第36話 シナリオ5 追憶の旅・風 飛ばない翼人④
俺達がこの町の学校に乗り付けたとき、校門には教師と思わしき翼人が待っていた。優し気なおばちゃんだ。
出発前にアラタが先に連絡していたらしい。
翼人は空を飛べるため、この町の移動スピードは馬車よりも翼人の方が早い。
「急な訪問、申し訳ありません」
「お気になさらず」
挨拶の後、早速協力者を探し始める。
アイギスの先導により俺達は教師を引き連れて学校内を進む。
残った生徒達から注目されているようだ。まぁ、学外の人間が固まって移動すればそうなるよな。
アイギスさんは2階のある教室までやってきた。
「ここです」
「2年2組」
アラタはアイギスさんとアイコンタクトの後に扉を開けた。
「……」
中には一人の少女?がいた。
髪がアホみたいに長い。顔を伏せて無反応。寝ているのか?
アラタはその少女に近づいていく。
少女はまだ無反応。
教室にこんなに人が入ってきたのに反応なしって……あれ、人形じゃないだろうな?
「すいません」
「……」
「すいません!」
「……」
「すいません!!!」
「ぴっ!ヒッ!!」
3度目のアラタの呼びかけに対し、ようやくその少女は反応した。
ビクっとすると、顔を上げ、周りを取り囲む人数にさらに声を上げる。
おどおどしている少女に、アラタが改めて話しかける。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「私はアラタと言います。貴方のお名前を教えていただけますか?」
「え……えっと……あの……」
少女は名前を答えない。視線も定まっていない。
そこに翼人の教師が声を掛ける。
「シェリーさん。こちら、街の外から来られた方です。貴方にお話しがあるようです」
「は、はい……」
シェリーと呼ばれた少女はようやく応答をした。
「シェリーです。よろしくお願いします」
「はい、宜しくお願いします。お話したいことがあるので、お時間いいですか?」
「あ、いえ、その……」
はっきりとしない少女に、アラタが微笑みながら言う。
「焦る必要はありません。何か、用事があったのでしょうか?」
「いえ…‥あの……友だちを待っていて」
「友だちですか。こんな時間まで?」
「あ、はい、そうです……ここで待ってるようにって……」
消えそうな声で答える。
話が進まないと思ったのか、教師がフォローしてくれた。
「シェリーさん。友だちというのはホクトさんですか?」
「はい……」
「どのくらい待っているんですか」
「……結構、待ってます……」
アラタが俺に近づき、小声で囁く。
「大柄で翼の大きい翼人の少女だ。お前の召喚獣でどこにいるのか分かるか?」
「やってみる」
浮遊眼は先日、新しい能力を得た。服の透視能力の延長線上にある能力。壁の透視だ。
練度を上げた結果、透視の精度を上げるのではなく、透視対象が増える方向に進化した。
壁の向こうにいる人の姿が影のような状態で見える。表情や質感は分からない透視だが、先の見えない曲がり角などでは便利な能力だ。
土の中にいるモグラの影を透視できたときは我ながら笑ってしまった。
アラタは赤外線探知もできるようになったのか、と驚いていた。当然幼馴染たち以外には秘密にしている。
早速浮遊眼を呼び窓から外へ出す。空中で直系1メートル程度の簡易形態に戻して学内の探索開始。といっても浮遊眼はその場に浮かんだまま学校内を見渡すだけだ。
放課後ということもあり学校内に残っている人物は少ない。
人が多いのは、校舎の一階……これは職員室か?ハズレ。違う棟の各部屋に人が集まってる……部活棟だな。これもハズレ。あとは……んんん??
「体育館の脇、倉庫か?そこで争ってるのがいるな。翼人の女子生徒が10人近くと争ってる相手はみんな男子生徒っぽい」
「それだ」
アラタは俺たちに向き直った。
「トオル、ナギサ、二人でホクトさんを助けてきてくれ」
「え?お前は?」
「ここで待ってる。なに、お前らだけで大丈夫だ」
「……」
「いや、むしろトオルだけでいいな。リハビリのつもりでトオルだけで対処な。ナギサはトオルが危なくなったときだけ援護で」
「……マジか」
「マジだ。ほら、急げ急げ!」
随分スパルタじゃない?
「いくよトオル!」
「おいまてよ」
ナギサに引っ張られて教室を後にする。マジかー……
体育倉庫まで来たものの、横開きの鉄扉は閉まっていた。
中からは特に争うような音は聞こえない。
ガチャガチャするが開かない。かなりの重量物で錆びついていることを考慮しても、扉がびくともせず開きそうな気配が微塵もない。内側から何かで塞がれている。透視すると錠前がかかっているのが見えた。
「どうしたもんかな……」
透視によって、奥の方で少女が取り押さえられているのがわかる。俺が扉をガチャガチャやったせいで、今は中の人達の動きが止まっているが……これ、急がないとヤバイやつじゃない?
俺は腰の袋から束ねた短い棒の束を取り出す。
ボクデン爺さんからもらった道具で、つなげると身長程度の棒になる。持ち運びも容易な俺の武器だ。
漸くもらえた俺用の特別な武器。最近はこれの使い方を練習している。
「手伝おっか?」
「アラタはリハビリとか言ってたし、俺がやってみる」
「そう?」
ナギサに離れているように言うと、腰を落として構える。
「ふっ!」
足首、膝、腰、胸、肩、腕。
下から徐々にねじった体を解放させ、手に持った棒に力を伝達。そのまま扉を突く。
インパクトの瞬間に力を入れて扉を押すように衝撃を伝えると、金属製の扉が内側にわずかに歪曲した。
繰り出す前には、一発で人が通れる隙間くらいできると思っていたのだが、想定以上に硬い。
薄い鉄板一枚の硬さとしては異常。
これは、何かしらの術がかかっているとみえる。
「手伝おっか?」
「頼む」
「了解」
再びの問いかけに、今度は素直に助力を頼む。ナギサは召喚獣・海姫を呼び、巨大な水球を発生させた。
俺が扉から離れると、入れ替わるように水球が扉に放たれた。
巨大な重量物がぶつかる衝撃音と共に鉄扉は大きく歪曲。俺が跡をつけた所に衝撃を集中させたみたいだ。
「ありがと」
「どういたしまして」
その後、曲がった部分に何度が蹴りを入れると、人が通れる程度の隙間は出来た。
学校の備品を壊しているわけだが、救助を優先したということで勘弁してほしい。
「気をつけてね」
「おう。……失礼しますよ……」
隙間を潜って中に入ると、透視した通りの状況。
1人の少女が複数の男に抑え込まれている。
仰向けで翼は自由なのに床に抑え込まれて……飛んで逃げないのか?いや、飛べない?
鍵のかかったドアをぶち破って入ってきた俺にどう対処すればいいのか分からないのか、中にいた奴らは皆俺を見るのみで誰も動かないし、何も話そうとしない。
せめて誰か一人くらい喋ってほしいんだけどね。
「えーと、ホクトさん、ですか?」
「んーー!!!」
俺の質問に対して時が動き始めたのか、少女が頭を上下させつつ答えた。と言っても猿轡をかまされているので、正確に何と言ってるのかは分からない。
「助けに来ました」
無造作に歩いて近づく俺に、リーダーっぽい奴が言った。
「あいつを止めろ!」
俺の一番近くにいた奴が襲い掛かってきたが、遅い。
カウンターで一撃入れるとその一発でノビてしまった。戦闘不能だ。
「潰せ!」
少女を押さえている奴二人を除き、全員が俺に向き直る。
数人は俺に接近し、残りの人物は召喚獣による術攻撃のようだ。意外に統率が取れていて、1対複数の戦い方も知っているみたいだ。ちょっとびっくり。
「ま、関係ないけどね」
近づいてくる奴らを順に打ち据える。1対1の状況が作れないのは厄介だが、術攻撃の精度や連携は町の入口で襲ってきた大人たちほどではない。動体視力の上がった俺には当たらない。
1人ずつ処理して、残りはリーダーと少女を抑えつけている奴らだけ。
「降参したら?」
俺の忠告をリーダーは無視。召喚獣を呼んだ。現れたのは黒っぽいナイフが4本。一本ずつ指の間に挟んでいる。中二かな?
4本のナイフを一度に投げてきた。3本は直撃コースだが1本は床に向かって飛んでいる。明後日の方向。この1本は無視しても問題ない、とあの少女も思ったんだろうなぁ。
飛んできたナイフ3本を回避し、床に向かった一本を棒で弾く。
「ちっ」
舌打ちが聞こえる。おいおい、攻撃に別の意図があるというのを敵に教えてどうするんだよ。
そのナイフ、床に投げたら人の動きを封じる能力あるんだろ?その娘に対して使ったの見てたんだよ。
俺は距離を詰め、一撃を入れた。崩れ落ちるリーダーを遠くに蹴とばしておく。
「で?」
俺が何気なく問いかけると、少女を抑えていた奴らは俺に一矢報いるという気概もなく逃走した。
曲がった出入口の隙間から外へと出て行った。
「ふぅ。……大丈夫ですか?」
俺は出入口に向けていた視線を翼人の少女へ移す。
仰向けになっていた翼人の少女は体を起こし、こちらを見ている。
「あぁ、そうですね」
後ろに回ると猿轡を外す。
「ぷはっ……ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
手を差し出し、掴んだ手を引っ張って体を引き起こす。
俺と同じくらい背が高い。背中の翼もデカい。色々とでかいビックサイズの美少女だ。
「ホクトさん、ですか?」
「はい。貴方は一体?学外の方ですか?」
「ええ。話はあとで。まずはここから出ましょう」
倉庫を出る。
扉を破壊してしまった。ま、やってしまったものは仕方ない。
外では、逃げた二人が水の檻に閉じ込められていた。
ナギサの捕縛術だ。
「こいつら捕まえたけどどうする?」
「あー……どうしよ。このまま解放してもアレだしなぁ」
思案していると、後から出てきたホクトさんが助け船を出してくれた。
「先生を呼んできます。すぐ戻ります」
「お願いします」
助けた人に助けられた。こういう時、どうするがすぐに決断できないとカッコ悪いよなぁ……
反省しながら待っていると、ホクトさんが教師と思われる男性を3人連れて戻ってきた。
男性に捕まえた二人を引き渡す。
よく考えたら、この状況をほっぽり出してホクトさんをシェリーさんの元に連れていくのはダメだよなぁ。
どうしよう?
再び思案していると、向こうからアラタ達が歩いてきた。
「ホクト!」
「シェリー」
シェリーさんがこちらに走ってくる。
そのまま抱きつかれたホクトさんは、シェリーさんを抱えて頭を撫で始めた。
よく分からない状況だけど、まぁいいか。あとはアラタに任せよう。




