒れている男たちを雑にどけ始めた。

100キロ近いと思われる倒れた男を、片手で持った大鎌で押して移動させている。

見た目は小柄な細腕の女性なのに、物凄い力持ちだ。


ドアの前を片付けた女は制御室の前で小首をかしげた。


「入ってもいい?というか、入るね」


女が大鎌を振ると、制御室のドアが切り刻まれた。細断されたドアの欠片が音をたてて部屋の内外にばらまかれる。かなりの厚みと硬度を持っていたはずの扉は、薄い割板であるかのように破壊された。


「あ。見つけた」


フードの中から声が聞こえた。認識阻害のために表情、視線がどこを向いているのかはわからない。ただ、顔の向き、正面にいるのは俺だ。冷汗が背中をつたう。


「これ邪魔」


女がバリケードを蹴りつける。

机が猛スピードでこちらに飛んできた。


「!」

「はっ!」


俺の一番近くにいたミヨが飛んできた机を拳で叩き落した。助かった。危うく巻き込まれるところだった。


「ふーん。やる気なんだ」


そう話す女の鎌を持っていない方の手には矢が握られていた。ホクトの召喚獣・深森の狩人が射掛けた矢が、素手で止められた。パキッという音と共に矢が破壊され残骸が床に打ち捨てられた。


「いいよ。来な」


女の言葉とともに戦闘が始まった。


敵の攻撃で注意すべきは2点。


まずはあの道具型召喚獣だと思われる大鎌。攻撃力が異常。防御貫通の能力でもあるのか、切り裂かれた机の傷跡は、刃物によって切られたというよりも触れた場所がそのまま消失したような見た目になっている。切断ではなく、削除する能力の可能性が高い。


ナギサが得意とする、水の牢屋を作成して対象を閉じ込める技は鎌の一振りで破壊、あっさりと脱出された。大鎌の能力は術で作り出したモノにも有効らしい。あの刃をまともに受けるのは自殺行為だ。防御ではなく回避に注力するよう皆に指示を出す。


もう一つは筋力の高さ。女性の細腕が実現していい筋力じゃない。

ミヨの絡繰腕による一撃を片手で真正面から受け止めて逆に弾き飛ばす。質量的には絡繰腕の何十分の一しかない女の生身の拳の方が力強いって、意味不明だ。


「あーもう。鬱陶しい!」


女が明らかにイラついた声を出した。


ヒジリさん、ナギサ、ミヨ、ホクトが互いにフォローし、常に複数人で女に対処することで

十分戦えている。逆に言うと、こっち4人のだれか一人でも欠けていれば危なかった。それくらいこの女は強い。


大鎌を手放した女が、左手でヒジリさんが突き出した護身棒を、右手でミヨの絡繰腕をつかむ。


「「!?」」


二人の動きが止められた。


「離れろ!」

「切り刻め」


俺が距離を取るよう指示すると同時に、女がつぶやいた。

その声に応じるように、大鎌がひとりでに縦横無尽に動く。


ヒジリさんは護身棒を手放すのが間に合い大鎌の射程内から逃れたが、絡繰腕と護身棒は大鎌に切り刻まれてしまった。絡繰腕が消失する。


「くっ!」


召喚獣の受けたダメージのフィードバックによりミヨが苦しそうにふらつく。


ホクトによる援護射撃の矢がすかさず飛ぶが、護身棒の残骸を投げつけられて矢が空中で撃ち落とされた。その後、大鎌を手に取ろうとした女が何かに気づき衝撃に備える体勢に変わる。


女の左側面、大鎌と反対側から近づいたナギサが両手を女の脇腹に当てるところだった。


「はっ!!!」


気合と共に突き出された掌底。発勁により女の体勢が崩れたところで、さらに召喚獣・海姫による激流の一撃を追加。女の体を床から浮かせて踏ん張りがきかなくなった状態にした上で、指向性を持った水流の大質量をもって女を弾き飛ばす。


制御室の壁を突き破り、隣の部屋、古い道具をしまっている倉庫と思われる部屋を転がる女に向けて召喚獣・機動要塞の砲撃と矢の雨が降り注ぐ。


倉庫に溜まっていた埃が舞い上がり、着弾点の様子が見えない。

しばらくの間砲撃を継続するヒジリさんとホクトに、俺は一旦攻撃の手を緩めるよう言った。


浮遊眼の視界では、砲撃を受けながらも健在の女の様子が見える。

女の前には大鎌が浮かんでおり、二人の砲撃は全てその大鎌によって阻まれている。


徐々に埃が収まり、女の姿が見えてきた。


ドレスは水に濡れ、転がった際に埃が付着してドロドロに汚れている。

フードの認識阻害能力が破壊されたのか、俺には女の顔が見えるようになった。


年齢は俺たちと同じくらい。白髪ボブカットの美人。

ただ、眼が血走っているのと、ヤバめの表情で印象は最悪。


「殺す。全員殺す」


女が大鎌を両手に持ち、振りかぶる体勢になった。

空中に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。俺でもわかる。これはやばい。何か大技が来る。そのタイミングで俺たちの後ろから声が聞こえた。


「アダマス、やめなさい」


俺の後ろにいるのはホクトのみ。だが、ホクトの声ではなかった。今の声は誰だ?

浮遊眼の視界は鎌を構える女に固定したまま、俺は振り返った。


制御スイッチの前に、誰かが立っている。

顔はフードに覆われて見えない。やはり認識阻害つき。


加えて、体形と声に覚えがある。

俺が誘拐されていたときにみた女は鎌の女ではない。こいつだ。


一番近くにいたホクトがその女に向けて矢を放つ。

矢は女にあたる前に空中で静止した。大鎌の女のように手でつかんだわけではない。ナギサのように水の盾で防御したわけでもない。何かの力が働き、矢は運動量を一瞬で失って空中に静止した。


「不必要な争いは避けるように、と言ったはずよ」

「でも……」

「…………」

「はい」


アダマスと呼ばれた大鎌の女は構えを解き、空中の紋様が消失した。

身構える俺たちをよそに、新しく現れた女は制御スイッチを無造作に押した。


劇場内にアナウンスが響き渡る。


『警告、警告、緊急注水システムが作動しました。1分後に扉が閉鎖されます。人魚族関係者以外は劇場内から退避してください。繰り返します。警告。警告……』


「何を‥…!?!」


スイッチに近寄ろうとしたホクトが不自然な体勢で固まった。


「ホクトちゃん!?なっ……!?!」

「うっ!?!」

「ぐ……!?!」


続いて、ミヨ、ナギサ、ヒジリさんの3人も不自然に動きが止まった。

息はしており、目のまわりだけはかすかに動いているが、それ以外の動きが完全に停止している。


離れた場所にいる3人が何かされたのに、俺だけが無事という状態だ。悪い予感しかしない。


「アダマス」

「はい」


鎌女が動く。


「待て!」


俺の言葉を無視してアダマスと呼ばれた女は俺に向かってきた。

動きを止めた皆に止めを刺すのだと思っていた俺は虚を突かれた。回避のタイミングを失い、アダマスに羽交い絞めにされてしまった。


「おとなしくしろ」

「誰が!!」


抵抗するも、アダマスの力は強く、びくともしない。

そこにもう一人の女が近づいてくると、俺の頭を両手でつかみ、顔を近づけてきた。


互いの顔があと数センチ、という近さになり、ようやく女の顔を確認できた。白髪ロング、俺よりも少し年上だと思われる。


女の額と俺の額が接触する。

頭が急激に熱くなった。俺は意識が遠くなるのを感じた。


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