第30話 シナリオ4 記憶を求めて④
ハンマーは俺の目の前に振り下ろされた。
金属製のヘッドと床の石畳がぶつかり、火花が散った。
「どこを殴られたい?頭?体?それとも手足からか?」
「…………」
見上げたルクレの顔は正気には見えなかった。本気で俺をいたぶるつもりだ。
「待て。俺にもやらせろよ」
黙っていたライリの言葉と共にルクレは一旦引きさがる。命拾いした。
とはいえ、こいつはこいつで同じように俺を逆恨みしている様子。
状況は何も変わっていない。
いつの間にかライリの側には召喚獣がいる。案山子のようなその召喚獣は小さな火の球を放ってきた。
縛られている俺に避ける手段はなく、スボンに火が燃え移る。
「!!!!」
床を転がり足をバタバタさせて火を消す。ライリはその様子を面白そうに見てやがる。クソが。
その後も何度が火弾を受けた。ズボンはいくつも穴があき、何か所かは火傷もしていると思う。
「ははははは!……はぁ」
ライリはひとしきり笑った後で、急に笑いを止めた。
「Fランク召喚獣持ちなんぞが俺達に勝てるわけがないんだよ。お前は不正をした。俺達はそれを断罪しているんだ。これは正義の行為なんだよ」
勝手なことをいっている。
最初に不正をやったのはお前らだろうに。
「お前はここで野垂れ死ね」
そう言われたところで、扉が開く音がした。
ライリとルクレは急いで牢屋から出ていく。顔を見せたのは先ほどのフードの女。
俺が二人に痛めつけられていたと察し、詰問している。
「……ここで何をしている」
「様子を見に来たら反抗的だったのでちょっと教育をしていただけです」
「こいつの召喚獣には使い道がある。殺すのは後だ」
「「……はい……」」
その後も何やら喋っていたようだが、よく聞こえなかった。
俺はその間、倒れ伏したまま。
奴らは檻の外から俺の様子を見て、そのあとすぐに扉を開けて出て行った。
俺は火傷に痛む足を引きずり、先ほど隠した石を取り出す。
ライリの攻撃により、足を縛る縄に焦げ目ができている。
ここから切ることができるかもしれない。俺は必死になって石を縄にこすりつけた。
足の縄が切れたのは1時間後くらいたってからだと思う。
作業途中、数分か数十分か分からないが一時的に意識が飛んだので、正確な時間は分からない。
現実なのか幻なのか、意識が飛んでいる間に先ほどのフードの女っぽい奴がやってきたような、何か語りかけられたような気もするが、きっと夢だろう。
縄を切ろうとしている最中の寝落ちだ。見つかったらただで済むとは思わない。
ともかく、両足首を拘束する縄を切ったことで、立って歩くことが出来るようになった。
それと同時に召喚獣を呼べるようになった。縄は召喚獣封じの拘束具だったのだ。肩の上に浮遊眼が現れる。
俺は浮遊眼を牢屋の隙間から外に出して色々と動かした。
そうして分かったのは、この建屋には6つの牢屋があり、俺はその一つに入れられていること。そして、この建屋内には犯人たちの手掛かりになるようなものや、鍵のようなものはなかった。
ただし、一つ、突破口を見つけた。
俺の入っている牢の左隣。
その牢屋には唯一、外に繋がると思われる格子窓があった。
外から光が入ってこないので、今は夜だと分かる。
俺は、浮遊眼を操作して、格子窓の隙間から外に出した。この時ほど、浮遊眼の遠隔操作を練習していてよかったと思ったことはない。
外に出た浮遊眼の周りは木ばかり。
浮遊眼を上空に移動させると、彼方にぼんやりと明りが見えた。町の明かりだと思う。
強化された視力でもそれ以上は見えない。暗視能力がないことを、遠くを見るしかできないことをこれほど悔しく思ったことはない。
彼方に見える海岸線の位置から逆算すると、街はずれの森の中のようだった。
俺が囚われている建物のそばには同じくらいの大きさの小屋がもう一つあった。
さっきの奴らはこの小屋の中か。
俺が浮遊眼を操作できる範囲は自分を中心に50メートル。
これ以上町に近づけたりすることはできない。どうやって俺の居場所を知らせよう?
簡易形態の浮遊眼では、街の様子まで確認できない。
かといって視力が上がる通常形態にもどしたら、奴らにバレる可能性がある。
躊躇はあったが、すぐに考え直した。このまま何もしなくても俺は酷い目にあう。
ならば一縷の望みに託すしかない。
俺は浮遊眼を可能な限り上空へ移動させ、そこで通常形態に戻した。
直系10メートル以上の目玉が、街はずれの森の上空に突如発生したことになる。誰か気づいてくれ……!
通常形態に戻してから30分ほどだろうか。
突然、浮遊眼の視界が消えた。魔力消費が激しくなったとはいえ、まだ通常形態を維持できるだけの余裕はあったのに。
身体に新たに痛みが追加された。これは、浮遊眼が何かから攻撃を受け、ダメージオーバーによって現界できなくなったのだろう。
ライリとルクレが建物の扉を開けて入ってくる。
「てめぇ、ふざけんな!」
二本足でしっかりと立っている俺に対し、怒り心頭という様相。
「お前らのおかげで召喚獣が呼べるようになったぜ。ありがとよ」
牢の鍵を開けて入ってこようとしたルクレを蹴り飛ばす。
腕は拘束されているので使えないが、足は自由になってるんだよ!
そのまま牢から出て入口へ走る。
ライリが邪魔しようとするが、遅い。召喚獣を呼んでいない状態のライリと俺の体術勝負なら、俺に分がある。
ライリを体当たりで吹き飛ばし、そのままの勢いで入口の扉を体で開けて外へ。
フードの女、おっさん、グリフォンの女の姿はない。
俺は逃げようとしたところで、背中に衝撃を感じた。
そのまま前のめりに数メートル飛ばされ地面を転がる。息ができない。
俺の視界の先にはハンマーが転がっていた。
投げられたハンマーが、背後から直撃したみたいだ。
「……」
無言で近づいてくる二人。
ルクレはハンマーを取り上げ、俺のそばで振り上げる。
これは、直撃コースか。
振り下ろされたハンマーは、しかし、突然現れた見たことのない盾によって防がれた。
「よく頑張りました。えらいですよ」
聞いたことのある声が聞こえた気がする。
かすむ視界の中、ルクレが不自然に吹き飛ぶ。直後にライリも同様に空を飛んだ。
何が何だがわからないでいる俺の前に顔を見せたのはアイギスさん。
立派な盾を手にしている。
「大丈夫ですか?トオルさん、助けに来ました!」
「アイギスさん?」
「はい!タエさんも一緒ですよ」
俺を襲っていた二人を瞬殺したのはタエ婆さんだった。
愛用の薙刀を手にこちらに歩いて戻ってくるのが見える。
タエ婆さんは俺の顔の側でしゃがみ込むと、頭を撫でてくれた。
「トオルちゃん、無事でよかった。さ、早く病院へいきましょう」
「あいつら以外にも、まだ3人仲間が……」
「大丈夫。そっちにはお爺さんが向かいました。今頃、片がついているでしょう」
「よかった……」
安心したら急に眠くなってきた。
近づいてくる大勢の足音を聞きながらタエ婆さんの言葉に返事したところで、俺は意識を失った。
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