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第56話 シナリオ8 追憶の旅・水 歌姫の憂鬱③

追及を続けるポックルさんから逃げ出し、俺は船室に戻ってきた。

あの場にいると話題がろくでもない方向に行くと思ったのだ。女性が集まって話をしている中に男一人が混じるのは荷が重い。


4人でどんな話が行われているのかは考えないようにして船内を見て回ろうと歩き出すと、すぐに知り合いに遭遇した。アラタだ。


「トオル、いい所にきた」


こっちこっち、と手招きされたので近づく。


4人掛けのボックス席にはヒジリさんとイブリスもいた。

男だけで秘密の相談か?とりあえず開いている席に座る。


「今日の夜の予定についてだ。この4人で出かけるぞ」

「夜?どこに?」

「楽しい店だ」


ニヤニヤするアラタに悪い予感がした。


「イブリスもいるんだぞ?大丈夫なのか?」

「大丈夫。ノンアルドリンクもある。いかがわしい店じゃない。むしろ健全な店だ」


アラタがこんなことを言うということは、その店に行かなくてはいけない理由がある?ということは……


「その店に、今回の協力者がいる?今回の協力者は劇団ローレライの歌姫、じゃなかったのか?店のオーナーが歌姫?」

「おしい。オーナーではない。その店では、歌姫が身分を隠して、従業員として働いている」

「へぇ……」


劇団ローレライの歌姫は、代々仮面を付けていて素顔はトップシークレット。

引退後、仮面を外せば他人として生活できる、というプライベート対策らしい。

素顔の歌姫がいるお店。興味がある。


「女性陣を連れて行ってもいいが、変なトラブルになるのは避けたい。男だけで行くのが無難だと判断した」

「健全な店じゃなかったのか?トラブルになるような店なのか?」

「普通に考えたら大丈夫だが、うちの女性陣は嫉妬深いのが多いから」


アラタも案外苦労しているらしい。本題に戻す。


「店で何をどうするのか、作戦あるんだろ?教えてくれよ」

「それはな……」


その後の話を聞くと、アラタ、俺、ヒジリさん、イブリス全員に役割があった。

正直、なんのためにその行為が必要なのかわからないが、アラタの言うことだ。何か意味があるのだろう。

全員神妙な顔で頷き、一旦解散となった。



船の見学を再開し、皆と別れて歩き出す。

階段で下の階に降りると、ホクトさんを見つけた。窓際のカウンターに一人。椅子に座り、海を眺めながらジュースを飲んでいた。


「やぁ」

「あ、トオルさん」


立ち上がろうとするのを手で制す。ホクトさんは腰を上げるのを止めて、逆に自分の隣の席を勧めてきた。流れのまま腰を下ろす。


「珍しいね。シェリーさんは?」

「アイギスさんと何か話しています」


ほら、と指差す方向を見ると、向こうの方で二人が話をしているのが見えた。


「トオルさんも、私たちは二人で1セットだと思っているんですね」

「いや、まぁいつも一緒にいるのを見てるからさ」


シェリーさんとホクトさんは俺達よりも一学年下。単独行動しているであろう日中は学校で頻繁に会う機会はないし、放課後はいつも二人で行動しているところに合流する。正直、単独行動しているときに遭遇するのは珍しい。


「シェリーが私以外の人と仲良くしているのを見ると、なんだか……複雑で」

「ん?」

「シェリーが本当は凄いことを私は知っている。私はシェリーの親友。そんな自負があったんです。でも最近は私から離れてアイギスさん達といることが増えて」

「うん」

「それに、最近は私に隠し事をしてる。……何となくわかるんです。いつの間にかが飛べるようになっていたのも、私は知りませんでした。全部が全部オープンにする必要はないですけど、なんだが急に壁を作られたみたいな気がして」

「……」

「私以外と交流するように散々言ってきたのに、いざその状況が来たら寂しく感じるなんて。私もシェリー離れしなきゃいけないのかな……」


ストローを加えてジュースをぶくぶく泡立てる姿が、これまでとは違う幼い印象を与えてくる。委員長っぽくて話し方とかしっかりしているけど、年下なんだよな。


「それが大人になるってことさ」


頭をポンポンする。


「……」


ホクトさんがストローをくわえたまま動きを止め、首から上だけを動かして俺と目を合わせてきた。首から下が微動だにしていない。あなたは梟か?


「っ。ごめん。妹によくやってたから……」


妙な雰囲気になったのを察し、言い訳しながらサッと手を引っ込めると、ホクトさんはジト目で俺に忠告した。


「トオルさん、慰めるの下手ですね。一歳差で大人を説かれても説得力がないです」

「すいません」

「あとそれ、頭ポンポンは好感度低い子には逆効果ですから、止めた方がいいですよ」

「以後気を付けます……」

「……まぁ、私には効果大ですけど」

「え?ホクトさん、何?」

「何でもありません」


ズズズ、と行儀悪くジュースを音をたててすすると、ホクトさんは何か思いついたのか、悪い顔になった。


「トオルさん、私のことさん付けしますけど、年下ですし、別に呼び捨てでいいですよ?」

「いや、それはちょっと……」

「ダメですか?」

「ダメじゃないけど……」

「けど?」

「ダメじゃないです」


なぜかぐいぐいくるホクトさん。


「はい、じゃあ練習しましょう。どうぞ」

「え……ええと……ホクト?」

「はい、トオル先輩♡」


不意打ちの先輩呼びにグッときた。なかなかイイな、これ。


その後はたわいのない世間話をした後、シェリーさんがこちらに戻ってきたタイミングで席を立つ。まだまだ目的地までは遠そうだ。


「じゃあ、俺は船内見て回ってみるから……」

「ええ。また後で」


俺はホクトと別れ、船の中のぶらぶらを再開した。



一周して甲板に戻ると、何やら騒がしい。

大きなイカが甲板に積まれていた。

乗組員の皆さんに混じって仲間たちがイカを囲んでいる。一人離れたところにいたポックルさんに話しかける。


「どうしたんですか?」

「帝王イカがでてきたんや。ナギサちゃんとミヨちゃんがすぐにボコしたさかい、被害ゼロやで」


周囲の乗組員さんの話が聞こえた。


「珍しいな」

「小型船ならともかく、この船に帝王イカなんて何年ぶりだ?」

「釣り上げたのはあの娘たちらしい」


自分のことではないが、なんとなく誇らしい気分になったところでナギサ達がこっちにやってきた。


「お疲れ様」

「ん。歯ごたえの無い相手だったよ」


やれやれ、という感じで答えたナギサに対し、ミヨは違う意見のようだ。疲れた顔をしている。


「ナギサちゃんにとってはそうかもね」


前衛として戦ったのか。傷はないようだが一張羅の服がびっしょり濡れていた。

白い服だったので、うっすらと透けて見える。まぁ?この程度では俺は動じないけどね。


ミヨが俺を見てニンマリ笑った。ろくでもないことを考えている顔だ。


「トオルくん。このままだと体冷えちゃう。拭いてほしいなー」

「やめろ。引っ付くな。海水に濡れて気持ち悪い」

「ひどっ!頑張った幼馴染に労いの言葉もないの?」

「はいはい。凄い凄い」


濡れた服で抱き着こうとしたミヨの頭を押さえて近づいてくるのを阻止。

唇を尖らせたミヨに上着を脱いで渡すと、おとなしくナギサと共に船室に戻っていった。


「……ん?」


船室に戻る二人から帝王イカに視線を戻す途中、遥か彼方の水平線上に何か人のようなものが見えたような気がした。

が、そちらにピントを合わせるコンマ数秒のうちにその影は消えていた。気のせいか……?


「トオルちゃん、どうしたん?」

「いえ、何でもないです」


ポックルさんの方に向き直る。アリエ島到着まで、あと2時間。


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