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第54話 シナリオ8 追憶の旅・水 歌姫の憂鬱① 新入り店員 リッツ視点

桟橋に大型船が係留され、多くの人が降りてきた。

中には荷台いっぱいに荷物を積んだ馬車もある。


ここはアリエ島の玄関口となる港町。

二日ぶりに運航された大型定期船には通常よりも多くのヒト、モノが積まれていた。


「どうだ?リッツ。よさそうな奴はいるか?」

「ちょっと待ってください……いた。いかにも金を持ってる旅行者。気の抜けた顔してやがる」

「どれだ?俺にも見せてくれよ」

「今ちょうど降りてきた馬車の御者台に座ってるやつです」


双眼鏡を除いたまま、隣の男・俺が働いている店の店長・ミオスさんにターゲットについて説明する。


「なるほど、あれか」

「はい。あいつでいいですか?」

「いやまて。アレは駄目だ」

「え?どうして?」

「あれは無防備なんじゃない。整ってるんだ」

「整ってる?」

「雑念を捨て去って極限まで集中力が高まってる状態だ。一見無防備に見えるから質が悪い。ああいうのに声をかけても無駄だ。やめておけ」

「そういうものですか……」


納得はできないが、この種の経験が俺よりも豊富なミオスさんの意見だ。素直に従う。


「あの御者台の両隣を見てみろ。イケてる異性が体を密着させてるのに不動だ。ああいう状況に慣れてる証拠だぜ」

「確かに……」


双眼鏡の先の男は、両側に座った女の子からのアピールに何も感じていないような表情をしている。二人が男を取り合っているように見える。


「煩悩を一時的にでもなくすようないいことがあったのかもな。ひとは見た目によらねぇってことだ」

「……」

「おっと、話がそれたな。そうだな、あいつはどうだ?馬車の横を歩いてる集団の一番目立つやつだ」

「あいつですか?あれがうちの店に来ますか?」


馬車の後ろを歩いている異様な集団。

ぶっちゃけて言うと残念な容姿の女たちの中に随分と雰囲気の違う男が一人混じっている。ミオスさんはその男に目を付けた。


出会いに困っているような雰囲気ではないし、その気になれば異性をひっかけるなんて楽勝そうなツラ。確かに、金は持ってそうだが……


「まだまだだな。あっちは前の奴とは違って欲望に忠実そうだ。逆にああいう奴の方がうちの店にハマるんだよ。身なりもいいし。金ももってそうだ」

「そうですか……」


ポン引き道も奥が深い。

その後も、ミオスさんと物色を続け、目標となる人物を複数人決めた。


「宿へ向かう迄の間にチラシを渡せるかが重要だぞ。行ってこい!」

「はい!」


俺はミオスさんと別れて目標に近づく。


まずは最初に見つけた男。ターゲットは港の検問を出て繁華街の方へ移動している。

今は夕方。この時間に島についた旅行者は、まずは宿を確保するはず。


多くの人が宿屋の集まるエリアに向かって歩いている。その流れに加わり、そろそろと近づく。


ターゲットが周囲にいた仲間と思われる女たちから距離をとった。今だ。


「お兄さん、この島は初めて?」

「???……ああ!初めてだよ」


不審者を見るように俺を見たターゲットだが、思いのほか友好的な返答。

最初の接触としては上々だ。


「僕、リッツと言います。生まれも育ちもこの島なんです。お兄さんにもこの島を好きになってもらえると嬉しいな」

「そうなんだ。この島でおすすめのものとかある?」


キタ!


「そうだね。やっぱり、劇団ローレライかな。聞いたことない?」

「あ~聞いたことある。この港町を拠点にしている有名な劇団だったか?そこの劇団の歌姫になるためには条件があるとか」

「そう。代々劇団のトップスター・歌姫になる人物は、召喚獣・セイレーンを召喚する女性でなければならないんだ」


Bクラス召喚獣・セイレーン。

人魚型の召喚獣で、その歌声はあらゆる男を魅了すると言われている。


昔から男性ファンの多い劇団だが、近年は女性ファン獲得にも力を入れていて、町の中心部にある劇場は一年中何かしらの題目が上演されている。


「今月の題目は、人魚姫。お兄さんも劇団を見に来たのかい?」

「まぁ、そんなところだ」


当たり障りのない世間話をした後、本題を切り出す。


「お兄さん、今日の宿は決まってるのかい?」

「すまないな。宿はもう決まってるんだ」

「いやいや、いいんだよ。残念だけど。……じゃあ、夕食の店は?」

「その宿で食事をしようと思っているんだ」

「そっか……」


ここからが本題。

俺は声を小さくして聞いてみる。


「じゃあ、2次会の店はどう?美人な女の子がいっぱいいる店だよ?」

「……話を聞こうか」

「そうこなくっちゃ」


鞄からチラシを渡す。


「うちの店の基本料金、飲み物代はこんな感じ。裏が地図。繁華街から一本入ったところに看板が出てるから、すぐわかると思うよ」

「ほう」

「入口でリッツの紹介、って言ってこのチラシ出せば、割引もできるよ」

「それはいいな」


ニヤリ、とわらうターゲット。


「夜中まで店はやってるから、来てね。待ってるよ」

「ああ。行かせてもらうよ」


よし。


ターゲットから離れ、一旦小休止。

本当に来るかは分からないけど、とりあえず悪い印象は持たれなかったみたいだし、この調子で声をかければ一人は来てくれるんじゃないかな。


一息入れて、次のターゲットへと近づく。まだチラシは多い。頑張らねば。




夜も更けたころ、俺は店の厨房で皿洗いをしていた。


「4名様、ご来店~」


ウェイターの兄さんが俺に声を掛けてきた。


「面白そうな4人組だぜ。リッツの紹介だってよ」


手を止めてホールを除くと、そこにいたのは夕方最初に声を掛けた男だった。

一緒にいる3人も特徴がある。


一人は最初ターゲットにしようとしていた男。もう一人は細マッチョ。最後の一人は俺と同じくらいの子供だった。


注文されたドリンクを持っていきがてら挨拶する。


「お兄さん、来てくれたんだ」

「来たよ。約束したからね」


男は受け取ったグラスをキザな感じに傾けてウインクしてきた。

連れの子供が周囲のテーブルのお客さんたちを巻き込んで、手品を披露して場を盛り上げている。残り二人はチビチビと飲み物に口をつけている。二人ともノンアルだね……


「氷もってきたよ」

「ありがとう。……ところで君、リッツくん、だっけ?」

「うん?」

「君のお姉さん、劇団ローレライの歌姫の影武者だよね?」


サラッと言われ、思わず発言者の顔を凝視してしまった。


男は唇の前で人差し指を立てていた。


「大丈夫。俺たちの話には誰も気づかない。そういう風にしてある」

「……」


警戒する俺に対し、目の前の男は笑っていた。


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