第47話 シナリオ7 王都の地下① 商人・ポックル視点
「珍しい西方の置物でーす!見て言ってくださーい!いまならタイムサービス中でーす!」
大きな声で通行人に声をかける。
時々こちらを振り向いてくれる人はいるが、お店の前に寄ってくる人は少ない。
その人達も、うちの容姿を見るとそそくさと立ち去る人ばかり。そんなにハニワ人が珍しいか?寸胴でメリハリのない体型では客は呼べないのか?
ここは王都の目抜き通り。から一本逸れた、それなりの人通りのある通り。の端っこ。
せっかく場所代を払って出店したのにこのままだと赤字だ。何とかして商品を売らなければ。
そう思っていると見覚えのある姿が近づいてくるのに気づいた。
「もうかりまっか?」
「ぼちぼちでんな」
故郷の訛り全開で話しかけて来たのはメガネをかけてビシっとした服装の姉ちゃん。
王都に出てきた同郷人の世話役みたいな人や。
うちは王都の西方、商業が盛んな地域の街出身の行商人。
学校を卒業後、商売のために各地を回っているものの状況は芳しくない。無名どころか、下手すると駆け出しと同レベルの存在や。
そんなうちが、曲がりなりにも王都の通りの一角に場所を取ることができたのは、目の前の姉ちゃんの力によるものが大きい。
定型挨拶を終えると姉ちゃんは店の商品を手に取りながら話しかけてきた。
「懐かしい。西方の木彫りのお面ですね。作りもいい。王都では確かに珍しいかもしれません」
「せやろ?」
「ですが、王都の人々の興味を引くようなものだとは思いません。何より高い。こんな路上で売っていても冷やかしがせいぜいでしょう」
「……せやな」
痛い所をつかれた。
事実、今日の午前中に近づいてきたのはみんな子供。
売れたのは、本来うちが売りたい伝統工芸品ではなく、端っこにおいてある有名キャラクターを模したお面。一緒にいた親が自分の子供に買ったものだけ。
工芸品とキャラクターお面の商品単価は10倍以上違う。高い工芸品が売れてくれないと赤字。今の時代、お面の行商は無理なのか?
「こんなところに出店するのではなく、私の店に骨董品として卸してはどうですか?ここで売るよりは見込みがあると思いますよ?」
「おおきに。でも大丈夫や。うちはお客さんとのふれあいを重視しとるさかい、このスタイルでいきたいんや」
姉ちゃんはじっとうちのことを見ると、数秒後に溜息をついた。
再び口を開いたとき、口調は柔らかいものに変わっとった。
「そうですね。ポックルの強情さは昔から知ってます。そうと決めたら曲げないところ。妹にも見習ってほしいですね」
「さすがリュクス姉ちゃん。うちのことをよー分かっとる」
お互い笑顔になったところで、その雰囲気に水を差す子の声が聞こえた。
「ポックルはそんなことを言っているからダメなのですわ!」
いつの間にかうちの後ろに立っていたのは見慣れた顔。
「商売の基本は客が望む者を売ること。そんなカビくさい工芸品をメインにするなんて気がしれませんわ」
「うるさい。リュミスには聞いとらん」
「ま、何ですの?その口の利き方は!」
うちの拒否の言葉に変なお嬢様言葉で反応したのは、リュクス姉ちゃんの妹のリュミス。
うちとは同い年の腐れ縁。生粋のハニワ人体型のうちとは違い、リュミスはメリハリのある体型。ホンマふざけた奴やで!
リュミスも西方訛りがあるはずやのに、それを誤魔化すためにおかしな口調になっとる。
「うちはリュクス姉ちゃんには恩がある。やけど、リュミスにはなんの恩もない。今のあんたはイチャモン着けてくるクレーマーや。我ながら随分と優しい対応やと思うで」
「はぁ?昔よしみで忠告してあげましたのに。その態度、なんですの?」
「余計なお世話や。うちはリュミスみたいに流行りものに流されたりはせん。腰を据えた商売がしたいんや」
「ふん。私よりも利益を出していない、貴重品を適正価格の3分の1で売るような商人の言葉なんてなんの説得力もありませんわ。せいぜい頑張りなさい」
リュミスは大声で言いたいことだけ言うと踵を返し、うちらから離れていった。
あっという間に人並みに紛れて見えなくなった。相変わらず嵐のような女やな。
肩をすくめたうちに、リュクス姉ちゃんが誤ってきた。
「妹がごめんなさいね」
「姉ちゃんが気にせんでええよ。もう慣れとる」
リュクス姉ちゃんは申し訳なさそうだけど、うちは本当に気にしてない。
別にうちとリュミスは仲が悪いわけやない。むしろ、友人としてはツーカーの仲だと思ってる。だてに幼馴染をやっていない。
「それに……」
うちが言葉を続ける前に、通行人が商品を並べた場所に近づいてきた。
「おっと。私はこれで。なにかありましたらお店まで」
「おおきに」
リュクス姉ちゃんが去っていくとの入れ代わりに何人かが商品の前に立ち物色を始めた。
「いらっしゃい~」
うちはここぞとばかりにお客さんに商品を売り込む。
あの後、路上の商品前に一時的に出来た人だかりに誘われ、時々お客さんが立ち止まるようになった。
結果、なんと、今日は工芸品が4つも売れた。
リュミスが捨て台詞で吐いた、適正価格よりも安い、という言葉を聞いていた人達が買ってくれたのだ。
リュミスはツンデレやから、こういう形でうちの商売を手助けしてくれたんやと思う。
「今度会ったら、お礼言わなあかんけど、素直に言いたないな……」
日が暮れる前に片付けをして店をたたむ。
帰宅する王都の住人達に紛れ、大きな荷物を背負って宿へと移動する途中で一人の子供が目に入った。
通りの反対側に立つ子供。頭には見覚えのあるお面。今日うちが売ったキャラクターもののお面。
数時間前に見に来てくれた親子連れ。子供二人がそれぞれお面を買ってくれた。その弟の方で間違いない。
道の端でボーっと立っている。
(??どうしたんやろか……?)
ふらり、と子供が建物の隙間に歩いて入る。
何となくそちらを見ていると、暗がりから急に真っ黒な手が伸びて出て、子供の口を塞ぐのが見えた。
そのまま子供は路地の奥に引きずり込まれた。
「!!!」
あの手が親の手とは思えない。何か事件か?見間違いならいいのだが。
馬車が行きかう通りを渡り、路地の前まで来た。
子供がいなくなる瞬間を見ていたのはうちだけらしい。騒ぎにはなっていなかった。
周囲の通行人はうちのことを迷惑そうに見ながら通り過ぎていく。
「自警団、いや、間に合わなくなる。行くべきか?」
うちの召喚獣の力を使えば何とかできるかもしれない。少し確認するだけだ。
外套を羽織り、路地裏に踏み出す。
入口は明るいが、奥の方は影になっていて見えない。不自然に暗い。
唾を飲み込み、さらに踏み出そうとしたところで、後ろから肩をつかまれた。
びくっと振り返ると、リュミスがいた。知らない女の子と一緒。
「待ちなさい」
「なんや、驚かすなやリュミス。ってそないなことどーでもええ。子供が」
驚いたが、時間がない。うちの肩にかかった手を乱暴に振りほどく。
「だからよ。餅は餅屋にまかせなさい。……シズカさん。そこです」
「ええ。視えました」
リュミスはうちに真面目な声で答えた。
うちらの脇をシズカと呼ばれた女の子が路地裏を奥に向かって歩いていく。
「ちょっと。あんた!?」
うちの声を無視して歩く女の子。そこにリュミスが口を挟む。
「ポックル、貴方は知らなくてもいいことよ」
「はぁ?」
女の子は闇に沈み、見えなくなった。
「リュミス、どういうことや?」
「……」
リュミスは口を開かない。そのまま数分経過。
いい加減どうすればいいかわからなくなったこころで足音が聞こえた。闇の中から先ほどの女の子が出てきた。
両手に子供を抱いている。頭に面をつけた子供は目を閉じていたが、かすかに息をしているのは分かる。
「ほんま、どういうことや?」
「……」
「……」
リュミスも女の子もうちの問いには答えなかった。
ハニワ人:商才があると言われている亜人種族。人とほぼ同じ外見。ポックルがメリハリのない体形なのはハニワ人だからではなく、あくまでも個人の特徴。ハニホー!




