第31話 シナリオ4 記憶を求めて⑤
俺が次に目が覚めたのは、病院のベットの上だった。
母親が枕元にいて、俺がおはよう、と言ったらひどく驚いた顔をしていた。
気を失ってから1日以上寝ていたらしい。今は朝6時。あんなことがあっても、いつも通りの時間に起床してしまった。
母親が呼んだ医者が病室にやってきて、診察されながら自分の状態についての説明を受ける。
幸いなことに、障害が残るような怪我はほとんどなかった。全身の打撲、切り傷、足の火傷はあるが、内臓が無事だったのは幸いだった。
右側の視界が少しおかしいが、それ以外は一週間程度入院すれば大丈夫と聞きほっとした。医者が立ち去るのと入れ替わりで多くの人物が病室にやってくる。
「お兄ちゃ~ん(涙)」
母親から連絡が行ったのか、最初に来たのは家族。
まだ幼い妹は俺に抱き着いてガン泣きしていた。
父や弟は泣きはしなかったが、心配していた様子。
家族の次に、幼馴染たちがやってきた。
アラタ、ナギサ、ミヨ。あと、アイギスさんも一緒。
ナギサは妹と一緒に俺に抱き着き、泣き始めた。
おいおい。逆に妹が泣き止んじまったよ……というか、二人が捕まってなくて本当良かった……
「無事でよかった」
アラタの言葉はシンプルなものだった。
今回の件、予知してたのか?後で絶対問い詰める。
アイギスさんは何か申し訳なさそうにしていたように見えた。いや、気のせいだろう。ギリギリのところを助けてくれた彼女が負い目を感じる必要がない。むしろ感謝しかない。
その後やってきたのは自警団一行とボクデン爺さん夫妻。
そこで、今回の経緯について説明された。
俺達が襲われた日、自警団の留置場から脱走者があった。
先日アイギスさんを眠りから覚ますために祠に行ったとき、道中で襲ってきたあの二人が逃げ出したのだ。
数日後に近衛騎士団への移送を予定していたということで、ちょっとした連絡の行き違いのスキをついて逃げられたとのこと。
俺とナギサ、ミヨがライリとルクレに襲われた時間はその脱走のすぐあとだったらしい。
襲撃を受けた際、周囲に人がいなかった理由はわからないが、何か人払いの手段があったのかもしれないと言っていた。
俺はその場で攫われたわけだが、その瞬間の様子をナギサもミヨも見ていないとのこと。
後ろに注意しろ、という俺の声が聞こえたと思ったら、いつの間にかいなくなっていたらしい。
その後すぐ、襲ってきた二人は煙幕を使って撤退。
消えた俺を探す中で、誘拐されたと気づき自警団に駆けこんだ。
自警団は自警団で脱走者への対処で混乱。
色々あって、自警団の戦闘顧問的存在であるボクデン夫婦にも協力要請が出たとのこと。
関係者は俺の捜索を続け、行方不明になって2日後の夜、タエ婆さんが、俺の召喚獣が森の上に浮かんでいるのを見つけた。
つまり、俺があの牢屋で目を覚ましたのはさらわれて一日以上たってからだったということだ。
タエ婆さんは自警団に連絡し、一緒にいたアイギスさんと共に現場へ急行。
俺は命を救われた。
「タエ婆さんだけでなくてアイギスさんも一緒に来たのは?」
「アイギスさんが狙われることを考慮して、タエ婆さんとともに行動してもらっていたんだ。偶々だよ」
アラタが答えた。
出た。また偶々か。絶対何か狙ってただろ。
「そうだ。あの二人はどうなった?」
「お前を襲った奴らなら拘束中だ。ここ数日の記憶がないらしい。……心神喪失状態だったとはいえ、重い罰を受けることになるだろう」
「そうか……」
「脱走者はボクデン爺さんが再度捕縛しようとしたのだが……」
「だが?」
「自爆した。追い詰めたまでは良かったのだが、何か仕込んでいたらしい。肉片すら残らず消滅だ。……詳しい事情を知る人物はいなくなった」
「あの二人は何か知らなかったの?」
「何も覚えていない。お前への恨みを利用されたようだ」
そこまで聞いたところで、怪しい人物がいたことを思い出した。
「もう一人、フードの女がいた」
「……いや、自警団による周囲捜索ではそんな人物は目撃されていない」
自警団のハンゾウさんが答えた。
俺が足の縄を切るまでの時間でどこかへ行ったということが。
「その女の特徴を教えてもらえるか?」
「えーと……もう一人の女と同じくらいの背で、フードをかぶって、顔が全然見えなくて……」
詳細を思い出そうとしたがうまく思い出せない。
「ごめんなさい。思い出せない……」
母親と医者が助け船を出してくれた。
「この子もまだ混乱しているので、今日はこのくらいで安静にさせてください」
「全てを思い出すのは大人でも難しいのです。また落ち着けば何か思い出すかもしれません。いったん体力回復に専念した方がいい」
ハンゾウさんも多少気まずそうに答えた。
「すまない」
「いえ……」
「今すぐ思い出さなくともよい。そういう人物がいたということで調査をしよう」
「お願いします」
何となくそこで話は切れた。
面会時間制限もあり、自警団の皆さんは退室。幼馴染たちも部屋を出て行った。
最後に残った家族も家に戻るとのことだった。母親は眠る俺のため泊まり込んでいたのだが、安心して帰って行った。
「すぐそこには看護師さんもいるし、自警団の皆さんが当分警備してくれるらしいわ。もう大丈夫でしょ。夕方にまた来るわ」
とのことだった。
目を閉じた俺は睡魔が襲ってくるのを感じた。
「おい、トオル、起きろ」
「……んぅ……?」
誰かに肩をゆすられて目を覚ました。
枕元にはアラタとアイギスさんが立っていた。
窓からは傾きかけた太陽が見える。
「今は何時だ……?」
「あと1時間くらいで夕方の面会時間だ」
「あぁそうか……」
段々と頭がはっきりしてきた。
「大丈夫か?話をしに来たぞ」
「おう。大丈夫。面会時間前に来たってことは何か訳アリか?」
「まぁそうだ」
アラタが椅子を二つ引っ張り出して、俺の顔に近い方にアイギスさんを座らせ、自分も座る。
「アイギスさんがフードの女に心当たりがあるらしい」
「ごめんなさい!」
アラタの言葉が終わるや否や、アイギスさんが大きく頭を下げる。
「ちょっ……頭を上げて。どういうことか分からない」
「トオルさんがこんな目にあったのは、きっと、姉様のせいです」
「姉様?アイギスさんの?」
「はい……」
ぽつりぽつりと話し出したアイギスさんの言葉を要約すると、以下のような内容だった。
封印の巫女であるアイギスと共にアイギスを守護する巫女も千年前から眠っている。
アイギスさんが目覚めたことにより、その巫女も目覚め、アイギスさんを取り戻そうとしているのではないか。
「その巫女さんはアイギスさんの?」
「姉です。名前はケラウノスといいます」
「……どうして、フードの女がお姉さんだと?」
「いくつか思い当たる点があるんです。姉は自分の容姿にコンプレックスがあり、認識阻害のアイテムを常に身に着けていました。背格好も同じくらいです」
「うん」
「姉も私と同様、長い間眠っていたはず。私たちの封印は誰かが目覚めると残りも目覚めるようになっていました。私と同じく姉も目覚めていると考えるのが自然です。それにケラウノス姉様は高速移動や他者の思考操作が得意なんです。もし女の人が姉様であれば、今回誰にも見つからず、認識もされていないことに説明がつきます」
アイギスさんは申し訳なさそうだ。
「姉さまは私に対して過保護でした。きっと私が悪い人に捕まっていると誤解しているのだと思います!」
「……」
俺は何と答えればいいのか分からなかった。
アイギスさんのお姉さんが、妹の身を案じてこんな事件を起こしたと?
家族を心配する気持ちは分かるが、被害者としては納得できない。
そんな気持ちを察したのか、アイギスさんは言った。
「次、こんなことがあれば私が対応します。姉様には必ずトオルさんに謝らせます。ですので、どうか、今回のことはご容赦いただきたいのです」
再び深々と頭を下げるアイギスさん。
隣のアラタも同じく頭を下げる。
「トオル、この通りだ。アイギスさんに免じて今回は……」
「分かった」
俺は即答した。
「ケラウノスさんとやらに一言嫌みを言ってやりたいが、今はいい。アイギスさんを困らせるつもりはないし、二人に頭を下げられたなら仕方ない」
「ありがとうございます」
「ありがとう、トオル」
アイギスさんは顔を上げると、アラタの方を向いた。
その顔はなんだが赤く、表情は信頼を寄せてますといった感じで……んんん……?
何となく疎外感を感じたところで思い出した。
「おいアラタ。今回のこと、どこまで分かってた?」
「予知夢はなかった」
「本当か?」
「本当だ。今回の事件の予知はできていなった。すまない」
「……そうか」
アイギスさんがいるので多少言葉を選んだ俺に対して、予知夢という単語を入れて返答してきた。
アイギスさんにはネタバラシしてもいいという訳だ。
「予知夢?」
「アイギスさんには後で説明します。もうすぐ面会時間なので……そうですね。家に帰ってからでいいですか?」
「はい」
ともかく、こうして今回の事件はいったん終わった。
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