第29話 シナリオ4 記憶を求めて③
アイギスさんが転入してから2週間が経過しようとしていた。
最初は遠巻きに見ていた同級生たちも色々と慣れたみたいで、今は普通に接している。
勉強に、運動に、部活動。何事にも一生懸命な様子のアイギスさんに対し、皆優しい気持ちになってしまうみたいだ。
影で容姿について色々言う者は当然いたものの、アラタによる容赦ない制裁が下されるため、すぐにいなくなった。
俺達幼馴染4人は特にアイギスさんと仲良くなったと思う。
このまま平和な学園生活が続くと思われたさなか、事件が起きた。アイギスさんにではなく、この俺に。
放課後、ボクデン爺さんの指導を受けるため、俺とナギサ、ミヨの3人は学校を出て道場へと向かっていた。
普段は人通りのある道だが、今日に限って周囲には誰もいない。
こんな日もあるんだなぁと思っていると、建物の影から二人の人物が飛び出し、俺達の行く手を阻んだ。
「……」
「……」
見覚えのある顔。
武闘祭で不正を働き、その後自警団に捕まって保護観察処分となっていた同級生。
ライリとルクレだ。
「何の用だ?」
俺はナギサとミヨの前に出る。
目の前の二人は各々得物を持っていた。
ルクレは自身の召喚獣であるハンマーを手にしている。
俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
この二人は俺とアラタに接触することが禁止されている。
もし接触したと発覚すれば、ペナルティが課されることは明白。そんなリスクを冒してまで俺達の前に出てきた。しかも武装済。嫌な予感しかしない。
こういう時に限って、周囲には誰もいないのもおかしい。
まさか罠か?
「……」
ルクレが無言のまま襲い掛かってきた。
目つきが普通じゃない。やばい。
「トオルくん!」
ミヨが咄嗟に自分の召喚獣・絡繰腕を呼び、一撃を防いだ。金属の腕とハンマーがぶつかり火花が散る。
今の俺は丸腰。対抗手段がない。
「下がって!」
ミヨに言葉に従い後退。
同時に、ナギサとライリが各々の召喚獣による術を発動。炎と水の術が互いを打ち消し合った。
突然始まった通り魔的襲撃。
こういったとき、攻撃手段のない俺の召喚獣は無力。俺の回避力はそこそこあると思っているが、攻撃・防御手段は棒術に依存する。武器がないとやれることは限られる。
せめて援護を、と浮遊眼を呼び出し、相手を観察。
「……ん?……」
襲い掛かってくるライリとルクレ。その二人の周りにわずかに黒い靄のようなものが見える。
肉眼では見えないが、浮遊眼の視界でみると、何かが漂っている。
そもそもあの二人がナギサとミヨと互角に戦えるとは、何か特別な強化術を用いているのか?気になる。
とはいえ、今はこの状況を何とかして打開したい。
俺は周囲を見渡した。
この時間、この場所に俺達以外の人がいないのはそもそも不自然。何かタネがあるはず。
浮遊眼の向きを自分を中心に回転させ周囲360度を確認しようとしたら、唐突に気付いた。
俺の真後ろに何かいる!
「後ろにもいる!」
真後ろからの攻撃を受けた浮遊眼が、許容値を越えたダメージにより実体化できなくなり消えた。
召喚獣による視界を失い、咄嗟に振り向いた自分に対し、影が覆いかぶさってくる。
「!!」
俺の意識はそこで消えた。
「ん…………!!!!」
目覚めたとき俺は薄暗い石畳の部屋にいた。
後ろ手に縛られ、口には猿轡。足も縛られ、イモムシ状態だ
床に転がされている俺の正面には薄汚れた壁。
周囲に人の気配はない。ナギサやミヨは無事だったのだろうか?心配だ……
「ん……」
召喚獣を呼ぼうとしたが無理だった。召喚が妨害されている。
身体をよじりながら四方を見回す。
3面は壁、残りの一面には鉄格子。どう見ても牢屋です。
鉄格子ににじり寄り外の様子を伺う。正面にも別の牢があり、その左右にも牢がある。
俺が今入っている牢の左右にも別の牢。牢の外に当たる部分の左奥に扉が見える。
ここは、6つの牢屋がある建物の中ということだ。
俺は何者かに捕まったのだろう。ナギサとミヨはどうなったのか?無時なのか!?
少なくとも、この牢屋に入れられているのは俺だけだが……
そんなことを考えていると、左奥の扉からフードを被った人物が出てきた。その後に続く人物には見覚えがある。先日捕まった、蜥蜴の召喚獣を使役するおっさんとグリフォンを使役する女。
フードをかぶった人物は認識阻害の術がかかっているようで顔の造形が見えない。ただ、その体系から女性だと判断できる。
牢の鍵を開き、中に入ってきた。
「起きたか」
「……」
俺が無言でいると、女が俺を引きずり、顔を上に向けさせられた。
「ふむ。召喚獣を出してみろ」
「……」
無言のままでいると、腕をねじられた。痛い痛い!折れる折れる!!
「召喚獣を出せ」
再び命令された。仕方なしに召喚獣を呼ぶと、召喚妨害が解除されているのか、呼ぶことができた。簡易形態の浮遊眼が現れる。
「ふん……こんな召喚獣が」
「私の擬態を見破ったのです」
「……特殊なスキル持ちということか……」
おっさんがフードの女に説明している。この3人、立場的には フードの女>おっさん>グリフォンの女 のようだ。
フードの女は俺から視線をそらすと、そのまま歩いて牢屋を出て行った。
残る二人も女に続く。
おっさんは牢屋を出る目に俺の浮遊眼に攻撃を仕掛けてきた。
浮遊眼がダメージを受けて消えるのを確認した後、おっさんは出て行った。あのおっさん、根に持つタイプだな。
そのまま牢屋に鍵をかけられ、3人は扉から外へ出て行った。
さて、どうしたものか……
部屋の隅に手頃な石を見つけた。
後ろ手に石を取り、手を拘束している縄にこすりつける。
こんなことで縄が切れるとは思えないが、何もしないよりはマシだ。
この牢屋には時計などないし、窓もない。今が何時かも分からないが、1時間近く石をこすりつけていたと思う。一向に縄が切れる雰囲気はない。
ガチャリと扉が開く音がした。
俺が石を隠すのとほぼ同時に牢の前に2名が姿を現す。
ラリルレコンビ。悪い予感がビンビンする。
無言のまま牢の鍵を開けて入ってきた二人。
「がはっ」
ルクレが俺の腹を蹴り上げやがった。俺が悶絶しているところに、再び足を振り上げてくる。
「!!!‥…」
身体を丸めて耐える。背中や足に次々と攻撃がきた。
意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、出来るだけ重大なダメージを受けないようにする。
ルクレは10発程度俺を蹴ったところで止まった。
髪をつかまれ、顔を上に向けさせられる。
「いい顔になったなぁ、雑魚が」
「……」
「あ?何だその目は!言いたいことがあるならはっきり言えや!」
「……息が臭い……」
「オラ!!!」
精一杯の抵抗に対し、ルクレは顔面を殴ってきた。なんとか避けようとしたが、縛られていては上手くできない。右目の周囲を殴られ倒れ伏した俺に、ルクレの勝ち誇った声がきこえる。
「俺はお前より強い。証明してやるよ」
俺が見上げると、ルクレは自分の召喚獣であるハンマーを取り出すところだった。
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