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第50話 シナリオ7 王都の地下④

リュミスさんの言葉に従い、俺たちは王都の下水処理場へ向かった。


シズカが用意した馬車に乗ってホテルから海沿いの公園まで移動。そこから浜辺沿いに歩く。途中から雑木林に入り、身を隠しながらさらに奥へ。


徐々に特徴的な匂いが強くなってきた。ゴミ・下水の匂い。当然のように周囲に人影はなし。こんなところに好き好んでくる人間はいないんだろう。念のため、4人とも目立たない服装に着替えてあるが、必要なかったかもしれない。


「こっちですわ」


リュミスさんが時折カードを確認し、絵柄を見てルートを決めている。


アレが道具型召喚獣というのは分かったが、彼女はどうやって絵柄を解釈しているのか?

先ほどチラ見したのは傘の柄のカード。それでどうやって一行を先導できるのか、さっぱり理由が分からない。

とりあえず大人しくついていく。


気になったことを小声でシズカに話しかけた。


「王族のコネでなんとかならないのか?」

「今回の件、サクナ様の名前を出すことはできません」

「どうして?」

「……理由は言えません。私たちは王族とは無関係。そういうことでお願いします。お二人も納得済みです」


シズカの言葉にリュミスさんとポックルさんが頷いた。


雑木林を抜け、処理場の敷地を仕切る壁に到達。

壁沿いに歩くと、大きな松の木が塀の上を伸びて処理場敷地内まで広がっている場所を見つけた。


「あそこから侵入しましょう」


シズカが提案し、リュミスさんも承諾の意を示した。

そのままシズカが先導して突入すると思っていたのだが、シズカは俺の前に歩いてきた。


「眼を」

「……わかった」


浮遊眼を小さくして移動させる。


シズカは浮遊眼に素早く口づける。浮遊眼はすぐに解放された。

そのまま浮遊眼は空中を移動し、枝の影から処理場の内部を確認。


見える範囲に人影はなし。

最も近くの人物でも、数十メートル離れた建屋内にいるオペレータと思われる人物だ。


「大丈夫そうだ」

「私が先行します。合図をしたら次の方、お願いします」


そういうと、するすると木を伝ってシズカは処理場の内部に入った。

機器の影で合図したのを浮遊眼の視界で確認。ポックルさんに伝え、ポックルさんが移動を開始した。


「トオルさん。聞いてもよくて?」


ポックルさんが塀の向こうに消えたタイミングでリュミスさんが声を掛けてきた。


「何でしょう?」

「さっきの、何ですの?シズカさんが、トオルさんの眼に何かしましたわよね?」

「……ノーコメントで」


迷ったが、黙ることにした。シズカがどこまで話をしているか分からないので、下手なことは言わない方がいい。


「俺からは何も言えません。本人に聞いてください。……次、お願いします」

「……そうですか。わかりました」


リュミスさんが移動。なんとなく不機嫌な感じ?親しい友人シズカが別の友人との間に秘密を持っている様子で複雑な気持ち、というところか。


後ろ姿を見ながら考える。アレをやったということは、シズカも本気だということ。

この先、一筋縄ではいかない可能性が大きい。俺も気を引き締めないと。



塀を越えて侵入した先、リュミスさんの先導により到着したのは、地表から一段低い場所にある大きな横穴だった。

町中の下水を集め、この処理場に送るための穴らしい。ご丁寧に穴の脇に説明看板があった。

横穴には人一人が通れる程度の通路が設置されていた。見た所、点検通路だろう。


通路は一段高い場所に設置されているものの、その脇を大量の悪臭を放つ液体が流れている。


「ここですわ。この先に、誘拐された方が捕らわれています」

「うぇー……」


ポックルさんが俺の気持ちを代弁してくれた。


「ここで待ってますか?」


シズカがポックルさんに問いかけた。


「は、冗談ゆーなや。ここまで来たんや。最後までいくで」

「そうですか。わかりました。では、私が最初、殿しんがりはトオルさんでお願いします」


シズカは淡々と告げた後に歩き始めた。


「お先にどうぞ」


ポックルさんに道を譲られたリュミスさんは一瞬険しい顔をしたものの、素直に歩き始めた。


一分も歩かないうちに雰囲気が変わった。現在はかろうじて外の光が届いているが、これ以上進むと真っ暗だ。


その真っ暗な闇の中に無数の光る点。光は瞬いていた。


「ご注意を」


リュミスさんの注意を促す声を同時に、かすかな羽音が聞こえた。


「蝙蝠や!」


ポックルさんの声と同時にシズカが動いた。

腰に差していた刀が抜かれ、瞬き一閃。


羽音は消え、ぼちゃぼちゃと何かが下水に落ちる音が響く。


「姉ちゃん、凄いな……あれ、吸血蝙蝠やろ?」


俺の眼でも全部は見えなかった。リュミスさんやポックルさんには何か起こったのか見えてなかっただろう。

シズカは一瞬で少なくとも5回は刀を振るった。斬撃の瞬間、魔力で作った刃を伸ばし、普通なら刀が届かない距離を飛んでいた吸血蝙蝠を両断したのだ。

加えて、近くにいたドブネズミを数匹同時に処理していた。


翼を広げると1メートル近い吸血蝙蝠は暗闇を好み、飛ぶ際の羽音も小さい厄介な存在だ。その群れをこともなげに撃退し、シズカは無音で刀を鞘に納めた。


「気を付けて進みましょう」


通路をさらに進むと下水路は左右に分岐していた。

右の分岐の先は真っ暗。左の分岐の先はわずかに光が見える。


「左へ」


リュミスさんの声に従い移動開始。

進んだ先は50メートルほどでさらに分岐となっており、右の分岐の先に頼りなさげに非常灯が灯っていた。

非常灯の下には一枚のドア。


慎重に近づき、ドアに手をかけたシズカが顔を横に振る。


「鍵がかかっていますね」


ドアの横には数字のパネル。番号を入れろということか。


「お任せを」


リュミスさんがカードを取り出し、何枚かシャッフルし絵柄を確認。

そのままパネルの操作を始めた。10回の数字入力の後、扉から鍵が外れる音が聞こえた。

一発で開錠か。この人の召喚獣、応用力がすごいな。


ゆっくりの扉を開く。扉の先はきちんとした通路になっていた。下水道から続いているとは思えない綺麗な通路。

所々に非常灯が灯っており歩くのに不便はない。


通路をたどるとさらに扉。

この扉の先は透視できた。大きなホールのような場所。壁際に成人男性が一人。椅子に座って動かないところをみると居眠り中のようだ。


シズカが扉をそっと開き、隙間から身を滑らせた。


「いいですよ」


許可が出たので俺たちが扉を開くと、居眠り中に拘束された男が床に転がされていた。

猿轡に目隠し耳栓。完全に無力化されていた。


男の前には牢屋。女性と子供が牢屋の隅で身を寄せ合っていた。全部で5人。

男の腰ベルトにつるされていた鍵を使って牢を開錠する。


「ふう。良かったで。これで解決やな」


ポックルさんは牢の中にいた一人の男の子の前に膝をつき頭を撫でている。

誘拐された兄弟の兄の方だろう。


「いえ、まだです」


答えるシズカの顔は天井に向いていた。

視線の先には通気口。その蓋が弾け飛び、ファンが落下してきた。


「うわっ……何なんや……?」


皆が通気口から距離をとる。

全員が注目するなか、通気口からヌルリと姿を現したのは泥のような、餅のような塊。


「ヘドロ……スライム……?」


誰かの声が聞こえる。

形状は、確かに下水道にわく粘性生物・ヘドロスライムに似ている。だが、ヘドロスライムの一般的な大きさは手のひら大のはず。


天井からボトリと落下した塊はその何十倍、何百倍の質量がある。

最終的には全高2メートル、幅5メートル近い塊になった。


見た目も違う。ヘドロスライムは汚物の化身とでもいうべき存在。目の前にいる存在も間違いなく気持ち悪い。が、同時に何か別の不思議な感情がこみ上げる。懐かしさ、そして怒り……。


何はともあれ浮遊眼の視力を使って対象を観測する。


表面の質感が、場所によって微妙に違う。

爬虫類の皮膚を思わせるざらざら形状に見える部分、突き立ての餅のようにすべすべに見える部分、タマムシのような、水に浮かぶ油のような七色の光沢を放つ部分。


色々な生物の皮膚をつなぎ合わせたような外見。

狭い牢の中央を陣取ったその物体の表面は不気味に蠢いていた。



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