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第52話 シナリオ7 王都の地下⑥

ヘルハウンドを無力化された混合キメラスライムの全身が再び淡い光を放つ。


先ほど同様に光る箇所が膨れ上がる。ただし、今回は複数個所が同時だ。

程なく、4つの塊が分離された。


各々が、鋭い牙を持つ猫科の4足獣、大きな鳥、1メートル以上の角を持つ甲虫、そして蜥蜴へと変化した。蜥蜴には見覚えがあった。例の透明になる能力を有する蜥蜴。クリアリザードと言ったか?


一方の混合スライム本体はその大きさを最初現れたときの半分くらいにまで小さくなっていた。今なら本体のスライム核を視認することもできる。

確認のためにシズカに声をかけた。


「4つが分かれた。見えるか?」

「……見えにくいですが、見えます。あのトカゲを任せてもよいですか?」

「ああ」


蜥蜴は混合スライム本体の背面、俺たちからは見えない場所から分離した。

しかも、最初から透明能力を使用している。不意打ちする気だと見える。このスライム、以外に頭がいいのかもしれない。


ここにきて、シズカが俺をわざわざ連れてきた理由がようやくわかった。このトカゲの相手をさせるためだ。泣けてくる。


とはいえ、こいつには以前攫われたときの恨みがある。王都観光を潰された恨み、誘拐された王都の皆さんの恨みを加え、今こそ仕返しのときだ。



この場にいる全員がほぼ同時に動いた。


俺はクリアリザートがシズカに攻撃しないよう邪魔をする。

シズカは3体の召喚獣モドキたちの攻撃をかわしつつ反撃。そこそこ連携が取れている召喚獣モドキたちであったが、シズカの一撃を防ぐだけの能力はもっていなかったようで、いずれも切断されては修復を繰り返している。


甲虫の一部が4足獣に吸収されたり、鳥の一部が甲虫に吸収されたりと、多少の応用は効くようだが、根本的な対策にはなっていない。


数分後には3体の召喚獣モドキは修復核を破壊され、動かなくなった。


シズカはそのまま混合スライム本体へ接近し、一太刀毎に本体を削り取っていく。

本体も触手を振り回して抵抗するが劣勢は明らか。みるみるうちに本体は小さくなり、スライム核だけが残った状態になったところでシズカは攻撃をやめた。



俺はその間クリアリザートと1対1。

最初は素早く動いていたが、混合スライム本体が削られるに従い動きが緩慢になっていく。


混合スライム本体の半分以上が削られた時点でクリアリザードが形を維持できずスライムの塊に戻った。修復核を叩き潰す。


「っ!」


クリアリザードのコアを護身棒で潰す瞬間、体に静電気がパチッと走った。


俺がシズカの方に目をやると、シズカは握りこぶし大の混合スライムの核を拾い上げるところだった。

こちらに頷くシズカに慎重に近寄る。


「終わりました」

「それ、どうするんだ?」

「調査します。何か分かるかもしれません」

「そうか。……混合スライムによる脅威は解消したとはいえ、結局誘拐犯たちはどうするんだ?」

「そちらも、すぐに解決するはずです。見えませんか?」


シズカの指し示す方向は上。天井の向こうを透視すると、はっきりとは見えないが、なにやら多くの人が争っている様子がみえる。


「リュミスさんが外に出た時点で、待機していた部隊が投入することになっていました。今頃は大捕り物の最中でしょう」

「全部計画通りか」


シズカは俺の問いに答えない。黙って味方の到着を待っているようだった。


俺は叩き潰した修復コアの残骸に目を落とした。結局、あのクリアリザートは何だったのか?あのおっさんが生きていて召喚獣が混合スライムに食われたのか、あるいはまったく別の個体だったのか?何も分からない。


研究機関でそのあたりが分かるのだろうか?



長い沈黙のあと、シズカが口を開いた。それは想定していなかった内容だった。


「トオルさん、ありがとうございました」

「何?急に気持ち悪いな……」

「貴方の能力のおかげで解決できた。感謝しています」

「……」


シズカと俺は、心底親しい友人というわけではない。お互い、自分の損得を計算して付き合っている。


そんな相手だが、やはり感謝されるとうれしい。

俺のFクラス召喚獣・浮遊眼でも役に立てる、人に喜んでもらえるのは、何というか、自尊心が満たされる。


「いいってことよ」


シズカと視線が合ってしまい、気恥ずかしくなった俺は思わず視線を外した。


そうこうするうちに、多くの人が近づいてくるのが分かる。

壁を透視してみると、軍の兵士と思しき集団がすぐそばに来ていることに気づいた。


というか、向こうの方に見えるのはアラタとタクミ、ヒジリさん、それにシェリーさんだ。

やっぱりアラタもこの件に一枚かんでたのかよ!


俺が口を開こうとしたところで、シズカが期先を制して言葉を発した。


「これをどうぞ」


スライム核を手渡された。核はほんのりと暖かい。


「えっと?」

「兵士の皆さんが来ましたね」


シズカが扉の方を振り向く。

思わずそちらへ浮遊眼ごと視線を向けて確認。扉の向こうまで来ている。後数秒でこの部屋に入ってくるだろう。

次の瞬間、


「では、また」


その声だけを残し、シズカの姿は消失していた。



やられた……!


扉を乱暴に開き入ってきた兵士たちはスライム核を持つ俺に武器を突きつけ、手を頭の上に置いて跪くよう指示をした。

大人しく指示通り投降の姿勢を取った俺に対し、乱暴に身体検査をする兵士のみなさん。


視界の隅では、部屋の奥に転がしていた見張りの男も同じような体勢をとらされていた。俺、もしかして誘拐組織の下っ端だと思われる!?


今回の件、王族の名前を出すことは出来ないと言っていた。

シズカはサクナ様の護衛。シズカがここにいたら、サクナ様の関与が疑われる。俺をデコイにしやがった……!


シズカの召喚獣はAクラス・幻影自像ドッペルゲンガー。この召喚獣の特徴は、本体とそっくりの姿の複製体を使役すること。複製体の能力は本体と同じため、本体の能力が高ければ高いほど真価を発揮する。剣士として無類の強さを誇るシズカが二人になって連携して攻めてくるのだ。まぁ恐ろしい。


そして、これは俺含む一部の人間しか知らないことだが、幻影自像は練度を上げることによって追加能力が色々と解放される。


まずは人形であった複製隊が独自の意思を持つようになり、その次に‘他人の能力を模倣する能力’を有するようになる。


シズカは俺の浮遊眼を舐めることによって、言い換えると、浮遊眼の表面を覆う涙を取り込むことによって浮遊眼の視力を得ることができる。そして、複製体と本体の能力が同じ、というルールにより、本体までもが視力を得るのだ。


模倣できる能力は直近の1つのみ。模倣した能力は時間経過や能力行使によって劣化し、最終的には使えなくなる。だが、幻影自像が凄いのは、練度込みで能力を模倣することだ。だからこそ、浮遊眼が練度を上げることによって得た透視能力を使ってスライム核の場所を正確に視認し混合スライムを無力化することができた。


アラタが兵士の皆さんに事情を説明して解放されるまで、俺は床に転がされ、そんなことを考えていた。





あの後、ヒジリさんの口利きで解放された俺は、騎士団の事務所などで一通り事情聴取を受けた後ホテルに戻ってきた。上の方には話が通っていたらしく、さっくり開放されたのは幸いだった。


そうそう。リュミスさんやポックルさん、誘拐されていた人々は兵士の皆さんに無事保護されていて安心した。


疲れた。とりあえず風呂入りたい。

ロック解除してホテルの部屋に入ると、中に人がいた。もう驚かない。


「今度は一体何しに来た?」

「今回の報酬がまだでしたので。不要でしたか?」

「……いる」


部屋の中にいたのはシズカ。

先ほどまでとは違い、クラシックなメイド服姿。久しぶりに見る、フチなしメガネをかけていた。目の前のこいつは本体……か?浮遊眼で観察しても判別できないのがもどかしい。


しゃんとした立ち姿。左手の肘から先だけで浴室を示しながら、上目遣いで俺に言った。


「シャンプーもサービスしますよ?」

「……」


浴室に道具が用意されているのが見える。

俺は改めて目の前の少女を眺めた。


今日初めて見る種類のシズカの笑み。

それが得物を前にした蛇に見えた。


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