第5話 召喚の事情①
家に戻った俺は肩の上に浮かぶ浮遊眼を家族に見せた。
うちの親族でEクラス以下の召喚獣もちというのは聞いた覚えがない。ご先祖様に申し訳ない。
あの石を触媒にすることに最後まで反対していたのは母だった。その母は特に俺を責めたりはしなかった。その優しさに泣きそう。
朝の時点でテンションが高かった弟や妹がよそよそしい態度だったが、それも仕方ないだろう。
自分の部屋で少し休憩した後、家族全員で用意されていた豪華な食事を食べる。
そこでも、気を使われているのがわかる。
「召喚獣は縁だ。そういう縁があったということだ。これから伸びるのか、腐るのかはお前次第だぞ」
普段は言葉少ない父がフォローしてくれた。泣きそう。
食事の後、今日は疲れただろうから休んだら、という家族に対し、外出することを告げて玄関へと向かう。何もしていないと不安が膨らんでくるので、約束の時間には少し早いが出発することにする。
「本当に、気にしないでいいのよ?」
心配そうな母親。
このまま俺が失踪するとでも思っているのかもしれない。
「アラタに呼ばれてるんだ。ナギサたちも一緒だよ。」
「アラタくん?そう?……気を付けていくのよ」
両親のアラタに対する信頼は厚い。その後は引き留められることもなく、俺は家を出た。
アラタの指定した場所は秘密の場所。
あのメンバー間で秘密の場所といえば、一箇所しかない。
家を出てまずは海岸へ向かう。
海岸通りに出ると、通りを灯台に向かって歩く。町の中心から離れる方向に歩いていると、徐々に海と山の距離が狭まってくる。
山が海と接す場所、通りの左右が海と崖になったところで、崖の上がる細い脇道が現れた。
脇道を上がっていくと、道を封鎖している鎖と私有地である旨の看板が見える。
看板を無視、鎖を越えてさらに歩くと急に視界が広がる。
目の前に現れたのは小さな納屋。俺の家の農作業小屋だ。
ずいぶん昔から使われていなかったのをいいことに、俺たち幼馴染は昔からここを遊び場として使用している。
まさに秘密基地。小屋の中には色々な道具を持ち込んでいて、泊まることだってできる。
俺は小屋ではなく、崖の近くへ向かった。
崖の上に建つこの敷地からは海が一望できる。
「……」
肩の上に浮かぶ浮遊眼が開く。
ここから数キロ先の灯台を注視すると、上に登ってランプの掃除をしているおじさんの表情まで読み取れた。
(めちゃくちゃ視力が良くなるのはすげぇ便利だけど、Fクラスかぁ)
これが召喚獣クラスコンプレックスか……としばし立ち尽くす。
どれだけ時間がたったのか、日が傾いたころ、浮遊眼が異常を感知した。
敷地の入口近くの木の揺れが不自然だ。
注目すると、見知った顔が現れた。ナギサとミヨだ。
二人は待ち合わせでもして二人でやってきたのだろう。
こちらに気づくと手を振りながら近寄ってきた。
「やー。早いね、F」
「オイ!」
「ナギサちゃん、それは良くないよ……」
ネタにされると悲しいが、変に気を使われるのもつらい。
慣れるしかないのか
「それが、トオルの?」
ナギサは俺の方の上の相棒を見ながら質問してきた。
「ああ。浮遊眼。Fクラス召喚獣さ。家でも調べてきたから間違いない」
「ふーん」
「その、可愛いね」
「ありがと」
会話が途切れた。
「……じゃあ、アタシも呼ぼうっと」
ナギサが集中すると、人型の召喚獣が現れる。
おとぎ話に出てきそうな着物を身にまとった女性。
「これがアタシの召喚獣。海姫」
成人女性ほどの大きさで現れ、すぐに簡易形態へと変化した。
ままごとの人形程度の大きさになり、ナギサの肩に腰かけている。
「いいなぁ。人型の女性型。アタリだね」
うらやましそうなミヨ。
「ミヨも出したら?」
「そうだね。……おいで……」
ミヨも集中。するとミヨの背後に何かが浮かび上がった。
長さ2メートル強の棒が2本。これは……金属製の両腕?
「私の召喚獣。絡繰腕だよ」
「道具型だね。ミヨん家のおじさんおばさんも道具型だし、似てるね」
「うん!」
道具型の召喚獣は簡易形態をとらなくても魔力消費が少ない。
力も強そうだし、重い荷物を運ぶ時なんかに重宝しそう。
「よし、中で待ってようぜ」
「賛成~」
俺たちは納屋に向けて歩き出した。
入口近くに到着したとき、浮遊眼が状況変化を察知した。
俺は合鍵を取り出し、扉を開けながら後ろの二人に声をかけた。
「アラタ、来たみたいだ。後ろ見てみ」
「え?本当に?」
3人が注目する中、本当にアラタが現れた。
「すごいじゃん!後ろに目でもついてんの?」
「ついてるぞ」
ナギサと馬鹿な会話をしているとアラタが近づいてきた。
ちらりと俺たちの召喚獣に目をやったが、口からでたのは召喚獣に対する言葉ではなかった。
「みんな、早いな。俺が最後か」
「来たばっかりだ。いいタイミングだった」
「よし。中で話を始めるぞ」
アラタを先頭に家の中に入る。
入口を入ると各所に椅子やクッションが置かれている。
俺たちは各々いつものスペースを陣取った。
中心になる椅子に座るのがアラタ。
その傍にあるソファにナギサとミヨ。俺は座椅子。4人で円を描くように座る
「……みんな、封筒の中身は見たか?」
「見た」
「見たよ」
「あっ」
アラタの質問に対し、ナギサとミヨは肯定。俺は思わず声を上げた。
3人の視線が集まる。
「トオル、あんたねぇ……」
ナギサが小言を続けようとしたのをアラタは手で制した。
「トオル、今持ってるか?なら開けてみてくれ」
「ちょっと待ってくれよ」
ズボンの後ろポケットから取り出す。良かった。持ってきてた。
「ここで開けていいのか?一人じゃないぞ」
「構わん。すぐにわかる」
「わかった」
封のされた封筒を破って開く。中から1枚の紙が出てきた。
そこに示されていた文字は「天空眼・B」
なにこれ?
「そうだ。俺は、みんなが何を召喚するか分かってた」
「……」
ドヤ顔のアラタ。
一瞬言葉の出なかった俺に変わって、ナギサが声を上げる。
「私の召喚獣も、ミヨの召喚獣も、封筒の中の紙に書かれていたのと同じだった。どういう手品?」
「手品じゃない。分かってたんだ」
アラタは繰り返す。
「今から話すことを聞いてほしい。大事なことだ」
真面目な表情に対し、俺は、俺たちは何も言えなかった。
静かになった俺たちに、アラタは話を始めた。
「俺は少し前から不思議な夢をみるようになった。その夢の中で、俺はこの世界を俯瞰しているんた。この世界の神様視点で、いろんな出来事を見た」
ゆっくりと、言い聞かせるように話を続けるアラタ。
「最初はただの夢だと思った。でも違った。……覚えているか?半年前の事件を。おじさんたちの店に泥棒が入った事件だ」
「……うん」
答えたのはミヨだった。
「半年前、ミヨの家の倉庫から道具が盗まれた。犯人と道具を隠した場所は俺が自警団に情報提供した。たまたま犯人を見たって。でも、本当は違う。夢で見たんだ」
にわかには信じ難い。
「どうやら、俺には予知能力のようなものがある。事件の前にその内容を夢に見るのだと理解した。そして、ひと月ほど前から、今日に関する夢を見るようになった。俺たちの召喚獣に関する夢だ。でも、夢は一つじゃなかった。俺たちが今とは別の召喚獣を得た夢もあった。……多分、夢を見た時点では未来が確定していなかったのだと思う。だから、俺はみんなが高レア召喚獣を得られるように動くことにした」
黙っている俺たちを前に、アラタは続けた。
「俺はナイフを触媒にして亜神魂、ナギサはストールを触媒にして海姫、ミヨは髪飾りを触媒にして絡繰腕、トオルは隕鉄を触媒にして天空眼。これが最善の選択だった。だから、俺はそうなるようにこの一か月動いた」
「夢で見た通りの召喚獣を呼べるように、私たちを誘導したってこと?」
「そうだ」
ナギサも、ミヨも、俺も次の言葉が出ない。
「ここからが本題だ。俺は昨日、別の夢を見た。今から一週間後のことだ。この町にちょっとした事件が起きる。それを俺たちで解決する」
なんだ?話が怪しい方向に向かったぞ?
「高レア召喚獣を得た俺たちが、一週間準備すれば余裕だ。みんなの協力が必要なんだ。俺に力を貸してくれ。頼む」
頭を下げるアラタ。
ナギサとミヨはどうしたらいいのか分からず、顔を見合わせて止まっている。
俺はアラタに答えた。
「アラタの本気の頼み事なら、こんな手品を使わなくたって協力する。俺たちは友達だろ?」
「手品……まぁ、今はそういう認識でもいい。でも、間違いない、俺には予知能力がある」
「いや、ないだろ……常識的に考えて……だってさ……」
俺はアラタに紙と事実を突きつける。
「俺の召喚獣は ‘天空眼’ じゃない。 ‘浮遊眼’ だ」
「……え?」
そのときのアラタの顔は、久しぶりにみる、とんでもなく抜けている顔だった。
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