表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/85

第58話 シナリオ8 追憶の旅・水 歌姫の憂鬱⑤

翌日、午前中に劇団ローレライの演目を鑑賞。


立派な劇場は地下に建設されている。

この街、リューグでは、地下構造は珍しいものではない。人魚族が生活できるように、地下室に水をためられるような構造を持つ家も多い。


この劇場も水陸両用仕様。人魚族が特殊な水中劇を鑑賞する場合に備え、劇場内に水をためることができる構造になっている。


王族のコネなのか、全員に特別席が用意されていた。一般の観客とは違い、ゆったりした二階のボックス席だ。


演目は人魚姫。人魚族の王女と人族の王子の話だ。

主人公の王女を演じているのが、かの有名な歌姫らしい。素人目に見ても素晴らしい演技だとわかる。


一方で疑問を感じる部分もある。時折劇中歌が入るのだが、その歌声に違和感がある。

具体的に言うと、口の動きと歌声がシンクロしていない。


歌姫は仮面をつけていた。それはいい。歌姫が素顔を隠すために仮面をつけているのは有名だ。その仮面は目の部分以外は顔の前面すべてを覆っている。当然、普通の人であれば仮面の下の口の動きなどわからない。


が、俺にはそれがわかる。

仮面を透視して顔を確認できるのだから。


召喚獣の練度を上げた結果、相変わらず白黒の濃淡での表現ではあるが、透視先の人の表情まで細かくわかるようになった。


断言できる。劇場内には見事な歌声が響いているが、歌姫は歌っていない。歌声に合わせて申し訳程度に口を動かしているだけだ。


ちなみに仮面の下の素顔はかなりの美人さんだった。目力の強い、気が強そうな容貌だ。

昨日、お店で歌っていた人物とは明らかに別人。どっちが本当の歌姫なのだろうか?


疑問に答えてくれそうなのは近くにいるアラタだが、質問は劇が終わるまで待った方が良さそうだ。今は舞台を楽しむことにした。舞台の話は順調に進んでいく。


悪い魔女と人魚姫が対峙し、王子様が人魚姫の味方をすることで魔女に打ち勝つ、というストーリー。終盤、人魚姫が見守る中、王子と魔女が殺陣を演じていた。物語はクライマックスが近い。


イケメンの王子が大きな動きで剣を魔女の胸に刺す演技。一度停止した役者が離れると、王子の勝鬨とともに魔女がばったりと倒れる。その瞬間、劇場内にバン、という大音量が響いた。

舞台上ではなく、劇場後方の出入り口。そこが大きく開かれ、マスクを着けて武器を持った集団が突入してきた。


演出か?


あまりにタイミングが良かったため、客席の観客も振り向きはするものの、多くは座ったまま。


「おい、何をして…………?」


集団に近づいた警備員が、詰め寄る途中で急に力を失ったように倒れた。

受け身も取らず、頭からそのまま。


浮遊眼の視界のおかげで何か起こったのか分かった。侵入者がいきなり殴りかかり警備員を無力化したのだ。警備員は倒れ伏したまま動かない。

倒れた場所から血が広がっているのがわかる。本物の血だ。


「なんだあれ?」


タクミが俺以外の皆の疑問を代弁していた。

ただ一人、アラタだけは警備員たちの方を見ながら小さく独り言をつぶやいていた。


「馬鹿な。このタイミングで決起だと?」


静まり返った劇場の中、出入口近くに座っていた観客が大声を上げた。


「警備員が殺された!テロだ!逃げろ!」


ざわざわと観客の中に動揺が広がるのが分かった。警備員は死んでない。生きている。が、多くの観客にとって、それは確認のしようがない。最初に声を上げた人の内容が事実ということになり観客の中に浸透していく。


あちこちの座席からパラパラと人が席から立ち上がり、逃げ出そうとする。その人たちにつられるように、多くの観客が同じように移動を始めた。


侵入者たちが突入してきた扉以外の出入口に観客が殺到する。

各扉近くに配置されていた警備員たちは、避難しようとする人の波を抑えることができていない。ドアを開放して避難を誘導する警備員がほとんどだ。


侵入者たちの明確な目的はわからないが、推測できることはある。


舞台上にいる役者、特に歌姫を目標にしていると思われること。

これは、二手に分かれた侵入者たちの片方が舞台上を目指して移動しているため。侵入者たちの移動によって観客らの人の波が割れるのがよくわかる。


もう片方の集団は階席へ移動する階段を確保しようとしているので、俺達のうちの誰かがターゲットなのは、まず間違いないだろう。


「こちらは丸腰だ。逃げるぞ!」


タクミの言葉はもっともだ。

劇場に入る際、ヒジリさんの剣やナギサの魔杖のような武装は入口で預けている。


「……」


アラタ騒ぎが始まってから侵入者たちが入ってきた出入口を注視している。続々と侵入者は増えていた。20人近くになったところでアラタが口を開いた。


「トオル、敵の数は分かるか?入ってきたやつだけでなく、外で待機している奴らも含めて」

「武装した侵入者は18名、劇場の外にいる怪しいのは……同じくらい、20程度だ」


透視能力も使って確認した結果を報告する。アラタはシェリーさんに向かってさらに質問した。


「シェリー、観客の中の怪しい奴らの数は分かるか?」

「10人……です。最初に声を上げた人と、そのあと最初に動き始めた人たちの数です。10人全員が、不自然に劇場内に残っています。そのうちの一人は、おそらく監視系の召喚獣もちですね。こちらを探っている視線を感じます」


いつもと違ってしっかりと目を見開いているシェリーさんが答えた。監視役の場所はなんとなくわかる。俺の召喚獣とは違う方法で監視しているのだと思う。視線を感じるが、どこにいるか発見できない。


「敵は50名。厳しいな。ヒジリさん、外の近衛騎士団との連絡は?」

「ダメだ。妨害されているようだ」

「いずれ気がつくとはいえ、すぐに間に合うものでもないですね。向こうも何か対策しているでしょうし」


こっちは11名。こちらに向かってくる侵入者は10名なので、ほぼ互角だが……

アラタは方針を決めたようだ。早口で説明を始めた。


「二手に分かれよう。俺とアイギス、タクミ、アザミ、シオン、シェリー、イブリスは舞台へ移動して歌姫を守る。残りはあの場所へ移動して、そこを守れ」


指さしたのは関係者以外立入禁止という札がかけられた扉。


「ドアロックや注水装置を操作されると厄介だ。ここで立てこもったとしても、この2階席まで水で満たされでもしたら困る。とにかく施設の機能を侵入者に奪われないようにしてくれ。近衛騎士団が来るまで耐えればいい」


みんな異論はないようだ。

怪しい観客の情報をシェリーさんと俺から皆に周知し、俺たちは行動を開始した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ