第45話 シナリオ6 追憶の旅・火 温泉街の熱血漢⑦
「メインイベント。アスレチックレースの開始です!」
午前中司会をしていたお姉さんは午後も司会を継続。
レースでは、町を一周するコースを4人が順番に走る。
コース中には各区画で異なる障害物が設置されている。
障害物との相性を考慮し、ナギサ→ミヨ→ホクト→俺という順番に決めた。
第一走者を広場に残し、第二走者以降は各々のスタート位置へ散っていく。
「円陣組むよ!」
ナギサの言葉に、4人で円陣を組んで気合を入れる。
ハイタッチの後に俺は最終走者のスタート位置へ。
「宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく」
アラタのチームの最終走者はイブリスくん。
ワニのような召喚獣が側に控えている。
周りを見ると、騎乗できる召喚獣を出している走者が半分くらい。このレースでは召喚獣を使用可能。走るよりも早いのであれば使わない理由はない。
遠くで、パン!という破裂音が聞こえた。
「レースが始まりました!」
係員さんから声がかかる。ここにくるまで10分くらいだろう。
「来ました。最初は、30番。続いて29番です。準備をお願いします」
向こうの方からシェリーさんがものすごいスピードで飛んできた。
その後方にはホクトさん。追いかけて飛んでいるのだが、何故か泣いている。……あれ?シェリーさんって飛べないんじゃなかったっけ?
そんなことを考えているうちに、タスキを受け取ったイブリスくんはワニに乗ってスタート。
10秒ほど遅れて俺もホクトさんからタスキを受け取り走り出す。俺よりも後のチームはまだ中継地点からは見えない。
短い手足を高速で動かしながら走るワニを全力で追いかける。あのワニ、俺の全力と同じくらい、いや、それ以上に早い。今100メートル近い差がある。普通に走るだけだと追いつけない。が、そうは問屋がおろさない。
300メートルほど走ったところで、道が石畳に変わる。石畳に使われている石は一つが一メートル四方程度の大きさ。それが敷き詰められた100メートル強のお土産店が並ぶ通り。ここが最終走者の障害物ゾーンだ。
目に見えてスピードが落ちたワニとの距離がぐんぐん縮まる。
この通りの石畳はトラップブロックになっていて、透明な薬品が塗られた石畳がかなりの密度で配置されている。
その薬品に触れると……
「ぐるる……」
ワニの脚に糸が引いているのが見えた。
石畳に塗られた薬品にはAとBの2種類がある。一つの石畳にはAとBのどちらか片方しか塗られていない。この通りは飛行禁止のため、走り抜けようとすると薬品が靴底につく。
AとBの薬品は反応すると粘着性を発揮し、走行を妨害するというわけだ。
おれは浮遊眼を使い、石畳の表面を観察。
薬品の塗られていない石を選び、どうしても無理な場合は同じ薬品が塗られた石畳のみを選んで走り抜ける。
「おーっと。29番、すごい追い上げた。障害物などないかの如く突き進んでいるぞー!?」
司会の驚いたような声がする。
薬品を見分けることができ、Aの薬品が塗られた石畳のみを選んで進めば、粘着性が発揮されることはない。ワニの脇を追い越す。
「すごい、逆転です。1位が入れ替わりました!」
司会の称讃が心地よい。後はひたすら走るだけ。
「ぐるるるる!」
ゴールまであと少し。ワニも障害物ゾーンを抜けたようで、後ろから唸り声が迫ってくる。だが遅い。俺の勝ちだ!
あと数歩でゴールというところで俺の横を大きな塊が飛んでいき、俺よりも先にゴールテープを切った。
「は?」
「これは驚いた!再び逆転だー!!召喚獣が召喚主を投げたー!!」
ゴールテープを切ったのはイブリスくん。
振り返ると、ワニは消えていく途中だった。尻尾が大きく振られている。アレで召喚主を投げたのか。
「ちょっと待て、あんなのアリ!?」
「ルール上は有効です。召喚獣の使用は許可されており、障害物を抜けて先にゴールした走者のチームが優勝です。よって優勝はチーム30!おめでとうございます!」
俺の抗議は聞き入れられなかった。
「オッシャー!!!」
雄たけびを上げるイブリスくん。
それを眺める俺。
「ナイスラン」
「トオルくん、お疲れ様」
ナギサとミヨが近づいてきた。
「優勝できなかったのは残念ですが、楽しかったです。入賞はできましたし、結果は上々ですね」
ホクトさんも到着した。
「そうだな。2位でもいいよな」
「そうそう。半額券でも十分だよ」
その後、全チームが走り終えたところで表彰式。
賞金を獲得したイブリスくんを中心に、優勝チームの集合写真がとられた。
この写真はユノタマホテルのロビーに飾られるらしい。
写真を撮り終えたアラタに近づき話しかける
「アラタ、これでよかったのか?」
「ああ。いい流れだ。あとは明日儀式を行うだけ」
「そうか」
聞きたいことは多いが、とりあえずホテルに返ってからでいいだろう。
「そういえば、タクミ達とヒジリさんは?」
「火の封印を確認に行ってもらっている。明日の準備だ」
「俺たちが遊んでる間に準備?何だか悪いな」
「今、俺たちはサクナ様の名代としてここにいる。催し物への参加は立派な仕事さ」
「そんなもんか……」
イブリスくんの近くには大人が二人。
顔のパーツに面影がある。あれはご両親だろう。
イブリスくんが賞金の入った袋を押し付けているが、ご両親は首を横に振っている。
そこにアラタが歩いて行って、なにやら話をした。
ご両親は深くお辞儀をすると、袋を受け取り離れていった。
アラタの周りに集まった仲間たちに向けて、アラタは宣言した。
「今日はイブリスの実家で宴会だ!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」
夕方、ホテルで合流したタクミ達も一緒に、イブリスくんの実家である温泉宿・希望館へ向かう。
道は狭いし整備されているとは言い難いが、希望館そのものは小綺麗な旅館だった。
綺麗さや広さはユノタマホテルに随分劣るものの、歴史を感じる風合い。家族経営の老舗温泉宿って感じがしてこれはこれでアリ。
宴会にはヒジリさんのお仲間の近衛騎士の皆さん(祭りの最中も私服で警備していた。ご苦労さまです)も招待し、盛大なものになった。
何気にユノタマホテルの社長さんも参加している。
「ユノタマ名物、マグマ焼きそばだよ!」
イブリスが大きなお皿に乗せた山盛りの焼きそばを持ってきた。
「うまい!うまい!うまい!」
ヒジリさんがアホみたいに食っている。キャラ壊れてませんか?
そこで気づいたのだが、イブリスのご両親、お昼にマグマ焼きそば屋台にいた男女じゃないか。あれだけ人気の焼きそば屋台だったのに、温泉宿の経営状況が芳しくないってどういうことよ?
色々と疑問はあったものの腹を満たした俺は、ナギサに言付けを残し、宴会場を抜け出して露天風呂へ向かう。
自由に使っていいということだったので早速入ってみる。
「あちっ」
温度は高め。源泉に近いから?
ゆっくりと湯に体を沈めると体の芯まで熱が伝わってくる。
「湯加減はどうですか?」
「いい感じです」
「当宿自慢のお湯です。気に入ってもらえると嬉しいです。……今の時間だと、星がきれいですよ」
男湯に入ってきたのはイブリスくん。
話上手だったイブリス君はこの宿のこと、この街のことなどを面白可笑しく教えてくれた。最初はお互い敬語で話していたが、いつの間にか敬語抜きで話をしていた。
「今日は色々とすいません」
「?謝られるようなことあったっけ?」
「いえ。じゃんけん、最後のレースも。トオルさんに勝ったので」
「なんだ。真剣勝負の結果だよ。そんなこと気にしないでいい」
並んで湯舟につかりながら話をする。
「最後の障害物、どうやってスピード維持したんですか?」
「俺の召喚獣は目が良いんだ。石畳に塗られた薬品の種類を見て判断した」
「スゴい能力ですね」
「見ることだけは得意なんだ。そっちこそ、最後の逆転は凄かったよ。あんなことして怪我しないなんてね」
「結構特訓したんで。受け身にコツがいりますが慣れると簡単ですよ」
「そっか……」
そこで話が一度途切れる。再び口を開いたのはイブリスくんだった。
「あの、先ほどアラタさんから聞いたんですけど」
「うん」
「明日、魔王封印の儀式に参加してほしいって」
「そうだね。君が手伝ってくれるなら心強い」
「お手伝いするのは構いません。ですが」
「ん……?」
「俺、この町が、この宿が好きなんです。引っ越しとかは考えられなくて」
「そっか。……家族のため?」
「もちろん家族は大事ですけど、この宿が好きなんです。この宿を守りたい」
「君がいないと守れない?」
「俺がホテルで働いたお金を入れて何とかやってるんです。俺がいなくなったらこの宿は……」
「そう……」
だんだん体が熱くなってきた。
「きっと、アラタも無理強いしたりはしないと思うよ。嫌がることをやらせるような人間じゃない」
「はい」
「俺の個人的な意見としては、この地の封印を守る、っていう生き方もアリだと思うよ」
俺は湯舟から立ち上がる。
「さて、体も温まったし、俺はでるよ。また後で」
「……はい、ありがとうございます」
イブリスくんを残して風呂を上がる。
宴会場はまだ騒がしい。
「お、アラタ」
「トオルか」
ばったりと廊下で遭遇した。
「今日はもう遅い。幸い、他にお客さんはいないそうだから部屋も使っていいそうだ。一泊して明日の朝ホテルに戻ろう」
「了解」
フロントのおばさんから部屋の鍵を受け取り、2階へ上がる。
明日の儀式も上手くいくといいな。




